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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
第一章後編 殺し屋たちの狂宴
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第九十四話 懐かしき墓標の丘で

◇ヴァルガ・ブラビド【ゔぁるが・ぶらびど】

人物/現代/〝殺し屋〟


〝秘匿〟の〝誓約〟を掲げた〝殺し屋〟。


年齢は四十代と、盛りを過ぎたのは

本人も自覚するところではあるが、

殺しには一切差し障りないのもまた、事実である。


心が壊れた姪、ツェラと稼業を営んでいるが、

その縁戚関係を教えたのは、唯一人、

己に〝殺し屋〟の道を示した先達だった。


一人で生き、一人を残し、一人で死ぬ。今度こそ。


その決意と共に自ら〝孤独〟を名乗った男は、

愛する姪に寄り添われながら生を全うした。

最期に、己の中途半端さを愛せたまま。

   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、旧区画、ギル・ラーゴット



 光が消えた後には、人間だった燃え(かす)の山がわずかに残っただけだった。

 いずれ風に吹かれて、いつの間にか消えていくだろう。

 最後の最後まで〝殺し屋〟ってのは意味が分からねえ存在だった。


 だが理解できねえなりに……奴らにも色々抱えてるもんがありまくりだってのは思い知らされた。

 当たり前だよな、奴らは化物だが人間だ。同じように悩み、同じように悲しむんだろう。


 ……死に際の、満足そうな顔。


 なんだろうな、釈然としねえ。テメエらだけ勝ち逃げみたいに死にやがって。

 お前らが始めた俺の戦いはまだ終わっちゃいねえのによ。


「呼んでやがるのか、ネメジスカ」


 手の中で怪しく光る転移符。やり方は見ていた、こいつを燃やすなり破れさえすれば指定された場所へ瞬時に移動する。


「――止めても行くんだよね?」

「ぬおッ⁉」


 ユサーフィ副団長がぬっと身を乗り出した符を覗き込んでくる。


「……驚かせんでくださいよ。あと当たり前のように心を読むのも」

「ごめんごめん。分かりやすい顔してたから、つい。――で、行くつもりなんだよね?」

「…………」

「いいよ、行っておいで。ヨア君も」


 俺は信じられないと目を剥いた。


「てっきり止められると思ってたが……」

「レアルムの皆も知りたがってるはずだよ。なぜ今回の事件は(・・・・・・・・)起きたのか?(・・・・・)

「なぜって……それはネメジスカがあの頃の俺たちへの復讐に、」

「それが真相なら、どうしてギルはネメジスカと戦わずに生き残っているの?」


 どうしてって、そりゃあ今も耽々と殺す隙を伺って……


「本当に君を殺すつもりなら、彼女はあの戦いで形振り構わず参戦すべきだった。今この瞬間よりも殺害できる可能性は遥かに高かったんだから。なのに、みすみすそれをしなかった。つまり」

「ネメジスカの本当の目的は別のところにある……」


 昨日の夜、ネメジスカは何て言ってた?



〝――明日、太陽が中天に差しかかった時、ギルとミラルフォ・クリストフを殺す〟



 そうだ、ネメジスカが殺すといったのは俺だけじゃなかった。あまりに関連性が思い浮かばなくて、頭の中から抜け落ちていた。


 ネメジスカはミラルフォを殺しに行ったのか? 戦闘前の打ち合わせ時に聞いたときは、ミラルフォは自分の信者と一緒に教会に立て籠もったらしい。しかも信者はほとんどが現役の探索者で構成されてるって話だ。下手に打って出るよりは安全だろうが……。


「――なんだと⁉」


 突然、未だ騒然とする現場に怒号が響き渡りまくった。

 どうやら現着したギルドの職員同士で言い合いをしてるようだ。


「なぜもっと早く報告しなかったんだ!」

「それが、〝殺し屋〟の張った結界への対応で連絡に混乱があったようで――」

「――何があったのかな?」そこへユサーフィ副団長は構わず首を突っ込んでいった。「緊急事態と見受けるけど」

「せ、〝千貌〟……殿ですか」


 怒鳴っていた職員は気圧されたように身を引いた。

 ああ分かりまくるぜ、その気持ち。いきなり現れるもんな、その人。


「教えてくれるかな?」

「……探索団『開かれた腕』のミラルフォ司祭が立てこもった建物が――丸ごと消失したそうです」

「「⁉」」


 俺とヨアは驚いて顔を見合わせた。


「それはいつの出来事?」

「……結論から言うと、不明です。〝殺し屋〟への対応でギルドも混乱し、連絡系統がめちゃくちゃになっていた。今ようやく情報を共有したところで……」

「ふうん。まあ少なくとも戦闘が始まってからだろうね」

「我々もそう見てはいますが……、これ以上は。上位等級である貴方だから話しましたが、下手な介入はしないでほしい。ギルドによる組織的な調査がいずれ行われることになります。……これで失礼します」

