第7話 召喚獣とは
今回、やっと召喚獣についての説明が入ります。
祥は大急ぎで家に駆け込んだ。母親が呼び止めるが、そんなものは耳に入らない。
靴を乱雑に脱ぎ捨て、二階の自分の部屋まで一直線だ。
勢いよく扉を開け、一面に恥ずかしいポスターが張り付けられた部屋に入る。
「まだやってればいいけど……。」
開いた扉は気にせず、すぐさまテレビを起動する。チャンネルはこのままで良い筈だ。
テレビの画面が浮かび、音が流れる。
《それじゃあまた来週!次回も見てねっ☆》
祥はその場にガクッと倒れこんだ。
画面に浮かんだ“また来週”の文字を見て、頭の中が真っ白になる。
「そ、そんなっ……。」
扉も閉めずただ固まり、画面を見つめ続ける祥。
その祥を、扉の端から覗く黒い猫の存在にも、祥は気付かなかった。
透のマンションに、透と裕貴は集まっていた。
透の部屋は意外と片付いていて、家具は全般的に白のイメージが強い。だが、怪しい物が多かった。何かの呪具らしき、人形や水晶玉が部屋のあちこちに置いてある。
だがそれらも全体的に白なので、壁の色と同化して部屋の第一印象を保ってはいたが。
透と裕貴の二人は、並んで床に座っていた(ソファーもあるのだが、裕貴が透と一緒に座る事を拒んだ為にこういう結果となった。)。
だが二人共座ったままで何も話さないし、目も開けていない。ただ、じっと何かを待っているように、前だけを向いて集中している。
ふと、透が頭を持ち上げて何かを呟いた。
続けて、裕貴の頭も上がる。だが、裕貴は何も呟かなかった。
変わりに、透に対しての愚痴が漏れてくる。
「……お前、これは犯罪じゃないのか?」
今度は透が口を開いた。
「今更何言ってるの裕貴君?僕が召喚獣でやる事と言えば、約半分がほとんどの世界の法律に触れてるょ」
全ての言葉を言い終わるか終わらないかというところで、透はまたブツブツ呟き始める。
裕貴は小さく
「げっ」と呻くと、再び集中し始めた。
今、透と裕貴は瞼の裏に広がる祥の部屋を見ている。祥はテレビの前で膝を着き、下を向いていた。泣いているようにさえ見える。
何故祥の部屋が見えるのかと言うと、これはファシーの能力だ。ファシーが見た事、聞いた事は様々な“加工”ができる。
例えば、今透と裕貴が見ている風景は、祥の部屋をファシーが“録画”して、透と裕貴に“送信”しているものだ。
他にも、ファシーの能力は“受信”、“透視”、“暗視”、“透明化”、“無音化”等、様々なものがある。
さて、透と裕貴の瞼の裏に映る祥は、その後ずっとテレビの前で落ち込んでいる……かと思いきや、どうやら違う様だ。
「うぅっ……。」
祥がフラフラと立ち上がる。それと同時に、ファシーの頭の中に透の指示が響いてきた。
《ファシー、透明化して部屋の中に入るんだ。入ったら今度はクローゼットの中へ。》
ファシーは言われた通りに動いた。透明化して部屋の中へ入っていく。
すると、祥がこっちへ歩いてきた。ファシーは祥の予想外の動きに一瞬動きが鈍り、祥の足を横に回避できない。
迫る祥の足。どうすれば良いのかと、猫にしては有り得ないスピードで、頭が回転する。
透の声も、咄嗟の事で反応できない。
――ヒュンッ
瞬間。
ファシーは迫る祥の足の間を縫うようにして通り抜けた。
さすが、ベースは猫である。身のこなしが違う。
《ごめんねファシー、僕の反応が遅れて。》
謝るご主人様に、ファシーは左前足で顔を掻いて答える。
右前足が肯定、左前足が否定。
つまり、ファシーは
「そんなことはないですよ。」と言ったのだろう。かなり賢い猫である。
そして、ファシーは開いていたクローゼットに上手く入り込み、透の指示を待った。
「……よしよし。ファシー、後は透視で部屋の中を見張ったまま現状維持ね……。」
透がまた呟く。
「……そういえばさ。」
「ん?」
ここで、透が一旦区切ったようなので、裕貴は前から気になっていた事を聞いてみた。
「お前、ナイトの魂を目覚めさせた理由は、ただ興味があっただけだって言ってたよな?」
“魂持ち”については、魂を目覚めさせられた後に、透と屋上を下りていく途中で聞いた。
あの時はかなりの興奮状態だったのでよく考えなかったが、今思えば、あの一部始終の後であの説明は明らかに矛盾していただろう。
透は
「あー。」と短く相槌を打った後、率直に返答した。
「あれ嘘だから。」
「は?」
透があまりにも悪びれる事無く返答したので、裕貴は口を開いたまま固まる。
「本当に興味があっただけなわけないでしょ。僕、そんなに暇人じゃないよ。」
――こいつ……。
裕貴は青筋がピクピクするのを感じた。
透が言うには、透はさも当たり前だと言うかのように、裕貴を騙したらしい。基、丸め込んだらしい。
最初から用心棒が欲しかったと言えばそれで済むのに、何故こいつはそうしなかったのだろう?
