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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
第一章後編 殺し屋たちの狂宴
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第九十話 光、汚れ 3

◇虚偽感応【きょぎ-かんのう】

意能/共通意能


会話中の虚偽に反応し、教えてくれる意能。

蝕業を問わず習得しうる共通意能。


その性質上、人間関係をとても悪化させうるため、

犯罪者の取り調べなど、使用状況は限定される。

親しき中であろうとも、喧嘩の勃発は免れない。


あるいは、盗聴と防諜と生業にする者たちは、

陰の中、密やかに笑い合うことだろう。

嘘の交換など、彼らにとっては挨拶に過ぎない。

「……誰だテメエ」


 ――俺の商売が感づかれたか。漏らしたのはあの爺様か。


 最悪を想定しつつ、懐の得物に手を伸ばす。


「違います! 私、ツェラの……!」

「……!」


 聞けば、

 その女はツェラの徒党の一員で、あの世界の果てを目指す旅に同行していた。つい最近、その度から帰還したばかりだという。

 だが、旅は途中で死人が出るほど過酷なものだったらしく、ツェラ自身も大ケガを負った。

 命辛々生き延びた彼女らはツェラを鉱山都市レジノスの実家に預け、その足でようやく、遠く離れた俺の住む都市まで来たのだと。


「ツェラは、生きてる……んだよな?」

「はい。でも、倒れてから一度も目を覚まさなくて……」

「大ケガってのはどの程度のものなんだ? 大量に出血したとかなのか」


 一度に大量に血を失うと、脳に行く血液が足らなくなって脳の一部が死んでしまい、死んだように眠り続けるのだと聞いたことがある。

 まさか……。最悪の未来が頭をよぎる。


 ツェラの仲間はそこで涙を流し、「違うんです」と何があったかを語り始めた。


「私たちは、世界の果てに到達したんだと思います」

「到達したと思います(・・・・)、だ……?」

「記憶が、記憶が無いんです。ツェラが、私たちから奪ってくれたから(・・・・・・・・)




 ツェラと彼女たちは、世界の果てで何かを見た。


 だが――おそらくそれは、精神に耐えきれないほどの衝撃を与えるものだったのだという。

 過酷な旅の疲労もあってか、一人また一人と廃人のように気を狂わせていく。


 目の前の彼女も思考がおかしくなっていき、断片的な記憶の中、ツェラの言葉だけが脳裏に焼き付いていたのだと。


〝――皆の記憶と、心に受けた衝撃も、全部私が引き受ける〟


〝――私の■なら、心の傷も招き寄せられる〟


〝――それが、皆をここに導いた私が、最後に取れる責任だから……〟




「気づいたら、私たちは世界の果ての手前の位置まで戻っていて。傍には倒れたツェラがいました。そこからはもう無我夢中で元来た道を引き返して……でもツェラは目覚めなくて……私たちが弱いから、あの子に全て背負わせたせいで……!」

「……もういい、何があったかは分かった」


 懺悔の言葉を吐くツェラの仲間だという女を、とりあえず帰らせた。

 手近に椅子に腰かけ、息を吐く。食卓の上の飯はとっくに冷めていたが、咀嚼し腹に押し込む。空きっ腹じゃ考え事もまとまらない。


 話を要約すると、ツェラが精神的な影響を受けて意識不明になったということらしい。

 世界の果てで何を見たかはどうでもいい。それは俺には関係ない。

 ツェラは仲間の記憶と同時に、精神的負荷も取り除いた――だが、それは回復魔法のように傷が癒えたわけではなく、全てを自分一人に(・・・・・・・・)移し替えた(・・・・・)だけに過ぎない。

