36.お土産②
「あの、……こんなにたくさん? 売ればいい値段がつくのに」
アリシアが少々混乱しながら言うと、サミュエルが笑い出す。
「君、本当に侯爵令嬢? 真っ先にお金の話?」
「さすがに、ただではもらえません」
「え? もちろん、ただじゃないよ」
「はい?」
確かにサミュエルは土産だと言った。
「アミュレットを作って欲しいんだ」
サミュエルが食わせ者だということを忘れて、引っ掛かってしまった自分が情けない。
だからといって、これだけの質のいい魔石を今更手放す気にはなれない。ぜひこの魔石で魔法道具を作ってみたいと思う。
アリシアはしばし悩む。
「俺のために十個作ってくれる? 後は君のだ。もともと手土産だし、好きにして。で、ちなみにルミエールの店で君はアミュレットをいくらで売ったの?」
とぼけようかとも思ったが、無駄なあがきだと気づいてやめた。
どういうわけか、サミュエルにとってはアリシアの表情は読みやすいようだ。
「百二十ゴールドです」
「うん、俺が買った値段が千ゴールドだから、あの店良心的だな。じゃあ、手間賃として五百ゴールドでどう?」
アリシアは唖然とした。
「サミュエル様、それはできません」
「え? じゃあ千ゴールド」
「違います。これはサミュエル様から頂いたものです。ありがたく自習で使わせていただきます。その成果品をサミュエル様にお渡しします」
サミュエルがきょとんとした顔をする。
「それじゃあ、君の儲けにならないじゃないか?」
「当たり前です! なんで私が、サミュエル様が命がけで集めた魔石で、サミュエル様を相手に商売をするのですか? 怒りますよ?」
「もう怒っているだろう? その……済まない」
珍しく殊勝な表情で謝った。
腹立たしいことではあるが、きっと彼の中の常識とアリシアの中の常識ではずれがあるのだと思った。
それにしても話せば話すほど、公爵家の子息らしくない人だと感じる。
「私の方こそすみません。一つ製作するのに一週間くらいかかると思います」
「え? そんな律儀に? いいよ、別に期限なんて設けないから」
サミュエルがそう言ったとき、後ろから声をかけられた。
「お義姉様、どうなさったのです? サムと喧嘩ですか?」
数週間ぶりに聞く、マリアベルの声は甘ったるくて胸やけを起こしそうになった。
少なくとも魔法科にこのような声音で話す者はいないので、ギャップが大きい。
「喧嘩なんかしてないよ。それに俺の名前はサムではなくて、サミュエルだよ」
アリシアはそう言って微笑むサミュエルの顔を見てぎょっとした。
(この人、もしかして作り笑いしている?)
いつも見るサミュエルの表情とは違う。一枚薄い布で覆われたような表情だ。
「アリシア嬢、久しぶりだね」
そう声をかけてきたのはジョシュアだ。
途端に嫌な動悸がする。
「はい、お久しぶりです。殿下」
ジョシュアはマリアベルの他に学友を二人ほど連れていた。
アリシアがカフェテリアに行かない間に、ますますマリアベルとジョシュアの距離は縮まったようだ。
「明日、久しぶりにカフェテリアで食事をしないか? 君はいつも魔法舎の貧相な食堂で食事をしているんだろう?」
「そんな、ジョシュア様、貧相だなんてお義姉様に失礼です」
マリアベルが、少し怒ったように言う。
アリシアはそんな二人のやりとりを見て、心を無にした。
(これはカフェテリアに来いって、お誘いではなく、命令よね……。授業を途中でぬけなきゃ。それに貧相って何? とても居心地がよいのだけれど)
アリシアは無念でたまらない。
たった三十分ほどの食事でも彼らと取ると永遠に感じるほど長いのだ。
(へんね。鏡の中の私はあれほど殿下に夢中だったのに。魔法科に入学した途端、心がどんどん離れていく。それともあの鏡をのぞいた時からかしら)
アリシアがつい思索にふけっていると、目ざといマリアベルがアリシアの握っている革袋を指さした。
「お義姉様、その革袋は何? もしかして、サムから何か貰ったの?」
マリアベルの一言で場が凍ったのがわかった。
驚いたことにアリシアの口が勝手に開いた。
「違うわ。これは授業で使う課題用のものなの」
とっさに嘘をついたのは初めてで、アリシアの心臓はバクバクとうるさい音を立てる。
「そうなの? 私に見せてくださる? 魔法科って何をしているところなのかわからないのよね? 変わった方が多くて、お話しする機会もほとんどないの」
これだけは取れられたくないと思ったが、皆の前で断る訳にもいかない。
アリシアは革袋を開いた。
それを見たマリアベルはがっかりした声を出す。
「なんだあ。宝石にもならない屑石ばかり。こんなもの何に使うの?」
アリシアは少なからず驚いた。マリアベルには魔石の価値が全く分からないのだ。
(おかしいわね。魔力が無ければこの学校には入れないはずなのに。確か聖魔
法の使い手だとか言っていたけれど。魔力が微弱なの?)
とりあえずアリシアは革袋を閉じた。これで解放されると思いきや、マリアベルがまたも声を上げる。
「そうそう、お義姉様、これを見て!」
マリアベルがそう言って、アリシアの前に腕をかざす。
かわいらしいトンボ玉で作られたブレスレットが光っていた。マリアベルの健康的な肌によく映えて似合っている。
「あら、とても素敵ね。マリアベル」
そう言ってアリシアが微笑むと、マリアベルは嬉しそうに顔をほころばせた。
「これはサムからのお土産なの! そうそうほかの方々はサムからブローチを貰ったのよ。だから、お義姉様も何かお土産を貰ったのかと思って」




