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裸天使にバスタオル、僕には生きる意味を下さい。  作者: にゃんと鳴く狐っ娘
Loop.0【親愛なるキミへ】
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空虚な僕と翼の天使。

 作中知識の過信は推奨しません。架空技術や嘘、エセ科学や御都合主義が含まれます。ご意見、ご感想が作者の力です。皆様に御愛読頂けましたら幸いです。

 僕は携帯を使えない、手にしたら動かなくなった。


 僕は機械を使えない、触れたら壊れてしまうから。借りたゲームも電卓もパソコンも、全部が死んだ様に黙りこくった。


 多分、生物以上の電荷を持つ物は大体動かなくなってしまう。画面は黒くなるし音も出なくなる、ハッキリ言って電源が入らなくなる。


 須く総て、当然の様に機器達は僕を見棄てたのだった。自分の物も他人の物も、触れようものなら壊れてしまうし壊してしまう。


 だから僕には、家に入れる程の友達とか、ましてや彼女なんて居なかったんだ。そう――今年の夏の始まりまで――僕は孤独だったんだ。そう、思っていた。



◆◇◆◇◆



『しばらく仕事で帰れません。強く生きてね! ☆姉貴より一喜憂へ☆』


 我が家の居間、卓袱台の上にはそんな書き置きが有った。どうやら姉貴は新人のジャーナリストらしく、度々仕事で全国を転々としている。


 “一喜憂”とは僕の名前だ。七ヶ崎一喜憂なながさき いっきゆう感情豊かで優しい人になって欲しいとか親は語っていたらしい。残念ながらそんな甲斐性もテンションも無い。


 こんな奴の親の顔、1度で良いから見てみたいものだ。研究者だった両親は、小学生だった頃の僕を車に乗せて事故死したという、もう記憶にすら2人は居なかった。


 もう10年も前になるのだから当たり前だ、記憶にも無いのは恐らく殆ど逢えなかったからだと僕は思う。当時の2人は、ついにスキャニング施設の当てがついたからと張り切っていたらしい。


 それも僕の“力”の性だった、2人とも僕を興味の対象にしていた。僕はモルモットではない、昔の僕が今の僕なら多分そう言ったのだろう。


『……本日未明より行方不明になっております女子高校生徒は、未だに発見されていません。警察はこの連続失踪事件を刑事事件として……』


 ふと、目に飛び込んだテレビ。姉貴が電源を切らずに行ったんであろうそれには、“怪奇、青少年連続失踪事件”のテロップと共に傘のマークが雨に打たれていた。どうやら雨が降るらしい。


「姉貴、洗濯物取り込んでないじゃん」


 電子化が進む社会に機械が触れない人が居て、一体何になるのだろうと考えていた。


 僕は、空っぽだった。


(この、点の無い空に似ている……)


 そんな、痛い呟きが心に響いた。籠には洗濯物がぎゅうぎゅうと犇めく、それすら僕の空虚さを裏付ける様に思えてしまった。


(さて、飯にするか)


 そして1歩安全圏へと踏み出した僕、寂しい奴だ。自分をそう罵れたらどんなに楽なんだろう、そんな思いが頭痛になった。


 耳鳴りが頭を揺らす。だがそれは異常な物で、瞬時にして不快を通り越したそれは摩擦の音、戦闘機なんかの音にも良く似た大気に擦れる音だった。


 突如、物干し竿が頭を越えて硝子に刺さる。パキーンと響く快音、続く土塊の舞う音。それが降り注いだ瞬間、僕の矮躯は宙へと浮いた。


(痛い、身体が軋む、骨に響く!)


