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第九十八話 講義、探索者等級について

◇粘つく光【ねば-つく-ひかり】

魔法/付与魔法


触れることのできる光を生み出し塗りつける魔法。

光は重さも触感もないが、確かに触れられる。


咄嗟の光源として便利であり、また剣に塗布すれば、

非実体の敵にも攻撃が命中するようになる。

光を嫌う影の存在に特に効く。


その代償かは不明だが、効果が切れるまで

一度付けばなかなか取れない。

使用する前によく考えよう。

 俺は言われるまま食堂で軽食をつまみながら時間を潰す。


 空腹の訴えるままに食事を注文していた。こうして食べたいときに食べることができるなんて、昔では考えられなかったことだ。こうした何気ない事で昔との違いを覚え、俺もレアルムに馴染んできたと実感することがこの頃多くなった。

 食べ物は自分で狩って手に入れるもの、それができなければ恵んでもらうか、誰かから盗むか奪うしかない。奪うことに失敗した奴の末路は悲惨で、それでもその手段に走る人間は絶えなかった。飢えることはそれほどまでに苦しい。


「……美味しいな」


 今食べている肉の素揚げに酸味のある果汁をまぶした料理。

〝はぐれ街〟では間違いなくご馳走に分類されるけれど、レアルムではどの通りに行っても屋台で普通に売っている。それも子供でも買えるような値段でだ。それだけで、いかにあの街が貧しかったのか理解できる。


「待たせましたね」


 感傷的な気分に浸っていると、運動着からギルドの制服に着替えたメリジュナ教官がやってきた。手には革で作られた頑丈そうな鞄を提げている。


「話が少し長くなりそうですから、何か食べながらにしましょうか」


 俺たちはもう二品ほど注文した後、改まって卓越しに向き合う。

 ……メリジュナ教官に見つめられると、やましい事はないはずなのに咎められているような気分になってくる。……あ、あれ? 本当にやましい事はない、よな? 忘れているだけで何か謝らなければいけない事はなかったっけ? どんどん不安になってくるぞ。 


「あ、あああの! 今さらこんな基本的な事を訊いて申し訳ないんですけど……」

「……はあ。何を怯えているかは知りませんが、取って食うようなことはしません。責められるような事が無いならば、もっと堂々としていなさい」

「は、はい」

「それと、まだ探索者になって日の浅い貴方が等級制度について詳しく知らないことは不自然ではありません。むしろ、あえて過剰な関心が向かないよう、説明する部分を絞ったりしていますから」

関心が(・・・)向かないように(・・・・・・・)……?」


 と、ここで注文していた料理と飲み物が届けられた。

 杯を傾けて喉を湿らせてから、メリジュナ教官は説明を続けてくれた。


「そもそも探索者を等級で分ける理由、覚えていますか? これは見習い生の講義で出ます」

 講義で出ます――すなわち覚えていて当然(・・・・・・・)という言外の圧力。


「じ……実力に見合わない依頼を請け負わないようにするため……ですよね?」


 自信半分、不安半分で回答を口にする。

 メリジュナ教官は「主だってはそうですね」と言って貝の蒸し焼きを口に運んだ。よかった、及第点ではあるらしい。


「出現する魔物の強さ、侵入する遺跡の難度……それ以外の諸々も含めてギルドは査定し、等級という統一された基準で依頼を評価します。この便利な物差しがあるお陰で、誰もが具体的に危険性を認識できるわけですね。そして探索者も実力に応じて等級で分けることにより、自分より上の等級の依頼は原則請け負えないようにする。こうすることで身の丈に合わない探索で死ぬ事故(・・)を低減するのです」


