あたし、十二歳で次期宰相候補にされました。
「あら、ずいぶんとふくよかですわね。だめですわよ。健康かんりはしっかりとしなければしょーらいいらぬ病気をかかえこんでしまいますわ」
初めて会ったのは四歳。領地が隣同士、親同士も仲がよかったあたしがあの子に対して喰って掛かるようになったのは彼女が心底心配気な顔で言い放ったこの一言が原因だと今でもあたしは断言できる。
「デブじゃないもん!!」
ふくよかが何を意味するか分かる程度に賢かったあたしは傷ついた。それはもう盛大に抗議した。涙目で「いじわるしないで!」と訴えるあたしは気づかなかった。
目の前の子供が子供らしい感性から遠く離れた場所にいることを。
規格外、その言葉が目茶苦茶似合う存在だといことに愚かにもあたしは気づかなかった。
子供のときにしか着ることの赦されないフリフリなドレスを着たあの子は涙目でわめくあたしの肩をポンポンと宥めるように叩く。
なによ!いまさらごめんって言ったってゆるしてあげない!!
そんな思いで顔を上げたあたしが見たのは真面目な顔で沢山の紙を取り出すあの子の姿。
「あなたは健康かんりをかるくみすぎですわ。たたかいはすでに始まっているのですよ?わかい頃の健康かんりをてっていするのとしないのとでは数値にこれほどの差が…………」
なにやら沢山の数値が書かれた紙を床に広げつつ健康管理の必要性としないことによる将来わずらうであろう病気の症例を事細かに説明された。
なにこのこ?ばか?ばかなの?何いっているの?わけがわからない~~~~~~~~~~~~~~~~!!!
それは専門的過ぎたため四歳児に理解しきれる内容ではなかったがはたから見たら仲良く遊んでいるように見えたらしくおやつの時間まで延々とこの責め苦は続いたのは言うまでもない。
あの子は万事そんな感じだった。やることなすこと普通の子供からかけ離れていて、泣いたり怒ったりといった子供らしい感情の発露が殆どない。自分と同じ舌足らずな喋り方をするのに言動は大人のようであった。
あの子が「祝福」という特殊な子供なのだと知るのはすぐ後であった。
祝福を持つ人間は様々な分野において非常に優れた才能を示し、その精神の成長は異常なまでに早い。
そして、彼らは理性が強く非常に広い視野で物事を見る。
子供なのに達観したようなあの子の姿に小さな頃のあたしはなぜか、むかむかした。何しても勝てない。喰って掛かっても軽く流されて喧嘩もできない。
いつもいつもいつも。
目の前にいるはずなのにあの子はあたしとは違う場所にいるようだった。
最初はわけが分からなかった。次に怖くなった。そして、最終的には非常に腹が立った。
だって、あの子、なにをしても何を言っても大人が子供をたしなめるような顔であたしを見たのよ?
おないどしのくせに。おなじこどもなのに。おやが同じぐらいの家柄なのに。
あの子はあたしを無意識に庇護すべき存在だと認識していた。
それにたまらなく腹が立った。
子供らしい遊びをしてもあの子はすぐに保護者側に回る。どうしたらいい?どうしたらあの子と対等で居られる?
五歳の時、あの子が領地の経営を手伝い始めたと聞いたとき、あたしの頭の中にひらめきが起きた。
これだと思った。あたしも領地の仕事が出来ればあの子だってあたしのことを対等だって思うはず!!