 くるくると、まるでコーヒカップに乗っているかの様に視界が廻る。いいや、僕が回っていた。撥ね飛ばされていたのだ。


 意識が消える。揺り籠から弾き出された赤子の様に、僕の意識は底無し闇へと投げ捨てられた。



◆◇◆◇◆



 目標確認、端末より報告。声紋認証クリア、完全一致。《アダムユニット》七ヶ崎一喜憂を確認しました。


 外環防護殻脱落、耐衝撃緩衝剤を破棄します。ちき……との同調を確認。《アバターエヴァン》如月葉月きさらぎ はづき、目標確保の任を遂行します。


 如月葉月、光子翼膜解凍。プロジェクトを遂行します、第三世代光子翼エヴァンシェル展開……廻り逢えて、良かった。


 参ります……お父様。



◆◇◆◇◆



 何分が経ったのだろう。永遠にも似た闇から目を覚ますと、背中に固い感覚があった。エアコンの室外器に寄りかかる様に倒れていた、もうエアコンは使えない。


「一体何が……?」


 混乱する頭を、血が滲む手で押さえて立ち上がる。身体がゆらりとして覚束ない、目線が左右に首ごと揺れる。どうやら身体は限界らしい。


 だがそれは視界に飛び込んできたのだ。


 幾重に重なる白、光る剣で構成された卵が爛々と輝いて居た。そのサイズは僕の背丈より1回り大きく、かなりの質量を誇っている様に思えた。


 しかし、地面は卵の殻に密着する様に隙間無く窪んでいるだけで、どう考えても隕石ばりのクレーターを生みそうな衝撃には釣り合わない状態だった。


「これ……」


 足音がずさり。それが自分の物だと気付いた時には遅かった、1歩また1歩と身体は進む。脳内の警鐘を他所に興味と探求心が先走る――引き返せ――脳内に響く警告、半ば自分すら無視して進んで行く。


 卵は神秘的な紋様を浮かべていた。まるで染物と織物を重ねた様な模様、それが浮き出てはふっと消えていなくなる。花火みたいだと思った。


 滑らかさの中に垣間見る鋭さ、優しい球に引っ付いた刃物にすら温もりを感じる。つい触れてみた手の感覚に、卵自体が呼吸をしている様に僕は感じた。


「凄い、綺麗だ……」


 無機質だが優しい、そんな摩訶不思議な存在。彫刻にも似た芸術的かつ場違いなそれに感動していると、卵の中から声が聞こえた。


 硝子の様に透明で、ビードロの様に曇り無い美声が響いた。


「……初めまして」


 拡散する声と共に、卵ががしゃりと音を立てて開き始めた。白鳥が翼を開いていく、そんな姿が頭に浮かぶ。美しい。


 触れてはいけないそんな気がして、僕はじわりと後ずさった。眩しさに眩む視界に、訊ねる無垢で幼い声が響いた。囁く様なこそばゆい感覚が背筋を淡く撫でる。


「今日は、いつですかお父様?」


 現れたのは少女、機械の翼を優美に背に抱く白い少女だった。きめの細かい肌は雪の様に白く、硝子の様な脆いイメージが完全に定着した。


「……お父様? 僕の事かい?」


「肯定です。私のお父様はあなた様です、七ヶ崎一喜憂」


 そういえば、鳥の中には生まれた時に初めて見た物を親と思う性質があるらしい。それとそっくりだと思った。


 取り敢えず、気まずいけど精一杯の笑みで答える。少女は何一つ表情を変えず、真摯な眼差しを寄越していた。


「今日は8月8日だよ。君の名前は?」


「如月葉月。2月の“きさらぎ”に8月の“はづき”で如月葉月です」


「そうか、初めまして」


「初めまして、お父様」


 取り敢えず第一歩、葉月は挨拶に軽く微笑みを返した。笑える子なんだなと、良く分からない安堵にふっと息を吐く。


 さて、問題は次に移るが先に1つ問題が有った。たった今言葉を交わしたばかりの少女を、混乱の中即座に少女だと判別した理由、それは“見えていたから”である。それが僕には大問題だった。


 未だに自他共に認める初心な僕には、その大人とは言わないまでも成長を感じさせる果実や甘美な誘惑漂わせるそれらは強烈華美な、拷問にも等しい存在だった。


「取り敢えず、質問の前にお願いをして良いかい?」


 だから僕は頼んでみる、目線はきちんと合わせる事が出来なかった。しかし、丁度白いバスタオルが転がっていたのは僥倖だった。


 それを拾い上げ、葉月に差し出しながら僕は喋った。むしろ懇願した。


「頼む! 取り敢えずコレで隠してくれ!」


「了解。しかし隠蔽なら可視光透過型ナノ結束ファイバー光学迷彩の使用を推奨します。密着して私の《エヴァンシェル》にて防護殻を形成しなければならず、水分子を大量に消費しますし、何分超過電力下駆動故に吸熱過多と熱暴走による思考欠落と生体ユニット的な生体維持活動の再開が懸念されますが私は捧げた身を……」


「ちょっと待った! 僕は君に身体を隠せと言っただろうに!!」


 きりりとした眼差しでバスタオルを抱えたまま、何やら訳の分からない単語と思考を通り越した危ない発言を列挙し始めた葉月。


 着いていけない僕は、というか誰1人追従できないであろうその無感情なマシンガントークについ突っ込みを入れてしまった。


「は、だから私はお父様の身を匿おうと提案を……」


「いや、訳が分からないよ!!」


「分かります、分かるはずです分かってください! お父様は未来で精密機械工学と量子力学、更には光エレクトロニクスや通信ネットワーク工学電磁波工学電波工学パワーエレクトロニクス他、確か2076年現在では工学と量子力学中心に1,527と32の学問をお修めになり、32の新学問にありし《ナノバイオメカトロニクス》と《過剰圧縮光子力学》を大成なされ、我々の世界を一変させてしまわれた張本人なのです!!」


