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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
第一章後編 殺し屋たちの狂宴
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第八十九話 光、汚れ 2

◇山鱗亀【ぐれごーる】

魔物/魔亀目/鱗亀科


魔亀目に属する超大型の魔物。主に〝外域〟中層に生息する。

推奨討伐等級は六等級以上(※山岳級は五等級以上)。


幼体ですら見上げるほどの巨体をほこり、

老成した個体になると、まさに山のような大きさになる。


 遥か昔、飢餓に苦しむ都市に、老いた山鱗亀がやって来た。

 都市を目前に寿命で息絶え、人々はその肉を食べた。

 七日七晩、肉は一人残らず行き渡り、死は踵を返した。


別名を、食祭亀。そういう伝説が残っているのだとか。

 俺が教えた事といえば二つだけ。


 一つは探索者としての基本的な立ち回り。蝕業を隠し、魔法を伏せ、意能を秘する。それでいて無難に人付き合いを行い、関係性を適度に保持する術を。拙いなりに処世術ってやつを伝授した。


 もう一つは――力の使い方だ。


 俺はツェラの蝕業に由来する力を詳細に調べた。

 適当な木々、弱い魔物を実験台にしながら、力の強度、効果範囲、連発速度、応用性、考えられるところは全て調べた。

 そのうえで、どうすれば効果的に力を発揮できるか運用方法を模索する。


「普通は習得した能力をただ使うだけと思ってたけど、こんなに調べなきゃいけないんだね……」

「別に、当たり前だ。こんなのは」


 ……本当は俺自身の能力が戦闘に使えないのか、あらゆる可能性を試したときの経験をなぞっているにすぎない。

 俺は果たして諦めざるをえなかったが、ツェラは別だ。

 乾いた砂に水があっという間に浸透していくように、彼女は俺の教えを恐るべき速度で吸収していく。


 加えて、その能力にも恵まれていた。


〝一度見た物を自分に招き寄せる〟――それがツェラに発現していた力だった。


〝羽の蝕業〟の得意とする空間転移に近しいが、こっちはもっと単純で、ただ招き寄せるだけ。こちらから送ること、自分以外の場所に招き寄せること、自分を転移させることはできなかった。

 色々と制限は多いが、その代わり、調査事項に挙げた力の強度、効果範囲、消耗度合いの評価は飛びぬけて優秀なことが分かった。


「それだけの能力か~……」と肩を落とすツェラの頭を叩く。


「アホか! 宝の持ち腐れってのはこの事を言うんだな」


 制限は多いといったが……それはあくまで転移という狭い枠内での話に過ぎない。

 こんな力――悪用するなっていうほうが無理があるぜ。






「――――――――」


 ツェラが絶句した様子で立ち尽くしている。

 自分の為した事が信じられないと言わんばかりに。

 広がっていく血溜まりが靴先に到達しても、それを気にする余裕もない。


 ツェラが今し方殺したのは山鱗亀(グレゴール)と呼ばれる魔物だ。

 幼体ですら二階建て家屋並みの全高、胴体は硬い甲羅、頭部と四肢は漏れなく鱗で守った、極めて倒しづらい魔物だ。

 動きは鈍重だが弱点になる部位もなく、おまけに火まで吐いてくる。厄介な事このうえない。

 そういう諸々を加味して討伐推奨は最大で五等級にもなる格付けをされていた。

 間違っても今のツェラがかなう相手じゃない。


 その山鱗亀が俺たちの目の前で巨大な骸をさらしている。


 戦いはすぐに終わった。

 ツェラがやったのは単純な事だ。

 強力な力で山鱗亀の防御をぶち抜いたわけでも、毒のような搦め手で倒したわけでもない。


〝一度見た物を自分に招き寄せる〟――その応用で、山鱗亀の頭を深々と抉り抜いただけだ。


 ツェラの傍には、山鱗亀の、右目を中心とした側頭部の一部が転がっている。

 ちょうどこれを、山鱗亀の死体の欠けた場所へはめ込めばピタリと合うだろう。

 肉体強度など関係なく頭を削り取られ脳にまで達しただろう欠損は、その命を奪うのに十分だった。


「う、く……」


 ツェラが両肩を抱きかかえながら耐え切れないようにうずくまる。

 山鱗亀を殺したことで進値が上がったんだろう。あの今まで感じたことがない快楽の濁流は辛いだろうが、慣れてもらわなければ困る。


 ……いや、困る(・・)なんてのはおかしな話だ。

 俺には関係のない話を、まるで自分事のように。

 姪ってだけだろう。俺にとって、お前は。


「……その力は」心の中に生じた疑問を誤魔化すよう、俺はツェラに背を向けながら言う。「門の蝕業の極意ってことにしておけ。極意なら、他に似たような能力がなくても不審に思われない。まあ、極意にしちゃあ、一般的な異界召喚とはかなり毛色が違うがな……」

