5-3.勇気の引き金
―――赤黒い禍々しい衝撃が一瞬、彼らを突き抜ける。
アーヴィンを気遣いタビーが駆け寄る。
しかし、次の瞬間、黒風の穢れは、狂ったように
「憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ、憎イ、憎イ憎イ!」と怒号のように叫び始める。
障壁は無くなったものの、その姿勢は一層恐ろしさを増していた。
黒風の穢れは再びタビーに向かって突進してくる。
「おい…こいつまだ!!!」
何とか冷静になろうとする。だが黒風の穢れは止まらない。
勢いに飲まれ、タビーは尻もちを着いてしまう。
片刃が赤く染まる、ゆっくりと腕が持ち上がる。
「オクイ…憎イ…タスケ…憎イ…ボク…ボク…オモ…イダ…」
タビーは自分がもう死ぬのだと理解した。
自分は化け物に殺されるのだと。
目をつぶり、全てを諦めた。
―――もう一回、連れとバイクで海行きたかったな…。
タビーの脳裏によぎる。二人の友人が。
―――俺と、竹内の名前を呼ぶって事は。
「…お前……一颯、紐手一颯なんか…?」
その一言に黒風の穢れは一瞬動きを止めた。
だが赤く染まった片刃は無情にも振り降ろされる。
しかし、ほんの少し、生まれた隙を見逃さなかったアーヴィンが、全力で突進し、十手で黒風の穢れの片刃の腕を、いなすように振り払う。
黒風の穢れは呻き声を上げ、アーヴィンの防御を受けて体勢を崩すが、片刃の赤い風によりアーヴィン自身もその衝撃で吹き飛ばされる。
致命傷には至らなかったものの、彼は地面に倒れ込み、痛みで顔を歪めた。
「アーヴィンっ!!」
黒風の穢れは、追撃の構えを取る。次は外すまいと。
再度振り上げた片刃の赤色が濃くなっていく。
アーヴィンは決死であった。
最後の力を振り絞って地を足で蹴った。
―――まだ終わるな…!!……間に合え!!
手に持った十手をもう一度握りしめる。
猛り狂った異形の前にアーヴィンは、もう一度立ちはだかる。
最後の一撃が打ち下ろされた。
アーヴィンは十手を両手で持ち直し片刃を受け止め、全ての力をふり絞り弾く。
「タビィィィイイ!!!今だぁあああああっ!!!」
黒風の穢れの片腕が大きく弾かれた事で胸部が露出したのを奥井旅人は見逃さなかった。
そこには赤紫色のコアが脈打っている。これが最後のチャンス。
「憎まれる筋合いなんかねぇぞ…んな言うなら…!なんで、なんで逝っちまったんだよぉぉぉおお!」
タビーは起き上がり、全力で黒風の穢れに向かって突進し、銃身の先に付いている刺突剣で
脈打つコアを突き刺した。
黒風の穢れの動きが緩慢になっていく。
コアの脈動が銃剣を通じてタビーの手にも伝わった。
そしてタビーの心に亡くなった親友との思い出が走馬灯のように過ぎていった。
「一颯…」
タビーは気付いていなかった、その目から涙が流れている事に。
―――どうなっても、親友やぞ。
そのまま四四式騎銃の引き金を引く。
最後の弾丸はコアに命中し、赤紫色の光がコアを中心に眩く光り、一瞬にして蒼緑色に変わる。
黒風の穢れのコアは激しく発光し、次第に崩壊していく。
「ア、アア…タビヒト…ハルレイン…ハルレイン…イキテ…ル」
異形の体は灰となりながら、最後の言葉を残し、そして風に吹かれて消え去った。
「…やった。」
―――
黒風の穢れが消え去る直前の蒼緑の光に照らされたから、付近一帯の森に変化が訪れた。
重苦しい暗闇が消え去り、薄暗い森の中に光が差し込み始めた。
緑豊かな鮮やかな風景が少しずつ戻り、鳥の囀りが響き渡る。
生まれて初めての森の光景に、アーヴィンは口を開けて周囲を見渡した。
「これは…」
タビーもその変化に気付いていた。
まだ緊張している様子だったが、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「どうなってんだこりゃ?…すげぇ。」
