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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
第一章後編 殺し屋たちの狂宴
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第九十六話 そろそろ攻略しましょうか

◇ネメジスカ・カシア【ねめじすか・かしあ】

人物/現代/〝殺し屋〟


〝報復〟の〝誓約〟を掲げた〝殺し屋〟。


元々はレアルムで、荒事とは無縁の暮らしを送る

市民であったが、恋人の死後、レアルムを離れた。

そして因果に導かれるように舞い戻ることになる。


自らの髪で作った人形を遠くから操り戦う。

だが、自ら直接力を振るう方が、彼女は強かった。

その姿を見て生き残った者はおらず、終ぞいなかった。


 復讐は何も生まない。ただ証明するだけよ。

 余人には分からない、深く激しい愛の証明を。

   ◆◆◆◆◆




◆外域〟中層・墓標丘陵、ヨア



「〝双星〟には襲撃の前、教会に転移符を仕込んでおいてもらったの。愛信派の信者はミラルフォが標的になったと知れば必ず奴を守ろうと集まることは予測していたから、一網打尽に教会ごと邪魔されない〝外域〟に転移させて……一人ひとり、確実に殺したの」

「…………」

「ああ……今思い出しても身体が震えるわ。彼らの命乞いの声を踏み躙って殺したときの断末魔が私を貫く度ね、言いようのない悦びが湧き上がってくるの。マルクと体を重ねた夜に感じた時と同じぐらいの喜びが……」

「――もう黙れよ、ネメジスカ」


 ギルが強く言い放った。


「お前は死ぬつもりだろうが、そうはさせねえ。あの世へ勝ち逃げなんかさせるかよ。――治療を受けて、罪を償え。お前の罪状だと監獄都市から一生出れねえだろう。そこでずっと詫び続けろ。お前たちが殺した連中と……死んじまったマルクに」


 ギルの言葉に、ネメさんは目を覚ましたように項垂れた。


 これが全ての真相だった。ネメさんの……ネメジスカの復讐。

 ギルの仲間たちへの、マルクさんを変えた信仰への、報復(・・)

 色んな人を巻き込んで、傷つけて、やり遂げられてしまった。


 勝ち逃げ……か。

 今から治療をすればネメさんは助かるだろうか。

 転移符の代償で寿命は削れているという。助かったとして、わずかな時間しか残っていないだろう。


 それは……それは誰にとってせめてもの救いになるんだろうか。


「――ごめんなさいね……ギル」


 ネメさんが顔を上げた。言葉が震えている。


 それはまるで、泣き出す直前のようで――


「貴方もいなくなってしまえば、もう、誰もマルクを覚えている人はいなくなる。記憶は風化して、この世にいた証は何も無くなる」


 ギルは、

 何かを察したように一歩踏み出し、手を伸ばす――


「ずっと覚えていて――貴方が死ぬその瞬間まで。それまでマルクは貴方の中で生き続けるわ。……ごめんなさい、ギル。だから、ずっと(・・・)苦しみ続けて(・・・・・・)……」

