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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
第一章後編 殺し屋たちの狂宴
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第九十二話 他の誰もいなかった

◇即死耐性【そくし-たいせい】

意能/耐性強化系


問答無用で命を奪う攻撃に耐性を得る意能。


これは斬首のような致命的外傷に抗うのではなく、

直接的に生命を脅かす呪いを弾く力である。


耐性強化系意能の中でも、習得が難しいとされる。


即死攻撃の成功率は、おしなべて低い。

しかし、己を殺しうるものだ。

いつかは備えるべき、死の魔手である。

   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、旧区画、ヴァルガ・ブラビド



 懐かしい夢を見ていた気がする。

 笑えねえ。戦闘中に気を失ってたってことだからな。無防備この上ない。


 案の定――俺は腕を後ろ手に縛られ厳重に拘束されていた。足は片方が変な方にひん曲がっているせいか縄はかけられていない。クソ痛え。周囲ではレアルムの探索者が虫みてえにうじゃうじゃと囲んで騒がしい。


「……! オイ、起きたぞ!」


 その内の一人が目敏く俺の覚醒に気づいた。


「気を付けろ、何をしてくるか分からん」

「警戒を怠るな!」


 どいつもこいつも俺から一定の距離を保ったまま、まるで魔物でも見る目を向けてきやがる。

 俺を何だと思ってやがる、こんなに縛られちゃあもう何もできやしねえよ。

 ……というかこの状況はつまり、あのクソガキが張った結界は破られたか消えたってことだな。


 俺は最後の記憶をたどる。

 たしか、召喚した大百足から飛び降りて、女の背中に短刀をブッ刺したのは覚えてる。

 その後、枝が折れて地面に落ちて……そこで打ち所が悪くて気絶したんだろうな。自分の軟弱さ加減に嫌気がするぜ。


 だが、こんな俺でも戦火は一つ挙げたってわけだ。

 へっ、さすがに呼ばれておいて何の成果もなく終わるわけには――




「――グアン、治りたてなんだからあまり出歩かないで。体に響きますよ」

「うるせえな、お前は俺の親かよ」




「は……?」


 俺が刺し殺したはずの女がピンピンした様子で会話していた。


 ど、どういうことだ。

 女の服の背中は確かに裂けている、ちょうど刃物が通ったように。なら俺の記憶に間違いはねえってことになる。


 ツェラと戦ってた男の方も、同じく会話できるぐらいには余裕があるように見えた。

 そうだ、ツェラはどうなった? もうさっぱり何も分からねえ。


 定まらない思考。そうこうしているうちに、その男が人波を割って近づいてくる。


(もや)が取れたらこんなナリをしてるんだな」

「……はっ、ガッカリさせたか?」

「いや、〝殺し屋〟も、案外普通の見た目をしてやがると思っただけだ」


 モーサンパッションの旦那と比べたら、俺はそうだろうな。


「なぜ……」俺は問う。「あの女は生きてる? 確かに短刀を突き立てたはずだ。メアリーサリーの結界を攻略して、ギリギリ治療が間に合ったのか」

「――なぜ(・・)、は俺たちの方だ」


 男はそこで言葉を切ると、明後日の方向へ顎をしゃくる。

 その先を目で追うと、地面に横たわる誰かを数名が取り囲んでいる。


 あれは――


「お前が使役していた奴隷の女が、俺たちの傷を治した。……正しくは傷を引き受けた(・・・・・)ように見えるが……。これはお前の命令か?」

「――ツェラッ!」


 なんとか這いずり近寄ろうとする俺だが、たちまち上から押さえつけられた。


「動くな!」「気絶させるか?」「いや、それよりも――」

「ツェラ! ツェラ!」


 俺は必死に叫ぶ。


 男の言うとおりツェラは無数の傷を負っていた。

 全身の作家や打撲は百足から転げ落ちたときの、背中にバックリ開いた刺し傷は俺が女に与えたもののはずだ。

 隷属の首輪もいつの間にか外れて、今はひゅうひゅうとか細い呼吸をするだけだった。


 ――傷を引き受けただと……⁉ 本当に何を考えてやがる!


