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第九十七話 昇級

拙作をお読みいただきありがとうございます。


長らく間が空いてしまい申し訳ありません。

本章の執筆と推敲をしつつ、衝動的に書き始めた新作執筆との並行で大変遅れております。


本章もまだ書ききってはおりませんが、ある程度出来上がった部分からじわじわ投稿していこうと思います。

また、忌憚のないご感想をいただけると幸いです。


よろしくお願いいたします。

 人々が起き始める、静かな朝。

 静寂の中、自分が紙をめくる音だけが響く。

 それがたまらなく好きです。

 静けさと知識があるだけの世界、その支配者になったかのように思えるから。

 誰もいない孤独に満たされて、ようやく自分のカタチを知る。

 夜と別れて、朝が始まる。

 どちらでもないこの一瞬の黎明だけが、何物にも代えがたい時間。

 誰にも奪われたくなかった時間。


 だけど、そんなときでしたね。

 君が――






 人々が眠り始める、うるさい夜。

 喧騒の中、自分の呼吸の音が埋もれていく。

 それにとても安心したんだ。

 空っぽの私の中を別の誰かが満たして、生きているって思わせてくれるから。

 人々が織り成す波に揉まれて、はじめて自分のカタチを知る。

 朝を忘れて、夜が始まる。

 どちらでもないこの一瞬の黄昏だけが、何物にも代えがたい時間。

 誰かと分かち合いたかった時間。


 だけど、そんなときだったね。

 君が――




 ――君が、日常に飛び込んできたのは。












◆自由都市グアド・レアルム、探索者組合・応接室、ヨア



「昇級、ですか……」

「はい、おめでとうございます!」


 今日、俺はギルドへと呼び出しを受けていた。

 常に何かしらの依頼は請けているから二日に一回は訪れている場所。ただ、こうして呼び出されて行くのでは理由は分からないけど不穏なものを感じてしまう。


 けれど、告げられた内容は意に反して嬉しいものだった。

 探索者等級の昇級だ。


 等級は、探索者の()のようなものを評価する指標として誰しも気にせずにはいられないものだ。

 ギルドに加入する際の説明で、実力だけでなく依頼の達成率、貢献度、知識量、人格、その他諸々を総合的に考慮して決定されるものだから、ひとえに強さだけで上がっていくわけではない……と口を酸っぱくして言われた。つまりは進値を上げるだけで等級も比例して上がるわけではないと言いたいんだろう。

 その基準に照らし合わせて、俺は昇級に値すると認められたということか。


 以前に指名依頼の説明をしてくれた職員のナナセさんから新しい探索者等級証を受け取る。


「これでヨアさんは七等級に昇級して、同時に六等級昇級の一次試験免除も認定されています。スゴいですね! ……あれ? あんまり嬉しくなさそうな」

「はい……だって俺が昇級する理由って――」

「あの事件、のことですか?」


 俺は無言で頷いた。




 レアルムを震撼させた〝殺し屋〟の襲撃事件。

 その真相と顛末は既に明らかにされ、驚きと悲しみ、やるせない感情を探索者に覚えさせた。


 あれから一ヶ月が経過して、人々は表面上何事もなかったように日常を再開しているけど、爪痕は今もまだはっきり残ったままだ。

 多くの人が傷つき命を奪われている。特にウィゼラ教愛信派――探索団『開かれた腕』は全団員が死亡。拠点である教会ごと街から消え去った。

 その教義が結果として一人の女性の愛憎を生んだかもしれないが、彼らがこれまで行ってきた慈善行為は事実だ。それが無くなった歪みは徐々に表れ始めていた。


 けれど、グラトナ大隊長は「助けが必要な人を支援する仕組みは新たに構築中だ。そう悲観する必要はない」と言ったとおり、生活困窮者の支援と旧区画再建のための財源として、探索団に対し福祉復興税という税金を新たに導入し、ギルド主導で支援の取組みを進めていくという。


 賛成も反対も色んな意見が出た中、


〝――今まで人任せにしていて、こういう仕組みが存在しなかったこと自体がおかしいのだ。ウィゼラへの信仰と行動は切り離して考え、慈善活動は残された我々が引き継いでいかなければならない〟


 ……とギルド長の熱心な説得と働きかけによって決定されたと聞いている。

 これを機に救貧院の子供たちの暮らしが少しでも良くなることを願うばかりだ。


 レアルムが変わっていく中、俺たちにも変化はあった。

 自由都市グアド・レアルム、探索者という武力が集結する場所ですら安全ではないという現実に直面して、今まで忌避して関わろうとしなかった〝殺し屋〟の情報を共有しようという動きがある。

 誰に、何を、どこまで、と考えるべきことは多いけれど、他人事ではない脅威として捉えるべき風潮が生まれ始めていた。




 これ以外にも変わるもの、変わらざるをえないものは数あれど、それと俺の昇級に何か因果関係はあるのだろうか。

 事件に関わり〝殺し屋〟と直接剣を交わしたといえど、それで何かレアルムや誰かに貢献したなんておこがましい思いは微塵もない。


「いえいえ、決してそんな事はありませんよ」


 だけどナナセさんは俺の手を取り、真新しい等級証を掌に握らせる。


「ヨアさんはギルさんを助けるために戦ったのだとしても、あなたが立ち向かう意思に皆が勇気づけられたんです。そして実際に〝殺し屋〟を倒した。これは単に勝利した意味だけじゃなく、ギルドが〝殺し屋〟を現実の存在として対処していくための重要な切っ掛けになったんです。ね、その功労に報いるために昇級が相応しいと異論なく決まったんですから、堂々と受け取ってもらっていいんですよ」