「……う、うん」


 その後も俺は能力の応用方法を考案しながら、ツェラの探索者としての実績を積ませるためにギルドで依頼を請けさせ続けた。

 ツェラの能力は様々な依頼でも効果を発揮し、みるみるうちに等級を上げていった。周囲の期待と信頼を勝ち得、やがて徒党を組む仲間もできていく。


「ヴァルガ叔父さん。今の私があるのは叔父さんのおかげだよ!」


 そう語る探索者のツェラは――俺が越えられず燻っていた等級よりも遥か上位へ到達し、レジノスのギルドで一線級の存在へ昇り詰めていた。

 ほとんど俺の手を離れた後も、指導の礼として、依頼の報酬の少なくない割合を俺に渡してくるが、その総額はあの日受け取った皮袋の重さをとっくに超えている。


 もはや生活に窮することもない、安定した金蔓を手に入れた……はずなのに、

 俺の心は満たされるのではなく、虚しさ(・・・)を覚えた。


 なぜ、運命は俺を世界の主役に選ばなかったのか――探索者としてまともに活動していた頃はそんな事ばかり考えていた気がする。我欲に満ち、気に喰わない全てに反抗していた。


 ――そうじゃなかった。


 運命が俺を選ばなかったんじゃない。

 俺が(・・)、蝕業を選ばなかったんだ。


 たとえ生まれもって与えられた変更不可能な力だとしても、この蝕業を相棒として成功する覚悟が無かったからだ。

 ツェラを見ていて、それをようやく理解した。


 俺以上に過酷な蝕業を宿しているのに、それでアイツが腐ったか?

 家族からも厭われ、ギルドで仲間も作れず、心許せる相手もいなくて、それで人生を嘆いたか?

 小娘とバカにした少女と比較して、俺はどれだけの努力をしたんだ?


 俺に足りなかったのは――偏見や無理解を跳ね除けてでも、何者かに成ろうとする渇望(・・)だったのだ。


 達成できないなら死んでしまうほどに追い求め、

 努力どうこうではなく、為さねば死ぬかのように行動し、

 ひたすら前だけを向いて進み続ける力が……無かった。


 何が世界の主役だ。笑わせるな。主役になるための行動をしなかった分際で。

 魔物を殺し、家を出た日が、俺の最高到達点に過ぎなかったんだ。

 俺はそこで折れてしまった。偏見と無理解に立ち向かう勇気もなく、勇気が無い事を「こんな大変な思いをしてまで」と理由を付けて自分を納得させてしまった。楽な方へ簡単な方へ流れて行ってしまったんだ。


