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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
第一章後編 殺し屋たちの狂宴
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第九十一話 光、汚れ 4

◇戦鉄【せん-てつ】

素材/生産素材/無生物由来


強い靭性を有した鉄。騎士鋼には及ばないものの、

ただの鉄にあるまじき粘り強さを持つ。


人に手により生み出された鉄の働像。

戦鉄とは、数多の生物を屠ったそれの体である。

ゆえに、自然界には存在しない。


間違いなくただの鉄で作られた働像は、

偽りの生命を与えられ、敵の返り血を浴びることで、

製作者も意図しない変質を遂げていた。


さらに殺戮を重ねた上質な素材は、歴戦鉄と呼ばれる。

 ざあざあ、と耳朶を打つ音。


 目を覚ました途端、全身を襲う鈍い痛み。

 降り注ぐ雨粒が、熱を帯びた体をわずかでも冷やしてくれるのが心地良い。

 それを打ち消すように、背中と後頭部はべちゃりとした気色の悪い触感を伝えてくる。


 視界は空一杯の曇天を映していた。

 目線を下げれば、あの用心棒の男が。

 土砂降りの雨の中、俺の片足を掴んで地面の上を引きずっている最中らしい。


 だんだんと思い出してきた。そうだ、あの後しこたま殴られて気絶したんだった。ということは、俺をレジノスの外に捨てに行く道すがらってとこなんだろう。


「……! おや、目覚めたのか」


 俺の気配を感じ取ったのか用心棒が振り返る。だが歩みを止めはしない。


「安心したまえ、君を捨てろと命令されたが、〝外域〟に置き去りにするような真似はしない。都市の隅で、雨が上がれば人に見つけてもらえる程度の所に置いておこう。傷もゆっくり休めば治る範囲にとどめた」

「…………」

「だが、もう一度屋敷に来るようであれば、次は容赦ができないだろう。二度も三度も繰り返せば、どんないい加減な仕事をしたのだと評判を落とすことはしたくない。せっかくこの用心棒ギデアムという名声も育ってきた(・・・・・)のでな」

「…………ツェラ、は」

「?」

「……あの子は……雨、に……今、も、打たれ、て」

「ふむ、そうだな。あの小屋で雨風はしのげないだろう。だが、死ぬこともあるまい。あの娘の進値は49だ、風邪にかかって死にはしない」


 ――俺は、用心棒が足を掴む手を蹴り解く。


「ハア……ハア……」

「這うのも精一杯の体でどこに行くという?」

「ハア…………るせえよ……」

「何がお前をそこまで駆り立てる?」

「関係……ングッ……ハア、ねえよ……」



「――お前は何に対して怒っている(・・・・・)?」



「――――」


 頭上で雷が走り、遅れて空を裂く音が重苦しく世界を震わせる。


 ずっと、頭のどこかに霧がかかっていた。ツェラと最後に言葉を交わすまでは虚しくも満ち足りていたはずの俺が、あの姿を目にしてから。


 怒っている? ああ、確かにそうさ。

 でもそれは、惨い仕打ちに対する道徳心から来る怒りだと思っていた。


 そうじゃなかった。

 用心棒の野郎に言われてやっと分かった。


「…………ツェラがああなったのは、ツェラの責任だ」


 心の内を探るように、言葉を紡ぐ。


「ツェラだけが負うべき結果で……ツェラだけに与えられた――罰なのかもしれねえ。人の身で世界を知ろうとした……」


 岩から石像を削りだすみてえに、思いを形にしていく。


「……でも!」


 ――聞きやがれ、世界よ!


 ――聞きやがれ、理不尽な運命よ!