聞いてみたところ、今までに聞いたこいつのむかつく言葉の中で、ベスト3に入る返事が返ってきた。
「フッ……計算通りさ。」
――ヒュッ
フッ、と口の端を微妙に上げて言った透に、裕貴はもう手を伸ばしていた。
こいつのそのむかつく頬を思いきり捻るために……。
だが、その手は虚しく空気を掴む。
透は、さっきと同じ格好のままで、裕貴が手を伸ばした場所から数十センチ先の場所に居た。
裕貴はしばらくの間動かずにじっとしていたが、やがて渋々と手を引いていく。
そしてしばらく透を睨んだ後、ぼそりと呟いた。
「……反則だろ。」
「何が?」
透が首を傾げながら、裕貴を横目で見る。
そんな透に、裕貴は半ば呆れながら言った。
「お前は“召喚師”なんだろ?だったらそんな……瞬間移動みたいな事するなよ。」
透は顎に手をやって、考え始める。と、
――ヒュッ
裕貴が瞬きをした瞬間、透がその場から消え去った。
裕貴は慌てて周りを見回すが、透の姿は無い。
――ふと、後ろに気配を感じた。
振り向きたいのだが、いろいろな意味で怖くて振り向けない。振り向いた先の未来を見たくはないと、体が本能的に語っている。
首筋の辺りが痒い。
だが、その地獄のような時間はすぐに消え去った。
「ばぁ!」
子供っぽいアクションと共に、透が目の前に現れる。
目の前と言っても本当に目の前なので、裕貴の顔には必然的に唾がかかった。
「びっくりした?」
透が笑いながら聞いてくる。
「ってか近い。」
裕貴はそう言い、笑う透から30センチ程離れた。
そして透は、先程の現象を説明し始める。
「今のはね、僕がやったんだけど僕じゃないんだ。」
「……どういう事だよ?」
透の説明は意味不明だ。
「ファシーは様々な情報を収集できる“スパイ”能力……。召喚獣には各々能力があって、それこそ様々なことが出来る。」
そう言って、透は床に手を置いて小さな青い魔法陣を描く。
そしてその魔法陣が光り、中から手の平程の大きさの白い蛙が出てきた。
「この子の名は“ジャプ”。能力は“瞬間移動”。ただし、この状態だと見える範囲までしか移動出来ないけどね。」
透はそう言うと、徐にジャプの背中に手を置く。
「よく見ててね?この子に触れている間に、僕が命令すれば……。」
――ヒュッ
透が消えた。
……と思ったが、残念な事に、ただ裕貴の左側に移動しただけだった。
だが、これでさっきの現象がわかった。
「……その蛙を、ポケットに入れていたのか。」
得意気に笑っている透に、裕貴が言う。
「そう。僕の能力は召喚獣を使う事で、限りなく自由なんだ。」
透がにこやかに言い放った。
「例えば、学校で君が僕を着けていたとき、僕も君の後ろにファシーを着けさせていた。そうすれば、ファシーの能力で僕に君の行動が伝わるから、あとはジャプの瞬間移動で窓を通して見える適当な廊下にでも行って、君から遠ざかればいい。」
裕貴はその時の事を思い出して、透のかなり手の込んだ手品に感心して頷く。
「でも、普通にファシーを着けさせるだけじゃ駄目なんだ。だって、学校の中を猫が堂々と歩いてたらおかしいでしょ?だから……。」
透はそこで一旦言葉を区切り、壁に立掛けてある杖を見ると、瞬間移動でそこまで行き杖を取った。
「“強化陣”。」
――カッ
透が杖の先を床に着けて魔法陣を張る。
だが、その魔法陣は青ではなく赤に輝いていた。
「これは“強化陣”。召喚獣のレベルを上げる事ができるんだ。」
透はそう言うと、魔法陣の上にジャプを置く。
すると魔法陣は輝きを増し、ジャプは光に包まれた。
「LV2召喚、“ジャプ”!」
――カッ
透の声と共に光が解かれていく。そして、再びジャプが姿を現す。
だが、それは前の姿とは違っていた。
白い皮膚にこれまた白い毛が生え、大きさも一回り程大きくなっている。
透は、また説明し始めた。
「今の瞬間で、ジャプは“成長”したんだ。レベルが上がるっていう事は、成長するっていう事なんだよ。」
透がジャプのふさふさした毛を撫でる。
「成長すると、能力が強化・改善される。ジャプはLV2になると能力が強化されて、より遠くへ瞬間移動出来るようになるんだ。」
透はそう言って、部屋の隅まで瞬間移動で行って戻って来て見せた。
「話を戻すけど、あの時のファシーはLV7だったんだ。LV7のファシーはそれ以下の能力に加えて“変装”の能力が付く。因みに、今のファシーはLV6だよ。」
「……それで、あの時はお前が二人居たのか。」
裕貴が口を開いた。
「その通り!なかなか勘が良いね、裕貴君。」
透がにっこりとする。
「でも、なんでわざわざ杖なんだ。手で張れないのか?」
裕貴が更に疑問を言う。
「んー……。僕ねぇ、手で張るとLV1しか張れないんだよ。っていうか、召喚ってそもそも滅茶苦茶キツイからねぇ……。だから、この杖で魔力みたいなものを補ってるの。」
「魔力“みたいな”……?」
裕貴は透の言葉に違和感を覚えた。
「この力が何て言うのか、まだ分かっていないんだ。だから、この世界では魔力って呼ぶべきかなぁ……って。」
透が肩をすくめる。
「分かってない……?」
裕貴の頭の中ではまだまだ疑問が沸いてきていたが、切りが無いので聞くのは止めておいた。
「さて、そろそろあの人がどうなったか見てみる?」
「あぁ、そういえばほったらかしにしていたな。」
透と裕貴が再び目を閉じる。そして瞼の裏の祥を見てみると、祥は予想外の行動を取っていた。
――テレビの前でゲームをしている。
つい先程ショックを受けていたのに、やることは今日買ったゲームをすること。
オタクとは恐ろしい者である。
だがこの後起こる出来事に比べれば、これは然程恐ろしくもない事だった。