唐突なのだが、偽りを解こう。
『七ヶ崎君、君は――幾つの矛盾に気付きましたか?』
本当に唐突だな、そう僕が呟く。しかし、僕はその言葉に引っかかる物を感じていた。言葉の棘、記憶の中に閉じ込められた理性が警鐘を鳴らしている。何度も死んで、何度も繰り返したあの8月、未だに忘れられない夏の一日、何年何十年も繰り返した――そんな気がする、そんな気がした8月8日の回想だった。
朦朧とした意識の中、おぼろげに浮かぶ月みたいに白い何かがぴくりと震えた。そして、回想の泡が弾け、その中身を頭の中にきつく強く焼き付けていった。暗く、黒く鎖された夢中の檻へと仲間達の声が響いた。いや、何か見えているのかもしれないけれども、今の僕にはいまいち認識できなかったというのが正解では無いだろうか。朧に、しかして鮮明に声達が耳を、あるいは脳の聴覚野を擽る。
「聞こえていますか? 七ヶ崎一喜憂さん?」
『きゃははははっ、ふふふっ、あははははっ!! ねえ七ヶ崎一喜憂くん、君はドッペルゲンガーって知ってるかな? 逢うと死んじゃうんだってさ、“自分自身”に!! ひゃははっ!! あはっ!』
『ご存知かしらね? 運命と書いて“さだめ”と読む、それは必然――定めと同じ読み方をするのよ、私を救った、心を掬ったイ●ジンブレイカーさん?』
『ねえ一喜憂、あの人は本当に一喜憂なのかな』
『私、信じられないんです。この日が本当に終わってしまうだなんて、まるで、それこそ悪夢みたいに――不思議ですよね。一喜憂くん』
『なあ一喜憂、お前……気付いてくれよ。お前が壊しているのは機械じゃない。お前は、そして俺は――』
『一喜憂、お前は知っている筈だぞ、知っているんだ。絶対に、見た物ばかりを信じていてはいけない』
沢山の呼ぶ声がする。これは夢か幻なのか、僕には確かにそんな気がしていた。身体が軋む、頭が痛む――何処かで、昔味わった様な感覚。前へ、後ろへ、そして左右に容赦なく揺すられる不快感に僕は目覚めた。
「……き……うさん、い……さん、一喜憂さん!!」
やっぱり、葉月だった。夜を吸い込む黒い髪、そして対照的な白い餅肌。枝垂れる御髪が床を擦ると同時に、少女の美しい碧眼が煌く。息が届くほどの至近距離、距離にして30センチも無い位に僕と彼女は接近していた。今も、揺すられた勢いのままに。
「一喜憂さんっ――!」
突如、一筋の涙を零して葉月が囁く。耳元で、勢い付いて止まらない僕の耳へと。
「――良かった、もう2度と目覚めなくなるかと――」
そして、そのまま葉月に抱き締められる。強く、少女の温もりと柔肌が、寝起きの僕を包んだ。夢心地、そんな言葉が頭に浮かんだ。寝惚け半分、戸惑い半分の僕へと葉月は体重を預けてきた、今度は真後ろに押し倒される。何してるんだろうか、僕――。
「葉月!?」
「一喜憂さんっ!! 良かった、帰ってきてくれて――本当に良かった!!」
「な、何が? っていうか葉月、僕の上で暴れないでくれないか!!?」
「《ルナシェルコール》は伝染します。あの狂気は、そしてあの悪夢はそれこそウイルスと同じ様に人間を浸食してしまうのです……そして、生きながらにして長い悪夢に囚われる。終わらないループ、それこそ忙しさに踏み潰されそうになる無意味な時間、永遠の夢に閉じ込められてしまうのです。それでも、それなのに貴方は戻って来れた! 即時EMP中和でも植物人間化しかねない、そんな厳しく苦しい月弧の呼び声から、貴方はなんとか戻って来れた……それは、とっても珍しく、そして――素晴しい事なのですからっ!」
久々の長台詞。濡れた頬を赤らめ、にかっと笑う葉月。そんな笑い方も出来るんだ、僕は感動と可愛らしさ、その美しさに硬直してしまった。突然なのに、そして唐突なのに違和感が無い。むしろ、清々しくて、何処か懐かしい帰って来た様な感覚。僕は、葉月に尋ねてみる、そうする事に即断した。
「なあ、今日は何月何日――?」
「8月8日、残暑厳しい立秋になりますね。覚えて、おられませんか?」
「有難う、葉月。正直な所、心当たりが有り過ぎた位なんだ。不安でしょうがない位に」
