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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
第一章後編 殺し屋たちの狂宴
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第八十五話 殺し屋たちの狂宴 4

◇星樹の百足【せい-じゅ-の-むかで】

魔物/星樹目/星樹科


天を蚕食せんと伸びる巨大樹、星樹。

その地上に堕ちた折れた枝。冒涜的生物の一つ。


魔物として一応は分類されているものの、

実態は星樹の眷属と評するのが正確であり、

あらゆる生物とは根源的に存在を異にする。


質感は樹でありながら、内には青白い臓腑を抱え、

花弁の中は、夜空に輝く星の如く、目たちが怪しく覗く。


学者たちは、星樹はこの世ならざる存在であると、

好奇心を凌駕する恐怖でもって警鐘を鳴らした。

 ――空間を埋め尽くさんばかりの殺気。


 空も大地も、何もかもを殺戮せんと攻撃する、肺を潰すような重苦しい空気。


「こ、れは」


 メアリーサリーの全身からは、はっきりと、漆黒の瘴気が立ち昇っていた。

 瘴気は端々から千切れて周囲に溶け込んでいくが、少女の小さな体から吹き出るそれはまるで収まる気配がない。


「きゃははは!」「たまらないわ、この感じ!」


 体感するまでもなくおぞましいと断言できる瘴気に包まれて、だがメアリーサリーは高らかに哄笑した。

 ぎょろり、と二つの双眸が俺を向く。


「――――ッ、ガ⁉」


 今までとは比較にならない速さの拳を受け止めることができたのは奇跡に近かった。


 足裏が地面から離れるほどの衝撃。たまらず吹き飛ばされる。

 これは、さっきみたいに組み合ってはダメだ……少女たちが何かを使用した途端、そう確信するほど膂力が昇華されている。


「刺すのが」「ダメなら」「殴り殺せば」「いいだけよね」

「――……ッッッ‼‼‼」


 咄嗟に右腕を掲げる。頭部を狙った蹴りを防御。再び吹っ飛ばされ地面を転がる。

 起き上がる間もなく蹴り上げられた。浮遊感――――衝撃。おそらく樹に叩きつけられた。


 前方のあらゆる方向から拳と蹴りが飛んでくる。大剣を盾にして、それでも突き抜けて乱打が体に何度も刺さる。


 殴る。蹴る。痛み。血。衝撃。痛み。蹴る。殴る。


 殴る。殴る。殴る。


 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。


 殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。殴る。






 朦朧とする意識――にやにやと嗤いながら俺を殴り続ける少女――ゆっくりと流れる時間――不思議と脳裏を記憶が駆け巡っていく。


 ライカ、ユサーフィさん、イムリ、ミネルヴァ、イムリ、グラトナ大隊長、ギニョル、カレン、ウェンブリー、ニコラ、メリジュナ教官、オルナッツオさん、バラッド爺さん、ヘカトルさん、グランドリオ、メル君、キャリカさん――浮かんでは消えていく顔。


 透明な壁の向こう側、皆が何かを叫んでる、声は聞こえない。見知った顔もある、『黄昏』の先輩たちだ。みんな壁に武器を叩きつけている、何度も。


 弾ける血飛沫、全身を濡らす生温かいもの、壊れた端から治ろうとする骨肉、永遠の地獄。


 辛い、苦しい、疲れた、眠い、倒れたい、もう終わりたい(・・・・・・・)


 ユサーフィさんの特訓のときのように死んで楽に(・・・・・)なりたい(・・・・)


 誰か――











〝――お前は、俺がなりたかった俺なんだな〟











 あの時。

 夜が朝に変わる部屋の中で、俺にそう言ってくれた。


 なんでもない風に装ったけど、俺さ、本当は飛び上がりたいくらい嬉しかったんだ。


 だって、そう思ってたのは、本当は俺の方なんだよ。


 飄々としていて、どこか抜けていて、でもここぞというときはちゃんと決めてくれて、遊び心があって、周りからは文句を言われながらも頼りになって。


 俺に……

 俺にもし、兄というのがいたらこんな感じだったのかなって、こっそり思っていたんだ。


 なあ、ギル。


「――――――――――――――――――――」


 ……ざっけんじゃねえよ、俺!


 終わりたい、楽になりたい――そんな道を選ばせはしない!

 誓っただろ。他人も仲間も、俺の命を使って絶対に助ける。もう誰も目の前で死なせたくない。そう誓ったんだろう!


 だったらッ、眠ってる場合じゃないんだ!

