第5話 三人目は二重人格
三人目の仲間が登場します。短いですがどうぞ。
秋葉原の路地裏の前で、ウロウロしている人がいる。
その人は、オタクだった。
「どうするかなぁ……。」
彼が何を迷ってるのかと言えば、それは中々シンプルな問題である。
彼の名は金沢 祥、22歳。ついでに独身。仕事はちゃんとしているが、小心者であまり上手くはいっていない。
その小心者さは今のこの状況にも深く関わっている。
「うー……。」
しびれを切らしたかのようにうめき出した祥。オレンジに染めた髪を掻く。
路地裏には嫌な空気が漂い、得体の知れない変な臭いもする。
だが、時間が無い。今日の午後四時半から始まるアニメに間に合うかどうか、今は四時十五分である。録画予約をしていない訳ではないが、やはり生で見たい。
この路地を通れば駅まで約八分。家までの時間と合わせてギリギリ間に合う。
だが、この路地裏は明らかにこっちと世界が違う。
急がば回れ?いや、回っている時間は無い。この路地裏を突っ切らない限り、明日は無いのだ。
祥は意を決した。
――ダッ
持っている大量の荷物を抱え、走り出す。途中で振り向きはしない。ただ、どこにいるかもわからない危ない人にだけ注意をする。
「あーあ、そんなに買って……。ムダじゃない?」
いきなり、酌に触る声が浴びせられた。その言葉に、祥は思わず振り向く。
立っていたのは、黒い猫を肩に乗せた少年だった。
祥がその少年を睨む。
「なんだい?君は。」
少年はニヤッと笑いながら、さも楽しそうに言葉を返した。
「只の通りすがりさ♪今のは思ったことを口に出しただけだよ。」
口調が更に酌に触るが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
時間が無さすぎる。
「……そう。」
祥はそれだけ言うと、素早く走り出した。
だが、次の少年の言葉ですぐに止まる。
「それにしても、こんなイヤラシイ物を買うなんてねぇ。趣味悪〜い。」
祥が振り返ると、少年は手に何かの冊子を持っていた。
途端に祥は荷物をあさり、一つのソフトケースを取り出す。
“きゅんきゅん☆プリンセス”……。今日買った様々な物の中でも特にメインとなる、限定版の代物だ。 しかし中を開け、唖然とする。
限定版のソフト、“きゅんきゅん☆プリンセス”の……説明書が無い。
今は少年の手に渡っている。
「一体どうやって……!?」
祥はそう言いながら、少年に向かって走り出した。 ――ガシッ
祥の手が何かを掴む。それは、祥の狙っていた説明書ではなかった。
「ニ゛ャアァッ!!」
――ガブッ
黒い猫が祥の手に噛みつく。
思わず、痛みに手を離した。
「あれっ……!?」
祥はここでやっと気付く。
少年が目の前から姿を消した。この猫を掴んだ途端、いきなり消えたのだ。
だが、後ろから笑い声が聞こえてきた。
「どうしたの、こんな説明書くらい。どうなってもいいでしょ?」
祥が後ろを振り向くと、説明書を破ろうとする少年が視界に入る。
祥の中で、何かがうごめいた……。
「……あああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……ッ!!」
体が震え、腹が煮えたぎる感じがする。
「おっ?」
少年は面白がるように構えるが、既に祥はそれすらも認識できなくなっていた。
「……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!うっっっぜえぇぇぇぇーーッ!!」
――ゴォッ
「うっ……!?」
熱気が辺りを包み込む。
これにはさすがに少年も苦しい様だ。
「それを返せぇッ!!」
――ゴオォォッ
口調の変わった祥の手から、炎が放たれる。
「ぅ熱ちっ!」
少年の肩を炎が掠めた。
その顔が苦痛に歪む。
「くっ……!そんなに言うなら、返すよ!」
――ヒュンッ
祥の方に説明書が飛んでいく。
祥はそれを取った。
だが……。
「返しただけで、済まされると思うなよ!!」
祥は許さず、再び炎を乱射し始める。
「そりゃあ無いっしょ!」
少年は祥の放つ炎を必死に避け続けた。