そう言った瞬間、葉月の腕はより一層、強く強く、離すまいと言わんばかりに僕を抱き締めてきた。
涙声で、葉月は囁いてくる。
「ごめん、なさい――。一喜憂さん……」
余韻を残したその響きは、僕のぼやけた意識をしっかりと揺すり起こし、呼び覚ましていた。
こういう時、僕はどう動くのが最善なのだろうか。
「いつになれば、目が覚めるものかと、私は、ずっとずっとお側に……! うう、ううっ……い、一喜憂さんが、無事で――」
「分かった、分かったから待って!?」
このままだと本格的に泣き付かれてしまう、僕はどうにか葉月を宥めようとするが、やはり勝手を知らない。仮にも未来人だ、僕が誰かを励ます様な経験をしている訳も余りなく――いや、有るにはあるのか。
でも、励まされた経験ばかりが僕には目立った。久遠と、カルデラ湖での思い出が頭に浮かんだ。しかし、やはり釈然としない。食い違いの結果だ。
僕は、昔に誰かにされたみたいに葉月を撫でた。濡れ羽色の髪を優しく、卵の様に柔らかく真ん丸な頭部の曲面をゆっくりとなぞった。さらりと、髪が指に沿って白い皮膚を流れた。
葉月は最初、きょとんとはしたが、状況を飲み込んだのか恥ずかしそうに僕を見ている。
「あの……一喜憂、さん?」
「ありがとう……葉月、初めて逢ったそんな気がしないよ」
「ええ、一目惚れでは有りませんけれども、一目見てから心を許していました。不思議ですね、昨日初めて逢った気がしません」
(それは、それこそ僕の台詞だ)
僕は、これまで何回もやり直して来たんだ。夢の中で、ではなく殆ど実体験として8月8日をやり直して来たんだ。最初は1人、でも気がついたら仲間が居て。幸せだった。楽しかった。
それが、すぐさま瓦礫の様に崩れ落ちるんだと知っていようと。
最初は葉月の来訪から始まり、今と同じ朝方を迎えて学校に向かった。しかし、友人Aが消えていたんだ。何故、それは夜明け前の落下物調査。確か、友人Aは“転校”していた事になっていた。
――“転校”?
「どうしましたか、一喜憂さん? 顔色が、余り好ましくないようですけど……」
「いいや大丈夫だ、問題ないさ」
そんな訳がない。何故、友人Aを学校から社会的に消し去る必要があるのだろうか。彼は、2周目では確かに存在していた。そして、それはそれ以降でも一緒だ。3周目では、朝から皆で行動していたし、初回と違い隕石騒ぎを探る事も無かった。
ならば、一体誰が友人Aを消し去ってしまったのであろうか。僕は、それを当時の奴に聞けなかった事を後悔していた。激しく、そして強く。
1周目と2周目以降では、毎回の様にして筋書きが変貌していた。ただやられた、それだけではなく抗えたり、新たな脅威に脅かされたりもした。つまり、仮説の域を出ないが『総ての周に決定的必然は無く』『総ての周に偶発的要素が絡んでいる』とも言える気がする。
「なあ葉月、体調は大丈夫か?」
「どうしたんです、突然。問題は有りませんが、何か問題でも?」
そうだ、葉月の風邪。あれも、偶然だったのか1周目だけの話だった。起こされた時点で僕は気づいた、熱を帯びて赤くなった顔へと。しかし、2周目にはそれは無かった。僕の、介入できる予知が全くもって存在しないのに、バタフライエフェクトが発生していたのか葉月は風邪を引いていた。
「……つまり」
僕以外にも行動している、七ヶ崎乃々葉や知らない誰かも干渉しているんだ、世界を相手に見えない所で。
「当たり前の事か……」
「うー、何の事です?」
どうやら、僕は考察をついつい口にしていたらしい。葉月が全てを分かっていない辺り、さほど多くは漏れていないようで僕は安堵をした。
ほっと胸を撫で下ろす僕へと、葉月はぽふんと倒れてきて呟く。少し、拗ねたような声色で。
「学校に行きたいです、一喜憂さん」
当たり前だったんだ、皆がやりたい様にして生きている。考えて、悩んで、笑ったり悲しんだりをしながら今日を生きているんだ。
普通の――ループ外の人達は思うがままに、僕や2人の乃々葉、そして久遠は明日を目指して今日という日を過ごしているんだ。葉月は今までを《ルナシェルコール》の見せた夢だと言ったが、僕にはそうは思えない。だから、僕は今一度、葉月に対して訪ねてみようと思うんだ。
