第九話 小さな反対者
◇二つ名【ふたつ-な】
用語/探索者
特定の探索者を言い表す通名。
公的な名称としては用いられないが、広く一般に通じる。
ギルドも含め、命名に関する規定は特に存在しないが、
二つ名を付けられるのは六等級以上の探索者から、というのが不文律である。
中には格好の良い二つ名になるよう、人と金を使って
大衆の印象操作を目論む者もいるという。
努力すべきは、そこではない。
◆◆◆◆◆
◆探索団『終の黄昏』拠点・斬込部隊隊舎、ヨア
「私についてこい」
そう言ってグラトナ……大隊長は早足で歩いていく。
後をついていく途中で色んな人と擦れ違う。皆、女性ばかりだ。
その人たちはグラトナ大隊長を見ると背筋を伸ばして挨拶するのだけれど、後ろの俺のことは敵でも見るみたいに睨みつけてくる。まるで魔物にでも遭ったように。
やがて到着したのは三階建ての大きな建物だ。さらには、どこからか金属のぶつかり合う音――剣と剣を打ち鳴らす音が聞こえた。
「ここが斬込部隊の隊舎だ」
「斬込部隊って何をするんだ、……するんですか?」
「戦いにおいては先鋒を務める。能力などが一切不明な敵に対し、まずは一当して反応を見る。そうして相手の情報を集め、危険度を見極めながら味方の進路を切り開いていく役割だ」
「……つまり、とにかく敵に突っ込んで斬りまくれ?」
「そんな戦い方をしていれば、お前、真っ先に魔物の餌になるぞ」
「…………」
「死にたくなければ、精々よく学び、よく考えることだな。……こっちだ」
突き放すような言葉を残し、グラトナ大隊長はさっさと一人行ってしまった。
俺はゴクリと唾を飲み下し、また後を追いかけた。
「戻ったぞ」
「「「おかえりなさい大隊長!」」」
「隊舎にいる団員を全員集めてくれ」
建物の中に入ると、やはりそこは女性だらけだった。グラトナ大隊長の姿を見て皆笑顔を浮かべている。この人はそれだけ慕われているのだろう。
そして相変わらず俺に向けられる視線は厳しい。
「あの男って……」「昼前に暴れたっていう……」「なんでうちに……」
皆、俺を見てひそひそと呟く。
まあ、確かに、ライカの遺灰を取り戻すため好き勝手に駆けまわって、さらに意能を使用した結果窓硝子を破壊したりと、それだけの事をした自覚はある……。
グラトナ大隊長は騒めきが一段落すると、
「あー……もう見たヤツもいるだろうが、今日から入団するヨアだ。しばらく私が預かることになった。あー……うん……、……以上だ。とにかく、色々と面倒を見てやってくれ」
よく分からないものをよく分からないまま披露する感じで、俺にも分かるくらいぎこちなく俺を紹介してくれた。
聞かされた皆も目に見えて不安そうにしている。
「大隊長、この人は斬込部隊の配属になるんですか?」
一人が挙手して問いかける。
「特に指示はなかったが、実質的にはそうなるだろう。現時点において、ヨアは私の直接預かりになる」
「大隊長が、ですか? ……この人の入団を推薦したのは」
「ユサーフィ副団長だ」
ユサーフィさんの名前が出ると、驚きが一気に噴出した。
皆信じられないといった風に近くの人へ話しかけている。
「あの〝千貌〟が……」「てっきりナギオン大隊長だと思ってた」「団長級が推すって実質入団決定らしいし、だからよっぽど見込みのある人だけしか推薦されないって聞いたことあるわ」「しかも今まで誰も推薦してこなかったユサーフィ副団長が初めて選んだんでしょ」「噂じゃグラトナ大隊長が手合わせして攻撃を喰らったって」
「認めねー‼」
建物中に大声が響く。水を打ったように場が静まり返った。
「誰が推薦しようと認めらんねーよ!」
……だけど、おかしい。声は聞こえるのに姿だけが見えない。
「ちょっと、通してッ!」
すると無理矢理人垣を掻き分けて、勝気な目をした背丈の低い女の子が躍り出てきた。
「ちっちゃい……」
「ちっちゃい言うな!」
体の小ささに反して迫力は凄まじい。体がビリビリと震えるほどの声量。
「どこのどいつか知んねーけど! なんでお前みたいな素性の知れねーヤツがグラトナ様の直属なんだ! ぽっと出のガキが! お前はグラトナ様にふさわしくねー!」
そう混じり気のない敵意を向けられる。
だけど、あまりの理不尽な言い様は、さすがに頭にきた。
「お前こそ誰だよ。お前だってガキじゃないか」
「ウチはもう大人だ! それにウチの方が先に入団してるから先輩だぞ! ……なのにウチを差し置いてなんでグラトナ様は……、とにかくッ! ウチはお前なんか認めねーんだよ!」
「じゃあ、認めなかったらどうするんだ」
「ブッ飛ばす! お前をブッ飛ばして、団から追い出してやる!」
「――何を勝手に決めてるんだお前は!」
「ぃぎゃっ⁉」
突っかかってきた女の頭にグラトナ大隊長の拳骨が落ちる。
「ふん、ざまあみろ」
「――お前も黙ってろ!」
「あだッ⁉」
俺にも拳骨が落ちた。
俺は一方的に絡まれただけなのに……!