「ネメ、ジスカ――」






「私――モーサンパッションは、ギル・ラーゴット殺害の依頼を放棄する。




 ――さよなら、

        ギル」






 ――ネメさんの体が崩れ落ちる。


 ――宙を舞った首が、その傍らに遅れて落ちた。


 あの日見た漆黒の姿がそこにあった。

 身の丈を超える巨大な鎌、頭巾の下の不気味な鳥の仮面。


 命を刈り取り終えた〝殺し屋〟がそこにいた。


「――〝死神〟……」

「〝頭陀人形〟は、ネメ・カシアから依頼を請けたギル・ラーゴットへの報復を拒絶した」


 恐らく、ネメさんの影に潜んでいたんだ、最初から。

 俺の目の前でオルナッツォさんを殺したときのように。


「〝誓約〟を破り穢した罰は、自らの命を差し出すことでしか償われない。だが――お前を殺すのが私であることを誇りに思う」


〝死神〟は鎌に付いた血を振り払うと、踵を返した。


「…………んだよ……」


 振り返ることはない。


「――何なんだよッ、お前らは‼」


 その足は止まらない。


「平気で人を殺して、平気な顔して……なんでそんな事が出来るんだよッ‼」


 足は――止まった。

 強烈な殺気が俺の体を貫く。


 積み重ねた経験が、危機を訴える本能が、頭で考えるのではなく体に剣を抜かせた。

 獣噛みの大剣を正眼に構えたときには――〝死神〟の鎌は俺の首に掛けられていた。


「ぁ………………」


 攻撃を受け止めようと突き出した剣をすり抜けて……

 ……いや、違う。

 子供騙しの手品でもなんでもない。タネも仕掛けも無い。


 ただ奴の動きの速さが遥かに凌駕しているだけだった。純粋に肉体の性能で負けたのだ、俺は。


 ギルも驚愕の表情を浮かべながら固まっている。槍に手は掛かっているが下手に動けば俺の首が刎ねられるかもしれないと固唾を呑んでいる。


「――これほどの暴力が、無秩序に解き放たれることは、あってはならない」


〝死神〟が囁く。


「我々が殺すのは〝誓約〟にのみ従うときだ。声なき声に耳を傾け、戒めをもって刃を振るう。(ひるがえ)って探索者(お前たち)はどうだ。殺したいときに殺し、欲望のままに求め奪う。なぜ魔物にだけ許される。なぜ人間には許されない」


 魔物を殺せば称賛され、

 人間を殺せば忌避される。

 それは考えるまでもなく当たり前で、


 考えてはいけない(・・・・・・・・)当たり前(・・・・)じゃないとダメなんだ――


お前は(・・・)自分の力を(・・・・・)何のために使う(・・・・・・・)我々とどれほどの(・・・・・・・・)違いがある(・・・・・)


 何のために力を使う――?


 俺は彼女の仇を取るために。――綺麗ごとだ。

 灰の人外を打ち倒すために。――取り繕うな。

 王たちの人外を殺すために。――言い訳だな

 ライカのため。      ――自分のため。

              ――それこそは、


 脳裏で自分じゃない自分が囁く。




 ――お前が忌む報復(・・)じゃないのか?




 風鳴音。〝死神〟が掻き消える。


「――純朴な青少年に不純な事を吹き込んでんじゃねえよ」


 ギルの槍が〝死神〟のいた空間を薙ぎ払っていた。それは空を切り、奴は一瞬のうちに大きく距離を離して一人立っている。


「お前らを否定するのに理屈だ何だは必要を感じねえよ。テメエらは(・・・・・)気に入らねえ(・・・・・・)。それだけで十分だ」


〝死神〟は、何も答えない。


 にらみ合う時間が続き、俺たちを覆い隠すように空に雲がかかる。

 再び太陽が差し込んだ頃にはもう、〝死神〟は姿を消していた。影に潜む能力で移動したのだろう。


「……ヨア、耳を貸すこたぁねえぜ。アイツらは他人を理由に人を殺す殺人鬼だ。それを忘れるな」

「ああ……」


 ギルは槍を地面に突き刺し、無造作に転がる頭部を優しく抱き上げた。


「ネメジスカ……お前はここまで織り込んでたんだな。全部のツケを自分の命で払うために」


 ……わざわざ転移符を使って導かれることでしか特定できない場所に、偶然〝死神〟が居合わせたとは考えにくい。


 最初から、自分を殺してもらうために呼んでいた。

〝殺し屋〟にとっての禁を破るという形で。

 そこまでが彼女の計画だったのだ。


「…………」

「それでマルクが喜ぶと思ってんなら大バカ野郎だぜ、テメエはよ。……なにがずっと苦しみ続けてくれだ。お前もっ……お前も一緒に生き続ければよかっただろうが。俺一人じゃあよ……」


 マルクが寂しがっちまうだろうが――そうして静かな嗚咽が少しの間、墓標丘陵を濡らした。






 俺たちは墓を掘って一つの死体を埋めた。


 墓標の丘にまた一人、眠る死者が増えた。




   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、探索団『終の黄昏』拠点・会議室、イライザ・ラルメイン



 今日は定例の大隊長会議。

 大隊長の後ろには一人ずつ各大隊の副隊長が起立している。


 臨時の会議は議題が限られているからいいですが、定例では伝達事項が多いので出席者が増えます。

 いつものように、何事もなく、会議は進んでいる……ように見えますが、全体的に重苦しい空気が漂っています。


 私は両目を眼帯で覆って直接見ることを封じていますが、視界に変わる別の手段で周囲を視ています。

 それは視界で動くもの以外の情報も捉えます。

 室内に充満するのは緊張と不安……それもそのはず、なにせ今日の会議はレアルムを騒がせたあの事件以降初めて行われ、議題もレアルムや我が団が影響をどの程度受けたかの報告が中心となってくる。

 自然とあの悲劇的な真相について誰もが思い返さずにはいられません。


 三人の〝殺し屋〟の襲撃と、ある一人の女の復讐の物語……。


 市民たちは井戸端会議に余念がなく、新聞記者は面白おかしく紙面に顛末を書きたて、情報屋は未だに忙しなく嗅ぎ回っている。芸人たちは劇として上演すべく事件の脚色を始めたという。さすがに舞台となったレアルムで演じるのは顰蹙を買うからよその都市でやるのでしょうが。