「うん、忙しいのに呼び止めてごめんね。安心して、私は(・・)介入しないから」


 走り去る背中に囁いた副団長は踵を返すと俺たちを見る。

 俺たちの手の中の転移符を。


「ここは上手く誤魔化しておくから、さっさと言ったほうが良いよ。グラトナが来たら君たち、しばらく説教地獄だと思うし」


 ……俺は一度目を瞑った。目を閉じたことで唇がわずかに震えていることに気づいた。

 転移した先で俺は何を見ることになるのか、それが怖い。


 だけどもう、逃げることはしねえ。

 逃げたことで起きたのかもしれねえ事件の連鎖を、ここで止めるために。


「……グラトナ大隊長には上手く言っといてくださいよ、昔馴染みとの(・・・・・・)約束がある(・・・・・)って」


 自分を奮い立たせるように軽口を叩いて、俺は転移符を手で引き裂いた。


 視界が炎に染まる。


「行ってらっしゃい――」




   ◆◆◆◆◆




◆外域〟中層・???、ヨア



 ギルの後を追って転移符を破いた瞬間、俺の体は炎に包まれた。


 そして一瞬の浮遊感の後、地面に落下する。強かに腰を打ち付けた。


「いってぇ……」


 ゆっくりと目を開ける。




 ――生首。




「……ッ⁉ なッ」


 地面についた手と尻から伝わる、べっちゃりとした感触。

 恐る恐る見た手の平は――どす黒い赤色に染まっていた。


 掌だけじゃない、見渡す限りの場所のあちこちが血で染め上げられている。武器が突き立ち、防具が転がり――死肉が散らばっている。


 筆舌に尽くしがたいほど損壊した、夥しい数の死体。所々焼け焦げ、抉れた地面。踏み折られた矢。明らかにこの場所で戦闘が行われたことを示す証拠。それも尋常ではない殺戮だ。


 加えて大量の瓦礫が散乱していた。

 もしかしてこれが消えた教会の建物なのだろうか?

 周囲に建造物がない自然の真っただ中だから、そうと考えるしかない。

 恐らく戦闘の余波で壊されたんだろうが……。


「あ……」


 そういえばあの生首の顔……見覚えがあると思えば、以前救貧院にミラルフォさんが来たとき一緒にいた内の一人だ。

 ってことは……この死体はもしかして『開かれた腕』の人たちのものなのか。


「ヨア!」


 びくりと振り向くと、ギルが険しい顔で駆け寄ってくるところだった。全身に血が付着している。特に両の手は元の服の色が分からなくなるほど血に染まっていた。


「この死体、間違いねえ。ミラルフォんとこの信者の奴らだ。……俺の知り合いの死体が何人分かあった」

「ああ、俺も一人見つけた……。いったい何が起きたんだ」

「分からねえが――こりゃあ一方的に蹂躙された(・・・・・)感じがする」


 なるほど……俺も無意識に殺戮があったと思ったように、ギルも同じ印象を抱いているようだった。

 それほどに、この場所は死に満ちている。


「この血溜まりから離れた場所にもいくつか死体が見えた。同じ死に方だ、バラバラだよ。多分、逃げ出そうとした奴だな。そいつも殺されてる。どうやら犯人はよっぽど執念深いようだぜ」


 犯人とギルは表現したが、その正体に俺たちは確信めいた予感を覚えていた。


「行くぞ」

「行くって、どこへ?」

「場所が分かった。ここは――〝外域〟の墓標丘陵だ」ギルが口にした地名は、かつて聞いたメリジュナ教官の過去と因縁のある場所だった。「アホのお前に分かりやすく言うと丘だ。緩やかだが勾配がある。頂上があるんだよ」