 その力の使い方は知っていた。

 探索者として名を馳せる前、俺が面倒を見てやっていたあの頃、ツェラが何とはなしに俺のかすり傷を引き寄せるよう意識すると、俺から傷は消え、代わりにツェラの体のまったく同じ場所に移動したのだ。


 それ以降、俺はその能力の使い方を固く禁じた。

 傷を取り除くという点だけで言えば治療行為に見えるが、これは他人の苦しみを自分が肩代わりしているだけにすぎない。回復魔法が使えると勘違いした奴が擦り寄ってくる可能性もある。


 なにより、致命傷を負った人間から助けを求められたとき――ツェラは情にほだされて傷を引き受けてしまうだろう。心優しいがゆえに。

 それならば、誰にも能力の存在は知らせず、目の前で死んでいく者は元からそういう定めだったと割り切るようにした方が良い……。


 なのに。


「ツェラッ、お前、このバカ野郎が! お前が死んじまったら、これまでの事全部、意味ねえじゃねえか……!」




 ――ダメだよ、叔父さん。




「は――」


 今、のは……。


 ――叔父さん、死んじゃだめ。


「ツェラ……?」


 幻聴。

 そう……間違いなくそうだ。

 今さらツェラの言葉(・・)が聞こえるはずがない。

 あの子は何かの代償に心が壊れちまった。もう、意味のある言葉を紡ぐことはできない。


 俺は奇蹟なんざ信じない。土壇場でツェラの理性が回復することはありえない。

 壊れたものは壊れたままだ。世界は直せるものと直せないものの分別を失っちゃいない。


 だというのに、


「…………」


 ツェラが俺を見ている。

 はっきりと分かる。いつもの焦点の定まらないぼうっとした視線じゃない。

 表情は何を考えてるか相変わらず知れねえ。

 でも、俺を見ているんだ。


「ん……?」「どうした?」「急に大人しく……」


 俺を押さえつけていた重圧が一瞬弱まる。

 その明らかに空気が緩んだ隙を突くように、






 ――モーサンパッションの旦那の髪が槍となって、俺の胸を貫いていた。




   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、旧区画、ヨア




「ん……」


 目を開けると見知った顔があった。ユサーフィさんだ。その向こう側に、雲の広がった空が見える。


 頭の後ろが柔らかいものに包まれて気持ちが良い。

 視線だけ動かして状況を確認する。どうやらユサーフィさんの太腿に頭を乗せているらしい。

 あの、契約を交わした花園の時のように。


「俺……」


 起き上がろうとする俺の肩を優しく押さえる手。


「無理に起きなくていいよ。もう全部終わったから。お疲れ様」


 その言葉に甘えて、ゆっくりと息を吐いて目を閉じる……。


「アイツ……」「あの〝千貌〟に膝枕をさせてやがる」「〝千貌〟を(かしず)かせるとは……」「まだ九等級なんだろう? なんて奴だ」「俺は知ってるぜ。奴は九等級の皮を被った怪物だってな」「噂では〝足蹴〟のメリジュナをも手懐けているとか」「俺もメリジュナ教官に踏まれたい……」「え?」


 ……なんだろう、取り返しがつかないぐらい誤解が広まっている気が……。

 けれど、一度力の抜けた体は泥のように重たい。俺に誤解を訂正しに行く余力はないのであった。


 まずは記憶を思い出していこう……そうだ、〝殺し屋〟との決着がついて、目の前が暗くなって気を失ったんだった。


 そう、


 ――俺は、人間を殺した。


「…………ッ」


 どんな経緯があろうと、人間を殺したんだ。


「戦ったことを思い詰める必要はないよ」強張る俺を解きほぐすようにユサーフィさんが頭を撫でる。「君は団の仲間を、レアルムを、命を懸けて守ったんだから。誰にも非難する権利なんてない。その経緯も含めてね」


 ……仲間。


 違う、俺は守れてなんかいない。

 だって、〝殺し屋〟を、メアリーサリーを、俺は、


「――最後の最後で止められなかった……ッ!」

「そうか?」

「俺の剣が届いていたらッ!」

「いやアレは無理だったろ」

「ギルは……ギルは……ッ!」

「つーか、せっかく生き延びたってのに反省しまくり(・・・)だな、お前は」


 当たり前だ、俺は結局ギルを守ることができな――


「――ギルッ⁉ 死んだはずじゃ……⁉」

「勝手に殺すな。ピンピンしてるぜ」


 そこには確かに、胸を貫かれたはずのギルが立っていた。いつもの飄々とした雰囲気を纏わせて。

 ピンピンしていると強がっているが、その身には激闘の深い傷が刻まれたままだ。胸に空いた穴の跡は、俺の見間違いではなくメアリーサリーの針が突き刺さったことを意味している。