 魔物の強さも探索者の強さも比較するための指標が無ければどうなるか。


 熟練者ならば過去の戦闘経験で感覚的に強さを推測できるかもしれないが、経験に乏しい新人はそうはいかない。相手の強さもよく分からず戦って返り討ちに合うかもしれない。

 あるいは熟練者であっても経験を過信しすぎて命を落とす結果になるやもしれないのだ。

 魔物の強さが曖昧だから周囲の助けの手を借りるべきか否かも判然としない。


 なるほど、確かにそれは、未然に防げたはずの事故(・・)と言い換えてもいいのだろう。


「ここまでが表向きの理由」

「表向き……?」

「今から言う内容は特に隠し立てしているわけではないですが、あまり言いふらさないように」

「……そんな事を俺に教えて大丈夫なんですか」

「構いません。誰もが暗黙のうちに認めながら存在しないように振る舞っている……いわゆる公然の秘密というやつです」


 公然の秘密……。俺は緊張と一緒に唾を呑む。






「一つには、探索者の向上心を煽って登録を促進するため」


 メリジュナ教官曰く――

 まず前提として、探索者の登録をせず〝外域〟に行き魔物と戦っても、ギルドから(・・・・・)咎められる(・・・・・)ことはない(・・・・・)

 ギルドとはあくまでも探索者の互助のための組織であって、組合に加わっていない人間を罰する義務も権限も無いのだ。罰せられるとすれば、それはギルドの規則ではなく、レアルムの治安を脅かす理由からだろう。


 だから決して多くはないが、探索者の登録をせず〝外域〟に潜る人間はいる。大抵そういう人間は、よっぽど後ろ暗い身か特別な事情があるのが相場らしい。

 ギルたちと出会って、小隊としての連携方法を模索していた時期の俺もまさにそうだ。俺の場合はそもそもギルドの存在自体知らなかったというだけだが……。

 そんな訳だから当然、非探索者として〝外域〟に潜っても、ギルドからの支援も補償も救援も受けられない。


 無法の下の自由。何が起ころうと自己責任の名の下に処理されるのみ。

 しかし、そんな事を許していては徒に人死にが増えるだけなので、ギルドとしてはちゃんと探索者登録をさせて然るべき技能を身に着けさせたうえで送り出したい。


 ――そこで登場するのが等級制による探索者の区分。


「ギルドに登録することが得だと思わせるんですよ。確かに自由という意味では誓約はあります」


 等級に応じた特定地域への侵入の制限。

 希少生物の捕獲制限。

 指名依頼、強制依頼、等々――


「ですがその分の利益は確実に享受できます。教官による技能指導、知識習得のための講座、ギルド提携商会への口利き、ギルド所蔵の書物も閲覧し放題。等級が上に行けば行くほどギルドも便宜を図るようになりますし、何より……」

「何より?」

周りから(・・・・)ちやほやされる(・・・・・・・)


 いたずらっぽくメリジュナ教官は微笑んだ。

 一瞬冗談かと思ったけれど……これは大真面目な事実らしい。


 正直なところ俺自身は自分の等級にさして興味はなかったりする。

 けれど、一般の感覚に当てはめると俺のような考え方はとても少数派なのだと。

 多くの探索者は自らの等級を上げることに躍起になっている。


「昔ほどではないそうですが、生き物の生死に関わる生業は〝忌み仕事〟と蔑まれます。それは探索者も例外ではありません。それでもこの道を選んだのは、普通では手に入らない追い求めるものがあるからです」

「追い求めるもの……」

「力、富、名声――万人の頂点に君臨し、全てを手に入れ、歴史に名を刻む……。誰もが一度は憧れる理想に、持たざる者が唯一近づける手段。探索者とは欲望を叶えるための方法でもあるのです。私が言ったちやほやとは、そういう意味です。等級を上げることは欲望に一歩近づくことなのだから、皆必死になって良い実績を作ろうとするのです」


