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第八話 入団

◆自由都市グアド・レアルム、探索団『終の黄昏』拠点・会議室、イライザ・ラルメイン



「――今日から一人、私たちの新たなる仲間、『終の黄昏』の団員が増えます」


 ユサーフィ副団長が私たちを前に、一人の少年の入団を宣言する。


 大隊長を対象とした唐突な招集。

 緊急事態が発生したのかと、悪い想像が頭をよぎった。

 しかし、蓋を開けてみれば何程の事でもなく。

 胸を撫で下ろした……のも束の間、今度はその真意を図りかねた。


 このほとんど女ばかり(・・・・・・・・)の探索団に、男の探索者を迎えるという意味について。






 ユサーフィ副団長から大隊長は全員、会議室に集まるよう招集の触れがあった。

 私はちょうどその時、治療室でミネルヴァが演じた大立ち回りの後始末をしていた。


〝外域〟へ遠征に出ていたグラトナが連れ帰り、ユサーフィ副団長が今しがた入団させると言った少年、ヨア。

 ミネルヴァはどうも行き違いから、鞘に入れた剣で彼に打ちかかったらしい。

 彼女曰く、少年の看護を命じられたアリサが怯えるように泣いていたところを助けようとしたからだという。


 しかし、よくよく事情を聞いてみれば、ヨア少年の大事な人の形見をこちらが勝手に回収してしまい、気が動転した彼がアリサに詰め寄り、そこをミネルヴァが勘違いから助けに入った……という真相だった。

