第八十三話 殺し屋たちの狂宴 2
◇空地鳥【ぐろっくどるく】
魔物/魔鳥目/怪鳥科
魔鳥目に属する大型の魔物。主に〝外域〟中層に生息する。
推奨討伐等級は六等級以上。
前脚と後脚を持ち、鳥型でありながら
地上を高速で走ることが可能。
四つの目で広範囲を見渡し、獲物を見つける。
嘴の中に人間の臼歯に近い歯が生えており、食性は雑食。
特筆するような弱点もなく、上位捕食者もいないため、
爆発的に個体数が増え、〝外域〟浅層に出没することもある。
***
◆自由都市グアド・レアルム、旧区画、グランドリオ・ジルガ
手と足を掛け、出っ張りを頼りに樹を飛ぶように登っていく。それ自体は別に難しいことじゃねえ。
だが、気ィ抜けば手が滑りそうになっちまう。
「……あうあー」
樹の頂上……花びらの隙間から上半身を乗り出して俺を見下ろす、首輪を嵌められた女。いや、正確には女の鎖を握ってる奴の動向に注意を削がれる。
ヨアには強がった台詞を吐いちまったが、俺も緊張と無縁ってわけにはいかないらしい。
〝殺し屋〟が動き出す前に、なんとかキャリカを起こして――
「――ツェラ、あの男を殺せ」
――放たれた矢のような速度で首輪女が降下してくる。
「――ラァッ!」
咄嗟に腰から引き抜いた刃渡りの大きい短刀で交差様に切りつける。
俺の斬撃は首輪女の胸に吸い込まれ、女の拳は俺の耳をかすめただけだった。
「クソ、油断した」
俺は枝の一本に退避しながら悪態を吐かずにはいられなかった。
無意識に、あの女は鎖で繋いでねえと操れないと、何の確証もなくテメエの都合の良いように思いこんじまった。
鎖は単に傍に繋ぎとめるためだけのもので、声が届けば自由に命令できるのが真相だった。
戦況は一対一組じゃなく、一対二。最悪だ。戦い方そのものを練り直し――
「あう!」
俺が立っている木の枝が崩壊する。
俺は見た――首輪女のド素人同然の殴りかかりで、この大樹の枝が粉々になったのを。
一つ下の枝に着地する。見上げた先の首輪女の胸元には、切り裂いた服から素肌と、そこに刻まれた進値が覗いていた。
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「ごっ――⁉」
ざっけんな! これ以上の最悪があるってか!
俺が戦おうとしてる相手は、大規模探索団の幹部級の強さがあるだと⁉
『鉄血一座』で比肩する人間なんざ、それこそ副団長以上しかいねえ。
「あうあう!」
俺の動揺をよそに、首輪女は隙だらけの動きで俺のいる枝に降りてくる。だが俺は攻撃する気になれなかった。俺の行う何もかもが通じない幻想に囚われたからだ。
進値の差は、経験の積み重ねや技量の練度すら時に凌駕する。それだけ進値上昇のもたらす強化は驚異的だ。
自分と相手の進値に10の開きがあれば勝率は限りなく零と見なすのが相場。
じゃあ進値が倍の相手にはどうすれば? 答えは祈れだ、クソッタレ。
彼我の状況が何よりも物語ってる――浅かったとはいえ首輪女は刃物で切られた皮膚に一筋の浅い線だけで、拳がかすめた俺の耳は半ばから千切れ飛んだ。
「がるる!」
「ちィッ!」
無防備に飛びかかってくる女をギリギリで回避する。
合理もなにもない無駄まみれの動きのくせに、速度だけは油断ならねえ。
進値に任せた攻撃の連続……反撃を差し込む余地は十分にあるが、下手に突っ込めば嵐に巻かれた木の葉のように粉砕される。
事情は知らねえが、この首輪女がまともだったなら……自分で判断して戦いを組み立ててきたならば、俺はとっくに殺されているところだ。
そうなってねえのは首輪女が操られて動いているからか。精彩を欠く動きは、ギリギリのところで俺の命に届いてねえ。
腰の革帯に差した魔法用の短杖を抜く。
魔法なしでコイツは仕留められねえ――が、魔法を使う隙が、余裕がねえ。
それでも俺に選択肢はない。生き残りたいならば。
ただ一つ言えることは、
「――いつまで寝てんだ、キャリカァ!」
***
◆自由都市グアド・レアルム、旧区画、ヴァルガ・ブラビド
さて。
レアルムの連中は必死の形相で旦那たちの相手をしてるが、俺は俺で頭を抱えていた。
切れる札は全部切っちまったと言うほかねえ。
意能で格納していた大百足も、まだ多少言う事を聞くだろうが、あまり当てにはできねえ。