「…………」

「あとぶっちゃけると、上に行くべき人にいつまでも滞留されると、ほら、他の方の昇級の審査とかやりにくいんですよ。アイツが昇級しないから審査の基準が厳しくなってるっ! ……とか邪推されても困りますしね~」


 だからまあそんな感じで……、と最後は押し付けるように受け取った等級証を首からさげる。紐に通されたソレが胸元で光を反射して輝く。


「しかも! 今回は九から七等級へひとっ飛びだけじゃなく、六等級の一次試験の技量審査免除もついた大盤振る舞いですから!」


 一次試験? 技量審査の免除? また分からない言葉が出てきたぞ。

 いや、それよりも、


「俺、今さらなんですけど等級の仕組みについてあんまり詳しく知らなくて」

「ん? ああ、そうなんですか。まあ確かに十等級のときに受ける講義ではあえて説明を簡素にしてますしね~。でも事ここに至るまで疎いのは珍しいというか……」


 ほおー、とナナセさんは感心したように息を吐く。

 う、別に責められているわけじゃないのに悪い事をした気分に……。


「うーん……教えて差し上げたいのはやまやまなんですけどぉ、私も次のお仕事があるんで……あ、そうだ!」

「え?」

「いるじゃないですか、ヨアさんの先生が!」






「――で、私のところに来たということですか」


 ギルドの建物内を歩き回ってしばらく、ようやく見つけた目当ての人は地下訓練場にいた。


 汗一つ掻かず涼しい顔を見れば、この人が訓練場に居たのは整備とか点検が理由だと思ってしまうだろう。

 ……その背後でボロボロに汚れて倒れ込んだ人が何人もいなければ。


「え、えと、忙しいところに来ちゃってすみません、メリジュナ教官。その、あの人たちは……」

「彼らは八、九等級の新人探索者ですね。さっきまで対人を想定した模擬戦闘訓練を行っていたところです」

「対人、ですか。対魔物じゃなく?」

「つい最近追加されたばかりの訓練項目です。これまでは魔物だけ狩っていればよいというような風潮でしたが、魔物は人間より身体能力で凌駕する分、攻撃は直情的で戦術もないので技術の成長には限界があります。なので対人戦を通じて駆け引き、はったり、思考の誘導、妨害戦術、逆にそれらへの対抗手段を叩きこんで自衛力を向上させるのが狙いなのですよ。貴方がまだ見習い生であれば私直々に、嫌と拒否しても強制的にしごいてあげたのですが……」


 対人訓練追加の前に卒業できていて本当に良かったと俺は心の底から思う。


「……あれ? でも九等級以上ってことは、とりあえず見習い生ではないですよね? なのに訓練を受けているんですか」

「彼らは殊勝にも自ら特訓したいと申し出てきたんですよ」殊勝と褒める割には冷徹な視線をメリジュナ教官は未だ起き上がれない彼らへと向ける。「動機にやや不純なものがあるのが玉に瑕ですけれど」

「不純……」


 いったい何のことだろうと首を捻れば、「貴方のせいですよ」とメリジュナ教官が呆れたような視線を向けてきた。


「〝殺し屋〟の事件で貴方は随分と名を上げましたからね。……その表情を見れば望んでのことではなかったのでしょうが、周囲はそう見ません。今や貴方は新人の中でも頭一つ抜けた存在として認知されています。それを見た周囲はこう思うのではないですか? いったい誰に(・・・・・・)指導を(・・・)受けたんだろう(・・・・・・・)同じ訓練を(・・・・・)受ければ自分も(・・・・・・・)強くなれるのでは(・・・・・・・・)――と」


 あ……。俺はメリジュナ教官が言わんとすることを察した。


 ここに倒れ伏している全員、俺がそうしてもらったのと同じく、メリジュナ教官の特訓を受けることで強くなろうとしたのだ。

 その努力をメリジュナ教官は「ただ闇雲にマネするだけで終わっているようではまだまだですがね」と切って捨てた。

 実際どうなんだろう。あの地獄のような走り込みをやり遂げるだけでも随分違うと思うけど……。


「純粋に自分の強さを高めようというならまだしも、強くなって女に好かれたい、有名になって実力のある探索団に引き抜かれたいといった願望が駄々洩れでしたので、お望み通り強くなれるよう一から鍛えてあげたところです。まあそれはいいとして……探索者の等級制度および昇級試験の概要、でしたか」

「はい。ナナセさんがメリジュナ教官に訊くのが一番だろうって」

「あの子も十分説明できるはずですが……まあいいでしょう」


 一階の食堂で待っていなさい――と言い残してメリジュナ教官はさっさと階段を昇って行ってしまった。あの倒れている人たちは放っておいていいんだろうか……。だけど起きる気配はないので仕方なく俺も後を追った。

◇妖刀「弑」【ようとう-しい】

武器/刀系統/太刀


遥か東の地、東荒の名工の手による太刀。

妖刀二十六本のうちの一振り。


この刀は初め、護国の守り刀として打たれた。

国を害し繁栄を脅かさんとするものを斬れと。

だが、歴史上その刃は全て、時の為政者へ向けられた。


爾来、この業物は、主殺しの刀として忌み嫌われ、

寺院の奥深く、巫女により封じられている。




だが、巫女たちには、代々受け継がれてきた口伝(くでん)がある。


 来るべき時、この刀、相応しき者に託すべし


その言葉を巫女たちは秘している。己の主にも。

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