〝殺し屋〟たちは全員死亡したけれど、後からその進値を聞いて、よくこの程度の(・・・・・)被害で済んだ(・・・・・・)と思ってしまいました。

 ギルドの見立てでは〝双星〟という少女二人の進値は40台、残り二人はいずれも進値50に到達している可能性が高い、と。

『終の黄昏』(ウチ)で言えば私たち大隊長級に匹敵します。

 死者が出ている以上、この程度(・・・・)と表現するのが不謹慎とは理解していますが、それでも思わずにはいられません。


 数多の魔物を屠り、無数の人外を討ち、進値を積み重ねてきた探索者が本気で暴れたときの被害は、想像を簡単に凌駕します。

 特に二等級は個人で都市を破壊することすら可能と言われるほどです。


 例えば『蒼の天盤』団長テンペスタ・ラインボルトは都市内での戦闘行為をギルドから強く禁止されています。

 止むを得ない事情がそこにあったとしても、振るう力の規模が大き過ぎるせいです。……最近禁を破ったようですが。

 それを思えば、〝殺し屋〟たちが暴れた被害が死者十数名、開発放棄区画の一部破壊で終わったのですから。復興と称するほどの再建の手間はないでしょう。


 被害の反対、この事件で評価を上げた者もいます。


『鉄血一座』――グランドリオ・ジルガ、メル・ドリー。

『紅蓮の戦旗』――キャリカ・ポップヴァーン。


 いずれも〝殺し屋〟との直接対決に関わった若手探索者。


 グランドリオ・ジルガとキャリカ・ポップヴァーンは作戦で危険な役目を務め、死に瀕するほどの重傷を負ったものの、最後には生き残った。

 それを運が良かったと論ずる者もいますが、探索者は結果が全ての考えが強い。可能性を掴むのもまた実力と、熟練探索者の間でも名前を轟かせています。


 メル・ドリーは主に支援・補助の面でギルドが熱い視線を向けています。作戦の要の一つとなった地下水路の地図は彼の助けなくては完成が間に合わなかったと。他にも有用な能力を多数持っているらしく、引く手数多な状態だとか。

『鉄血一座』団長のオーガスタスは、彼は便利屋じゃないと憤慨しているそうですが、同時に日の目が当たったと喜んでもいる複雑な心境だそうな。


 そして、我ら『終の黄昏』のギル・ラーゴット。

 元々一部では名が知れてはいたのです。熟練と言ってもいい経験年数、それに裏打ちされた確かな実力。特に槍捌きについては【槍術】の意能の補助があったとしても、元々の素質を感じずにはいられません。

 改めて実力が評価されている今、引き抜きを打診してくる探索団がいないとも限りません。彼の意向次第ですが、私は【黄昏】に居続けてくれることを願っています。


 最後に、今回の事件を契機に一躍舞台に躍り出た探索者――ヨア。


 そう言えば、初めて彼と対面したのもこの部屋でしたね。当時は何事かと思いましたが。あのときと比べれば驚くべき速さでたくましくなっていることが分かります。


 グアド・レアルムに滞在する探索者で彼の名前を聞かない人はいないでしょう。特に若手は競争相手として意識せずにはいられないと思います。それが新たな騒動を招かなければよいのですが……。


