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魔法の鏡~やられっぱなしの気弱令嬢が我慢をやめたとき。反撃を開始します  作者: 別所 燈
第四章 失踪

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63.旅の終着点~リヒター領へ

 いよいよリヒター公爵領に入った。


 ここにブライアンの実家がある。


 朝の草原でサミュエルが口笛を吹くと、タカが舞い降りてきた。


 アリシアはその迫力にびっくりした。


「すごく大きいのね」

「ああ、こいつがブライアンの鷹だ。特別に訓練されている」

 そう言ってサミュエルは鷹の足に手紙を結び付けた。


「その手紙って誰かに読まれる心配はないの?」

「ブライアンと一緒に作った暗号だから、そうやすやすと解かれないとは思う」

「本当に仲良しなのね。少しくらいブライアンのもとに帰れなかったの?」

 そんな彼らの関係がうらやましくなる。


「難しかったね。俺がジョシュアの側近になると内定が出てからは、王都から遠く離れることは許されなかった。他国に行くなど言語道断だと言われたよ」

 アリシアは頷いた。

「そうね。それは……あなたも寂しかったわね」

「ははは、またブライアンとの友情が復活したのは君のお陰かな。今は誤解も解けたよ」

 アリシアは首を傾げた。


「覚えがないわ」

「あの忌まわしい魔法の鏡だよ」

 その時、鷹がばさりと音を立て、サミュエルの腕から飛び立った。


「ブライアンと早く連絡がつくといいわね」

「そうだな……返事が来るのを気長にまとう」

 アリシアはてっきりブライアンの実家に直接行くのかと思っていたが、サミュエルの考えは違った。


 サミュエルは、子供の頃に世話になったリヒター公爵家に迷惑をかけたくないので、状況を聞いてから訪ねると決めていたのだ。


 アリシアはぼうっと鷹が飛んでいった青く高い空を眺めていた。

「アリシア、宿に戻ろう」

「うん、野宿も慣れたけれど、やっぱりベッドで眠れるって最高ね」


「アリシア、それ軍人の言うセリフだよ」

 そういってサミュエルは笑った。

 彼には明るい草原と青空がとても似合う。


 二人はここまで来るのにひと月以上かかっていた。

 街道を馬車に乗ってまっすぐに進めば、五日もかからないだろう。


 ところがアリシアはサミュエルとともに山と森を抜けてきた。


 旅費はサミュエルが護衛や魔物狩りをやったり、アリシアがアミュレットを売ったりして稼いだ。


「時々思うんだけど。二人でこのままずっと旅していてもいいかなって」

「本気で言ってる?」

 アリシアは結構本気で言っていたのだが、サミュエルの反応に恥ずかしくなった。


「サミュエルはどうなの?」

「この自由な生活がとても気に入っている。だが、俺は本当の意味で自由になりたい。無実の罪で追われるのは嫌だ。それにアダムの件で、はっきりさせたいこともある。けじめをつけたいんだ」

 サミュエルは明確な目的を持っている。

 彼の意思は修道院にアリシアを訪ねて来た時と変わらないのだ。


 アリシアの気持ちはズシリと沈む。


「やっぱり、あなた自国に戻るつもりなのね」

「アリシア、今のこの状況では母国の情報は入ってこない。君が、今でもジョシュアの婚約者だったらどうするつもりだ? きっちりけりを付けなくていいのか? 誰がアリシアを冤罪に陥れたのか知りたくはないのか?」


 サミュエルに旅の終わりと現実を突きつけられた気がした。


 アリシアとて、誰に陥れられたのかとても知りたいと思う。でもそれ以上に今の生活が幸せで……


 救護院で出会った老婆は『束の間の幸せ』と言った。

 

 それならば、この生活はいつか終わる。


(もう予言に振り回されるのは、いや。でも……)


「あなたの言う通り、今の状態は宙ぶらりんだわ。逃げ回っているだけだもの。何の解決にもならない。でも、あなたと旅ができてとっても楽しかった」

 明るく笑おうと思うのに、どうしても悲しくなってしまう。


「ここで別れるようなことをいうなよ。一緒に連れて行ってくれと言ったのは君じゃないか」

 アリシアは顔を上げ、じっとサミュエルを見つめた。


「一緒に行こうってこと?」

「一人より、二人だろ? 旅の間もずっとそうしてきた」

「うん、そうね。一緒に行こう」

 サミュエルが眉尻をさげて、アリシアにハンカチを差し出す。


「アリシア、泣くなよ。俺が泣かしたみたいじゃないか」

「サミュエルが泣かした」

「ごめん、出来る限り君に寂しい思いはさせないから」

 アリシアは彼の言葉に何度も頷いた。


 その時、彼の大きな手がアリシアの頭をふわりと撫でたので、アリシアは身を固くする。


「あれ、いやだった?」


 珍しくサミュエルが焦った様子を見せる。


「そんなことない」

 そう言いながら、アリシアは真っ赤になった

 いつもより撫で方が優しくて丁寧な気がしたのだ。



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