「だからそれが分からないんだっての!! 良く分からないワードばかりを並べて訴えられても、僕に理解できる訳が無いだろ!? 急に空から全裸で降って来て『未来から来ました』みたいな顔してんじゃねえよ!! 僕は17歳の高校2年生、成績は運動非運動問わず中の下、顔は冴えないって評判の半端者だ! お前みたいな痴女なんか、1人たりとも知り合いには居ないんだよ!!」


 つい、僕もマシンガントークで反論してしまった。顔を真っ赤にして項垂れている葉月は、やっと理解したのか胸元をバスタオルで押さえていた。


 なんというか、葉月の物寂しげな表情に申し訳無い気がして来る。未だに理解が追い付かないが、“僕”は何かの鍵となる人物らしい。それも凄い賢い天才だと葉月は言う。


 少しだけ、話を聞いてみたくなってしまった僕は、小さく萎んだ声で訊ねてみた。葉月はこちらをちらりと見て、また目線を今度は斜め下に反らしてしまった。


「なあ、僕は……未来で何をしたんだ?」


「環北緯圏型量子分解衝突型分解亜光速加速器での光子衝突実験による超光速分子体の発生とその解明、つまるところの特殊相対性理論の否定と通常物質のタキオン化の成功……《タイムスリップ》の確立を成し得てしまったのです」


 葉月と話すコツが分かってきた、後半の砕いた所を聞けば良いと今更分かった。葉月は猶、夢物語を語り続ける。


 だが、葉月の現実離れした服装(?)と繰り出されるワードから推測するに、どうにも嘘とは思えない現実味を感じてしまう。事実は小説よりも奇なり、正にその通りだとも僕は思っていた。


「それにより、時間超越への対応を目指して改造された存在、《アバターエヴァン》こと私達、つまる所の半有機生命体時跳躍個体は開発され、とある任務を任せられました」


 一言呟く――馬鹿らしい――それで妄言の様な葉月の言葉を一掃出来たら、この状況を打開できたらどれ程幸せなのだろうか。僕はもう何も言えなくなっていた。


「『他の時間軸、異世界に居る七ヶ崎一喜憂を理論構築前に全員拘束及び殺害せよ』と。そんな……冷たく悲しい命令でした。ごめんなさい、お父様」


「……一喜憂で良い、というか一喜憂と呼んでくれ」


「はい、一喜憂様。私達は厳密には半分が機械です、背中の《エヴァンシェル》をご覧に頂ければ御察しが付きますでしょうか?」


 そう言いながら、葉月は空中でくるりと回って背中を見せてくれた。


 すると、真っ白な肌に浮かぶ隅の様に黒い幾何学模様から無機質かつ暖かい光の羽は突き出していると判明した。まるでそんな葉月はSF映画のキャラクターみたいで、馴染んで見える不可思議な光景に僕は戦慄を覚えた。


「にわかには信じられない。でも、信じてみたいとは思う……面白そうだから」


「ありがとうございます、おと……一喜憂様」


「それで、事情は知らないが葉月は僕を“殺す”のか?」


 さらりと訊ねてみる。自然と恐怖や畏怖は和らぎ、好奇心がますます加速を始めていた。


 だから、そこまで怖く無かった。


「…………」


「君は、葉月は僕を殺しに来たんだろう? 遠い未来で馬鹿やらかした僕を、それを繰り返し兼ねない僕を殺しに来たんだろう?」


 何故だろう、不思議な自信が有った。彼女は、葉月は僕を殺さないと言う自信。確信と言っても良かった。


「私は、貴方を……“護る”為に来ました。いや護りたかった、助けてあげたいと思っていました! 命令に従いたくは無かった、馬鹿らしい鼬ごっこに加わりたくは無かった……!!」


 声を上擦らせて葉月は言う。嗚咽混じりに、唐突に慟哭の声をあげた。


 幼気な彼女の悲痛な声には、リアリティをリアルに変えるだけ力があった。そんな魔力が宿っていた、そんな必然が存在していた! そう僕はひしひしと響く悲哀を掴み取った。


「一喜憂様には、機械を壊す力が有りますよね?」


「ああ、傍迷惑な何かは憑いている。それがどうしたのかい?」


 機械を使えないのに、僕が工学分野に進んだ理由は確かに気になっていた。僕が持つ機械を使用不可にする力が、葉月にとって何の意味があるのだろうか?


