第九十五話 私が本当に殺したかったもの
◇人形遊戯【にんぎょう-ゆうぎ】
魔法/付与魔法
人形の形をした物体を操る魔法。
離れた位置から遠隔で操ることも可能。
その場合、距離が離れるほど、
動作の機敏さや精細さを欠くことになる。
当初、この魔法は共通意能に分類されていたが、
〝像の蝕業〟が習得しないことが分かったため、
付与魔法へと再分類された。
***
◆一年前――鉱山都市レジノス、屠畜場・地下処理室、ネメジスカ・カシア
地下室を揺らしたかと錯覚するほどの絶叫が木霊した。
都合十二度目――十二本目の指を鋸で切り落としたときだった。
「右足、左足、今が右手……このままだと左手の指まで無くなるわよ。ああ、そうだった。回復魔法で何度でも生えてくるから気にしなくていいんだわ」
「ひ、ぁ……もう喋った……もう全部しゃべったから……ゆるじてくれネメジスカ……」
全裸で金属の椅子に縛り付けたケイヴが懇願する。
この男から搾り取れる情報はもう無いと分かっている。指を二、三本落とした時点で簡単に吐いたのだから。
――だが、この身に渦巻く激情はこんなもので晴れたりはしない。
先ほど聞き出したマルクの死に方……殺し方を思えば、まだまだ生温い。許されることがあってはならない。
私は十三本目に鋸を丁寧に挽いていく。反応良く奏でられる悲鳴は、けれど私の心をまるで慰めはしなかった。
――マルクは魔物に殺されたんじゃなかった。
――同じ仲間の手で命を奪われた。
その無念を、その苦しみを思えば……この程度の苦痛に泣き喚く男のなんと卑小なことか。
酒場で見つけたこの男は完全に酔い潰れていて、自分が何を口走っているのかも分かっていないようだった。恐るべき過去の殺人を愚痴のように吐き出していることにも気づかなかった。
含みを持たせた言葉で誘ってやれば、コイツは狙い通り私が娼婦だと思い込み、疑いもなくついてきた。騙されているなんて露とも思っていない危機感の無さ。この地下処理室に連れ込まれるまで違和感を覚えないほど致命的に。
この場所は普段、家畜の屠殺に使われている。関係者しか近寄らないし、血の臭いがしても怪しまれない。
そのため、後ろ暗い事が出来る空間としてよく使われる。屠畜場の経営者も、良い小遣い稼ぎとして了知の上だ。
「ひぃ……ひっ……」
鋸は十三度目の役目を完了し、私は切り落とされたものを柵の向こう側に放り投げる。たちまち群がった家畜が我先に餌を奪い合う。こうして排出されたゴミも処分には困らない。ケイヴの顔がさらに絶望へ沈む。
「な、何なんだお前……ただの女に俺が……」
私は服の胸元を開き、答えを見せつけてやった。
裸にひん剥いたケイヴの胸に刻まれた進値、その紋様は29を表している。進値1の市民にとってなら、彼は抗いようもない強力な生き物に間違いない。
けれど、進値が高い方が強いという原則に縛られているのはケイヴもまた同じ。
進値55の私にとって、たとえ酔いが回っていなかったとしても彼を捕えることは造作もない。
「55……なんで……」
「それは私が〝殺し屋〟だからよ」
「こっ、〝殺し――」
「人を殺める感覚って知ってるかしら? 貴方はもちろん知ってるものね」
椅子の後ろに回り、背後から耳元で囁いてやる。
「マルクが死んでから、私も死にたいと思ってた。彼のいない世界に生きる意味がないから。――でも、人の生きる本能ってスゴいものね」
――死にたい。あの人に会いたい。
愛する人を失った私は仕事を辞めてレアルムを去り、別都市へ移住した。マルクとの思い出が残るあの都市で生活するのは辛過ぎたから。
けれど私は、この世から前触れなく姿を消したあの人の姿を探しては街を彷徨い歩いた。
見つかるはずもないのに、出会えるはずもないのに、ひょっこりと帰ってきて私を抱きしめてくれる……そんな妄想に浸ることでしか自分を保てなかった。
その日は星明りの無い、とても暗い夜だった。
私は暴漢に襲われた。
押し倒され、咄嗟に手に触れた物を掴んで、相手の頭部に叩きつけた。
当たり所が悪かったのか、暴漢は呻くと地面に横たわった。
私は馬乗りになって手にしていた物を振り下ろした。割れた酒瓶。殴りつけたときに下半分が割れ、鋭利な断面をさらしたそれの口を掴み、暴漢の胸に何度も何度も。冷涼な夜に温かい血が噴き出す。
気づけば、死にたかったはずの私は人を殺していた。