 痛みすら彼方に押しやって、

 俺は天に向かって吼え叫ぶ。



「たとえ廃人みてえになろうとも、あれは名誉の姿だ! どれだけ可哀そうと憐れまれても、誇り高く輝いた挑戦者の姿なんだよ! 結果がどうなろうと、アイツは輝きを拾ったんだ! 一歩足を踏み出して、勇気をもって行動したんだ!」


 輝ける人間だからこそ、運命を乗り越えていくんじゃない。

 運命と戦うからこそ、人生は光り輝くんだ。


 俺は最後の最後で運命と戦うことを避けて、受け入れちまった。


 だが、ツェラは違う。アイツは、運命と戦ったんだ。


 だからこそ俺はツェラが、心の底では誇らしかったんだ。

 俺には出来なかったことを成し遂げた少女のことが。


「――それを、それを奴らは、挑戦した人間の、最後に残った尊厳すら踏み躙った……! それだけは絶対に許せねえ!」

「許せないなら、どうすると? お前が許さないというだけで、話は終わりか」


 嘲る様子でもなく、淡々と問いただしてくる用心棒。


 どうするかだと? 決まってる。


「テメエをブッ殺して、クソどもをブッ殺して、ツェラを自由にするのさ!」

「…………」

「お前にできるのかって態度だな。いいぜ、俺みたいな虫けらがどこまでやれるか、抗ってやるよ。このヴァルガ様の、人生最後の戦いだぜ!」


 痛みも雨も血反吐も憎しみも、

 その全て洗い流す、圧倒的な昂ぶりがあった。

 もう失って久しいと思っていた感情が。


 思い出した。若かったあの日、決別して家を出た時の、目の前に真っ直ぐ広がる道に踏み出した瞬間の決意と同じ。

 俺自身の運命に(・・・・・・・)挑むと決めた(・・・・・・)ときの痛快さを(・・・・・・・)




「――俺の大事なものを踏み躙る、この残酷な運命への復讐だ!」




 ざあざあ、と耳朶を打つ音。

 それに混じる、奥底から響いてくるような哄笑。


「クハッ、ク、ククク……!」


 用心棒の奴の顔は見えないが、愉快そうに歪ませた面が布で隠した向こう側にあるんだろう。


「……お前の戦闘力は凡庸だが、その思考は気に入った! 残酷な運命への復讐……報復か。俺も様々な依頼を引き受けてきたが、これほどとびっきり(・・・・・)の理由はお目にかからなかったぞ! なればこそ、俺はお前に問わなければならない」


 何だ……コイツは。

 いきなり雰囲気が急変しやがった。

 闘志も敵意も殺意も、何も感じない。あるのはただ、狂気的なまでの――


「ヴァルガ、その報復のために、お前は何を差し出せる?」


 願いの代償を問う声。それに対する答えが、この異質なやり取りにおける最大の山場だと本能的に理解する。


「――何でも持って行けよ。たった今から、俺が死ぬまでの間の全てを」


 金で(あがな)えるものは直感的に違うと感じた。

 だとすれば、俺が支払えるものは――俺自身(・・・)しか存在しない。


「……いいだろう。代価は受け取った」


 正解を、引いたらしい。

 気づけば雨は止もうとしていた。


「その報復は俺が請け負おう」

「お前は……何者なんだ?」


 俺はそう問わずにはいられなかった。

 ただ、それを知ったところでもはや意味はなかった。

 その名を聞いて後悔するには遅すぎるほど、俺はとっくに堕ちるところまで堕ちていたから。


「――〝殺し屋〟、モーサンパッション」











「ギデアム、きさま、裏切ったか、この薄汚い下民上がり、がっ、あッ……!」


 屋敷の大広間、そこでは兄が無様な格好で空中に釣られていた。

 俺にやったのと同じく、糸を使用した拘束だろう。


 それをなしたギデアム……いや、モーサンパッションの後ろで俺はツェラを抱きかかえて、その光景を淡々と見つめていた。

 汚れを落とし、適当な服を見繕って着せられたツェラはうとうとと船を漕いでいるが、それでいい。

 理解しているかは知れないが、この悪口雑言を耳に入れたくはなかった。


「よりにもよって、その出来損ないに、ブラビド家の汚点に、肩入れするとは! 貴様はもう終わりだ、こんな真似をして、護衛の仕事を同じようにできると思わないことだ! 全ての都市で、貴様の名が忌避されるようにしてやる!」


 兄は締め付けられながら荒い息で俺を見据えた。


「忌々しい弟め……底の知れない業突く張りめ! 何が不満だ! 何が気に喰わない⁉ 富裕の家に生まれながらなぜ富を捨てるのだ⁉ この末法の世に恵まれておきながら、安穏を享受できない出来損ないが!」


