2-2.略奪者とレオ
ダメだ。ギフトを渡しても、こいつらにとって俺を見逃して得はない。
冒険者ではなく、嘘と裏切りに固められた本物の略奪者の気配を感じ取ったレオは、
一瞬の隙を突いてその場を飛び出した。宝石を懐にしまい、森の中を全力で駆け抜ける。
「追うぞ!あいつを逃がすな!」ヴァルガスが叫ぶ。
レオはとにかく駆け抜けた。後ろから追いかけてくるヴァルガス達の声が木々の間を抜け、彼の耳に届く。
足元の枝が折れる音、彼の息遣い、心臓の鼓動が激しく響き、周囲の音がより鮮明に感じられる。森の中の薄暗さと湿気が肌にまとわりつき、逃げる方向を狂わせるような錯覚を引き起こす。
彼らがすぐに追いついてくるのは明白だったが、発光虫の微かな光の中、ただ先へ先へと彼は全力で逃げ続けた―――
―――
ヤマタの森の中、アーヴィンは村長の話を念頭に入れ、いつもとはルートを変えて巡回をしていた。かなり昔の災厄跡地付近を探索していると、地面には人が数名通った痕跡に気付いた。アーヴィンは慎重に跡を辿り、略奪者の存在が近くにいることを察知する。
「これは…まだ新しいな、結構近いぞ。早く村に戻って報告しないと。」
アーヴィンは森の中を静かに進み、村への帰路を急いだ。
彼の感覚で言えば一直線に村まで戻る事も容易い。
村までの距離が残り半分といった所、昼間によく使う狩場の方から人の気配がする。
魔物じゃない。この森の魔物は夜に騒々しく音を立てて動く事はない。
あるとすれば俊敏に動き、狙った獲物を狩るその一瞬の音だけである。
音が近づいてくる。人の走る音だ。
アーヴィンは木の裏に身を隠し、音の方向に目を向けた。
間違いない、略奪者だ、そう予測した彼は矢を取り出し弓に掛け、息を殺す。
いや待て、よく考えたらおかしくはないか?人だとして何故この暗闇の中を走りまわってる…?ふと脳裏をよぎる。
その走る音は、大きな木の根に勢いよくもたれ掛かり、この森のこの時間におおよそ似つかわしく無い音が響いた。ほとんど体当たりの勢いであった。
そいつは肩で息をしていて、明らかに疲労困憊の様子だった。
息を切らしながら、膝に手を付き、その脈動を必死に抑えようとしていた。
まだ呼吸も整わず、肩で息をしながら、そいつはまた歩き出そうとする。
アーヴィンはゆっくりと弓を構え、木の裏から半身を出し、矢をそいつに向けた。
「動くな。」続けてゆっくりこちらを向けと指示をする。
一瞬肩の動きが止まったが、またゼェハァと大袈裟な呼吸に戻る。
抵抗する意思は感じない、ゆっくりとそいつは体を向けた。
歳は同じくらいに見えるが、その明らかな筋肉量、大きなハンマーを持っている事から
戦士なのだろう。アーヴィンは一切警戒心を解く気は無かった。
「やっぱり略奪者か。」呟くと同時、アーヴィンは更に弦を引いた。
「待て待て待て待て!待ってくれっ」そいつは焦り、声を上げる。
息を切らしながら、アーヴィンに向かって手を挙げて答える。
「た、確かに!多分だけど、お前の言ってるその略奪者と行動はしてた!してたけど、訳あって今そいつらから逃げてるんだよ!」
「何者だ。」アーヴィンの定めた狙いは動かず、鋭く睨みつける。
「俺はレオってんだ、冒険者だ。ゾショネラでは多少名の通った戦士だ!と、とにかく、お願いだからまず弓を下ろしてくれ!」レオは必死に訴えた。
レオと名乗ったその戦士は、森を駆け抜けた時にできたであろう小傷が体中にできていた。
それに全力で走ってきたのだとわかる息遣い。
そして、この森で、この状況で持っている武器に手をかける仕草さえなかった事、アーヴィンは一瞬考えた。
そんなレオの様子を見て、彼が嘘をついているようには見えなかった。
しかし、とは言え彼を完全に信用する訳にもいかなかった。
「訳アリなのはわかった。だけどこの先は俺の縄張りだ、行かせる訳には行かない。
追われていると言ったな。こっちのルートを使え。ついて来い」
この男の話を信じたとして、こいつを追ってくる人間がいるのならば、
村の方に向けて移動させる事だけは絶対にできない。
そして”村がある”という事も気取られてはいけないのだ。
アーヴィンは一旦弓を下ろし、レオを別のルートへ誘導することに決める。
この男への警戒心は以前、解くわけにはいかないが話せる人間だとアーヴィンは感じた―――