死は人を変える――マルクというかけがえのない恋人の死、そして己が手で生み出した死によって、私の運命は大きく捻じ曲がる。
「――あ~あ、君ィ、俺より先に殺しちゃうなんてぇ」
自分の為した所業に呆然とする私の前に一人の男が現れた。
「そいつは極悪非道でねぇ、とある娘を騙して借金漬けにしてのうのうと生きてる悪―い奴なんだぁ」
何のことか理解できない私に男は一方的に語り続ける。
「借金奴隷に落ちることになった娘さんはねぇ、片親のお母さんに累が及ばないように自ら命を絶ったんだけど、お母さんは仇討ちのために財産をなげうって僕を探し出したんだぁ。〝娘を騙した詐欺師を殺してほしい〟って頼まれたのさぁ」
私の周りをぐるぐると回りながら、聞いてもいないことを軽い調子で語り続ける。
「その望みを叶えてあげるべく、お母さんは俺に迷うことなく命を差し出したんだぁ。俺の〝誓約〟は〝等価〟だからさぁ、仕方ないよねぇ。だから彼の事は最っ高に痛めつけて殺してあげようと思ってたのに君が殺っちゃったものだから……さてどうしようか」
男の前で私は震えることしかできなかった。ニタニタと嗤う男から漂ってくる圧倒的暴力の匂いを本能で感じていた。
「請けた依頼を達成できないのはマズいよねぇ……う~ん」
「こ……殺さないで」
……私は何を言っているの? 心中の自分が現実の自分を嘲笑する。
さっきまで死にたがっていた人間が、亡くなった恋人と同じ世界に行くことを夢想していた人間が、願いとはちぐはぐに、殺さないでほしいと呟いていると。
「――そうだぁ! 君も〝殺し屋〟になればいいんだよ!」
さも名案を思い付いたかのように男は快哉を叫ぶ。
「そうすれば彼は〝殺し屋〟に殺されたことになるじゃないかぁ! 多少時系列は前後するけどぉ。……んん? じゃあどういう理由で殺したことにすればいいんだぁ? 〝誓約〟との整合性が取れないとなぁ。〝義勇〟……は違う。〝慈悲〟……でもないなぁ。〝死期〟? しっくりこないなぁ。――ああ! 常道過ぎて忘れてたぁ、〝報復〟でいいじゃないかぁ! 道端で急に襲われた仕返しってことでぇ」
……後から知ったことだが、この理屈はかなり無理があるらしく、別の〝殺し屋〟から私は可哀そうなものを見る目を向けられた。
だが、傍目には奔放に〝殺し屋〟を増やしているように見えて、見出された人間は必ず名うての〝殺し屋〟に成長していく――故に男は同じ〝殺し屋〟から迷惑がられながらも一定の敬意を払われるという謎の存在だった。
史上最も〝殺し屋〟を増やし、今も増やし続ける〝殺し屋〟――〝道化〟の手によって私は裏の世界へと足を踏み入れたのだった。
〝殺し屋〟の教えを受け、初仕事から殺しに殺した数年間。魔物を狩るよりも効率良く上がる進値……。
成り行きだったものの〝道化〟は評判に違わず、自分でも知らなかった私の才能を見抜いていたようだ。
〝殺し屋〟に相応しい精神。仕事で殺人が行えるほど乾き切った、他者への無関心。
マルクという一個人への愛は、裏返せばそれ以外への無関心ということでもあったのだ。
どれだけ人を殺そうと、私の心が揺れ動くことはない。たった一人愛した……今も愛する人の事を除いて。
「進値が高い者に低い者は勝てない……貴方をねじ伏せることなんて造作もなかったわ」
「〝殺し屋〟……お前が……」
「ねえ、貴方は何をしていたのかしら? ……実りのある時間を過ごしていたようには思えないけど、マルクが生きるはずだった時間を奪っておいて、その末路がお前だっていうの? 答えなさいよ。ねえ!」
マルクは恐怖に支配された顔で、
「……悪魔め」
――そう私に向かって吐き捨てたのだ。
「――ッ!」
私はこのゴミクズの残った指を引き千切ってやった。関節を逆に折り曲げ、扉の取っ手のように捻じり回し後、思い切り引っ張るのだ。面白いように絶叫が上がる。
「本当のッ! 悪魔はッ! お前たちだッ!」
指だけでは飽き足らず、耳を、鼻を、手に掛けられるところは全て。
「殺しておいてッ、のうのうとッ、魔物に殺されただとッ⁉」
引き千切る。
「お前たちがッ、死ねばよかったッ!」
引き千切る。
「あまつさえッ、マルクを殺してッ、生き残ったくせにッ!」
引き千切る。
「何も為さずッ、時間を食い潰してッ!」
引き千切る。
「これじゃあ死んだあの人が浮かばれないッ!」
引き千切る。