 ……お前の言うことはもっともだ。

 家よりも自分が大事な俺は、兄から見たら異端者でしかないんだろう。


 俺も兄の価値観には馴染めない。家の存続のために己の人生を消費するという優先順位が受け入れられない。


「――だからお前は、俺が何に怒っているか理解できないんだろうな」


 家族ですら足蹴にできる、その魂の腐り方は――


「さて……お互い、もうよいかな?」モーサンパッションが割って入る。「あまり時間も無いようだ。依頼を完了させたい」


 あまり時間も無いという(くだり)に疑問を覚えるが、大広間の出入口から漂い始めた黒煙を見て理解する。屋敷を制圧するにあたり、モーサンパッションは使用人全員の首を糸で絞めて気絶させたらしいが、おそらく厨房かどこかの火が管理を失い、引火したんだろう。


「兄弟の――最後の兄弟喧嘩に割り込んですまないが、これからお前を殺して使用人を移動させて……まあ色々と予定が忙しいのだよ」

「殺す……殺すだと? 何を言っている。人間を殺すなど、それは最大の禁忌で、」


 モーサンパッションは言葉で説明するのではなく、兄の体を拘束する糸をいっそう締め上げることで意思を表示した。


ヴァルガ(この男)の依頼でな。彼らを踏み躙る運命への報復として、その象徴たる家族を殺すのだよ」

「なんっ、何を――――――――家族?」

「そうだ。お前の妻、息子、娘は既に殺した。あとはお前を殺せば仕上げというわけだ」

「は……嘘だ、人間は、人間を殺してはいけない……そんなことがあってはいけない……用心棒にそんな真似ができるわけが……」

「ふむ、仕事振りが信用してもらえないようでは沽券に関わるか……」


 モーサンパッションが右手を握りこむような動作をする。

 すると、大広間の出入口から黒煙を切り裂いて兄の家族たちが登場した。


 上から吊られた絡繰り人形のようにぎこちなく、四肢は力なく揺れて……なにより、その三体の人形は首から上がない。


 仕事振り(・・・・)の証明としては疑いようもなく、この上なく悪趣味だった。

「あ、ああああああああああああああああああああ――⁉」

「これで信じてもらえただろうか?」

「――人でなしがッ! 人間以下のッ、獣にも劣る、この世の悪めがッ! なぜこんな悪徳が行える! 人間を何だと思っている!」


 俺は吐き気を堪えながら耐える。


 この惨状を願った俺にモーサンパッションの行為を非難する一切の資格も権利もない。

 だが、だとしてもこれは悪質だと感じた。

 殺してくれとは頼んだが、ここまでの絶望を与えるとは……凄まじい。

 家族を殺すだけに飽き足らず、死体を人形のように弄ぶなんざ……。

 さも兄の疑いを晴らすべくやったかのようだが、事前に死体を近くまで動かしていたんだろう。最後に見せつけるために。


 モーサンパッションは、


報復(・・)のためだ」


 そう言ってのけた。


「悲劇は報復を生み、報復は報復を生む。――なればこそ、終わらない怨嗟の円環の中で、たとえ一瞬であろうとも依頼者の救いになるために、俺は報復を徹底する」


 ――家族を物のように扱い弄んだ報復は、同じく家族を人形のように弄ばれることが相応しい。


 ――それが畜生に劣る行為であろうとも。


「――――」

「あ――悪魔…………悪魔、悪魔、悪魔、悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔あく――」


 絶句する俺の視界の中で、兄の全身に糸は喰い込み、瞬きの間に数十の肉片に解体され弾けた。三体の人形も糸が切れて崩れ落ちる。


 ――なんだ、これは……。


 俺は今、途轍もないものを見た。

 兄の死に様なんかじゃない。それはもうどうでもいい(・・・・・・)

