2-5.略奪者とレオ
レオと対峙するヴァルガスは、肩に受けた矢の痛みに耐えながらも、大剣を振り回していた。
レオはハンマーを構え、一歩も引かずに応戦している。激しい打ち合いの中、火花が散り、金属音が森に響き渡った。
ヴァルガスの大剣は重く、威力がある。一撃をもらうだけでも瀕死は免れない。
レオはその一撃一撃をかわしながら、反撃の隙を伺っていた。
しかし、攻撃は途切れることなく続く。
レオは防御に徹するしかなく、少しずつ自身の体力が消耗していく事を悟った。
その時だった。アーヴィンの矢がヴァルガスの足元に命中する。
ヴァルガスは一瞬動きを止め、その隙をついてレオはハンマーを振りかざし、
ヴァルガスの剣を弾き飛ばした。
しかし、矢の一本でたじろぐような戦士では無かった。
すぐに体勢を立て直し、再び攻撃を仕掛けてきた。
彼の動きは大剣使いにも関わらず素早く、二人は連携してもヴァルガスの猛攻を止めるのに苦戦していた。アーヴィンの矢は確実に命中するが、ヴァルガスの分厚い鎧は簡単に貫けず、レオのハンマーもその巨体に対して大きな効果には繋がらなかった。
「こいつ…流石にやるな…」
レオは息を切らしながら叫んだ。
アーヴィンは冷静に状況を見極め、次の手を考えるが、ヴァルガスの連続攻撃がそれを許さない。彼は再び弓を引き絞り、ヴァルガスの隙を狙う。しかし、矢を番えるその一瞬の隙を突かれ、ヴァルガスの大剣がアーヴィンに迫った。
アーヴィンは寸前で身を翻し、大剣の一撃を避けたが、バランスを崩して地面に倒れた。ヴァルガスはそのまま追い討ちをかけようとしたが、レオが間に割って入り、ハンマーを全力で振り下ろした。
ヴァルガスは迫るハンマーを大剣の腹で受け止め軌道を逸らす、もう一方の手でレオを弾き飛ばした。
レオは地面に叩きつけられ、痛みに呻いた。アーヴィンも立ち上がるが、ヴァルガスの圧倒的な力に二人とも窮地に立たされていた。
「これじゃ、埒が明かねぇ…!」
レオは歯を食いしばりながら立ち上がる。
アーヴィンは再び弓を構え、最後の一矢をヴァルガスに放った。
矢はヴァルガスの目の前をかすめ、彼の注意を一瞬そらす。その隙にレオは全力で突進し、ヴァルガスに体当たりをかけた。二人はもつれ合いながら地面に転がり、激しい格闘が続いた。
アーヴィンは矢が尽きていたが、弓は手にしたままヴァルガスに向かって駆け寄る。
レオとヴァルガスが激しく組み合う中、アーヴィンは隙を見つけて攻撃を仕掛けようとするが、ヴァルガスの反撃は素早く、二人とも傷を負いながらも必死に戦い続けた。
油断した訳では決してない。レオは集中を保っていた。
しかし今まで剣捌きから一転、リズムを変えたヴァルガスの一撃がレオの防御を崩し、彼を地面に叩きつけた。
アーヴィンはレオを守るために前に出るが、ヴァルガスの大剣が彼の弓を弾き飛ばし、アーヴィンは尻もちを着く形で倒れ込んだ。二人は追い詰められ、絶望的な状況に立たされていた。
「手間取らせやがって…。」
息を切らしながらも、その目には明らかな殺意が宿っていた。
強靭かつ幾多の戦いを乗り越えたであろう戦士は、二人に勝ったのだ。
そしてその表情は怒りと焦燥が混じり、最後の一撃の為、大剣をレオの首元に突きつけた。
ヴァルガスがアーヴィンの方をちらりと覗く。
「そこのお前、この森に住んでるとかいう人間だな。こいつを始末したらお前だ。
森から出る方法を教えるなら逃がしてやってもいい。」
「くっ、アーヴィン、わりぃ…。」
彼はもはや反撃できるほどの体力を持ち合わせていなかった。
太い腕が持ち上がる。大剣はゆっくり掲げられ天を突き静止した。
ここまで全力で戦った、意志は貫いたとレオは念じた。
出し切った。やれる事はやった。後悔はない。後悔は…
―――すまねぇ、モカ。にーちゃん何もできなかったわ。
「じゃあなっ!!」
無情にもその殺意が振り落とされようした、その時―――
森の奥から強烈に青白い光が辺り一体を照らす。木の影がみるみる鋭くなっていく。
同時に地面が大きく震えだし、地響きが発生する。
とてつもなく大きいその地鳴りに、その場にいる全員が動きを止めた。
「なん、だ…これ…は…何が起こってる!?」
今一歩で全てが手に入ると踏んでいたヴァルガスは地面の揺れにバランスを崩し、
大剣を支えにしゃがみ込んだ。
森の奥は、もはや直視できない程の発光に変わっていた。