中身は決まっている。惜しかった“前回”を、もうほんの少しだけ、優しくしてみた内容だった。
「“終わりの無い夢”って、葉月はどう思うか?」
前回は、“無限に続く今日”と訪ねた。その結果、解釈がずれたらしく会話が意図から外れてしまった。理由は明白、繰り返すのでは無く、永遠に延び続けると解釈されてしまったから。
“永遠に延び続ける今日”。それでも、素敵な答えを聞けたのだけれど。
葉月は小首を傾げて数秒後に、僕へと倒れた半身を起こながらも僕へと答えた。
「叶える夢、夢想する夢……水槽の中の、漂う脳味噌が見る夢。魂が永遠ならば、挫けずに夢は伸びゆく。ただ、悪夢に関しては諦めるしかないです。悪い夢は必ずや覚める、居心地が良かれ悪かれ……この世界が夢でもいつかは目覚める時が来るのですよ。嫌でも、望んでもまた……だから、私は今を味わいます。夢なら夢でも良いです。楽しさ沢山積み上げて、甘くて楽しい良い夢に出来れば」
「“私は、それで良い”か――」
葉月は頷く。
「ええ、皆が良ければそれで良いです」
僕は違和感を覚える。
「“皆が”か……」
「ん、どうか致しました?」
「いいや、葉月が僕以外を対象にするなんてな。なかなかなかったと思ってさ」
すると、葉月は不思議そうに首を傾げた。無理もない。僕と葉月は、葉月の記憶の中では初対面も同然なのであろうから。
不思議だったのは僕もだ。この世界、やり直した後でも先でも、どちらの場合だったとしても葉月が僕以外の誰かに出会っていた筈はない。それなのに、いや……考えすぎだろうか『みんな』が対象になるこの言葉に違和感を覚えたのは。
気持ち悪い、寒気の様な――消化不良の感覚、明らかに身を伝う違和感の具現化、冷や汗が背筋を撫でる。
喜ぶべき解答、見違える程の進歩――それなのに、何故こんなにも心がざわざわ震えだすのだろうか。嫌な予感がする、過敏だからか異常だからか。
「そうですかね、そもそも2日と経っていませんけれども。まあ一喜憂さん、気のせいですよきっと」
しかし、ひとまず僕はその悪寒を振り払って、葉月を優しく押し退けて立ち上がった。
「うん、まあ……そうだな。着替えるか、葉月?」
「ええ、一喜憂さん。覗かないでくださいよ?」
「……服の場所は分かるか?」
「いいえ、よろしくお願いいたします。一喜憂さん」
こうしてまた、数奇で奇妙な1日が始まる。当たり前の様に、しかし有り得ない様に、僕の前には“何処かがズレた”今日がまた立ち塞がっているのだった。
「葉月……」
「どうしました?」
「いいや、呼んでみただけだ。悪いな、さあ行こうか?」
「はいっ!」
次こそは、今度こそは――と。
お久しぶりです、音沙汰無しだとまずいので久方ぶりの投稿になります。ええ、スランプですが初期ペースに近い文量をキープしていきたいと考えております。
まさかのまさかで、或いはなんだかんだでもう1周する運びになってしまいました。まあ、此方の方が自然だと判断しましたのでこうしました。
皆様、お待たせして申し訳がありません。現在、執筆に中々時間を避けない状況にあります。進度としては序の序、まとまて最終回を終わらせるつもりが小区切りとなってしまいました。
さて、皆さん。これから先は久々のプロローグからになります。異常ですね、ええ異常ですとも。さあ、始めましょう?
殺すのは未来か過去か、
生きるのは今か先か。
さあ、物語を始めましょう? これは長い長いプロローグ、これは素敵な物語の始まり。さあ貫いて、私が描く処女作の世界を!!
踊れ、物語の役者達よ!
――なーんて、ね。まあ、次回はまた暫く先になりそうです。それでよければ、またよろしくお願いいたしますねっ!!
では、作者ことにゃんと鳴く狐っ娘がお送りいたしますはだ天最終章、どうぞまたお楽しみくださいまし♪
これからも、末永くよろしくお願いいたしますねっ! ではまた、次回にでも逢いましょう……ね♪
P.S.課題研究はSTG、公開するかもだから期待していて下されば嬉しい。