 俺が目の当たりにしたのは……


「ヴァルガ」

「う……」

「使用人を屋敷の庭に動かす。お前も手伝え」


 既に歩き出した〝殺し屋〟を追って、俺は大広間に背を向けた。











 夜闇の中、煌々と燃える鉱山都市レジノスの一角。

 都市の外、遠く離れた場所からそれを一瞥してから、俺は気になっていたことを訊ねた。


「……なんで使用人は助けたんだ?」

「〝殺し屋〟は殺人鬼ではない」


 モーサンパッションは〝外域〟に目を向けたまま語る。


「人は弱く、心は脆い。楽な方、楽な方へと流されていく。挙句の果て、殺人すらも楽をするための道具として使いこなしてしまうだろう。そこまで堕ちた後に残るのは、矜持すら失い、楽と悦のために他者の命を啜る怪物だ。殺すべきではない者さえも手にかけるようになってしまう」

「……〝殺し屋〟の殺しには、矜持があると? だから標的以外は殺さないと?」

「そうだ。〝報復〟、〝慈悲〟、〝安楽〟……俺たちは十の〝誓約〟から一つを選び、生涯その誓いに従い、殺人を代行する。全ては、殺しでしか救われない者のために。ゆえにこそ〝誓約〟は存在する。〝誓約〟は依頼者への戒めであり、〝殺し屋〟自身への戒めでもある――怪物に堕ちることなく、人間として人間を殺し続けるための」


 ……俺は、


 地に手を着き、頭を垂れ、モーサンパッションに(こいねが)っていた。


「――俺をッ……〝殺し屋〟にしてくれ」


 しばらく沈黙が横たわった。

 強い風が吹いていた。炎を燃え立たせるような強い風が。


「……理由は?」

「憧れちまったんだ……その生き様に。なってみたくなったんだよ。禁忌をもって人を救うと言ってのける姿に、俺の心が焼かれちまったんだ」

「俺は――私は、過去の苦痛を忘れる手段として〝殺し屋〟を選んだに過ぎない」

 モーサンパッションは明確に言葉を選びながら語ってくれた。

「だから、今お前が言ったような高尚な理由を真実、実践できているかは分からない。……それでも誓いを背負おうというのなら、いいだろう」


 こうして、一人の家族を救うため、残り全てを殺した夜。

 俺は〝殺し屋〟として生きる洗礼を受けたのだ。











〝――これから語り継ぐ十の〝誓約〟、そのうちの一つをお前は選ぶことになる〟


 ……悪いな、モーサンパッションの旦那。


〝――お前が選んだ〝誓約〟こそが、お前が唯一従属する業となり法となる〟


 旦那に語った理由ってのは、真っ赤な嘘なんだ。


〝――だが、〝誓約〟を偽り背くことは、お前自身を欺くことであり、その罰はやはり、お前自身をもって償われることだろう〟


 全てが嘘ってわけじゃないが……俺が〝殺し屋〟の道を選んだ理由はもっと別のところにある。


〝――そしてまた語り継ぐのだ。この呪われた救済を地上から絶えさせないよう、十の〝誓約〟が人間のある限り寄り添うよう……〟











 俺の持てる全てを差し出したが、旦那、アンタは俺が〝殺し屋〟になってから付き合う中で、一度も何かを要求したことはなかったよな。

 たまに殺しの手伝いを依頼されたことはあるが、あれっぽっちの事は恩を返したうちには入らない。

 俺も旦那も、口にはしないが薄々そう思ってたはずなんだ。


「――ヴァルガ、命を張ってもらうぞ」


 だから、

 今回の仕事に呼ばれて、旦那を見た瞬間に俺は、ああ、その時が来たんだなって思ったよ。

 この仕事が、俺の最後の仕事になると。


 旦那が〝殺し屋〟になることを認めてくれたおかげで、人生を手仕舞いする時間を手に入れることができた。

 だから、俺は旦那のために、どこの誰とも知れねえ奴と戦い、命を落とす覚悟はできてるぜ。


 ……でもよ、不思議と思っちまうんだよなぁ。


 俺を殺すのは、どこの誰とも知れねえ馬の骨じゃなくて――

◇乱れ髪【みだれ-がみ】

意能/身体強化系


己の髪を生き物のごとく、意のままに操る意能。

髪の長さ、太さ、強度も自由自在とする。


ただそれだけの意能。


この意能は、顧みられることがなかった。

習得し、髪を操れたとて、何の意味があろうか。

そう探索者たちは嘯いた。


だが〝殺し屋〟により、これは恐るべき凶器となった。

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