「お父様!!あたしにもお仕事を教えて!!」
思いつきのままお父様の部屋まで突撃をかましたあたしにお父様は心底驚いたらしい。
それから渋るお父様を説得し、必死に勉強をした。あの子がてきぱきと領地経営をしているのを横目にあたしはただひたすらに基礎的なことを覚える段階だったけどあきらめなかった。
幸いなことに他の子供よりは頭のできがよかったらしいあたしはぐんぐんと知識を吸収し、六歳になるころにはどうにかお父様の雑用ぐらいは出来るようになっていた。
その頃にはあの子とも話しが合うようになった。
あの子は自分と同じ年のあたしがお父様の仕事を手伝えているのに驚いたみたいだった。相談に乗りましょうか?と言ってきたりしたけどあたしは丁寧にだけど頑として受け付けなかった。
あの子はライバルだ。馴れ合いはしない。まだまだあたしはあの子と対等になれていない。相談するんじゃない。相談されるようなそんな存在になるんだ。
その思いだけを糧にあたしは頑張った。あの子に及ばないのなら知恵を絞って回りをよく見て、少しの情報も見逃さないようにした。自分の足で領地を歩いて、領民の人達が何を考え、何を感じているのか理解しようと勤めた。
あの子のような天才的なひらめきも見事な経営手腕もない。だから地道に時間を掛けて案件を練って、迷って怒られながらも仕事をした。
あの子になりたいわけじゃない、あたし自身の方法であの子と対等になれるように。
あたしは人よりちょっとだけ頭が良かった。だけどそれはほんの少しだけ優れていただけ、多分、年を取ったら回りと変わらなくなるぐらいのつかの間の聡明さ。
それを自覚していたからこそあたしは努力を惜しまなかった。
今、与えられている聡明さはきっといつか消える。だけど努力したことは絶対に消えたりなんてしない。
そして八歳の春、内乱が起きた。それは国中を混乱に巻き込んで同時期に発生した災害も合わさり大きな被害を国に残した。
新王が即位するまで二年間は地獄だった。民を護るため、あたしはあの子を頼った。あたしの自尊心なんかより民の命の方が大切だと思った。
領地経営を手伝った時間はあたしの心の中にそんな想いを根付かせていた。
民を護る最良の方法は隣の領主………あの子と協力して全力で動くことだと素直にそう、認められた。
それからあの子が主体となり対策が練られ、あたしは補佐としてあっちこっち駆けずり回った。
碌に眠ることもせず不眠不休で二つの領主一家は全員が一丸となって動いた。そのため、あたし達の領地では内乱や災害の影響は最小限にとどめられた。
だけど………あたし達は知っている。
民を護るべき領主が保身に走った領地でどれだけの民が見殺しにされたか、内乱でどれだけの命が落とされたか。
情報で、数値でそしてこの目でそれを確かめたから。
『人の上に立つのなら、その覚悟があるのなら、君たちは今のこの国の現状を、上に立つ者がその責務を放棄した現状を見るべきだ』
そう言ってあたしとあの子と跡取りとなるあたしの兄の三人を両家の親は王都へと送り出した。
道中でみた光景はとても言葉じゃ表せなかった。あたしは泣いた。ごみのように無造作に転がった死体を啄ばむ鳥の姿に吐いたこともあった。
あたしとあの子の手を繋いでくれていた兄の手はガタガタと震えていた。
あの子はただ、黙っていた。
あたしもあの子も兄も誰も目だけは逸らさなかった。
己の国の現状から誰一人として目を逸らさなかった。
握り締めた手の温もりと痛みと決意はきっと、永遠に忘れることはない。
そして月日は流れ、十二歳の年。
「わたくし、王妃になりますわ」
あほな発言であたしの度肝を抜いたあの子は本当に王妃になり。
「ついでに宰相様が優秀な跡取り候補を探されておりましたからあなたを推薦しておきましたわ」
という勝手すぎる発言が発端で宰相に目をつけられたあたしが宰相さまの小姓として城に上がることになるとは夢にも思わなかったわよ。全く。
領地ではなく王城になっちゃったけど民のために働く毎日はいやではないけどね。
それに、最近は楽しみなことも増えたし。
『毎日毎日毎日!!貴方は野菜を持ってこなければ告白できないのですか!!』
『今朝収穫したなかでも一番の野菜のなにが不満だ!!うまいぞ!』
『貴方はわたくしに野菜を食べさせたいのか告白がしたいのかどちらですか!』
遠くから聞こえてくる国王夫妻の朝の恒例行事にあたしは手元の書類にペンを走らせながら淡く微笑んだ。
昔は遠かったあの子が最近、ずいぶんと身近に感じる。
それが嬉しい、だなんて死んでも口にはださないけどね!