「一言余計だけど……それがどうかしたんだ?」

「アイツは俺たちを待つって言った。ここに居ねえってことは、目指すべき場所は一つだけだ」

「でも頂上にいるとは」

「決まってるさ。……あの場所が二人のお気に入りの場所だったからな」


 なにもこんな陰気臭いとこで睦み合うこたぁねえのによ――そう言いながら既にギルは勾配を登り始めていた。俺も後に続く。


 墓標丘陵――ここは、周囲と比較して開けていて斜面に身を隠すこともできるから、過去戦闘の舞台にされることが多かったと聞いている。

 人間、魔物、人外、無数の死体が入り混じった墓標。

 そんな場所を好んで訪れていたと言われれば、たしかに何もこんな場所で、と言いたくなる気持ちもわかる。


 道中、ギルは何も喋らなかった。

 俺は声をかけるべきか悩んだが、結局口を閉じたままだった。

 今、目の前を行く熟練の探索者は、一歩進むごとに過去へと遡っているのだ。自分が戻るべき時点へと。その大切な思い出に俺が入り込む資格はない。


 無言で登り続けた先――ギルの宣言通りの人影が俺たちに背を向けて待っていた。


 その人は、適当な死体を積み重ねた上に腰を下ろし、頂上から見える景色をじっと見つめていた。


「――マルクはよくこの風景を見せてくれたわ。自分が一番好きな景色だって言ってね」

「……ああ。〝外域〟に行ってみたいとかほざく街娘の願いを叶えるためにな。護衛に付き合わされる俺の身にもなってほしかったぜ」

「フフ、その人は不機嫌そうな顔のまま、私たちに気を遣って二人きりにしてくれて……」


 悪戯のように髪を弄ぶ風が吹くまま、澄み渡る空を見上げている。


「〝ここでは幾多の死の歴史が繰り広げられたけれど、頭の上には常に、争いとは無縁な穢れない青空が広がっている。それが寓話的で心を揺さぶる不思議な魅力を感じずにはいられないんだ〟……彼が語る理由は含蓄に富んでいて、私には少し難しかったわ」

「懐かしいぜ。奴は小難しい言い回しを好んだ。お前と二人きりにしてやっても口説き文句一つなかなか言やしねが、それをお前は横で楽しそうに聞いていたな。あの時と違うのは、お前が血で化粧してることだ――ネメジスカ」


 ネメさん――ネメジスカさんは俺たちに向かって振り向いた。

 額から頬へ刻まれた切り傷で右目は完全に潰れ、左腕は手首から先が無い。両足には矢が何本も刺さり、脇腹は火傷で無惨に爛れている。細かな傷は数え上げればきりがなかった。


 彼女がこの場の命を殺し尽くし、生き残った証明だった。


「ネメ、ジスカさん――」

「ネメでいいわよ、ヨア君。貴方にとって私はネメ・カシア。長い人生の中で一瞬だけ横切っていった、思い出したくもない記憶の存在でしかないわ。……ごほっ」


 ネメさんが激しく吐血した。本来は治療を受けるべき傷だ。凄まじい苦しみが今も襲っているんだろう。

 けれどネメさんがそれを必要としていないことに俺もギルも気づいていた。


「死ぬ気か、ネメジスカ。復讐は、まだ、終わってねえだろう。俺が生きてるぞ。俺を殺して、全部終わりだ」

「いいえ。私の復讐はさっき終わったの」

「……どういう意味だ。俺を殺すと宣言しただろう。あれは嘘だったのか」

「嘘ではないわ。私が確実に事を済ませるまで……本命から目を背けさせるための陽動になってほしかったの。〝殺し屋〟との戦いで貴方が命を落とす可能性は勿論あったけど、でも真剣に殺すつもりは一度もなかったわ」


 陽動……あれだけの事が全部、注意を逸らすための出来事だったっていうのか。

 そのために、何人もの人が殺された、何人もの人が死ぬところだった。


「そうじゃないだろ。俺を殺すべき理由が、お前にはあるだろ!」ギルは言った、まるで懇願するかのように。「俺を殺す権利がある! 殺して許される事情があるだろ……。ずっと死にたかった。自分の罪を裁かれたかった。それが出来るのは……お前だけなんだよネメジスカ! もう、誰もいないんだよ、もう。お前が……死ぬ前に……」