 すると葉月は頬に涙を湛えたままに笑った。白百合の様な笑みが、夏夜の庭に華開いた。それはとても可愛く朧な小さな小さな華だった。


「それが……ナノマシンに上書きされていた私の意思を、束縛されていた私自身を解放してくれたのです。ありがとうございます!」


「…………そうか」


 僕は未だに何も言えない。疑問を口にした瞬間、問い詰めた瞬間に少女が闇夜に溶けてしまう様な気がして。光る羽根だけ置いて去ってしまう様な気がして、怖かった。


「全ての始まりは、一喜憂様が自身の力に干渉されない微弱電流で起動する機械製品の開発を試みた事でした。それは体内神経を走るの微弱電流で起動する生体ナノマシンの前進技術となりました、悲しい事に歪みはそれが始まりです」


「僕は、力を乗り越える事を選んだのか?」


 勇気を出して言ってみる、今の僕には縁遠い努力を異世界の僕はしていた。それが最早別世界の存在である僕の殺害に及んだとしても、その気概には学びたい物を感じた。


 異世界の僕みたいに、頑張れば何か出来るのだろうか? そんな疑問に、遂に僕は口を開いてしまった。それに対して葉月は頷き、


「だけど、貴方は過去を書き換えてしまった。タイムパラドックス自体は確認されて居ませんが、他の世界に移動できる以上、我々の世界の技術で世界軸を征服できてしまいます。ナノマシンを注射するだけで改造を受けていない人でも2日は操れますから、それも携帯端末程の小さな器機で」


「それを止める為に、未来人は同じ様に洗脳した君達を送り込んで来たと? 『僕を殺せ』と命令して?」


 その僕の問いに、またもやこくりと頷いた葉月は真っ直ぐな眼差しを僕に向けて微笑んだ。心がきゅーんと縮む気がした、嘘みたいな現実に僕は虜にされていた。


「肯定します、その通りです。だけど貴方にそれを解かれた私は、私の意思に準じて一喜憂様を警護したく思います。よろしいですか?」


 不安な眼差し、断られるのを本能的に恐れているのが伝わって来た。手足が震え、涙に濡れたバスタオルが揺れていた。


 だから、という訳では無いけれども感化された様に迷う視線で僕は答えた。夜空から降って来た星の様な少女、その夜にそっくりな深蒼の瞳と視線が重なる。


「よろしく、頼む……葉月」


 その夜空は、希望の光を抱えて跳ねた。にっこり笑う姿、それが目蓋に焼け着いた。


「はいっ! よろしくお願い致します、一喜憂様!!」


「……一喜憂で良いよ、堅苦しいのは苦手なんだ。歳は近いみたいだしさ」


 外見は明らかに年下だが、目を見る限りでは同い年にも思えた。だから、僕はそう提案してみた。


「あ……一喜憂様。いや、一喜憂さん? 私は28ですよ?」


「……は!?」


「若い内に抽出した細胞を後から移植する技術があるのです、未来人は治療次第で寿命300年は軽いです。未来では15〜16歳扱いなので後輩で良いです、よろしくお願いしますね? 一喜憂さんっ!」


 それは或る夏の物語――SFちっくな天使が笑う葉月の最中――眩しい季節が深蒼に染まり始めた時期だった。


「お、おう……よろしく? お願い、します?」


「いつも通りでお願いしますね、一喜憂さん? 斬り捨てますよ?」


「じょ、冗談ですよね?」


「“多分”、冗談ですよ」


 どうやら真夏の天使曰く、未来の世界もかかあ天下らしかった。


「僕に、どうしていろと?」


「大人しくしてろ、と私は提言します。一喜憂さん?」


「はい……」


 先が、未来が凄く思いやられる夜だった。僕らの行く手に何があるのか、頬を掠めた白い刃に訊ねたかった僕だった。


(明日、出校日だった……)


 明日は、何も降っては来ません様に。流れ星に僕は笑った。にこり、重ねた笑みに未来はあるのか? 僕は、僕達の未来は、何処に向かっていくのだろう。


「今日から、七ヶ崎葉月ですね!」


(明日、風邪引けたら良いんだけどな……)

 この物語は、とある少年の苦難であり受難であり、ある種の人間ドラマでもある。


 かも、知れないと作者は此処に願います。


 皆様に一時の安息を、優しい微笑を、そしていつかは感涙を。この物語は、にゃんと鳴く狐っ娘がなんとなく難無く賑やかにを目指して殺伐とお送り致します。では、またいつか逢いましょう……ね?


 どうも、作者です。今回はご覧頂き有り難う御座います。出来れば最後までお付き合い頂けたのなら嬉しいです、後から付け足した形になりますがよろしくお願い致します。


 2012/9/28、若干の改訂ついでに記載しました。

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