17.ジョシュア
ジョシュアは学園が休みの日は、王宮の執務室で書類仕事をしている。
その隣でサミュエルが手伝っていた。
「サム、アリシア嬢のことなんだが、どう思う? 最近の彼女、おかしくないか。マリアベルもアリシア嬢の精神が不安定になっていると言っている」
「さあ、俺はウェルストン嬢とは親しくないので、さっぱりわかりません」
「おい、敬語など使わずとも、いつもの口調でいいぞ」
ジョシュアとサミュエルは幼馴染で、将来サミュエルはジョシュアの補佐をすると決められていた。
そのためジョシュアの執務を手伝っているのだ。
「まずその呼び方からして駄目だね。マリアベル、アリシア嬢。どちらと親しいかわかりやすい」
ジョシュアは虚を突かれた顔をする。
「そうか、それは気付かなかった。では改めよう」
「そこに気づかないから、気持ちが離れてしまったんじゃないか?」
「え?」
「ウェルストン嬢は舞踏会の時に、君の周りに群がるデビュタントのご令嬢に突き飛ばされていたぞ。それをフォローできないのも問題だろ。まず、君が彼女を助けて、彼女を突き飛ばした令嬢を叱るべきだ。それをしないから、大切にされていない婚約者だと思われて皆がウェルストン嬢を軽んじる」
「……それも気付かなかった」
サミュエルが哀れみの目でジョシュアを見る。
「まだある。なぜ、学友である俺をマリアベル嬢の次に紹介したんだ? まずはウェルストン嬢に紹介するのが筋だろう。未来の王太子妃なんだから。それなのに君は俺たちのことをマリアベル嬢に紹介させた」
「それは姉妹の方が気安いと思ったのだ」
「婚約者の面目が丸つぶれだな。彼女、必死に笑顔を張りつかせたまま青ざめていたぞ」
さすがにジョシュアは肩を落とした。
「そんなに私はダメな行動をとっていたか、アリシア嬢が怒るのも無理はないか」
「へえ、彼女が怒ったの? あんなに大人しい人が? よほど腹に据えかねていたんだね。 君も落ち込んでいるようだし、今日はもうやめておくよ」
ジョシュアは驚いたように目を見開く。
「まだあるのかい?」
「あげたらきりがないくらいあるよ。舞踏会の時、マリアベル嬢は流行の今年のデザインのドレスを着て高い宝石をつけていたけれど、ウェルストン嬢は去年と同じドレスで安っぽい宝飾品を身に着けていた。君は婚約者にドレスも宝飾品も贈らないのか?」
「贈り物に関してはウェルストン家に固く禁じてられている。すべて自分の家で用意するからと」
「でも用意されていなかったね」
「私は気付かなかったが、結果的にはそうだった。だが、以前彼女に花と手紙は送っていた」
「過去形だね。今は送っていないの?」
「一度も返事がなかった」
サミュエルは呆れたように、肩をすくめる。
「それについては彼女に聞かなかったのか?」
「ああ、話したが申し訳ないと泣きそうな顔であやまっていた。が、それ以降も返事がないので贈り物をやめた」
「俺なら、実家に何かあると思って調べるね。特にウェルストン家は複雑な家だし」
「調べなら婚約前に済んでいる」
「それは後妻とマリアベル嬢が来る前だろう?」
サミュエルの言う通りで、ジョシュアはなにもいえなかった。
それにウェルストン家は侯爵家だけあって警護も厳しく、使用人たちも口も堅いから調べるのに骨を折る。
「それを踏まえて言うけど。彼女が侮られているのは本当に彼女だけの問題なのか?」
「私のせいだというのか?」
顔をしかめるジョシュアに、サミュエルは肩をすくめた。
「さあ? それこそ、ウェルストン嬢に聞いたらいいと思う。まあ君ならついうっかりマリアベル嬢にきいてしまいそうだけどね」
「アリシア嬢は、自分のせいではないと思っているようだ」
「へえ。そうそう、君たち婚約解消するんじゃないかって噂が出ているよ。学園だけではなく、社交界にもね。マリアベルと婚約するのではないかという噂もある。もし、君たちが婚約を解消したら、俺がウェルストン嬢をもらってもいい?」
ジョシュアは驚いてガタリと席を立つ。
「何だって? それはだめだ。アリシア嬢は私の婚約者だ。それに、どうしてそんな噂が広がっている?」
サミュエルが呆れたような顔をする。
「君は学園で何回ウェルストン嬢と昼食をとった。マリアベル嬢より、ずっと少ない回数だよね? ウェルストン嬢に不満があるなら、彼女を解放すべきだと思うよ」
ジョシュアはサミュエルの指摘に愕然とした。
そういえば、普通科と魔法騎士科は時間がずれるはず。だから、アリシアとも入れ違いになってしまったのだ。
それならば、なぜ学年は違うが、アリシアと同じ淑女コースのマリアベルが、ジョシュアと同じ時間帯にカフェテリアにいるのだろう。
選択科目がほとんどないので、彼女たちのカリキュラムは同じはずだ。
違和感はあったのに、今までそれを調べようともしてこなかった。
「サム、君はアリシア嬢が好きなのか?」
「何を言い出すかと思ったら。貴族の結婚とは好きとか嫌いとか、そういうものではないだろう」
サミュエルが心底呆れたような口調で先を続ける。
「ウェルストン嬢はとびぬけて頭もいいし、魔力も高く、家柄もいい。そのうえ美人で、うちの家格とぴったりだ。非社交的なのがたまに傷だけど、礼儀正しいし、俺の社交性でフォローできる」
「お前は、確かにそういう合理的な奴だったね」
ジョシュアはいくぶん侮蔑のこもった視線でサミュエルを見た。
ジョシュアも手をこまねいていたわけではない。アリシアの豹変は気になっていた。
だから行動を起こしたのだ。
寮監にアリシアは実家に帰っていると聞いていたのに、実際に彼女は学園の図書館にいた。
司書に聞けば、彼女は長期休暇や日曜日は朝から晩まで学園の図書館で勉強をしているという。
それに先日はまるで誰かに殴られたように顔を腫らしていた。
(まさか、ウェルストン家が家ぐるみで嘘をついていたのか? なぜそんなことをする必要がある? ウェルストン家に行くといつもアリシアは出てこなくて、マリアベルが代わりに出てくる)
マリアベルは無邪気で明るい少女だ。
アリシアと違い、女子生徒にも人気があり裏があるとは考えにくい。だとしたら、ウェルストン家に何か思惑があるのだろうかとジョシュアは思案した。