 それがいったいどれほどの負担になったのか……。目を覚まさないのは回復に時間がかかっているせいなのか。


「……会わなきゃならねえな」


 俺は二度目となる故郷への帰還を決めた。




   ***




◆鉱山都市レジノス、ヴァルガ・ブラビド



「――この屋敷に何用かな?」


 実家の門を抜けてすぐ、椅子に腰かけた男から声を掛けられた。


 そいつを男と判断したのは声の低さだけで、実際は外見で判別がつかない格好をしていた。長い外套を身に纏い、襟を立て帽子を目深に被り、わずかに露出した顔にも包帯か何かを巻いて隠している、はっきり言って得体の知れない様相だった。


「俺はヴァルガ・ブラビドってもんだ。兄……ここの当主に話がある」

「ふむ……意能に反応はない。嘘を言ってはいないようだな」


 ……こいつ、【虚偽感応】の意能でも使ってたのか、それも初対面の相手に。

 探索者相手なら斬られても文句は言えねえぞ。


「気を悪くしたなら許してほしい、これも仕事なのでな。私はこの家の警護のために雇われている。言わば用心棒だ」

「用心棒……」


 それはツェラの……いや、あの子は元から有名無実だった。本当の用心棒がいるのはおかしくはない。


「用心棒でも何でもいいが、とにかく当主に来訪を伝えてくれ。〝ツェラの件で話がある〟ってな」

「了解した。それまで待っていてくれ。――ああ、屋敷には入らないでくれよ」用心棒は振り返り、俺に注意を残す。「庭を散策する分には構わないが、許可を得る前に屋敷に入ろうとすれば排除させてもらう。仕事なんでな」

「……とっとと行け。取次も仕事(・・)だろう」

「クク、違いない」


 用心棒が玄関扉の中に消える。

 ちっ……不愉快な手間だが、今さら家族面して押し通るほど面の皮は厚くねえ。


「…………」


 ――何も変っちゃ、いねえな。


 外から見るこの屋敷は、俺が住んでいた頃から何も変化はない。

 几帳面に剪定された庭木、芝生。汚れの無い屋敷の外壁。

 まるで変化そのものを恐れている――いや、憎んでいるかのような執念すら覚える。


 だとすれば俺もツェラも、兄たちにとっては忌々しい存在だろう。今までの環境を捨てて自由を求めた俺たちは、積み上げてきたものを否定する生き証人に他ならないのだから。


 ……ツェラは大丈夫なのか。昏睡状態で実家に運ばれてきたというが……いくら嫌っているといっても無体な扱いまではしないだろう。だが、ここに長く置いておくのも良くない予感がする。