 ツェラは自分で人生を輝かせようと――光ある方へ自ら進んでいった。

 自分に責の無い逆境からの出発だろうと、進み続けた先に望むものがあると信じてくじけることなく。


 ツェラは光だ。

 輝きを追い求め、その果てに自分も輝ける存在になれた。


 俺は違う。何者かになることを願ったが、そのための必要努力を躊躇った。

 憧れの光に焼かれて残った、薄汚れた存在に過ぎなかったんだ。






 俺の唯一の美徳は……ツェラに対して恵まれた能力を与えられたと嫉妬するようなことはなく、自分に足りない本質を悟ることができたことだろう。

 だから探索者としての成功を諦めることができたのかもしれない。


 俺はどこにでもいる大多数の一人だ。そう自覚してからはギルドに行くのも億劫になり、俺は毎日を緩やかに過ごすようになっていった。

 人はそれを怠惰や堕落と呼ぶかもしれないが、俺にとっては胸のつかえが取れたような、焦燥感からの解放に浸る心地良い時間だったな。


 ……とはいえ、飯を食うには労働で糧を得るしかない。

 俺の唯一と言っていい、自分より弱い生物を従わせる力は、名声をもたらすことはなかったが富を運んでくることにかけては有用だった。


「……こんなのの、何がイイ(・・)んだかな」


 手製の小さな檻の中で大人しくしている小動物。

 見た目には愛くるしいが、一滴で大人十人分の致死量となる毒を脇にある毒腺から分泌できる。

 探索者も普段は避けて歩くほど危険だ。だが強くはない(・・・・・)。こういう魔物は俺にとって格好の商品になる。


 恐ろしい事に、こんなのを自分の手元で飼いたいという好事家が存在する。

 勿論、褒められた願望じゃない。買う方も、売る方も、ギルドに見つかれば何らかの制裁があるだろう。

 とはいえ、それはギルドが自治するレアルムに限った話だ。


「――ふむ、この目で十人鼠(ラタトット)を見ることができるとは。素晴らしい」

「それも漂白固体だ。そうお目にはかかれねえぜ。だから、」

「分かっている。報酬には色を付けておこう。帰るとき家令から受け取りたまえ」


 俺の目の前では、貴族の爺様が魔物の入った硝子の箱にへばりついている。

 法が俺を裁くというのなら、法を敷く人間を相手に取引してしまえば、誰も犯行を指摘することはできない。


 都市の統治者である貴族を客に、俺は違法生物の売買を生業にしていた。

 金と時間を余らせているコイツらは世にも珍しい物に飢えている。気を引ける商品さえ用意できれば良いお客様に早変わりだ。無駄に偉そうな態度に目をつむる必要はあるがな。


 中の十人鼠が爺様をチラチラ見ながら忙しなく動き回る。この爺様を十人鼠の主として紐づけてある。

 凶暴性の高い漂白固体の性質と、目の前の人間に従えという縛り、その狭間で精神が不安定になっているようだ。となると寿命も長くはないだろう。近々、また魔物を売りつけることになりそうだ。


「――どうかね、君がその気ならそちらの競売(・・・・・・)に紹介することも吝かではないが?」

「……俺は稼ぎたいわけじゃないんでね。貴族様相手に適度に商売させてもらえりゃそれでいいんです。自分の身の程も知ってますし」

「ふむ、小市民にしては弁えた態度だ。まあ私も無理強いするほどではない。出品希望者には事欠かないのでな」


 俺が競売参加を断ったことを爺様は謙虚さゆえと思ってくれたようだ。


 競売……勿論ギルドや商人が主催するそれとは違う。

 闇の中で人知れず催される、非合法な品を取り扱う方だ。

 副作用の危険な魔効液(ポーション)、捕獲禁止の魔物、遺産封印監視機構の目を逃れたブツ、人間、挙句に進化石まで。嘘か本当か、殺人を依頼する権利すら……。


 金で買えないものは無い狂気の市場。

 生憎とそんな危険な場に足を残すつもりはない。事実、裏の競売に商品を卸して捕まった同業はごまんといる。


 俺はほどほどで生きていければいいのさ。

 舞台の演劇を眺める傍観者のように、軽食片手に輝く人間を見つめるだけ。

 そこにもう不満はない。

 劇的でも何でもない、きっと平々凡々な終焉だろう。

 この人生の行き着く果ては。











「――世界の果て(・・・・・)




「……世界の、果て」


 旅の途中で俺の暮らす都市に寄ったツェラに、俺は目的地を尋ねた。


「そいつぁまた……けったいなトコに行くんだな」


 その壮大な終着地を想像できず、俺は無難な言葉を返す。


「うん。だから、旅というよりは冒険って感じかな。私の行く先を一緒に見てみたいって言ってくれる仲間もいてね」

「そうか。……世界の果てには何があるんだろうな」

「それを知りたいから行くんだよ!」


 そうか。そりゃそうだ。


 俺たちはしばらく無言だった。それが嫌ではなかった。

 落ちていく夕陽。輝くツェラの横顔。


 いつの間にか日は落ちて、俺たちも別れの時が来た。

 ツェラは日の出とともに都市を出発するという。惰眠を貪る俺としては、見送りは難しい。

 正直にそう言うと、「叔父さんらしいね」とツェラは苦笑した。


「お土産は何が良い?」

「そうだな、……まあ、旅の思い出を聞かせてくれりゃいい」

「ふうん。じゃあ面白い話ができるように頑張るね!」


 ――〝お前が無事に帰ってくることだ〟……なんて柄にもないことは、ついぞ言えず仕舞いだった。


 そうして俺はツェラと別れた。

 言っておけば、何かが変わったんだろうか。






 ツェラが旅立った後も、俺の人生は変わりない。

 適当に起き、適当に飯を食い、適当に寝る。

 金が足りなくなったら貴族相手に金稼ぎ。目立たないようほどほどに。


 これでいい、俺の人生は。何の変哲もなく流れて行け。

 何事もなく。過ぎ去っていけ。

 何も変わ


「――ヴァルガさん‼」


 それはちょうど買ってきた飯を食おうと家で食器を出していた時だった。


 壊れそうな勢いで扉が開き、見知らぬ女がそこに立っていた。

◇十人鼠【らたとっと】

魔物/魔鼠目/毒鼠科


魔鼠目に属する超小型の魔物。主に〝外域〟中層に生息する。

推奨討伐等級は六等級以上。


他の魔物が、狩った獲物を食している最中、

視界の端でこっそりとご相伴に与るのがこの魔物である。

極めて強力な致死毒を分泌する毒腺が背中にあるゆえ、

追い払うよりは目こぼしするのが常である。


しかし、十人鼠も死ぬときは死ぬ。

あるいは、狩った獲物を当然のように齧りに来たら、

むかついた魔物に踏み潰されたとき。


あるいは本当の愚か者に食われ、共に死ぬときである。

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