3-2. ギフター:奥井 旅人
風は激しく渦を巻き、次第に一つの形を成していく。
その風は渦の中心へと巻き込まれていき、”ヒョウヒョウ”という音は不気味な泣き声のようにも聞こえた。
「あそこ、見ろ…風が集まって…。」
ヤマタの森で長らく暮らすアーヴィンにとって、こんな事は初めてだった。
風が消えた。そこには人型の魔物と言っていいのだろうか、その姿は異様で不気味な雰囲気を漂わせている。それは形容し難く、実態があるようにも見えるし、無いようにも見えた。
体を縁取る輪郭がしっかりと見えたりぼやけたりしている。
そして黒に近い灰色が妥当か、体の胸部に位置する辺りが赤く光っていた。
背丈は高いが体型としては細い。右腕にあたる部分は肘から先が片刃の剣のようになっていた。
魔物は呻き声を上げながら、サージに向かって踏み出した。
近づいてくる魔物から発せられるその呻き声は、口にあたる部分が喋っているように見えるが、言葉として一切聞き取れない音だった。
「縺翫∪縺医b縺ォ縺上>繧?k縺帙k繧?k縺帙↑縺!!!」
「何言ってんだぁ!?クソが!てめぇもぶった切ってやる!!」
殺意のサージは短剣を手に戦闘態勢を取る。
一定距離まで近づいたその魔物は、一度ピタリと足を止めた。
そして一拍置いた後、この森全体に轟く程の咆哮を上げ、その場から黒い風の残像だけを残して忽然と姿を消した。
いや、消えたのではない。移動したのだ。
全員が次に魔物に気付いたのは、そいつがサージの後ろに立っているその時だった。
「お、おい!なんだこいっ…!」振り向き様、サージは叫ぶが、魔物は無慈悲にその命を奪った。サージの悲鳴が響き渡り、魔物はいとも容易く、その片刃の腕で彼の体を横一閃にした。彼の命は呆気なく、その場で終わる。血が飛び散り、サージの上半身は力なく崩れ落ちた。
「サ、サージ…!く、くそっ!…」
ヴァルガスは恐怖に駆られて声が漏れだす。
これまで幾多の戦いを凌いできた。人だけではない、当然魔物も相手にしてきたのだ。
こいつは今まで見たどの魔物より危険だと、たった数秒でありながらヴァルガスは確信していた。
魔物の背後に位置するヴァルガスは、ゆっくりと後退し、その先が森に続くとわかる苔にブーツの踵が触れた瞬間、森へ全力で走り出した。
サージが真っ二つになるのを見て、アーヴィンとレオは唖然としていた。
この二人もヴァルガス同様に余りにも危険な状況である事を認識していた。
「うわぁああああ!!!なんやあいつ!!ば、化け物!!!」
奥井は先ほどまでの混乱に重ねて、人が殺されるのを目の当たりにしてしまい完全に取り乱していた。
奥井の叫びが聞こえた事が原因か、魔物は次にアーヴィン達に迫り、歩き始めた。
アーヴィンとレオは応戦しようとしたが、すでに力なき戦士となった二人は魔物から発せられる風に当たり容易く弾き飛ばされる。魔物は奥井の目の前に立ち塞がり、以前として呻き声を呟いていた。
アーヴィンとレオ、この二人にはただただ恐ろしい呻き声。絶望の音だった。
しかし、この場にいる奥井だけは違った。
『憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ。許セナイ…誰モ…許サナイ…』
「なんや…なんやこの声…!」
奥井には目の前の化け物の呻き声が憎しみの言葉が聞こえていた。
『ハルレ…イ…憎イ…テオ…モット憎イ…全テガ憎イ…。』
「はぁ…はぁ…!なんやねん…何言う…てんね…」
奥井は恐怖に震え、余りの絶望感に再び気を失った。
魔物が意識のない奥井の足元に着く。
片刃の腕を持ち上げた。サージを殺したその片刃は依然、血で染まっている。
もうアーヴィンとレオは諦めるしかなかった。
しかし、魔物の片刃が止まった。
奥井が気を失い、倒れた拍子に落ちた学生証が開き落ち、一枚の写真が魔物の動きを止めた。
今度は本当の呻き声であった。
それは突如として苦悩している人間のように膝を着き、頭を抱えはじめた。
そして声は一層大きくなり、泣いているようにも見えた。
アーヴィンとレオは寸分の差無く顔を見合わせた。
何が起こっているのか理解が追いつかない、追いつきはしないが、今がチャンスだという事だけはわかる。
逃げるなら、今しかない。
「レオッ!!」アーヴィンが精一杯の声を張り上げる。
「アーヴィン!走れぇぇえ!!!」
レオは渾身の力で起き上がり、奥井の傍に駆けつけ担ぎあげた。
アーヴィンはレオと奥井の背中を見る形で後を追う。
体の節々が痛い。それでもアーヴィンとレオはただひたすらに走った。