「――あの人は何のためにッ、なんで死んだっていうのよッ‼」
荒い呼吸音と瀕死の吐息だけが屠畜場の地下に響く。
激情に駆られ、もう何を千切って、何を剥いだのもかも分からない。
滂沱と溢れる涙と、噛み締めた唇から流れ出た血が、床で混ざり合う。
「ご、べんなざい、ごえん、なざい」
力づくで人間としての記号を削ぎ落された肉の塊が壊れたように謝り続けている。
……少しやり過ぎたか。
こんなものになっても、美醜にこだわらなければ肉体は回復魔法で何とかなる。
だが精神を回復する手段は希少だ。もっと丁寧に、ゆっくりと破壊する必要がある。
己の人生は失敗だったと後悔させるために。まだまだ私は嬲り足りないのだから。
「まるぐは、わるぐありまぜん……」
この期に及んでゴミクズが許されようと、マルクに非は無いと言葉を垂れる。
不愉快だ。とりあえず舌を抜いて――
「わるいのば、ゔぃぜらのおじえです」
伸ばした手が、私の意に反して止まる。
いや、そんな事は、おかしい。
こいつを拷問するもしないも私の意志だ。私の手を止める者は私を除いて存在しない。
ではなぜ。――こいつの言葉に聞くべきところがあったからなのか。
「……何て言った」
「ゔぃぜらのおじえがわるいでず。ゔぃぜらのおじえをじんじでなげれば、ま、まるぐはじにまぜんでじだ。だがら、まるぐはわるぐありまぜん」
うぃぜらのおしえ。
ウィゼラのおしえ。
ウィゼラの、教え。
〝――ネメジスカ、人はやはり、助け合わなければ生きていけないんだよ〟
あの人はいつか、何て言っていたか。
〝――互いを慈しみ助け合う原動力……それこそが愛だった。愛をもって接すれば、人間は結束できる。俺が君という愛を見つけることができたように、それは必ず可能なんだ〟
〝――俺たち探索者は競い合い成果を奪い合っているけど、正しい姿じゃない。ミラルフォ司祭に洗礼されて、本当の真理を理解することができたんだ〟
〝――いつか、ギルや皆が分かってくれれば――〟
「――――――――――」
そうか、ああそうか、そうだったのね。
私が報復すべき相手はケイヴだけじゃなかった。
マルクが殺されたと分かった今、こいつらを野放しにしておくつもりはない。
だけど、そもそもの原因――マルクを非合理な行動に走らせた元凶がいたのだ。
私はそれを知っている。
一度だけ、マルクとレアルムの街中を散策した際、教会という建物に案内されたことがあった。
彼はそこで熱心に祈りを捧げていた。私は信仰や宗教に何ら関心は無かったから、気にも留めていなかったけれど……。
――壇上に登り、マルクや他の信者から祈りを捧げられていたあの男。
「たじゅ、だじゅげ、で――」
「……? ああ」
記憶を必死に洗い出していた私は右腕を払い、関心の失せたゴミクズの頭部を破壊した。
もはやコレを嬲って満足している暇などありはしない。ここを片付ける時間すら惜しい。割増しで金を積んでおけば管理者が跡形もなく綺麗にしてくれるだろう。
やるべき事は見つかった。
なし崩しに身に着けたと思っていた〝殺し屋〟の力は、今から始まる報復のために授けられたのだと思える。
――〝道化〟は正しかったかもしれない。
彼に見いだされたことは少なくとも――私の運命を決定づけた。
私は鉱山都市レジノスからレアルムへと移動した。
まずは情報収集から始めた。当時マルクと徒党を組んでいた彼らの所在、ミラルフォ司祭という人物の居場所、教会建物の位置、街中で事を起こした場合に敵対する勢力、逃走経路……計画を練る前に調べるべき事は尽きない。
改めて見えてきたのは、自由都市グアド・レアルムで殺しを行うのは酷く不向きだという当然の事実。
他の都市において〝殺し屋〟は十分に忌まれ、治安を担う衛兵隊も積極的な介入は避ける傾向だった。
しかし、レアルムにおいては〝殺し屋〟そのものに対する危機感が顕著に薄い。
自分たちに〝殺し屋〟と戦うだけの力があるという自信のせいだろう。並の探索者ごときなら容易に退けられる確信があるとはいえ、わらわらと寄って来られては私も動きにくい。
なによりギルドの膝元というのが大きい。他の都市ならば統治する貴族を黙らせればいいが、ここは探索者という武力を有したギルドが中心にいる。好き勝手暴れる者には威信にかけて殲滅に打って出てくるだろう。
けれど――どれだけ悪い状況が重なろうと、私に復讐を諦める選択肢は存在しない。