「イムリ、急に何を言い出す。うちの部隊に新人が来ることなんて今までもあっただろう」
「だってぇ、グラトナ様ぁ……。斬込部隊所属だけならまだしも、グラトナ様が直接面倒見るってことじゃないですかぁ。……ウチというものがありながら……、そんなの絶対おかしいですってぇ……!」
小さな女の子……イムリと呼ばれた団員は、グラトナ大隊長に反論を述べる。
だけど、その姿は明らかに怒っているはずなのに、彼女がまるで甘えているように見えるのはなぜだろう。
――似たような光景に覚えがある。
あの時はかなり強い魔物に遭遇し、何とか勝利できたが、全身ボロボロで帰る気力が無く、仕方なく荒野で一夜を明かすことになった。
夜が明けてから〝はぐれ街〟に帰還すると、泣き腫らした目のライカに抱き着かれ、しこたま怒られたのだ。
〝――死んだかと思って心配しただな! バカバカバカっ!〟
俺は今までで一番ライカに怒られながら、でも不思議と怖いとは思わなかった。
むしろ、この怒りの裏返しの感情に気づいていたから――ああ……そういうことか。
「お前……グラトナ大隊長のことが好きなんだな」
「ンなぁッッッッッ⁉⁉⁉⁉⁉」
そうか、と俺は合点がいった。
「ばっ――なにを――‼」
「俺が急に斬込部隊に入ってきたから、グラトナ大隊長を取られると思って怒ってたんだな。グラトナ大隊長のことが好きだから」
「あ……あ……あ……‼」
イムリは熱した鉄みたいに顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。
「うわぁ……」「あの男の子えげつな……」「イムリの秘めたるお姉ちゃん愛が白日の下に……」「いやまあ皆知ってたけど」「知らないのって、本人と大隊長だけだよね」
ギギギ……、と錆びついた金具のような動きでイムリがグラトナ大隊長に首を向ける。
大隊長は腰から延びた尻尾をゆらゆらと左右に揺らし、どことなく気まずそうな佇まいだ。
「あー……イムリ、私を慕ってくれるのは嬉しいが、うん。だが、ヨアの入団の件は己の感情と切り分けて考えろ」
「――――――――」
イムリは絶望したような表情を浮かべた。
そしてゆらゆらと揺れながら、俺の目の前までやって来る。
「…………しろ」
「なに?」
耳が潰れそうなほどの大声で吼えた。
「ウチと勝負しろッッッ‼‼‼」
◆◆◆◆◆
◆自由都市グアド・レアルム、探索団『終の黄昏』拠点・修練場、ヨア
入団をかけて俺とイムリは勝負することになった。
戦うために移動したそこは、厚みのある長い鉄板などで簡素に囲まれた場所だった。
なぜ勝負する必要があるのか……俺とイムリの口論を見ていた周囲に理由を訊いてみると「無自覚な君が悪い」とだけ言われた。まったく腑に落ちない。
俺とイムリは距離を空けて向き合う。
その他の斬込部隊の団員たちは鉄板の上に腰かけたり、隅に寄ったりと、各々の方法で見物するようだ。
「武器、体術あり。意能は自己強化系のみあり。魔法は全て無しだ。刃物は布で巻いて使え。どちらかが降参を宣言するか、気絶するか、または勝負がついたと私が独断で判定した時点で止める。いいな?」
俺たちの中央にグラトナ大隊長が立ち、決着の決まり方を示す。
「はあ……別に異論はないですけど……」
いまいち戦う理由を理解できていない俺は、気のない返事をした。
「ガルルルルッ……‼」
対してイムリは口から炎を吐きそうなほどヤル気に満ちている。
とにかく、布を巻いた剣を構える。
対するイムリが持つのは、イムリ自身の身長より長い柄の槌だ。
先端は柄に対し小ぶりで、おそらく一撃の威力より攻撃の速さを重視していると思われる。
どういう戦略で攻めてくるにしろ油断は禁物だ。
「――始め」
「シッ――‼」「ハアアアア‼」
合図と同時に、俺たちは相手に向かって駆け出した。
先手必勝――俺はイムリに剣をぶん投げた。
「んなっ⁉」
咄嗟にイムリは槌で剣を弾くが、その直後、俺の手が槌の柄を掴んでいた。
駆け抜けた勢いのまま体当たりを喰らわせてイムリを吹き飛ばす。
「こ、のォ! ……あ!」
俺の手にはイムリの武器があった。
俺は奪ったばかりのコレを思い切り鉄板の囲いの外へ放り投げる。
これで相手から得意の武器を失わせることに成功した。
「悪いけど、さっさと決めさせてもらう!」
「…………」
イムリは戦意を喪失することなく、俺の伸ばした手に応酬する。
結果、俺とイムリは両手を組み合って膠着する状況に。
だが、好都合だ。俺は最初から、戦いを武器ではなく肉弾戦に持ち込むことが狙いだった。
仮に武器を扱う技巧に差があっても、身体能力の戦いに持ち込めば、体格で勝る俺に有利なことは間違いない。
力で捻じ伏せさせてもらう……!
「……あ、あれ……⁉」
両手を組み合って、すぐにでも押し込めると思っていたのに、
――まるで岩を掴んでいるみたいに、ビクともしない……⁉
「――そうかそうか、そうきたか」
背筋に怖気が走る。
視線を下げると、にたりとイムリが嗤いを浮かべていた。
「――ウチと力比べがしたいのかァ」
◇長柄槌【ながえ-つち】
武器/槌系統/長柄槌
槌という武器種、その中でも柄の長い物。
重量のある先端部分を小さく軽くすることで、非力な者でも持てるようにしている。
その分、威力は低下するが、柄を伸長させ遠心力を高めることで補っている。
また、元より剛力をほこる者が手にすれば、その一撃は目にも止まらないだろう。
その使用感は斧槍、あるいは東荒に伝わる薙刀や長巻に近い。