 諦めようと(・・・・・)してる奴は(・・・・・)誰も守れずに(・・・・・・)死ぬだけだ(・・・・・)


 ――またライカのように、失いたいのか!


「――あああああアアアアアッッッ‼」


 俺は【咆哮】する。


 敵の強さに、俺の弱さに、現実の理不尽さに、苦しさばかりの世界に。


 ――それを打ち破って勝つために!


「まだなの!」「しぶとい!」「さっさと!」「倒れろ!」「じゃないと……っ!」


 乱打がいっそう激しさを増す。

 俺は背後の樹にもたれかかりながら、大剣の影により体を押し込むように縮め、ひたすらに耐える。

【身体超強化】と【打撃耐性】を習得したうえでこの威力……特訓を受けていなければ確実に何十回と死んでいた。


 傷は刻々と積み重なっていくが、俺にとっては悪い事ばかりじゃない。


 ――ここだ!


 大剣を跳ね除け、相手の拳に俺の拳をぶつける。

 打ち付けた衝撃で大気が震える。


 一瞬の拮抗、ほとばしる鮮血。


 耐え切れず先に悲鳴を上げたのは――メアリーサリーの手だった。

 度を超えた力に、皮が裂け、肉が弾ける。


「「……!」」「コイツ、また」「力が上がって……!」


 そうだ。

【獣創】の意能を持つ俺は、傷つけば傷つくほどに力を増す。

 追い込まれ窮した獣のように。


 相変わらず芸がない戦い方だ、と我ながら呆れる。

 だけど今なら見える。二対一で俺の手数が圧倒的に足りなくとも――


「シィ――ッ‼」


 今度は蹴りに蹴りを合わせる。

 暴力と暴力がせめぎ合い、敗者は血を噴出し負けを告げる。メアリーサリーが堪らず後退した。

 いける、相手の連撃に付き合ってやる必要はない、こうして純粋に力だけの勝負に持ち込めば俺にも勝機はある。


「このッ!」「このッ!」「このッ!」「このッ!」


 打ち込まれる攻撃に挑む(・・)

 蹴りには蹴りを、殴打には殴打を。


 俺も、相手も、化物のように叫びながらの死闘。少女たちの手足に目に見えて傷が増えていく。

 唯一の違いは、俺は傷とともに力を増していくが、少女たちは血を流した分だけ動きは鈍くなっていった。


 ……いや、それだけじゃない。

 向こうの力が落ちてきている……?


「――げぼッ⁉」


 口内から溢れ出た血が、下顎と、その下の衣服を赤色に染めていく。

 俺ではない。


「マズい……!」「徴収が始まる……!」


 メアリーサリー、恐るべき少女たちの方が今、大量の喀血(かっけつ)に喘いでいた。

 なぜだ? 俺の攻撃はまだ致命的な一撃を与えてはいないが……。




〝――さっさと! 倒れろ! じゃないと……!〟


〝――徴収が始まる……〟




「そうか――代償が、あるんだな」


【殺生王礼賛】……全容の知れない謎の能力は、その尋常ならざる力と引き換えに捧げなければいけないものがあるらしい。


「 さないと」「早く さないと」「どこかに せるものが」「――――」


 今が好機だ。この後は動けなくなったっていい。

 こいつらが弱ったこの瞬間の攻防に全てを賭け――


 走り出したその矢先、強烈な悪寒。


 メアリーサリーは、俺を見ていない。

 いったい、何を。






 その瞳の先には、

 モーサンパッションを下したばかりのギル。






 力、代償、加護が切れる、 ()さないと、どこかに ()せるものが。


 ――殺生(・・)王礼賛。


「あ――ああああああああああッ‼」


 俺は少女を止めようと、獣噛みの大剣を振りかぶる。


 少女たちの投げ放った針はギルの左胸へ吸い込まれた。


 全身を燃やし尽くすような怒りを込めた、大剣の一振り。

 それが到達するより先に、その体は見覚えのある炎に包まれ、


 大剣は、空を切った。




   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、旧区画



〝――お近づきの印に これをあげるわ〟


〝――買ったはいいけど この非常食、固くって〟


〝――私はいらないから 肌身離さず 大事に持っててね?〟




 彼ら〝殺し屋〟たちが一斉に襲撃する前、メアリーサリーがツェラに渡したもの。

 ヴァルガがしっかりとそれを取り上げ(あらた)めていれば、あるいはこのような結末には至らなかったかもしれない。


 メアリーサリーが渡したものは、非常食。

 穀類を粉に挽き、密や乳などを混ぜ練り固めた、味は二の次で栄養を補給するためだけの食事。

 それが非常食であることに間違いはない。嘘を見抜く類の能力にかけても、偽りなき真実であると判定される。


 そう、嘘は言っていない。


 同時に、真実の全てを(・・・・・・)言ってもいない(・・・・・・・)