意能【乱れ髪】でレアルムに自分の髪を伸ばして密かに広げつつ、【振音探査】で情報を集めていく。
同時に髪で創り出した人形を魔法【人形遊戯】で操作し、地下の探索を行う。この人形は〝殺し屋〟として活動する際の分身として非常に重宝している。
多様な魔法と意能を習得する鍵の蝕業、その特性を存分に活かし、私は情報を組み立てていく。
「――ねえ――ねえったら!」
「!」
顔を上げると、十歳前後の少女が頬を膨らませて眼前に立っていた。父親と思われる男の手を引いている。
「あなた、似顔絵描きなんでしょう? 私の絵を描いてって呼びかけてるのに、ずぅーっと返事してくれないんだから。もうっ!」
「あ、ああ……ごめんなさいね。ちょっと別の事に意識を集中していたから。そう、似顔絵だったわよね」
そうだ、私は今、変装しつつ流れの絵描きという設定でレアルムに潜入しているのだった。
そうしたのは絵を描く際に役立つ、進値が上昇する中で偶然身に着けた【一時の記憶】の魔法と【模写】の意能が理由だ。さして使えないとものが思わぬところで役に立つと感心したことを覚えている。
適当な会話を交えつつ、筆記具で少女の姿を紙に写し込んでいく。
「絵描きの姉さん、しっかり美しく描いてくれよ! いや、うちの娘は美人だから普通に描いても美しくなるのは当たり前なんだが、自由に描けるからこそより際立つような印象深いような良い感じに――」
完成するまでの間、少女の父親がちょくちょく口を挟んできてうるさかった。
「……はい、出来上がりよ。どうかしら?」
「わあ……! スゴい! 私が本当に紙にいるみたい……」
少女を忠実に描きつつ背景には自分が訪れたことがある場所を適当に挿入して描いた結果、壮大な自然の中からこちらを見ている少女……という構図になった。
自然と凝ってしまったのは、ゴミ能力の錆落としか弔いを無意識に考えたからかもしれない。
「名前を入れてあげるわ。お嬢ちゃんの名前は?」
「メノウよ。ありがとう、絵描きのお姉さん!」
さて……頃合いね。
親子連れに手を振って見送ったその日、私は一度レアルムを発った。
必要な情報は集め終えた。計画も――かつてのマルクの仲間を鏖殺し、ミラルフォを抹殺する算段を整えた。
否、ミラルフォだけではない。
この都市には愛信派という教えに毒された人間が大勢いた。
教えそのものを根絶しない限り、またマルクのような被害者を生み出す可能性が残ってしまう。それだけはいけない。
全ては、根絶やしにしなければならないのだ。
私は最後の準備を盟約都市シンボで終えた。
〝鍵の蝕業〟の極意により、とある人物から魔法を写し取らせてもらうためだ。
〝作製した符を用いて空間を転移する力〟……破格の力を持つこの魔法を写し取ることは困難だった。
魔法の本来の習得者ではない私では、符を作製する度、符を使用する度、肉体に多大な負荷が生じ寿命を消費する。
ただし、復讐の後の事を考えなくていい私にとってはさしたる問題じゃない。
――メアリーサリー、貴方たちに殺しを依頼するわ。
――ヴァルガ、あの時の約束を果たしてもらおう。
あとはネメ・カシアという偽名を使って〝殺し屋〟に依頼を行い、依頼に協力させる形でモーサンパッションという分身を潜り込ませ、手駒としてヴァルガを引き込んだ。
メアリーサリーを選んだのは完全に偶然だけれど、結果的にとても良い仕事をしてくれた。依頼人と請負人の一人が同一人物であることに、彼らは最後まで気づかなかっただろう。しかし計画に沿うよう指示を出すには、私が依頼人に扮する外なかった。
そうして私はネメ・カシアとしてレアルムに舞い戻り、最後の準備を行った――新人探索者として地下水路に怪しまれず侵入し、逃走・移動のための転移符を張り巡らせ……。
あとはもう知ってのとおり、語る必要はないでしょう。
これが私の物語。
貴方の目の前にあるのが、復讐に狂った女の結末よ。
◇働像の岩剣【ごれむ-の-がん-けん】
武器/剣系統/大剣
働像たちが振るう剣を略奪し、武器としたもの。
比較的破壊を免れ機能停止した個体が、稀に残す。
剣とは銘打ってはいるが、完全な打撃武器。
その最も優れた点は、ある程度の欠けやヒビは
目の細かい砂の中に一晩突き刺しておけば、
自然と修復されることである。
壊れを気にせず、壊れても治る。
およそ人には扱えぬ岩石の剣は、
巨人族の粗暴な戦士たちが好んだ。




