新たな均衡
数日後。田町はいつもの紺のスーツに身を包み、工藤建設の会議室で一人、彼女を待っていた。
ドアが開くと、工藤静江は心なしかいつもよりメイクのノリが良いように見えた。
「融資の件だけど、予定通り進めてもちょうだい。あなたの仕事の緻密さは、あの夜の変装で十分に証明されたわ」
安堵する田町に、工藤は不敵な笑みを浮かべて付け加えた。
「条件があるの。今後も定期的に、あのお店で会いましょう。もちろん、あなたは『康子さん』として。……正直に言うけれど、康子さんの時のあなた、かなり可愛かったわよ」
田町は眼鏡のブリッジを押し上げた。金融マンとしてのキャリアと、女装という秘密の領域が、不条理な形でリンクし始めたことを悟った。
「……承知いたしました。次回は、最新のチークのグラデーション手法について資料を用意しておきます」
「期待しているわ、康子さん」
会議室を出る田町の足取りは、革靴であるにもかかわらず、どこかあの厚底ブーツを履いている時のような、不安定で、それでいて軽やかな浮遊感に満ちていた。
帰宅した彼を、妻が怪訝そうな、しかしどこか嬉しそうな顔で迎えた。
「あなた、最近なんだか肌が綺麗ね」
「ああ……少し、洗顔のロジックを見直してみたんだ」
田町はクローゼットの奥に隠した「康子」の衣装を思い浮かべながら、優雅に微笑んだ。その微笑みは、もはや鏡を見ずとも完璧な角度を保っていた。