 ちなみに私はその時、地下の保管室で薬草の仕分けをしていたので、上がうるさい程度にしか感じていなかった。


 どちらかだけが悪いという話ではないけれど、ミネルヴァには冷静さが欠けていたと言わざるをえない。

 その点を説きながら、治療室を掃除していた。


「イ、イライザ大隊長がそのようなことをなさらず……! 全部私がやったことですので!」

「一人で片づけるより二人の方が早いでしょう。あなたと私以外手が空いていませんしね。それに、いつまでも寝台がこのままでは急に怪我人が出たときどうするのです?」

「は、はい……すみません」


 そうしてミネルヴァと二人、ようやく部屋の片づけが終わった頃を見計らったように、ユサーフィ副団長からの招集を受けたのだった。






「え、えっと……よろしく」


 ヨア少年が慣れない様子で頭を下げる。


「――――――――――」


 グラトナがあんぐりと大口を開け、訳が分からないと言いたげな顔で固まっている。

 それ以外の大隊長の反応は様々だった。冷ややか、期待、無関心、不安、無表情。


 斬込部隊、大隊長グラトナ・グストーナ。

 近撃部隊、大隊長ナギオン・エルメル。

 遠撃部隊、大隊長バビ・ビオラント。

 遊撃部隊、大隊長ホホル・ジーマイア

 魔法部隊、大隊長フェルム・ギャリンジャー

 支援部隊、大隊長マリアンヌ・キュベイア

 そして私……治療部隊、大隊長イライザ・ラルメイン


 七名の大隊長、二名の副団長、首領たる団長。

 この十名だけが入団の推薦権を持つ。

 ただ、これはあくまで推薦であって、決定権を持つのは団長と副団長のみ。


 今、この場に居るのは大隊長全員とユサーフィ副団長の八名。

 つまり、形式上は皆の意見を聞いてはいるが、唯一決定権を持っている者が推薦するのだから、もはや入団は既定事項と言わざるをえない。

 とはいえ、聞かれたからには、各自思うところは口にする。


「いやどういうことやねん! そんなさら~っと言われても! なあ?」


 まず、静寂を打ち破ったのは遠撃部隊のバビ。

 お喋りの彼女は、こういう場で決まって口火を切る役割だった。


 バビは隣に立つ、右目に眼帯を着けたナギオンに同意を求める。


「俺は男でも女でもどっちでもいいよ。戦いに使えるヤツならな」


 バビとは対照的で、ナギオンはさして興味無さげに、短く切り揃えた自身の赤毛を指でいじっている。

 近撃部隊の長だからというわけではないだろうけど、戦いにしか関心を示さない彼女らしい意見だ。


「そんなこと言うて、ヨア少年に興味津々なくせに! 若い男を味わいたくて疼きが止まらんくせに!」

「妙な言い方するんじゃねえ! 俺が知りたいの強いかどうかだ!」


 いつものように喧嘩を始める二人。こうなると、しばらく戻ってこないのがお決まりだった。


「――私は入団に反対する」


 短く意を表明したのはホホル。

 内心、ホホルは必ず反対するだろうと予想していた。

 なぜなら、


「その理由は?」

「男だからだ。私の隊の女たちが怖がる」


 ユサーフィ副団長の問い掛けに、ホホルは予想を裏切らない答えを口にする。

 団員の女性比率が九割五分を超える『終の黄昏』にあって、過去一度も男性の団員を所属させたことがないのはホホル率いる遊撃部隊だけだからだ。


「男っていうだけで反対するのは理由にならないね」

「なら好きにするといい。ただし、遊撃部隊に迎え入れることはない」


 そう言って、ホホルは腰まで届く長い黒髪を翻し、足早に会議室を出ていった。

 無愛想で癖の強い彼女だが、冷徹に感じられるような発言も、自分が預かる団員を慮ってのことだ。皆それを理解してか、今のホホルの振る舞いに眉を顰める者はいなかった。


「……そのぅ、ユサーフィ副団長はどういう理由でその人を入団させようと思うのですわ?」


 支援部隊の長であるマリアンヌが恐る恐る手を挙げた。これまでで一番真っ当な発言だった。マリアンヌが動くたびに、豊かな金色の巻き毛が、蔓に成った果実のように揺れる。


「彼の探索者としての才能は光るものがあると判断したの。今はまだ成長途中だけど、将来的に我らが団の戦力になるでしょう」

「そ、そこまで仰るのですわ……⁉」

「聞けば、グラトナと戦って一矢報いたらしいね。たった(・・・)進値12の彼が。なら、将来的な伸びしろを期待して、入団を認めるのは十分にありえると思うけど」


 名を出されたグラトナは苦虫を噛み潰したような表情だが、反論はしなかった。つまり、今の話は事実なのだ。

 私は素直に驚く。進値に大きな開き……それこそ倍以上の差があれば、普通は何もできず一方的に蹂躙されるはずなのに。


「フェルム、フェルムはどう思うですわ……?」


 マリアンヌは、縋るような目でフェルムを見る。

 魔法部隊の長であるフェルムは、〝禁書庫〟で修練を積んだ証である鍔広帽子を目深に被ったまま、瞑目している。


「…………」


 そして無言のまま立ち尽くしていたかと思うと、左手の指で輪をつくって目を開き、その穴から少年を覗き見た。


 多種多様な魔法を修めた彼女の腕は、指先から二の腕まで魔法の痣で埋め尽くされている。

 ゆえに相手に痣を見られて手の内が露見しないよう、左手にだけ肩までの長さがある手袋を着けているのだ。逆に殆ど意能を習得していない右腕は剥き出しのままだ。


「…………」


 魔法を通してヨアを見たのか、一度だけ力強く頷くと、フェルムは微動だにしなくなった。


「…………こ、これはどういうことですわ?」

「まあ、今のところは問題なしといったところでしょう」オロオロと困り果てるマリアンヌに私は助け舟を出す。「反対するならそれなりの意思表示をするでしょうしね」


 ちなみに私はといえば、特に賛成も反対もない。

 と言うよりも、彼の入団をそこまで特別な事と捉えていなかったという方が正しい。『終の黄昏』の女性団員の比率が異様に高いのは事実ですが、男性の団員も彼が初めてというわけでもないですしね。


「とりあえず意見は出尽くしたかな。では、彼はこれより正式に団員となり、我々の仲間になります。大隊長は各隊所属の団員に周知しておくように」

「そう言えば副団長~! その男の子はどこの隊で面倒見るん?」


 一頻りナギオンとじゃれ合いを終えたバビが軽い口調で問いかける。

 ユサーフィ副団長はにっこり微笑むと、


「グラトナ、あなたに預けます」

「はあ⁉」

「彼は魔法を持っていませんし蝕業(しょくごう)は剣です。消去法で考えるなら、使い所は斬込部隊か近撃部隊になるけど……ここの作法に疎いしばらくの間は後見してあげて」


 有無を言わさず、一切の反論を封じる口調。


「それと、皆に告げることがあります」


 ユサーフィは一呼吸置いて言った。


「我らが探索団、『終の黄昏』は本格的に〝迷宮(ダンジョン)〟制覇を目指します」

「――‼」


 その宣言に、私は、いや、私たちは目を(みは)った。

 他の大隊長も息を呑む気配を感じた


〝迷宮〟――この世界の各地に点在する、人類の進出を拒み続ける魔境。


 探索者にとっては魔物が跋扈し、異常法則が敷かれた危険地帯であり、同時に古代王国文明の遺物などが見つかる宝物庫でもある。

 伝承では〝迷宮〟を統べるという〝主獣(ボス)〟が深奥に鎮座しているというが、その姿どころか〝迷宮〟の最深部を見た者すらいないという。


〝迷宮〟の踏破は探索者の誰もが一度は目指す目標であるけれど、測ることすら困難な難関さを前に、いつからかそれは夢物語へと変わっていく。

 酒場で酔いに包まれながら、「自分が〝迷宮〟を攻略する」などと豪語しておきながら、翌日にはただの魔物討伐依頼を何の疑問も持たずに請け負う口だけの探索者をごまんと見ている。