アーヴィンは動ける状態のタビーに声をかけた。
「タビー、大丈夫か?」
「なんとか…アーヴィンこそ無事か?」
「俺も平気だ。師匠とレオのところへ行こう。」
二人は動けないリセルとレオの元へ駆け寄った。
リセルは全身に傷を負い、苦痛に顔を歪めていたが、まだ意識はあった。
「師匠っ…!」
「リセルさん、大丈夫ですか?」タビーが尋ねる。
「ええ…でも、動くのはちょっと無理みたい…」
レオは腕があらぬ方向に曲がっており、意識も朦朧としていたが、アーヴィンの呼びかけに応じて目を開けた。
「レオ、しっかりしろ。今助ける」
レオは辛うじて頷き、「やったのか…はは。」と力なくつぶやいた。
リセルは痛みに耐えながらも、微笑んだ。
「アーヴィン、皆も本当によくやったわ…」
レオも、痛みの中で微かな笑みを浮かべた。
「いってて…。なんだったんだアイツ…。あんな魔物、初めて見たぜ…。」
四人は言葉に詰まっていた。誰も見た事がない魔物。
答えを出せる者はいるはずもなかった。
昨夜起こった大きな災厄、それと同時に生まれた魔物と偶然とは思えないタイミングで転移してきたギフター奥井旅人。
四人は満身創痍、思考を巡らすも答えに辿り着ける物はいなかった。
一拍の沈黙。
その時、四人の前に突然風が巻き起こり始めた。
風は徐々に集まり、渦を巻くようにして一つの形を形成していく。
その渦の中心に、淡い光が輝き出し、やがて人の姿をとり始めた。
それは、優しく吹き抜ける風に合わせて、まるで舞うように現れた精霊だった。
彼女が姿を現すと、その周囲の空気は一段と清浄になり、まるで森全体が浄化されるかのように澄んでいった。
風が木々を揺らし、葉がささやき、穢れの気配が薄れていくのが感じられた。
彼女の姿は、透き通るような淡い緑色の光に包まれており、優美で神秘的な雰囲気を漂わせていた。
風に揺れる彼女の長い髪と、穏やかな微笑みが、四人に安らぎを与えるようだった。
四人は咄嗟の事に、皆これ以上戦える状態などでは決してなかったが身構えた。
―――皆さん、本当にありがとうございました。…私の名はニュン。この森を守護をしていた風の精霊です。
その言葉を聞き、皆、ただ茫然と立ち尽くしていた。
自分たちが黒風の穢れを討った事によって精霊が顕現したという実感はまだなかったが、
目の前の精霊の存在が、それを徐々に確かなものにしていった。
風の精霊から送り出される風は四人を吹き抜け、彼らの心に静かな安らぎをもたらしていた。
それは、苛烈な戦いの終わりを告げる合図となったのだった―――
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
黒風の穢れとの壮絶な戦いが、ついに決着を迎えました。アーヴィン、タビー、レオ、リセル、それぞれが限界を超えて立ち向かったこの戦い、少しでも皆さんの心に響くものがあれば嬉しいです。
今回のエピソードでは、タビーの成長と彼の過去との繋がりが大きな鍵となりました。彼がどのように自分自身と向き合い、異世界での新たな居場所を見つけていくのか。これからの物語でさらに深掘りしていきます。
そして、ついに登場した風の精霊ニュン。彼女の存在が、この世界の秘密にどのように関わってくるのか――次の章で少しずつ明らかになっていきます。
次回からは、新たな旅立ちの準備が始まります。村を離れることへの不安や期待、そして新しい仲間との出会いも待っています。アーヴィンたちの冒険は、まだまだ続きますので、引き続き応援よろしくお願いします!
ここまで読んでくださった方、ぜひお気軽に感想や評価をいただけると励みになります!それでは、また次回の更新でお会いしましょう!