「でも、なんで」

「ハッ、俺を舐めるなよ新入り」


 ギルは手にした槍の切っ先を自分の腕に近づける。


 そしてそのまま――槍の刃先はギルの腕を抵抗なく貫いた。いや、すりぬけた(・・・・・)


「こんな風に、俺の極意は選んだ一つの物体をすり抜ける。あの時、咄嗟に自分の胸に槍を突き刺して、〝殺し屋〟の投げた針と心臓の間にギリギリ滑り込ませまくったのさ。槍は俺の体を素通りするが、針はすり抜け(・・・・・・)られねえ(・・・・)ってことよ。まあその後、傷口から入った空気で肺が潰れて死にそうになったが」


 どうよ、と得意げに笑うギル。


 ああ、よかった。

 俺はまた大切な人を救えないのかって……。


「どうした、感極まるのもいいが、言うことがあるだろ。さすがギル様、とか、一生ついていきます兄貴、とか」

「じゃあ、その…………極意って何かな……?」

「……お前はものを知らないよなあ、ホント」




「――ああああああああああッ‼」




 魂をえぐられたかのような絶叫。

 その叫びの主は血の海の中でもがき苦しんでいた。


「う、そ、だろ……」


 俺の口は思わず呟いていた。

 だって、そこにいたのは、


「い、いひゃい、いぎゃいぃ……!」


 ――〝殺し屋〟メアリーサリー、その白い髪の片割れ。


 俺にぶった切られた上半身を両腕で掻きむしり、露出した肌を爪が削っていく。

 肉体を両断される致命傷に構わずのたうつ様は、目を背けたくなるほどの恐怖を撒き散らしていた。


 もんどりうつほどに彼女の全身は紅色にまみれていく。


「いぎゃい、いぎゃい、いぎゃい、いぎゃい、いぎゃい、いぎゃい、いぎゃい、いぎゃい、いぎゃい、いぎゃい、いぎゃい、いぎゃい、いぎゃいいぎゃいいぎゃいいぎゃいいぎゃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぁぁぁああああああああああ!」


 痛い、痛い、……と言っているんだろう、恐らく。

 あの傷でまだ命があるのかと驚きもある。


 だけど、その苦しみ方は異常としか思えなかった。

 切断された傷口ではなく、全身を苦痛が襲っているかのような。


 メアリーサリーを苛んでいるものは……。


「な、んで、わだじ、ごろじ、だばず、な、あ、のに、ぜっじょうおうざま、ぁ、ぁ、ぁ」


 ごぼごぼと血の泡とともに吐き出される言葉。

 断片のようなそれを頭の中で繋ぎ合わせていく。


「……意能の反動」


 彼女たちが使用した【殺生王礼賛】。


 爆発的な力を得る引き換えに代償を求めるもの。

 代償とはやはり、殺し。殺戮。

 それを捧げることができない罰が今、降りかかっているということなのか。


 殺されたと思われたギルは、その戦闘勘を駆使して致死の攻撃を防いでみせた。

 だったら……。

 俺は一縷(いちる)の期待を込めて振り返る。


 ――視線の先には、疲れた顔で、でも確かに息をするグランドリオ、キャリカさんが。


「よかった……!」


 目から涙が溢れ出す。本当によかった。ギルもグランドリオもキャリカさんも、誰も死なずに戦いは終わったんだ。


 あとは……〝殺し屋〟たちの始末をどうつけるかだ。

 だけど、このままだとメアリーサリーは。


「手ぇ出すな」ギルが俺の肩に手を置く。ユサーフィさんも何も言わない。「何もするな。あいつらの処分はレアルム全体の話だ。止めをさすのも生かすのも、もう俺たちの領分を離れた話だ」


 ――メアリーサリーも含め〝殺し屋〟は憎い敵だ。


 何かが一つ違っていれば、仲間が死んでいておかしくなかった。

 だからその命を助けようとは思わない。

 でも、目の前で苦しみのたうつ様を何もせず眺めていることに、説明の出来ない罪悪感が押し寄せてくる。

 これが罰だと言うならば、相応しい罰なんだろう……それを直接見たわけじゃないけれど、〝殺し屋〟として何人も殺してきた過去の所業を思えば当然と言っていい。


 だというのに、苦しめて苦しめて苦しみ抜いて死なせることが正解なのか。

 俺は……自分でもよく分からなくなった。

 戸惑う俺の視界の先でメアリーサリーがどこかへ這いずっていこうとしている。


「ヨア」


 ギルが言った。


「今のお前がもし……アイツらに後味の悪さ(・・・・・)を感じちまっているなら、それは間違いだから捨てちまえ。でもそれが無理だっていうんなら、何もするな。何もせず……その最期だけ目を背けずに見るしかねえ」