 それをどうだ、副団長は制覇(・・)とまで言ってのけた。

 果たして、この人が耳障りが良いだけの言葉を発するのか。


「……それは……その少年がいるから……?」


 珍しくフェルムが自ら口を開いた。

 対する副団長の答えは、


「彼の力は〝迷宮〟制覇に大きな役割を果たすでしょう」


 明言はしなかったものの、決意させたのがヨア少年の存在であることを匂わせる。

 なお、八方から視線を浴びた当の本人は何のことか分かっている様子はない。


「話は以上です。指示があるまでは各自、これまでどおり訓練や探索を行うように」






 こうして様々な憶測を呼びつつ、招集は終わった。

 部屋に残ったのはヨア、グラトナ、私の三人。

 他の大隊長は興味を惹かれつつも、結局、ヨア少年に声をかけることなく退室した。バビだけは「とりあえず今度飲み会しよな~。バイバ~イ」と言い残していったが。

 精神的疲労が色濃いらしいグラトナは頭をガシガシと掻いてから、腹を括ったようにヨア少年を見やる。


「……よろしくお願いします、だ」

「? 何が?」

「よろしくではなく、よろしくお願いします、と言え。今から私とお前は平団員と幹部団員の関係になる。立場を弁えた言動を心掛けろ」

「あ、ああ……分かった」

「分・か・り・ま・し・たッ! 復唱ッ‼」

「わっ、分かりましたっ!」


 早速教育が始まっている。


「大変ですね、グラトナ」


 私はその様子を微笑ましく見つめる。


「他人事のように……。まあ、実際他人事なんだろうが」

「仕方ないではありませんか。適性のないことをさせるわけにもいきません」


 遠撃、魔法、支援、治療のそれぞれの部隊は、少なくとも適した魔法や意能を持っていないと話にならない。遊撃部隊は大隊長の方針で男子禁制……。

 そうすると消去法で斬込か近撃になる。とすると、求められる武装に比較的縛りがない斬込部隊に入れる……というのは妥当な判断と言わざるを得ない。


 しかし……ユサーフィ副団長は斬込部隊への配属ではなく、グラトナに預ける(・・・・・・・・)という指示を出した。普通なら大隊長が直々に面倒を見ることなどしないのだけれど……。

 つまり、この少年への期待の大きさは異例といえる。


「というかイライザ、お前はなんでまだここに残っているんだ?」


 私が思考に耽っていると、グラトナが怪訝そうに言う。どうやら本当に冷やかしの居残りと思われているようです。いけません、当初の目的を忘れていました。


「ヨア、この前は私の隊のミネルヴァが失礼しました」

「ミネルヴァ?」

「治療室であなたに斬りかかった少女です。同僚の子が襲われていると勘違いし、逸ってあのような事をしてしまったようです。本人も反省しているようですし、どうか許してあげてください」


 私の説明に合点がいったようで、彼は頻りに頷く。


「ああ……俺が窓から投げ落とした子か」


 そんな事をしていたのですね……。

 まあ、喧嘩両成敗ということで、お互いこれにて落着ということにしましょう、そうしましょう。

 私が胸を撫でおろしていると、ヨア少年が興味深そうに私を見ている。


「目をケガしているんですか?」


 ……ああ、初対面の人は気になるのもしかたないでしょう。

 常の私は、両目を封じるように布を巻いているのですから。


「別にケガしているわけではありませんよ」

「じゃあ、どうして?」

「それは……あなたが皆に認められたら教えてあげましょう」


 さて、私の用事はこれで本当におしまいです。

 副団長の肝煎りで入団する彼の活躍を、〝外域〟から遠く離れた治療室で聞かせてもらうことにします。

 あまり治療部隊(私の部隊)の世話になるような事態にならなければよいのですが。

◇観察眼【かんさつ-がん】

魔法/共通魔法


視覚情報から相手の人間性を推察する魔法。

人間に対する鑑定。指を丸めた輪を通して対象を見ることで使用する。


身に着けた服装、僅かな挙動などから相手を推し測る。

しかし、推測精度は自分の知識と経験が基準となるため、

未熟な人間が使用してもあまり効果はない。


たとえこっそりでも、公共の場で他人に使用することはやめましょう。

報復に目を抜かれても、誰も助けてはくれません。

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