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思ったのと違う!

深夜十一時。

 伊勢貝いせかい) わたる)は、死んだ魚のような目でアパートの玄関扉を開けた。

 今日も今日とてサービス残業。手にあるのは、夕食兼夜食のコンビニ袋だけ。早く靴を脱いで、ビールを煽って寝る。それ以外の選択肢は今の彼にはなかった。


「……あー、疲れた。マジでこの世から仕事消えねーかな」

 独り言とともに、渉が玄関の三和土たたきに一歩足を踏み入れた、その時だった。


 ピカッ。


 足元から、目に有害なレベルの黄金色の光が溢れ出す。

 幾何学模様が複雑に絡み合い、床一面に幻想的な紋様を描き出していく。一般的なラノベ主人公なら「なんだこれは!?」と驚く場面だろう。だが、渉の反応は違った。


「…………」


 彼はスッと視線を落とし、光り輝く魔法陣を冷ややかに見つめた。

 そして、まだ脱ぎかけだった革靴の踵を、全力で地面に踏みつけ直す。

「ちっ、またかよーー!! 今日のゴミ出し、俺の当番だって言ってんだろ!!」

 怒声が響き渡るのと、光が爆発するのは同時だった。

 コンビニ袋に入ったカフェラテが床に落ちるよりも早く、伊勢貝渉の姿は、現代日本から完全に消失した。


 次に足の裏に伝わってきたのは、ひんやりとした大理石の感触だった。

 目を開けるまでもない。鼻を突くお香の匂いと、無駄に広い空間の反響音。ここは――毎度お馴染み、ハメッツ王国の儀式の間だ。


「……おお! 成功です、成功いたしましたぞ陛下!」

 案の定、耳に飛び込んできたのは宰相の甲高い声だった。


 目を開けると、そこには「いつものメンツ」が揃っていた。玉座にふんぞり返る髭面の王。傍らで揉み手をする宰相。いかつい鎧の騎士たち。そして、魔法陣の傍らで杖を手に膝をつく、王女にして聖女のレティシア。


「レティシア王女、見事な召喚術でした。これで我が国も救われるというものですな!」

 宰相が王女を労う間、渉は無言だった。ただただ無言で、持っていたコンビニのレジ袋を指に引っかけ直す。王女が潤んだ瞳で顔を上げた。


「……勇者様。勝手な都合で貴方様を呼び出したこと、どうかお許しください。ですが、どうか私たちの声を聞いてはいただけないでしょうか」

「あー、はいはい。お疲れ様っす。謝罪とかいいんで、次、どうぞ」


 渉のあまりにも軽い流しに、全員がポカンと口を開けた。そんな空気を読まず、王が仰々しく立ち上がる。

「うむ。よくぞ召喚に応じてくれた! 単刀直入に言おう。この世界を滅ぼす魔王を討伐してほしい!」


「あー了解、じゃ」


 渉は片手を軽く上げた。

 バチッッッ!!

 轟音と共に、王の足元に強烈な雷撃が迸った。

「グハァッ!? ……な、何を、何をするんじゃ勇者ぁあああ!?」

 転げ落ちる王。騒然とする騎士たち。渉は冷めた目を向ける。


「いや、だってアンタがこの世界滅ぼすじゃん?」


「な……ッ!? 馬鹿なことを申すな! 私はこの国の王だぞ!」


「……あのさぁ。アンタ、俺が魔王を倒して持ってきた『討伐の証の角』、あれを利用して他国への侵略企んでるでしょ? その結果、角の瘴気が暴走して世界が滅ぶのよ。自覚ある?」


 王の顔から血の気が引く。


「あー、その顔。自覚なかったんだ? 確信犯よりタチ悪いわ。前回俺が呼ばれた時は、そのせいで世界がドロドロに溶けて終わったんだよね。もうあのエンディング見るの、飽き飽きなんすよ」


 静まり返る儀式の間。渉はパンパンと手を叩いた。

「じゃー俺は帰るけど、変な野心なんか考えないで大人しくね、陛下。あと、もう呼ばないでね。今度は本当に殺すよ?」

 冗談でも脅しでもない、史上最悪の拒絶。渉は指先で空間をなぞり、本来なら数日かかる帰還魔法を思考一つで構築した。


「じゃ、お疲れー」

 光の門が彼を包み込み、次の瞬間、勇者の気配は完全に消失した。


 あとに残されたのは、圧倒的な力の差に声を出すことすら忘れた、王城の面々だけだった。


「……ふぅ。やっと飯が食える。今日のパスタサラダは……」

 自宅に戻り、割り箸を割り、まさに一口目を運ぼうとした、その時。


 カッ!!


 本日二度目の召喚陣が床に浮かび上がる。


「――っ!? チッ、いい加減にしろ! しつこいんだよ、あのクソジジイ……ッ!」

 視界がホワイトアウトし、再び目を開けた場所は――魔王城の玉座の間だった。


 どうやら座標計算をミスり、さっきとは別の「魔王討伐後(角だけ奪って殺してない)」の周回データに引っ張られたらしい。


「そなた! 父から奪った角、返してたもう! あれが無いと世界が滅ぶのじゃ!」

 魔王の娘が必死に訴える。渉は「あー、またその話?」と言わんばかりにレジ袋を漁った。

「あーごめんごめん、忘れてたわ。返す返す」


 前回の戦利品として袋の底に眠っていた「魔王の角」を取り出すと、うずくまる魔王の頭に無造作に押し当てた。

「はい、じっとしててねー。『リペア』」

 指先から淡い光が放たれ、本来なら数か月の儀式が必要な角の接合が、数秒の事務作業で完了した。

「よし、修理完了。じゃ、今度こそ俺、飯食うからさ。もう呼ばないでね!」


 三度目の転移を終え、渉はようやく我が家の床を踏みしめた。


「ふーっ、やっと飯食える。腹へった~」

 今度こそ邪魔はさせないと、渉はパスタサラダの麺を高く持ち上げた。

 だが、無情にも部屋の隅に二つの魔法陣が浮かび上がる。


「えー、勘弁してくれよ。せめて飯食ってからに……っ!?」

 言い終わる前に二つの人影が現れた。

「今度はこっちに来たのかよ! って、なんでだよ!!」


 現れたのは、ハメッツ王と魔王だった。


王「なんじゃ? どうなっておる! お、お前は勇者、ワシを拉致したのか?」

魔王「勇者よ、ここはどこだ? 我をどうするつもりだ?」

渉「俺しらねーし、おたくらが勝手にきたんだろう?」

王・魔王「「貴様が呼んだのであろう!?」」


 狭いアパートの壁が、二人の魔圧でミシミシと悲鳴を上げる。

「呼んでねーし、帰れよ!! まったく、なんでだよ! どうせ来るなら王女たちだろう? なんでオッサンなんだよぉぉぉーーーーっっ!!!!」

 六畳一間に響き渡る勇者の絶叫。


 伊勢貝渉の平穏な日々は、どうやらまだ遠いようだった。


(完)

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