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第8話 日常は容易く崩壊する

 今回、かなり自信あります。

「萌えー……。」

 何と無く、どんな感じかと思い言い放ってみた言葉。それは、部屋に誰もいない事と重なり、とても恥ずかしかった。


 今、祥は今日買ったゲーム、“きゅんきゅん☆プリンセス”をプレイしている。やはり限定版だけあって面白い。

 祥も思わず“萌え”を言ってしまう程だ。


 だが、何か違う。いつもの様な何とも言えない欲情は感じるのだが、それを邪魔する別の感情が存在している。

 その感情は……。




 ――怒り。




 押し流す様な激しい怒りではない。どうしようもないような、苦しい怒り、ストレス。

 このゲームのストーリーを見ていると、何かが沸いてくるのだ。


『わ、私も……しょう君と一緒に……勉強……してもい?』




 ――ブツッ




 物語が、主人公しょうが自分の部屋でヒロインと一緒に勉強するということになった下りで、祥の中の何かが切れた。




「っあああああぁぁぁぁぁァァァァァァァーーッ!!」

 祥が雄叫びをあげる。それにより、下に居る両親が驚いたのであろう、ガシャン、ガシャンと音が鳴った。

「ど・ん・だ・けっ!都合いいんだよォォォォッ!!」


 ボッ!


 ゲーム機が発光し、熱気が部屋を包む。

 そして発光が終わったとき、そこにゲーム機は無かった。代わりに、フローリングの床に焦げ跡が残っている。

 その光景を見て、祥は正気に戻った。

「あっ……えっ……?」

 そして、あやふやな声を漏らす。

 何が起こったのか、自分が何をしたのか、よく分かっていない様だ。

「僕の……ゲーム機……。僕の……今日買ったソフト……。」

 祥は床に膝を着き、ただただうなだれていた。

 親が下から呼び掛けているが、それすらにも返答できない。

「ぼ、僕が……。」

 おぼつかない足取りで、部屋を出ていく祥。

 階段を下りていくとき、母親に呼び掛けられる。

「ちょっと、あんた大丈……。」


 ――無視。


 祥は、完全に母親を無視していた。

 そして、そのおぼつかない足取りで、意味もなく夜の街へと歩み出した。







 透と裕貴は、様々なイルミネーションにより昼間より明るくなった街の中を、人混みを縫うようにして走っていた。

 透の背中には、ゴルフバッグで包まれた杖がある。横を通りすぎていく人達からも、怪しまれはするがそこまで気にはされないようだ。


 今、ファシーが祥を着けている。透と裕貴は、ファシーから送られてくる映像を使って祥を追跡しているのだ。


 自分のゲーム機を自分で壊した祥は、相当ショックだったのだろう。

 だが、その壊した瞬間を目撃した二人は、祥以上にショックだった。


 ゲーム機が発光……。つまり、祥はゲーム機を蒸発させたのだろう。有り得ない程高温の熱を発生させ、中の金属さえも溶かし、沸騰させて。

 更に恐ろしいのは、金属を蒸発させる程の熱を発生させたと言うのに、熱の被害を受けたのが黒焦げになった床だけだという事だ。

 普通なら、どんな家でも火事になるだろう。

 それを、祥は熱を圧縮させて一点に集中させたのだ。そもそも、熱を圧縮させたからこそ、あれほどの高温を生み出せたのかも知れない。

 そして、更に今の祥は何をするのか全く予想できない状態にある。


 だから透達は追っているのだ。

 もしも万が一、祥がキレるような事があれば、そのキレた原因はまず間違いなくこの世から“消される”。


 ――危険すぎる。


 あまりにも危険で、無知な力だ。この力の前には、どんな物も塵と化す。

 いや、最早塵も残らないだろう。

 とにかく、急がなくてはならない。


 透と裕貴は、更に足を速めた。









 これから……どうしようか……。

 ゲーム機だけなら、まだ良かった。だが、それと一緒にこれまでやってきた殆どのゲームデータが無くなってしまった。

 家にはパソコンも無いので、データのバックアップも取っていない。

 これまで積み重ねてきた努力が、自分の手によって崩壊してしまったのだ。






 ――自分の手によって。




 ……そう、それが一番の謎なのだ。

 今日は何かおかしい。夕方、不良なんかよりもずっと質の悪い少年に会ってから、不思議な事が立て続けに起こる。

 何故か感情が激しくなると、自分の中の何かに火が点き、意識が揺らいで周りが見えなくなるのだ。

 なのでその間に起こった事は殆ど虚覚えで、自分がどうやってゲーム機を壊したのか、何故あの少年がいなくなったのか、実は全く分かっていない。

 あの感覚は、一体……。


 そんな事を考えていると、祥はいつの間にか知らない裏路地にいることに気が付いた。

 そして角を曲がった瞬間、一気に血の気が引く。

 目の前、10メートル程先に、煙草を吸いながら座っている不良の集団がいたのだ。

「あん?おい、てめぇ何見てんだよ。」

 祥は不良が苦手だった。

 だが無情にも、金髪で髪の長い不良が立ち上がり、一気に祥との距離を縮めてくる。

 祥は、無意識の内に方向転換をしていた。

 そして、次の瞬間には思いきり地を蹴って走り出していた。


 ――ドン!