そもそもちんけな俺ごときがこの強大な魔物を手懐けられたのは、コイツが既に死にかけだったからだ。
開放した瞬間にデカさと体重を相手にぶつけてハイ終わりの出オチ要員と言っていい。
もうロクに動くこともねえ……脚を落とされても身じろぎしねえ程度には。
誰だってお迎えが来る直前の老人にお使いをやらせようなんて期待はしねえだろう。同じことだ。
「あのクソ女ども、最後まで余計な事をしやがる……!」
メアリーサリーの参戦は想定外だった。あのまま二人寂しくイカレてれりゃあよかったものの。
……モーサンパッションの旦那は知ってたのか? いや、あの人が音を聞き漏らすことは考えられねえ。十中八九、把握してただろう。
そのうえで俺に伝えなかった。なんでだ? そのほうが良い方向に転ぶからか?分からねえ。
だが、場を掻き回したいなら、あの女どもは正解だ。
現に状況は、誰も絵図を描かなかった道を辿っている。
そのうえで俺は何をするべきか。
今、俺を守るものは意能【暗黒星の影】だけだ。
それも、俺を誰だか分からなくするだけで、この逃げ場のねえ状況じゃ何の価値もなくなった。
つまり、俺も腹を括るしかねえ。
【暗黒星の影】で俺の正体がバレてねえ以上、〝秘匿〟の戒律には引っかからねえ。
少なくとも、そう判断されている。
「こういうのは苦手なんだが……な!」
俺は花びらの隙間から意を決して飛び降りる。
枝のような百足の脚を蹴り、適度に速度を殺しながら――狙うはあの引っかかってる女だ。
もう不確定要素は必要ねえんだよ、意識の無いうちに仕留める!
「ッ⁉ させるか――!」
「そいつぁ俺の台詞だぜ!」
俺は大百足に最期の大仕事を命じる。
ツェラに足止めさせていたガキの立つ足場……いや脚を大きく動かし揺らさせたのだ。
ツェラを無視してまで杖で俺を狙っていたガキは見事に体勢を崩す。これでいい、後はツェラが仕留めるだろう。
さあ、もう止めらんねえぜ!
〝殺し屋〟らしく暗器のように袖口に隠した刃物を掌に滑らせる。女は目と鼻の先だ。
「キャル――ッ‼」
ガキの絶叫が耳を打つ。
悪いな、恨みはねえが死んでくれ――!
◆◆◆◆◆
◆自由都市グアド・レアルム、旧区画、ギル・ラーゴット
走る。突く。躱す。裂く。退く。刈る。跳ぶ。薙ぐ。
全身全霊の力を振り絞りまくり、紙一重の攻防を繰り返す。
髪と槍。髪を武器にするなんざ前代未聞だろうが、武器の相性で言えば槍の分が悪い。
槍の長所といえば、相手の間合いの外から攻撃できること、これに尽きる。
だが〝頭陀人形〟が操る髪ってのは、束ねれば鈍器にも長物にも、編み込めば鎧にもなる。細い糸で締め上げれば輪切りに限って斬るのも可能ときた。そう考えると、そもそも糸と相性の良い武器はあるのか。
泣きたくなるぜ、こんなの槍一本でどうしろと。
「フゥ――‼」
それでも俺が戦えているのは、先に戦った仲間がコイツを削って弱らせてくれたからだろう。
昨日、パリオとの戦いで見せた動きより、明らかに精彩を欠いていた。
無数の髪を変幻自在に操ってみせた技も、今は鳴りを潜めまくっている。
今の〝頭陀人形〟の武器は、髪で形成した巨大な一対の拳と、棘を生やした二本の鞭。
俺の体を打ち据えようと、あるいは槍を絡め取ろうと飛来する鞭を叩き落とし、拳打に対しては積極的に槍を合わせ、髪を削る。
人間を殺しに殺して進値を高めた〝殺し屋〟と渡り合えている。
その事実は俺に――焦りしかもたらさない。
「そう勝負を急くな。じっくり行こうじゃないか。なにせ、こちらはずっとこの時を待ちわびていたんだ」
「冗談キツいぜ――俺に野郎と二人きりの趣味はねえんだよ!」
どれだけ苛烈に攻め立てようと、俺の手数に対応してくる。意表を突くような攻撃を織り交ぜようがそれは変わらない。圧倒的な手応えの無さ。
戦いはせめぎ合っているように見えて、地力では如実に差があることを分からされる。
――折れるな! 攻め続けろ!
――さっさとコイツを片付けて、アイツらを助けに行く!
足りてねえのは俺の覚悟だ。
我が身の可愛さなんざ捨てろ、俺が戦ってるのは格上だ、縮こまって何になる、踏み込め、前へ前へ、傷を負わずに勝つなんざ俺が許さねえ!
「おおおおおおおおおおッッッ‼」
残像すら生み出すほどの連撃――
限界を超えろ、
肉と骨だけじゃ足りねえ、
テメエの魂すら燃やしまくれ、
己を焼べて生み出した熱を一刺しに叩き込む――!