 本命は中身ではなく――包装紙(・・・)のほう。

 非常食を包むそれを開いたならば、包み紙の中に、見覚えのある転移符が現れたことだろう。






 メアリーサリーが未来を予知していた、などという事はない。

 ただ、何かの役に立つかもと、依頼主から支給された符の転移先を作っていただけに過ぎない。


 その努力は、最悪の形で結実する。






 彼女の意識は、土壇場で覚醒した。


 起きた直後に、選択を迫られた。

 手元にあったのは二つのうち、どちらか一つだけを選ぶ時間。


 一つは、頭上から迫り来る危険を【霧化】で刃をかわすという選択肢。


 だが、キャリカ・ポップヴァーンは迷わなかった。

 自分にとって何が大切で、何を一番優先すべきかは――子供の頃から(・・・・・・)分かっていた。


 純粋な願い。

 今はもう時間を巻き戻すことはできないとしても、

 これからの彼の時間を守ることはできる。


 ――(いかずち)が空を裂く。



 放たれた電は、今まさにグランドリオに魔手を伸ばさんとしていたツェラを貫いた。



「――ッ⁉」


 糸の切れた操り人形のごとく崩れ落ち、枝から落下していくツェラ。

 その姿と、無事なグランドリオを見届けたキャリカは、


「生きてね、グアン」


 一切後悔の無い表情のまま――その背中に深々と刃を刺し込まれた。


 着地の衝撃に枝が耐え切れず折れ、木屑を撒き散らしながら共々に落ちていくヴァルガとキャリカ。


「キャル――」


 グランドリオの表情が絶望に染まる。


 それが怒りに変わるよりも前に――彼の目の前で炎が上がる。




 炎を引き裂いて現れた手が、彼の胸に二本の針を貫き通した。




「か、ア……」

「「これで二つ」」


 信じられないものを見たと言わんばかりに目を強張らせ、彼もまた落下の道を辿った。


 地面に激突するまでのわずかな時間、グランドリオとヨアの視線が交差した。

 一人は力なく、もう一人は泣き出しそうな……許しを請うような。


 何かがぶつかる鈍い音が響いた後、

 結界内に立っていたのは二者だけになった。


「――うふ」「うふふふふふ」「きゃははははは」「もっともっと」「殺さなきゃ」「殺戮を捧げて」「力を貰うの」「なんならヴァルガも」「ツェラちゃんも」「殺しちゃおっか」


 メアリーサリーはそこで一度言葉を切り、最後の獲物を見る。

 もはや仕事の使命感はなく、ただ悦楽に浸るための玩具を求める殺人者。


「ねえ」「そうでしょう」「他人から奪えない人間は」「他人から奪われるだけだもの」


 膝をつき、天を見上げ、放心したように動かないヨア。

 獣噛みの大剣の柄を握り、しかしその刃は地面へと力なく落ちていた。


「やっぱり」「うん」「「――ムカつくお前から殺す」」


〝殺し屋〟が枝を跳ぶ。

 微動だにしない彼目掛けて、一直線に。


 ヨアは――











 声が、聞こえる。


〝――……どうして動いたんだろうな、これ〟


〝――おそらくその〝神器〟はお前を遣い手と認めているぞい。ただ……今は眠っているんだと思うぞい〟


〝――眠っている?〟


〝――うむ。だから、起きるための(・・・・・・)きっかけさえ(・・・・・・)あれば(・・・)、もしかしたら……〟


〝――それって?〟


〝――……それは使い手としてお主が自分で見つけるのか〟


〝――あるいは、誰かに気づかさせれるのかもしれないぞい〟


 俺()呼ぶ――叫び。






「――グルォオオオオオオオオオオオオオオッ‼」

◇殺生王礼賛【せっしょう-おう-らいさん】

意能/共通意能


異界の神より一時的に強力な加護を得る意能。

蝕業を問わず習得しうる共通意能。


己の肉体、行動、運命を強化する。

極めて概念的な効果だが、それゆえ高次な力と言える。


誓願の成就によって利益(りやく)を授ける幸神(さちがみ)と違い、

凶事を司る禍神(まががみ)は、贄の前に利益を与える。


後払いの約を破った者の末路は、筆舌に尽くしがたい。

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