 なるほど……確かに〝外域〟探索でどれだけの成果を生み出そうと、探索者でないのだとしたら、多分お金と交換されてそこで終わりだろう。

 だけど、その功績が等級という目に見える形で残り、さらに等級の数字が成果の積み重ねを表すことで、自分の価値を自然に周囲へ知らしめることができる。

 ユサーフィさんがギルドの職員から敬われている光景を見れば一目瞭然だろう。敬われているだけじゃなくて怖がられている気もしないでもないけど……。


 メリジュナ教官はそれぞれの等級の価値を簡単に説明してくれた。


 十等級は見習い。新人未満で訓練中であることを示す。

 訓練を修了して卒業を認められないと依頼は一切請けられないので、全員必死になって勉強する。


 九、八、七等級までが新人。この等級でいるうちは一人分の戦力だと認めてはもらえない。俺が今いるところだ。

 探索者全体の中で最も人数が多い等級……そして死亡率も高い。ここを潜り抜けられるかで探索者として大成できるかの分水嶺になってくる。


 六、五、四等級からがようやく一人前。十分な知識と経験を身に着けていることの証だ。

 この等級まで行けば出来る事が色々と増えてくる。例えば探索団を立ち上げるには最低でも五等級は無いと、団員の募集をかけても見向きもされないらしい。

 さらに四等級まで到達すれば、歴戦の熟練者として周囲から一目置かれ信用も厚くなる。普通の探索者の栄達としてはここが限界の意味で〝凡人の極級〟とも呼ばれたりする。


「ちなみにメリジュナ教官の等級って……」

「自慢ではありませんが……探索者を引退する前は四等級までいきました」


 なるほど……驚きはない。

 メリジュナ教官の実力を知っていれば納得の等級だからだ。


 そして最後の三、二、一等級。


 彼らを一言で言い表すなら――別格。


 上位一握りの、さらに上澄み。才能と運に恵まれた超人の領域。

 この等級に列せられる探索者は、誰もが尊敬を超えて畏怖の念を抱かれるほどの圧倒的な力の持ち主。

 その証拠に、人は彼らのことを憚ることなく、化物(・・)、と呼ぶ。

 蔑称でも何でもなく事実として。


「ここを目指すことは勧めません」メリジュナ教官の声音から緩みが消える。「三等級以上は努力でたどり着ける場所ではありません。生まれ持った蝕業、習得した魔法と意能、発現した極意、〝神器〟……今挙げた以外のものも含め、運命に恵まれた者にしか許されていない世界ですから。かつて…………」

「…………?」

「……かつての自身に満ち溢れていた最盛期の私ですら、手も足も出ずに敗れました。なぜ敗れたのか(・・・・・・・)理由すら(・・・・)分からないまま(・・・・・・・)、無様に地に這いつくばるしかなかった。あれは、人間の努力の積み重ねで打ち破れるような力ではありません」


 声をかけるのを躊躇うような沈黙の後、


「万が一、そういう相手と揉めたなら、自分で解決しようとしないで、私…………ではなく、ユサーフィを頼りなさい。きっと力になってくれるでしょう」


 メリジュナ教官は悲しげに笑った。


 過去、メリジュナ教官とユサーフィさんの間に何があったかは、教官自身の口から教えてもらった。

 メリジュナ教官にとっては言葉を交わすのにも様々な感情が呼び覚まされる相手にも関わらず、ユサーフィさんを頼れと言った。

 その方が俺のためになると思って。


 改めて、この人は厳しく――それを遥かに上回るほど優しいのだと思った。

◇人面草【じんめん-そう】

素材/調合素材/生物由来


多くの薬剤の素材となる薬草。

丸い球根に人間の相が浮かんでいる。


人面草は考えた。

植物なりに考えた。


人間の顔を持ちたらば、

気味悪がって喰わぬだろう……




 長生き老爺(ろうや)は言ったとさ

 ありがたい草見つけなせえ

 人面浮かべた草ですじゃ

 煎じて薬にしなしゃんせ

 さすれば長生きできたとさ


  ~とある地方の言い伝え~

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