「――――‼」
ハッ、ようやくお喋りする余裕もなくなったようだな。
突く、裂く、刈る、薙ぐ――持てる全ての意能を稼働させ押し込み続ける。後の反動なんざ知るかよ! 今勝つために!
しびれを切らしたらしい奴は、腕を腹の継ぎ目に突っ込む。
目を逸らしたくなるほど不気味に膨れ上がる体。
――パリオと戦ったときのアレか!
ブチブチと音を立て腹が掻っ捌かれ、視界を埋め尽くすほどの髪が放出される。
だが避け方はもう知ってる。
両足で地面を蹴り、高く跳躍。俺の下を破壊の暴風が通り過ぎていく。
「――お前ならそう動くと思っていたぞ!」
眼下――〝頭陀人形〟は突撃槍の形成を終えていた。
空中で身動きの取れない獲物を刺し貫く凶器を。
「――ああ、俺も、テメエならそうしてくるって信じてたぜ」
大量の髪で視界を潰しつつ武器を作り、まんまと跳び上がった空中の敵を仕留める。それがお前の常套手段だったんだろうよ。
テメエの失敗は、昨日俺にそれを見せたことだ。
「――【飛翔せし百刺の鳥】ッ‼」
俺の膂力に意能の威力を乗せた百の刺突が襲う。
〝頭陀人形〟は構わず突撃槍を繰り出そうとして――その前に到達した連撃が為すすべもなくそれを破壊した。
この意能は、俺が空中に跳んでいる瞬間にしか発動できない。
使い勝手は悪いが、これこそが、俺が持てる力の中で最大の破壊力。
この刺し貫く百の一撃が通じなければ、もう後はない。
「――――オオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
〝頭陀人形〟は――
全身を余すところなく貫かれ、武器であり鎧でもある髪を四散させた。
「―― ― ―― ――― ―― 」
――だが、止まらねえ。
どれだけ体中に穴を空けられようと、〝頭陀人形〟は動きを止めない。
もはや腕とも呼べない何かに再び髪が集結していく。
「――テメエの不死身の種は、もう割れてるぜ」
俺があてもなく槍を振るい続けたと思ったか。
【飛翔せし百刺の鳥】を受け続けながら――テメエは一カ所だけ髪を固めて必死に防御した場所があったよなあ!
〝頭陀人形〟が一瞬動きを止める。
奴の驚愕の気配を感じながら、俺は、相棒の槍を躊躇いなく手放し、右手は何もない虚空を掴む。
いや、そこには確かにあった。
あの日から、俺が向き合うことから逃げ続けた後も、そいつはずっと俺の傍にあったんだ。
極意――魔法とも意能とも違う、蝕業の性質を窮めた必殺の切り札。
剣の蝕業の極意とは、【魔剣錬成】。
己の行き着いた生き様、業の深さの底の底で、自分自身の写し身のごとく力を帯びた武器を生み出す。
俺に発現した極意……【選ばずの槍】。
マルクが死んだ後、死に場所を探すように魔物を殺し続けた最初の進値上昇で発現した、俺の消えない罪の象徴と言うべき力。決定的に俺の心を折った槍。
これは呪いだ。この右手の中に確かにある。
あの時の傷、あの時の汚れ。
形を得て具現化した半透明の槍。
手に取る度、振るう度に思い出せという、永遠の罰。
そして、ああ……
――その罰すら、生きるために使い抜く、探索者の業の深さは――
「――――」
「……見事、だ……ギル」
【選ばずの槍】は〝頭陀人形〟の胸の中心――内部に収められた奴の核を破壊した感触を伝える。
この極意から生み出された槍は、俺が選んだたった一つだけをすり抜ける。
そこに確かに存在するのに、触れることはできない。まるで幻でも突いたかのように。
俺は〝頭陀人形〟の髪を選んだ。
その切っ先は髪の防御を透過して、髪以外の何かにブチ当たるまで体を刺し貫いたのだ。
……勝手に付けられた俺の通り名〝幻槍〟も、人前で使ったことの無いこの極意が知られたんじゃねえかとヒヤヒヤしたが、別にそういうわけじゃなかったらしい。
目の前でくずおれる巨体。布と髪が辛うじて人型を作っているだけの何か。
間抜けなことに、倒した後で体の震えがやって来た。
なるほどどうして、体中に穴を空けられて死なねえはずだ。
文字通り、コイツは、
――風切り音。
直感が命じるままに咄嗟に振り向いた先には――
◇飛翔せし百刺の鳥【ひしょう-せし-ひゃく-し-の-とり】
意能/武器奥技系
瞬く間に百の刺突を繰り出す意能。
意能を使用できる武器は槍、または節のない棍。
空中にいる間しか繰り出すことはできないが、
その瞬間的な攻撃力は、時に格上の相手すら屠りうる。
その上空からの強襲は、しかし鳥の厳かな啄みを思い出す。
翼ある者に死後の旅路を委ねる鳥葬のように。