 しかし祥の体は何かに弾かれ、行きたくない方向へと戻る。

 それは、長身の祥よりも更に大きい者だった。

「おう、痛ぇじゃねえかよ。あぁ?」

 野太い、唸り声。目前に立ちはだかる、巨体。

 恐らくこの集団の仲間であろう短髪の大男が、祥を見下していた。


 そこに、先程の金髪不良が声を掛ける。

「タイミング良いじゃん。。そいつよぉ、俺らにガンつけといて逃げようとしてたんだよ。」


 完全に、囲まれてしまった。


 泣きそうな程怖いが、幸いにも祥は今、お金を持っていない。金目の物は一つも持っていないのだ。

 つまり、このまま何もされずに済む可能性が高い。




 ……などという甘い考えが、通用する筈も無かった。

「俺らよぉ、今すげぇ気分悪いんだよぉ。」

 金髪不良が、また喋り出す。

「だからちょっとあんたが俺らを癒してくれれば、助かんだけど?」

 金髪不良は、今度は祥の顔を覗き込んできた。熱い、臭い息が顔にかかり、祥は自然と顔を背ける。

 それを、この不良はどう取ったのか、仲間の方へこう呼び掛けた。

「ちょぉ、こいつやっちまわね?」

 途端に祥は身の危険を察知し、全速力でダッシュをかける。

 しかし側にいた大男に襟を掴まれ、あっさりと引き戻された。

「逃げてんじゃねぇよッ!」

 そして引き戻したときの勢いに乗せ、祥を壁に叩き付ける。


 ――バン!


「ぐが……っ!」

 その衝撃で、変な声が漏れた。


 金髪不良が祥の胸ぐらを掴む。

「さぁ、あーそびーましょーッ!!」

 急に、腕を振り上げる金髪不良。

 そして、次の瞬間にはその腕は振り下ろされていた。



 ……しかし、いつまで起ってもその拳は来ない。

 恐る恐る目を開けてみると、祥の代わりに拳を受けている者がいた。


 ――それは、あの時少年と一緒にいた黒猫だった。


 不良の、祥の胸ぐらを掴んでいる方の腕に噛みついている。

 そしてその痛みに耐えかねた不良が、猫を殴っていた。

「いだだだだだっ!何だよこのクソ猫ッ!?」


 ――ドカッ!バキッ!


 痛々しい音が、辺りに響く。

 しかし不良の集団は、有ろう事かその光景を見ながら笑っていた。

「あはははは!お前なに猫相手にマジなってんの?」

「つーか猫に噛まれるってどんだけ!?」

 不良の集団は、大爆笑だ。


 しかし、祥にとっては見ていられない。

 今、目の前で命が一つ消されるのを黙って見てなど、本能的にいられなかった。


 決死の覚悟で、腕を前に突き出しながら不良に突っ込む祥。

 力に自信など毛頭無い。

 ただ、猫が死なず、尚且つ自分も逃げれれば何でも良かった。

 しかし……。


 ――ガッ!


 祥の頭に、何かが当たる。

 その何かは、祥がどれだけ力を加えようと動かなかった。

 何故ならそれは、大男の手だったのだから。

 大男の剛腕が、祥の行く手を阻んでいた。


 不意に、大男の手が祥の頭から僅かに離れる。

 そして……。


 ――ドゴッ!


 腹に、声も出ない様な一撃。

 唾液が口の中から漏れる。


 そして祥は地面を離れ、飛び、元居た壁に戻され、崩れ落ちた。

 そこに、不良集団の爆笑が入る。


 大男の不良は祥の所まで大股で歩いて行き、祥の顔に唾を吐いてから言葉を発した。

「格好悪ぃなぁ、あんた。猫一匹助ける為に、必死になっちゃって。どうせ何にも出来ねぇんだから、ジッとしてられねぇのか“キモオタク”。」

 ここで再び、爆笑が入る。













 ――そうだ、僕はオタクだ。

 ――力も無い。勇気も無い。



 ――只の、弱い……。












 ――……ん?




 ――弱い?俺が?




 ――“俺が”……弱い?
















 ――……あぁ?













「おい、いたぞ!けど……。」

 不良の集団に囲まれてる祥とファシーを見た裕貴が、声を上げた。

 それを聞いて、透は即座に祥を見る。一刻も早く、祥の魂の状態を診るためだ。


 祥の今の魂の色は赤……。基本的に色は変わらないので、これはクリア。

 しかし、問題はその勢いだ。


 透の目には祥の体が隅々まで赤く塗られて見える。

 今にも爆発しそうな程に。


 今までの経緯はファシーを通して見ているが、ここまで来て、止められなかったようだ。

「……駄目だね。」

 透は短くそう言うと、ゴルフバッグから杖を引き出しながら、不良集団に向かって叫ぶ。

「おーいそこの人達ー!今すぐ逃げてー!」









「何あれ?」

 大男の不良が、頭を坊主にした不良に聞いた。

「さぁ?どっかの酔っ払いじゃね?」

 その返答を受けて、大男は首を傾げる。

「いや、それにしては声が若すぎ」

「なぁ。」

 突然、声がした。

 今いる、どの不良の声でもない。

 しかし、どこかで聞き覚えのある声。

「何も出来ないのは、俺か?それとも、お前か?」

 後ろの壁から、声がしている。

 大男は、

「まさか」と思った。


 何故なら、今までに自分のパンチを腹に受けて立ち上がった者など、誰一人としていなかったからだ。

 だから、例えその目にその光景を捉えようと、その耳でその声を聞こうと、絶対に信じたくはなかった。


 しかし大男は次の瞬間、嫌でも、その両方を信じる事となる。



 ――振り向くと、憤怒の形相で立っている“キモオタク”が、そこにはいた。




「俺な筈ねぇよなぁッ!?」




 祥の顔に吐き捨てられた唾はもう、既に空気と化している。

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