3-3. ギフター:奥井 旅人
必死に森を疾走するアーヴィンと男を抱えたレオ。
魔物の様子が明らかにおかしくなったのは、
奥井の懐から落ちたメモ帳のような物だと、アーヴィンは気付いていた。
そして走りながら、そのメモ帳を拾い上げる。
魔物の呻き声が背後から聞こえる中、二人は必死に、全力で駆け抜ける。
後ろには苦悩する異形の魔物。
それは大きな大きな”鳴き声”なのか”泣き声”なのか、
以前としてしゃがみ込み、頭を抱えているのだった。
徐々に距離が離れていき、遠目から見たその異形は、
まさに人が何かに葛藤している姿のように見えた。
普段のレオなら男一人を担いでいても、そして普段のアーヴィンであれば多少の怪我を負っていても快活に駆け抜けていただろう。
ヴァルガス達との戦闘と災厄の衝撃によって彼らはもう限界に達している。
残っていたのはもはや生存本能だった。
突如現れたあの魔物への恐怖心が、目の前に差し迫ったあの絶望が、
彼らの足を止める事なく動かし続け、この森の中をたどたどしくも全力で走り続ける。
自身の背後から聞こえる異形の魔物の呻き声は、
なおも耳に残っているが、今はただ一刻も早く安全な場所へ逃げ込むこと、
それしか考えることができなかった。
「このまま行くぞ、レオ!」アーヴィンが叫んだ。
「わかってるっ!この男、どうする…!!」レオが背負いながら気にかける。
「今はとにかく逃げろ!少しでも遠くへ距離を離すぞ!」
アーヴィンは前を見据えながら応じる。
ヤマタの森は夜は長い。昼間と違って一層暗く、薄暗い木々が視界を遮る。
足元の苔や枝が音を立てないように、より慎重に踏みしめなければならない。
だがそんな事は今の二人にとって論外であった。ひたすらに走った。
途中、奥井が意識を取り戻す兆しを見せてはいたが、すぐにまた気を失ってしまった。
アーヴィンとレオはお互いを鼓舞し、突き進んだ。
十分に距離は離れたであろうか、やっと村への外敵を守る為の香炉が見えた。
帰ってきたのだ、ようやく安全な場所に。
村の近くまで辿り着いた二人はほっと一息ついた。
先に見えるうっすらとした明かりが二人の安堵を深めた。
アーヴィンにとって今までに無い過酷な一日。
明かりが見えた瞬間、込み上げるものを感じ、それをグッと堪えたのだった。
村の入口に到着する前にアーヴィンは立ち止まる。
「少し待っててくれ。俺が様子を見てくる。」
「ここは?」
レオは背負っていた奥井を一度下ろし、肩で組む形で体を支えた。
「すぐにわかる。大丈夫だから、ちょっと時間をくれ。」
アーヴィンはそう言うと、村の中に消えて行った。
しばらくして戻るアーヴィン。
「よし、行こう。」彼はそう告げた。
三人は村の入口に向かい、見張りをしていた村人が数人を連れてアーヴィンの姿を見つけて駆け寄ってきた。
「アーヴィン、無事だったのか!?ひどい怪我じゃないか…!」
血相を変えた見張りが叫ぶ。
「かろうじてまだ生きてるよ。」
皮肉とも取れるような冗談を言える仲である事がレオから見てもわかる。アーヴィンなりに心配させないようにしたのだろう。
「それで…その二人は…?」
「後で説明する。まずは村長に知らせてくれ。」
見張りの村人はすぐに走り出し、村長の家に向かう。ほどなくして許可が出たのだろう見張りに連れられる形で村へ入る三人。
アーヴィンとレオは奥井を抱えながら、村の中心へと進み、
村長の家に到着するとユカレイ夫妻がすでに待ち構えていた。
「じっちゃん…ただいま…。」
心配を掛けてしまったとユカレイに対して負い目を感じたアーヴィンは下を向き俯く。
彼がこれ程の怪我を負って帰ってきたことは一度もなかった。
「アーヴィン、お帰り。本当によく無事じゃった…。」
ユカレイ村長が優しい表情でアーヴィンの頬に触れる。
アーヴィンはもう一度込み上げるものを堪えた。
「ささ、とにかく手当じゃ。中へ入りなさい。」
ユカレイは老体にも関わらず、アーヴィンに肩を貸そうと手を差し伸べる。
「うん…。話は後で詳しく。この二人も休ませないといけない。」
アーヴィンはそう言うと、奥井を優しく地面に寝かせた。
ユカレイ夫人が手早く三人の状態を確認し、応急処置を施した。
アーヴィンとレオは一息ついたが、頭の中は先ほどの異形の魔物と、その恐怖でいっぱいだった。
「改めてアーヴィン、それにお二人にも、ありがとう。」
レオは向き直り、手当てをし、暖かい飲み物を持ってきてくれたユカレイ夫妻に頭を下げる。
「レオさん、と言ったわね。アーヴィンもだけど、体が頑丈なのね?
二人とも打撲や切り傷は沢山だけども、大事な骨はどこも折れてはいないみたいよ。」
ユカレイの妻、リセルが奥井の布団を掛け直しながら言った。
ユカレイは人間族でこの村の村長だが、リセルはダークエルフである。
ダークエルフは弓術に優れ、アーヴィンに狩猟術を教えたのは他でもないリセルである。
今ではユカレイは老齢になり、村全体の物事の判断や決断をしているが、
リセルはエルフだ、悠久の時を生きる種族なのだ。
今もなお美しく壮麗であり、現場を指揮する事もある人物だった。
アーヴィンは頭でわかっていてもリセルの事は「ばあちゃん」とは呼べず、普段は「師匠」と呼んでいた。
アーヴィンの幼少期、何歳なのか聞くたびに森の中でしごかれて育った記憶がある。
アーヴィンとレオは、ヤマタで取れる希少なピーフィの果実を使った暖かい飲み物をリセルから受け取る。ピーフィの実には治癒力の向上、疲労感の軽減等の効果がある。
「師匠、ありがとう。」
甘い果実の優しい香りが湯気と共に鼻を通る。
ぬぐい切れない緊張と恐怖もその一瞬だけは緩んだ気がした二人だった。
今回もお読みいただき、ありがとうございます!
アーヴィンたちがヤマタの森を必死に駆け抜け、
ようやく村へ帰還するまでの展開、いかがでしたでしょうか?
戦いの傷を負いながらも、ようやく帰る場所に辿り着いた安堵と、それでも消えない恐怖——
彼らの心情を丁寧に描きたいと思いながら書きました。
この先、異形の魔物の正体や、この世界に転移してきた男の理由も少しづつ明らかになっていきます。
村での休息も束の間、アーヴィンたちはさらなる試練へと向かうことに……。
次回もぜひお楽しみに!
もし感想などいただけたら、とても励みになります!
では、また次の話でお会いしましょう。