 プルガ・ビッグスラーが粉をかけてきたと聞きます。そしてその後ろには『蒼の天盤』の意思があったと。予想以上に他団の動きが早い。


 ……とはいえ、そちらはあまり心配する必要はないでしょう。

 彼の引き抜きを、あの人が許すはずもないでしょうし――


「…………」


 私は両目を覆う眼帯の下、ユサーフィ副団長へ意識を向けます。

 彼女は相変わらず柔和な雰囲気を纏ったまま、違和感なく会議を進行させている。


 事件後も揺るぎはなかったという意味ではエルマキナ副団長も同じだけれど、あれはただ単に本人の興味が薄いという理由が分かっているから納得できる。

 しかしながら、ユサーフィ副団長の静けさには異質なものを感じざるをえない。

 初めからこの結末を予想していた――そう言われた方が安心できるほどに、彼女は凪いでいる。


 それは関心がもっと別のところにあるからでしょう。

 彼女の心を揺り動かすもの……。






 あの時、医務室で見た物は忘れられません。


 拠点に帰還した彼を急ぎ治療すべく駆け付けた私は、椅子に座らせた彼からボロボロの上半身の衣服を剥いだ。

 その下から現れた〝殺し屋〟との戦闘で負った大小無数の傷……


 ……ではなく、右腕の手首から二の腕に至るまで刻まれた多数の意能に、私の目は否応なく奪われたのでした。


 ――これは……こんな短期間に。


 ヨアはまだ進値20台だ。それは胸に刻まれた数値からも明らかで間違いない。

 だというのに、この数は……。


「イライザ大隊長?」


 固まる私に、ヨアの不安そうな声。


「あ、ああ、すみません。すぐに治療を始めます」

「……治りそうですか?」

「心配いりませんよ。後に残る傷はなさそうです」


 誤魔化すようにヨアの背後に移動して回復魔法を行使しながら、今見たものに理屈を与えようとする。


 ですが何を当てはめても、異常な数の意能を取得している理由にはならなかった。

 性別、年齢、蝕業、嗜好、性格……どれもこの子だけが持ち得るものはない――にも関わらず、この子だけが皆と異なる……。


 全ての傷の治療を終えてから、ヨアの右腕を覆うように包帯を巻いた。傷口を保護するためではなく意能を隠すために。

 包帯を巻き終えても彼は俯いたまま、身を竦めて動こうとはしなかった。


「さあ、治療は終わりましたよ」

「俺……生きてるんですよね? 死ななかったんですよね?」

「ヨア……ええ、貴方は見事に勝利しました。はっきり言って命尾を落としていてもおかしくない戦いを己の実力で乗り越えたんです。……よく頑張りましたね」

「……今さらになって、怖くなった」


 膝の上で握り締めたヨアの手は震えていました。


「俺、あのときミネルヴァにちゃんと謝れてなくて。もし、あのまま死んでたら俺は……ごめんを言うこともできなかった。それを考えて……すごく、怖くなったんです」

「…………」

「戦いの前に謝る機会が何度もあったはずなのに、俺は無意識に避けてたって気づいた。また俺は、無神経な事を言って傷つけてしまうかも……いや、そうじゃない……本当は、ミネルヴァに見捨てられるかもって……」


 ……彼とミネルヴァに何があったのか、私は知りえていません。

 ですが、そこまで心配する事ではないと思いますよ。


 人生の先輩として貴方に助言するなら、自分を省みて悔いることができる間はきっと真っ直ぐ進んでいけます。

 それに……。


 さっきから扉の前をうろちょろして一向に入ってこない気配に業を煮やした私は把手を掴んで押し開いた。


「あ……!」


 そこには目を少し赤くしたミネルヴァが立っていました。


「喧嘩をするなとは言いません。仲良くなる前の挨拶みたいなものです」私は腰に手を当てて二人に言う。「だから、最後はちゃんと仲直りをしてくださいね。それさえできれば世界は上手く回るんですから」


 そう言い残して治療室を出た。あとは若い二人お任せ……なんて思いながら自分が年寄り臭くなったと悲しくなる。


「ごめん――」

「私こそ――」


 微かに耳に届いた二人の声を聞いて、もう心配いらないと胸を撫で下ろした。

 それでいいのです。生きていれば、何度でもやり直す機会はあるのです。それを忘れてはいけない。君も、……私も。


 この世には喜びが、生きる楽しみが溢れています。

 同時に、目を背けたくなる残酷さが、死を願いたくなる絶望が横たわってもいるのです。


 ――貴方は十分頑張りました。今はゆっくり休みなさい。


 事件の直接的な関係者であるギル、そして渦中で戦ったヨア君の傷は深い。

 肉体ではなく、心の傷が。

 ギルは大丈夫でしょう。彼はもう大人ですし、受け止められる精神的な強靭さが培われています。むしろ事件の終結を機に、今までの自虐的な戦い方や仲間にも一線を引く理由となった過去にけじめがつき、氷が解けるように次第に態度も軟化してくると思います。


 逆に心配なのはヨア君の方です。

 彼は巻き込まれた立場とは言え、ネメジスカ・カシア……〝頭陀人形〟が計画した復讐の憎悪を目の当たりにしました。

 まだまだ経験が足りていないところに、今回の、言うならば人間が持つ黒い感情を直視したことで、精神が不安定になっているかもしれません。


 たとえ本人すら気づいていなくても、心という目に見えない臓器は極めて影響を受けやすいのです。

 勿論、体にも大きな傷を負いました。回復魔法で大抵の負傷は跡形もなく治るとはいえ、受けた恐怖はどうしようもない。

 心の傷に特効薬はありません。あるとしてもそれは歪で、必ず何かの代償があることでしょう。全ては時間が回復させるしかないのです。


 それに、それよりも……気がかりなことがまだあります。


「……【双星】」


 私は今し方見た、ヨアの腕に(・・・・・)刻まれていた(・・・・・・)その意能の名前を呟く。


〝殺し屋〟との決戦で何があったかの大筋は聞いていた。どのような能力を持っていたのかも死体検分で判明しています。

【双星】というのは確か少女二人組の〝殺し屋〟が有していた意能に他ならなかったはずです。


 探索者が集うこのグアド・レアルムで誰も見知らぬほど希少で特異な意能。

 それを、戦闘を経て偶然(・・)習得したというのでしょうか?

