エレナとリリエナ
魔力を持つ子女が通う『学園』の課外活動時間。
貴族の娘であるリリエナ・アンブローシアと、『学園』には珍しい庶民の出であるエレナは、ともに部活動にいそしんでいた。
部活動とは、『採取部』――魔術の素材として需要のあるものを採取する活動である。
今日は、少女にしか採集できないとされる薬草を採取しに、とある魔力だまりに二人でやってきたところだった。
(……うう、なんで毎回アンブローシア様と組まされるの……)
庶民であるエレナと、貴族の中でも高位だというリリエナでは身分が違いすぎる。『学園』は建前上『学園』内での身分の差はないとしているが、そんなわけはない。庶民出のエレナは下級貴族に嫌がらせをされたことだってある。
そういうときに嫌がらせをさりげなく止めてくれるのは上級貴族の方々だけれど、それで親しみを抱くなんてありえない。ノブレスオブリージュってやつなんだろうなぁ……と有り難く思うだけだ。
だというのに、何かとエレナに目をかけ、声をかけ、あまつさえ採取の相方に指定してくる(推定)のがリリエナだった。
(貴族となんて、関わりたくないのに……。何か不興を買ったら、簡単にわたしの首なんてとんじゃうよ……)
そう思いつつも、採取部での収入は魅力的で、退部するという選択肢はとれない。
採取部では、部で必要な分以外の採取物は自身で売買が可能なのだ。エレナはそれを目当てに採取部に入った。『学園』では何かと物入りだが、実家に頼るわけにもいかないので。
「エレナさん、ご気分でも悪くて? 不調があるのなら、採取は取りやめにした方が……」
「い、いいえ! 気分は悪くないです!」
「でも、先ほどから黙りこくっていらっしゃるから……」
『あなたと言葉を交わして、何か不興を買ったらこわいからです』とは言えず、エレナは曖昧にごまかした。
「そ、そうですか? あっ、そろそろ先輩に教えていただいた魔力だまりですよ!」
「……確かに、肌に感じる魔力密度が濃くなってきましたわね。魔力だまりには魔物がいることもあります。気をつけて参りましょう」
「はい、気をつけます!」
そう言いつつ、エレナは楽観的だった。入学してからこれまでに訪れた魔力だまりで、魔物に出会ったことはほとんどなかったからだ。リリエナ以外と組んでいたときに魔物に出会ってしまったときも、先輩があっという間に倒したり、追い払ってくれたりした。
しかし、そんなエレナの予想を裏切る光景が、魔力だまりには広がっていた。
白く輝く毛並みを持つ一角獣――ユニコーンが、その魔力だまりでまどろんでいたのだ。
今回やってきた魔力だまりは、森の中、うつくしい泉を中心としている。ユニコーンの現れる条件としては、おかしいところはないけれど。
(ユニコーンの取り扱い方なんて、わたしまだ習ってない!)
ユニコーンの角は一級素材だ。採取部として垂涎の獲物ではあるが、ひとつ何かを間違えればその角で昇天させられるだろう。
なので穏便にお引き取り願いたい――なぜなら、目当ての薬草はユニコーンのすぐ傍に生えているから――のだが、その方法がわからない。
リリエナもエレナと同じ授業をとっている。ユニコーンについて学ぶのは次の次の授業だった。
「あの、アンブローシア様」
「いつも言っているけれど、リリエナと呼んで。エレナとリリエナ、名前も似ているでしょう?」
「いや、それはお名前で呼ぶ理由にはならないというか……。そうじゃなくて。あれ、ユニコーンですよね?」
「ええ、バイコーンには見えないわね」
「うかつに刺激できないですよね?」
「そうね。……ああ、でも――」
リリエナがそう、憂いげに言ったと同時、ユニコーンがまどろみから目覚め、ゆらり、と二人を見遣った。
「――気付かれてしまったようね。わたくしには、強力な守りの魔術がかかっていますから、ユニコーンの気に障ってしまったのでしょう」
「――それ、そんな悠長に言うようなことじゃないですよね!?」
ユニコーンが立ち上がる。そうしてそのまま――二人に向かって駆けだした!