 ――そうだ! ツェラの離れが……。


 俺は記憶をたどり、庭の一角にそれを見つける。探すのは難しくない。

 この離れの建物は、兄の家族がツェラを疎んで屋敷から引き離すために作った場所だ。きっとツェラもここにいるだろう。


 鍵は掛かっていなかった。静かに扉を開ける。


「……!」


 ツェラはいなかった。


 代わりに――ゴミとも資材とも分別がつかない雑多な物が無造作に押し込まれていた。


 ツェラが探索者の活動を本格化させて屋敷を出て以降、空き部屋となったここを物置にするのはまだ分かる。

 だが……アイツが、ツェラが、また帰って(・・・・・)これるように(・・・・・・)と残しておいた机や椅子を始めとする生活道具。

 それらを片付けることなく、まるで上から色を塗り潰すかのように物を放り込んで、ツェラの居場所を蹂躙した。


 まるで、二度と戻ることがないようにと。

 どんな言い訳をされようと、俺にはそうする意図があったとしか思えなかった。


 額を汗が伝う。

 尋常じゃない。何なんだこの家族は。ブラビド家は。



 ……ふと。



 何かの臭いが鼻孔をかすめる。

 嗅いだ覚えがある臭いだ。そして、この屋敷においては間違いなく忌避される類の臭気。


 導かれるように、俺は一歩一歩、足を運んでいく。


 向かう先は庭の一角にある雑木林だ。敷地の中で森林浴もどきを楽しめるようにと何代か前の当主が作らせ、今は誰も立ち寄らない場所。

 若い時分の俺が、一人になりたいときによく親しみ、そして家を出る決心を固めた場所でもある。


 ――木々の中に紛れるように、粗末な掘立小屋が鎮座していた。


 臭いはここから発せられている。それはますます強くなって、俺の記憶を明確に刺激してきた。

 その小屋の中を覗き込みながら、臭いの正体を思い出した。


 ――これは、汚らしい獣の臭いだ。






「あー」






「――――――――――」

「あー、あー……」


 鎖で繋がれ、

 衣服は与えられず、

 全身は汚物と擦り傷に塗れ、

 瞳は胡乱で、

 意味のない言葉を発し、

 爪は剥がれ、

 四つん這いで彷徨うそれ(・・)は――




「ツェ、ラ……?」

「……あー」




〝――ツェラは光だ〟


〝――輝きを追い求め、その果てに自分も輝ける存在になれた〟




 膝から力が抜け、ベチャリ、と汚れた床に俺は膝から崩れ落ちる。

 それに反応し、まるで赤子が這うようにのそのそと寄って来る。


「……ぁ……ぁ……」

「あうーうー?」


 汚れた手を伸ばし、指先で俺の頬を撫でる。

 新しい玩具に出会えたように、無邪気に笑う。


 その笑顔は――畜生のナリだろうと、間違えるものか。


「あー」


 この状態(・・)を、俺は知っている、俺は見たことがある。

 自分の限界を超えて魔法を行使した奴、想像を絶する苦痛を味わった奴、精神への直接攻撃を喰らった奴。


 ――心がブッ壊れた人間。


「おいおい、これじゃあ……」


 世界の果てから、ツェラは帰ってきた。

 もう二度と戻らない、あの子じゃないものになって。


「土産話……聞けねえじゃねえかよ……」






「――今さら何しに帰ってきた」

「ッ!」


 振り返った先には、数年ぶりに会う兄がいた。


 その姿は父の生き写しのようで、事実、当主としての全てを継承し終えた存在がそこにいた。


「お前は家の汚点だ、ブラビド家の穢れだ。また飽き足らず金を貪りに来たのか」

「その前に、説明する事があるんじゃねえのか……!」

「なに? ……………………ああ、それ(・・)か」


 兄は俺が何を問うているか本気で理解していない顔だった。

 だが、俺の視線の先を追ったことで、ようやく合点がいったらしい。

 視界に収めていたはずのツェラを今認識したとしか思えない言動だった。


口に出すのも(・・・・・・)おぞましい(・・・・・)醜悪さだ(・・・・)。家を捨て、好き放題生きた挙句、廃人となって世話を押し付けてくるとは。何たる身勝手さだ。このような(けだもの)に、人の住処など上等に過ぎる。獣畜は獣畜らしく、相応しい小屋を与えてやったのだ」

「……自分の娘だろう……!」

「ああ、そうだ。だからこその悲劇だ」


 兄はやるせなさそうに(かぶり)を振った。


「リリアンは胎を痛めて生んだ子が道を違えたことを思い詰め、気を病んだ。アシュフォードとマルギッテは、血を分けた兄弟である自分たちもいつかソレと同じく、一時の気の迷いで進値を穢そうとしてしまうのではないかと日々怯えている。私もだ。父祖が発展させてきたブラビドの名に泥を塗ってしまった。ただでさえ我が家は分家を持たないというのに、血が痩せ細る恐怖たるや……。お前には分からんだろうな、ヴァルガ。家を継ぐことから逃げたお前には」


 ……ああ、そうだな。

 俺はお前の言う事をこれっぽっちも理解できない。微塵も共感できない。


「ブラビドの家を大事にしてえなら勝手にしやがれ。けどな、実の家族をこんな……こんな目に遭わせることは別だろうが!」

「いいや、同じだ。必要な過程だ」

「何を――」

「これは禊であり、また決別でもあるのだ。一族の穢れを切り捨て、輝ける栄華に近づくために。穢れを穢れとして正しく認識するためにこそ、我らは行うのだ。進値を穢すことは――糞尿よりも汚らしい、唾棄すべき愚行だと」

「……テメエらが正常であると認識するためだけに、テメエらにとって都合の悪いものを痛めつけるだと⁉」


 服も着せず、野ざらしに鎖で繋ぐことが栄華に近づく行為だ⁉

 そのふざけた理屈を、ここの人間は完璧に信じてやがる。


 冗談じゃねえ! クソくらうのはテメエらの方だ!