 そもそも彼は〝殺し屋〟を殺害していない。自殺のような形で決着がついたと聞いています。進値の上昇で習得した線は排除できる。


 魔法・意能には進値上昇以外で習得するもの、他者から継承で習得するような極めて特殊なものもあると知られています。実際に目の当たりにしたことはありませんが……。


 ――ありえない。


 直感が、その可能性は無いと断じた。


 彼は特別(・・)だ。

 ユサーフィ副団長が感心を寄せる理由もきっとそこにある――。






「――議題には無いことだけれど」


 過去の記憶に沈んでいた私の意識が急浮上する。

 ……定例の報告事項が続くからと、いつの間にか上の空になっていたようですね。

 どうやらユサーフィ副団長から話があるようです。


 皆が何事かと耳を澄ませます。


「私たち『終の黄昏』は旗揚げから日が長いとは言えないけれども、十分な実績と規模へと着実に成長し、今ではレアルムにおける探索者の顔役と言っていいほどの存在になったわ。ギルドも私たちを無視できなくなって連絡会に我々の席を空けるほどに」


 大隊長の何名かが頷く。特に歴史の長く名門と見なされる『紅蓮の戦旗』と同格の扱いと言えば、黄昏は飛躍的な成長を遂げている。団員のほとんどが女性というのも特筆すべき点でしょう。後ろの副隊長も誇らしそうに胸を張っている。


「――その現状に満足していないかしら?」


 和やかになった空気に水を差す言葉。

 大隊長たちは眉を動かしただけ。

 副隊長たちは取り繕うとしたものの動揺したのが明らかです。


 さて、ユサーフィ副団長は何を切り出すのでしょうか。


「私たちは探索者っていう共通点はあるけれど、その志した目的は異なるはずよ。お金のため、名声のため、自由のため、逃避のため、闘争のため、生きるため。――けれどね」


 一瞬。だけど痛いほどの沈黙。


「目指すべき場所は一つとして同じものが無いとしても、誰もが夢見た一つ(・・・・・・・・)の栄光がある(・・・・・・)。それは探索者数百年の歴史において、まだ何者も成しえていない偉業」


 ――この場にいる全員が、彼女が何を口にしようとしているのか理解する。


 かつて……と言うほどではない昔、その偉業(・・)への挑戦を突き付けられた私たちは狼狽えた。

 夢を現実の到達点として直視することは、まさしく温かい微睡みから醒めるような心地でした。


 ですが、今はどうか――


 膨れ上がった七つの闘気がそれを示しています。

 グラトナ、ナギオン、バビ、フェルムは交戦的な微笑を。

 フェルムは険しい顔を。

 マリアンヌは眉を曇らせていますが、明確に反対の意思表示はしていません。


 そして……ええ、私自身も。

 年甲斐もなく心が躍ってしまったと言えば嘘になります。


 それほどまでに、その偉業は妖しい魅力を放っていた。


「あの宣言を今、実行に移す時が来たわ。彼も(・・)、下地が十分にできた良い頃合いだからね」


 これから、私たちはレアルムにいる……いや、全世界の探索者へと問いを投げかけていく。


 貴方たちはどうする?


 ――私たちは選択した、と。




「そろそろ攻略しましょうか――〝迷宮(ダンジョン)〟を」




   第一章 終




拙作をお読みいただきありがとうございます。


第一章後編は第九十六話で完結となります。

次章の書き溜めは現在17万字ほどありますが、ある程度切りの良いところまで進めつつ推敲を行うため、しばらく投稿をお休みします。


また、毎話ごとの前書き・後書きを利用して作中世界に関するフレーバーテキストを入れていますが、この期間中に一部テキストを改稿しようと思います(特に序章~第一章前編あたり)。

ただ、一度公開したものでもあるので、旧テキストは活動報告に残します。


拙作を「面白い」「続きが気になる」と思っていただけた方は感想・評価・ブックマークを頂けると嬉しいです。


それでは第二章「朝と夜と」までしばしお待ちください。

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