 これから起こる事を悟ったかのように。




   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、旧区画



「ごお、ざなぎゃ……だれが……ごおじで……」


 全身を掻きむしるほど狂おしい苦痛に苛まれる白い髪の少女がゆっくりと這いずっていく。


 這いずった跡に真っ赤な血の線を引きながら向かっていく先は――もう一人の片割れ、黒い髪の少女。

 地面に仰向けに横たわりビクビクと体を震わせているのは、痛みは感じていても反応することができないほど今際の際が近いからか。


 近づいていく白い髪の少女の目は血走り、まるで誰が誰なのかも認識していないかのような狂気に染まっている。


 地面を掴む爪の剥がれた指に――凶器の針が触れた。

 それは偶然だっただろう。

 針がなければ石で、石がなければ手で、

 少女は同じ事をしていた。

 違いがあるとすれば――死ねるまでの時間だけだ。

 大した差はなかっただろうが。


 黒い髪の少女がわずかに意識を取り戻した。

 体はもはや動かず、しかし苦痛だけを鋭敏に訴えてくる。


【殺生王礼賛】で得た力の代償を捧げられていない罰として、物理的外傷の無い痛みが間断なく襲っているからだ。それは胴体を断ち切られた傷にも劣らない痛みで鮮烈に神経を蹂躙した。

 たとえ薬で誤魔化そうと試みても、この痛みが和らぐことはない。いかに傷に慣れていようと、不心得な礼賛に対する罰はこの世の苦痛全てを集約したかと思うほど凄絶なものだった。得た力に相応しい殺戮を捧げない限り、この痛みが消えることはない。


 それでも――発狂直前の視界に映った愛しい家族の輪郭に、わずかな一瞬だけ、黒い髪の少女は苦痛を忘れた。


「――あ…………お、ねえ、ちゃ、」




 ――焦点を結んだ瞳に映し出されたのは、自分に向けて凶器を振りかぶる姉だった。




「ぎ、ぎ、ぐ、ぐ、ぎ、い、い、いぃいいいいい」


 それは地獄としか例えようのない末路だった。


 振り下ろす。穴が開く。悲鳴。

 振り下ろす。穴が開く。絶叫。

 振り下ろす。穴が開く。懇願。

 振り下ろす。穴が開く。拒絶。


「なんでっ、やめ、やめで、おねえぢゃ、わだじ、やめ、いだい、いやだ、いだい、いだいぉ……!」

「しぃぃねえぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!」

「や、め……やめ、ろ……やめろ……ッ! お前、おまえは……違う……違う、違う違う違う――違うッ! ただの分身、なの、に……! おねえ、ちゃ、んじゃ、な、い……」

「ああああああああああ‼」


 最後に一際大きく、針を振り上げる。


「――わだじがら、もう、うばうなああああああああああッ‼」


 鋭い切っ先が額に吸い込まれていき――致命的な場所を貫いた。

 一度だけ体は大きく跳ね、それきり震えることも叫ぶこともなくなった。


「あ――あは、あはは、痛くない! やったああああ、痛くない! もう痛くないよお姉ち」


 カラン、と空虚な音を立てて針が地面に落ちた。


 現実という苦痛から逃げるため、意能によって生み出された妄想の姉妹は、その効果を終えて消え去った。

 少女は一つが二つに別たれてなどいなかった。




 彼女は初めから一人で、他の誰もいなかったのだ。

◇メアリーサリー【めありーさりー】

人物/現代/〝殺し屋〟


一人にして二人でもある〝殺し屋〟の少女。


性格は無邪気にして短慮、冷酷ではないが残忍。

それは彼女の中で培われた、生存のための哲学、

「欲しいものは他人から奪う」によるもの。


およそ戦いの訓練など受けたことはないが、

彼女が時に格上の探索者すら殺しえたのは、

進値の暴力、そして意能の強さゆえであろう。


生を望まれず、母に愛されず、満ち足りるを知らず。


この世界では珍しくもない境遇の子供たちの中で、

メアリーサリーが〝殺し屋〟となるに至ったのは

運命の悪戯などではない。

自らもありえたかもしれない未来なのだ。

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