「わ、わあっ! ええっと、『結界』! 『幻術』!」
「……『わたくしたちを守りなさい、首のない騎士』」
とりあえず咄嗟に魔術を唱えるエレナと、身に着けている宝石に向かって『命令』を発するリリエナ。
二人を守る結界と、さらに姿を見えなくさせる幻術が発動し、現れた半透明のデュラハンがユニコーンを盾で止めた。
「……まあ。エレナさんは本当にすごいのね。今の、短縮詠唱でしょう? それなのに、この精度で魔術を完成させられるなんて……」
「あ、ありがとうございます……じゃない。あれ……あのデュラハンは? 宝石を使った召喚魔術でしたよね?」
「わたくしを守る騎士よ。ユニコーンをうまく追い払うくらいは、できると思うけれど」
「……そんな心強い奥の手があったのなら、早めに言ってください……」
ユニコーンが駆けだした瞬間、ちょっと死を覚悟したエレナがへなへなと座り込みながら言うと、リリエナは眉根を寄せて、申し訳なさそうに告げる。
「ごめんなさいね。あれは殿下からお借りしている、もしもの時用の護身具なの」
「殿下って……殿下?」
「この国の王子殿下で間違いないわ」
この国の王子殿下というと一人しかいない。魔術師としても優秀と名高い、王太子殿下だ。
確かに、リリエナと殿下は幼馴染みだとか婚約者候補だとかいろいろ噂は聞いていたけれど、けれど。
(殿下からのプレゼント?の宝石に召喚魔術が刻まれてて? それはもしもの時用の護身具で? たぶんアンブローシア様がつけていらっしゃるアクセサリー類はどれもこれもそういうものだろうから? ……雲の上の話すぎる……)
思わず遠い目になったエレナの手を、リリエナがそっと握りしめる。エレナははっと意識を取り戻した。
「えっと……あの、アンブローシア様?」
「リリエナ」
「いや、あの、手……」
「リリエナと呼んでくれなくてはいやよ」
「……リ、リエナ様」
リリエナの頑なさに、エレナが不承不承名前を呼ぶと、リリエナはパッと花開いたように笑った。
それはリリエナのことを「なんでこの人こんなにわたしのこと気にしてくるんだろ。こわ」と思っているエレナでさえ見蕩れてしまうようなうつくしさで――。
「……あのね、エレナさん。笑わないで聞いてくださる?」
「え、……」
「わたくし、ずっと貴女と――おともだちになりたいと思っていたの」
「え」
「それで、貴女を追いかけて採取部に入ったし、採取の相方も貴女にしてもらっていたし……でも、勇気が出なくて、なかなか言い出せなくて……」
いろいろ聞き捨てならないことを言っているけれど、それより。
(それは今、デュラハンがユニコーンをなんとか追い払おうと奮闘している最中に言い出すことでしたかねぇ!?)
……というのが、エレナの偽らざる本音だった。
結界をはっているとはいえ、すぐ傍でユニコーンとデュラハンの攻防がなされている、この場所で。
そんな、頬を染めながら言うような内容かなぁ!? ……とエレナは内心で叫んだ。
しかしそんなエレナの内心を知ってか知らずか、リリエナは恋する乙女のように頬を染めて、小首を傾げて、エレナを見つめる。
「それで、……エレナさん。どうかしら。お友達に……なってくださる?」
その期待に満ち満ちた初々しい申し出に、エレナは心中で深く溜息をついて。
「――もっと場が落ち着いたら、……とりあえず考えます」
そう言うしかなかったのだった。
そのあとは、エレナの返答を聞いたリリエナが二つ目の召喚魔術を発動させ、ユニコーンを追い払うことに成功はしたものの一時的な魔力不足で倒れたり。
魔力回復を待つ間に、リリエナがいかにエレナのことが気になっていて、才能も買っていて、ゆくゆくは自分付きの魔術師になってほしいと思っているかを懇々と説明され、エレナが遠い目になったり。
とりあえずおためしで……と『お友達』を開始することになったりするのだけれど、それはまた次の機会で。
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