 ――ギルの感情が、痛切な叫びが溢れ出していた。


 生きるため〝殺し屋〟との凄絶な戦闘を乗り越えたはずなのに――今、死の断罪を願い出てしまう矛盾を犯すほど、ギルの心に刻まれた傷は深かった。

 これでは生き続けるほどにギルの心は苛まれ続けてしまう。せっかく命を繋いだのに、生きることがギルの苦しみになってしまう。

 それを目の当たりにして、俺にできることは……。

 今しかないんだ。ネメさんが生きている今この瞬間がギルの呪縛を解く最後の機会なんだ。


「ネメさん――!」

「大丈夫」


 ネメさんは俺を見て、ゆっくりと頷いた。

 俺が何を言わんとするのか、ギルのために何が必要なのか。

 言葉は無くとも、その思いは確かに――


「……ギル。それでも私は貴方への復讐を望まないわ」

「なんでだ! なんで――」




「十年前、貴方だけがマルクを見捨てなかった。私には……それだけで十分」




 ……。


 ……。


 ……。


 ……ギルは、


「――今さらっ」


 唇を噛み、


「今さら……」


 顔をくしゃくしゃに歪め、


「そんな言葉、欲しくなんかねえんだよ……!」


 堰を切ったように涙を吐き出した。


 ――ああ……もう大丈夫だ。


 強がった拒絶する言葉とは裏腹に、過去の苦しみが氷解して、涙となって流れ出ているのだと分かった。

 ギルが求めていたのは、自分の選択は間違いだと罰を与えられることだと思っていた。


 ――だけど、心の底では、許しを望んでいた。


 あの選択は仕方のないことだったと、誰かに認めてほしかった。

 大多数の仲間から反対されても、マルクさんも同じ仲間であるからこそ、皆が大事だからこそ、ギルはどちらか一つを選べなかった。

 小隊長としては失格なのだとしても、仲間を大切に思う気持ちだけは理解者を心のどこかで欲していたのだ。


 そして――この世で唯一復讐する権利を持つと思った、たった一人だけがギルの選択を許した。


 それはなんて遠回りに遠回りを重ねた皮肉だというのか。


「ネメさん。いや、〝殺し屋〟――〝頭陀人形〟」


 俺はギルの横に立ち、問いかける。


「たった今復讐が終わったっていうのはどういう意味ですか。ギル以外の……当時マルクさんと徒党を組んでいた仲間を殺し尽くせば終わりじゃないんですか」

「……ギルから聞いたのね、昔の話、……ぅく!」ネメさんが再び吐血する。「……私に話す体力が残っているうちに聞いてもらいましょうか。散々迷惑をかけたヨア君、貴方への罪滅ぼしを兼ねて……」


 空は恐ろしいほど青く透き通り、雲一つ見当たらなかった。

 さあと促すように一陣の風が俺たちの間を通り抜けた。




「――私が本当に復讐したかったのはミラルフォ、そして彼の信者たち――ウィゼラの(・・・・・)教えそのもの(・・・・・・)よ」




「え……っ⁉」


 思わず驚きの声を発さずにはいられなかった。


 一連の事件はマルクさんが殺されたことの怨恨が理由だと思っていた。

 その前提から俺たちは間違っていたというのか。


「なんでだ。マルクを死なせちまったのは俺たちなんだぞ」

「ええ、そうね。ケイヴを拷問して口を割らせたから、それは本当だと信じてる」

「ケイヴ……」懐かしむようにギルは呟いた。「アイツだけはマルクが死んだ後にレアルムを出て行った。会ったのか?」

「ケイヴを見つけたのは本当に偶然だった」ネメさんは語る。「何の気なしに偶々入った酒場の奥で、一人の男が悪酔いしながら過去話をしていたわ。客の数が多ければ耳に届いてこないほど小さな声で。普段なら聞こえても気にしないはずの話が……あまりにも思い当たることが多くて、たまらず振り返ったの。何年も時間が経って、酒の飲み過ぎでやつれていても、ケイヴだとすぐに分かったわ――」




 ネメさんは語る。


 それは、一人の女性が愛に狂い、報復に至るまでの物語だ。

◇疾く癒せ【とく-いやせ】

魔法/回復魔法


肉体の傷を治療する初歩的な回復魔法。


【癒せ】よりも回復する速度に秀でており、

その分、効果は低くなっている。


この魔法がそうであるように、回復魔法の

名称はどこか命令するものが多い。

この魔法も例に漏れず、高圧的である。

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