「やばいぞ…爆発するぞーーー!!!」災厄が発生した事を察したレオが叫ぶ。
アーヴィンは倒れ込んだその場から動けず、ただ驚いた表情で光の先を見ていた。
レオは満身創痍でありながらも、咄嗟にアーヴィンに飛びついた。2人は砂利に体を擦り付けながら岩裏、光の影となっている所に滑り込んだ。
辺り一体を包んだその光、一瞬、時が止まったように全てが静止した。
そして一拍おいてとてつもない衝撃と轟音がその場にいる全員を襲った。
岩裏にいた二人だったが、例外は無かった。衝撃波によって岩ごと吹き飛ばされる。
アーヴィンとレオは岩壁と言っていい程の大きな岩に打ち付けられた。
もはや体力も思考する力も残っていない二人は打ち付けられた影響で意識を失った―――
―――どれほど時間が経ったのだろうか。
アーヴィンは重い瞼をゆっくりと開いた。全身に痛みが走り、視界がぼんやりとしている。青白い光がまだ淡く残り、災厄の爆発による甚大な被害が見渡せた。木々は根こそぎ倒れ、地面には深い亀裂が走っている。焼け焦げた木々の匂いが漂い、煙が立ち上っていた。
隣で呻き声が聞こえた。アーヴィンは頭を回し、レオの姿を捉えた。彼もまた意識を取り戻し、痛みを堪えながらゆっくりと起き上がろうとしていた。二人とも満身創痍で、大怪我を負っている。服は所々破れ、血が滲んでいた。
「無事か、アーヴィン?」掠れた声でレオが言った。
「ああ、生きてるらしい。ひどい有様だ…」アーヴィンは周囲を見渡し、災厄の大きさに目を見張った。木々は折れ、地面はえぐられ、見たこともない建造物が倒壊した状態であちこちにあり、岩や木にめり込んでいた。
ふと災厄の中心地に目をやると、人影が倒れているのが見えた。ヴァルガスのような大柄でもなく、サージ程の身長もない。アーヴィンの視線はその人影に固定された。
先程までこの場にいた誰とも違うその人影。
「誰か、いるぞ…」
アーヴィンが疑念を抱きながら呟いた。
レオもその視線を追い、同じ人影に気づき、二人は慎重にその人物に近づいていった。
倒れているのは若い男性で、見慣れない服装をしている。男は意識を失っているようだが、怪我をしている風ではなかった。近くに膝をついたアーヴィンは、男性の顔を見下ろした。
「誰だこいつ。略奪者…じゃないよな。」アーヴィンは顔を見やったが、レオは首を振った。
アーヴィンは周囲をもう一度見渡した。
ヤマタの森の中でも特に大きな木々が立ち並び、災厄によって引き込まれた別世界の破損した建造物がめり込んでいるのが見えた。
そして、災厄の中心地に近い場所にこの男がいる。周りにはギフトと呼べんでいいだろう、書物や物が散乱していた。
「何者なんだろうな、こいつがギフトだったりして…はは。」冗談のつもりでレオはアーヴィンの考え込む顔を覗き込みながら言った。
男が指を少しだけ動かした。意識を取り戻し始めたのだろう。ゆっくりと瞼が動き、微かに呻き声をあげた。徐々に目を開き、周囲を見回す。まだ混乱している様子だった。
「おい、大丈夫か?おいっ」レオが声をかける―――
周囲が徐々に明るさを取り戻す中、意識が戻り始めた男は、ぼんやりとした視界の中で見知らぬ場所を見渡した。
―――ん、どこやここ。
彼は地面に倒れているのだろうということを理解するまでに随分と時間が必要だった。前後左右、上下が曖昧で、頭痛と眩暈がする中でバットを軸に額をつけて十五回まわった気分だ。全身が重く、関節も痛む。
―――いてぇ。何が起きたんや…。
焼け焦げた木々の匂いが鼻を突き、煙が立ち上っているのが目に入った。辺り一帯があらゆる物が破壊されている様子だった。
少しづつ焦点が合っていく。そこには見知らぬ男たちが膝をつきこちらの心配をしているのだろうか、何かを話しているのが視界に入る。耳はぼやぼやと鮮明に音が聞き取れず、語りかけられている内容もわからない。
―――なんて?聞き取れへん…。
彼の瞳は混乱と不安で揺れていた。何とか声を絞り出し、「ここは…」と呟いた。
困惑している男。彼の意識は依然朦朧としているようだった。
この異世界の風景が彼に何を告げるのか、答えはまだ見えない。
焼けた匂いから一転、薄暗く湿気を帯びたいつもの静寂が取り戻されようとしている、ヤマタの森の風が三人をゆっくりと通り抜ける。
目を覚ました男が何者なのか、考えを巡らせるアーヴィンの銀髪がその風で少し揺れた―――