「ツェラは俺が引き取る」


 自然と言葉は出てきた。


「この家には置いておけねえ。狂ってるのはお前らだ」


 ツェラの脇と膝の下に手を回し抱き上げようとした時、あの用心棒が小屋の出口を塞ぐように立ちはだかった。


「何の真似だ。失せろ」

「これも仕事でな」


 用心棒が少しだけ顔を兄の方へ向ける。


「……ツェラはもう要らないんだろう。俺が引き取ってもかまわねえはずだ」

「そうはいかない。穢れても、いや、穢れたからこそ、これに使い道を見出す御仁もいる」


 そう言うと兄は愉快そうに口を歪め、


「――それ(・・)をな、買いたいという奇特な方がいるのだよ。その方は、獣人族(ビスト)鉱窟族(ドワーフ)などの愛玩動物を蒐集されていてな、これもその列に加えたいのだと。交換で、所有する鉱山の一つを譲って下さるのだ。破格の取引だよ」

「…………」

それ(・・)も、最後の最後で孝行ができて喜んでいるだろう。……しかし、こんなものを欲しがるとは、まったく――好事家というのは理解できんよ」


 ――ドゴッ‼


 掘っ立て小屋が大きく揺れる。

 兄に殴りかかろうとした俺が――謎の力によって後ろに引っ張られ、柱に叩きつけられたのだ。


「ギデアム、適当に痛めつけたら都市の外へ捨て置け。我が家に穢れは不要だ」

「オイ待て! 話はまだ終わって……ぐっ⁉」


 遠ざかっていく背中。

 追いかけようとするも、今度は拘束され身動きが取れない。

 これは……糸か何かで柱に巻き付けられてるのか?


「待て……待てよロスタッドォ!」


 叫び声も虚しく、アイツは木々の向こう側に消えていった。


 クソッ、クソッ、振り解けねえ! この程度に拘束に……!


「――さて」眼前に用心棒の野郎が立ちはだかる。「命令は、適当に痛めつけて都市の外に捨ててこい、だったな」

「……これも仕事だから悪く思うなってか?」

「分かっているじゃないか」


 用心棒が拳を振り上げる。

 せめてもの反抗心で俺は目を逸らさず睨みつけてやる。


 ……だが、衝撃と痛みは、いつまで待ってもやってこなかった。


「あー」


 ツェラが、用心棒の足にまとわりついていた。

 殴るのを妨げるつもりなのか、ただ単に興味が湧いたものにしがみついたのか。

 どちらかは分からない。


「あうー」


 それも、俺がそうされたように謎の力で引き剥がされ、小屋の奥へと引きずられていく。


「泣けるじゃないか。俺にはお前を庇おうとしたように見えたぞ。介助なしには食事ができないほど心が壊れても、その残滓はまだ記憶を残しているということかな」

「…………」

「余計な感傷だな。……さて、仕事を続けるとしよう」


 今度こそ、拳は振り下ろされた。

◇心的致死【しんてき-ちし】

学問/医学/精神学


日常生活が困難になるほどの塑性的心的外傷を負った状態。

著しい精神的衝撃により引き起こされる。


犯罪、事故、災害、戦闘などの出来事の他、

今日では進値に見合わない強力な魔法の行使によっても

起こりうることが知られている。


行使により強度を増す魔法は、至当の負荷をもたらす。

意能と異なり、魔法の場合、それを心に与える。


取り返しがつかなくなり、君もきっと思い出す。

魔法とは、頭で使うものなのだ。

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