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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
第一章後編 殺し屋たちの狂宴
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第七十八話 鍵のメル・ドリー 2

◇パリオ・ルッシウス【ぱりお・るっしうす】

人物/現代/ギルド


探索者組合で捜査課長を務める、元四等級探索者。

その活躍を(たた)え、〝師獣〟の二つ名を贈られた。


珍しき〝獣の蝕業〟を有し、かつその力の扱いに

最も優れた探索者の一人と呼ばれた。


体の特定の部位を獣へ変じ強化させ、超近接戦闘を挑む

王道の戦法は他者の手本となり、彼も惜しみなく、

獣の力の御し方を教えたのだった。


探索者引退後はギルドの捜査課長の職に就き、

今度は違う形でグアド・レアルムを守り続けている。

 団長のところへ一歩一歩足を動かしながら、なぜか色んな記憶を思い出した。


 ――僕たち新人だけで初めて魔物を倒した日の、探索団全員でお祝いした宴の夜。


 ――人外討伐と引き換えに戦死した仲間を送った雨の墓地。


 ――洞肥鰐を倒した後、グランドリオ君とキャリカさんが疲れ切ったように笑った瞬間。


 団長が怖すぎて走馬灯を見てるのかと本気で思ったけど、そうじゃなかった。

 あれは全部――本当は悔しかった記憶だ。


 僕は弱い。

 魔法も意能も、戦いには向いてない。


 ……違う、そうじゃないんだ。

 それが言い訳だって自覚はある。

 本当に弱いのは、僕の心だ。


 魔物が怖い。人外が怖い。傷つくのが怖い。痛いのが怖い。死ぬのが……怖い。

 そのくせ思ってしまう――勝利に喜び合う人たちの隣になんで僕はいないんだろうって。

 仲間の死に悲しむ仲間を本当の意味で労わることは、同じ戦場に立たなかった僕にはできない。その資格はないと僕が僕自身を躊躇わせてきた。


 ――でも、グランドリオ君は僕と同じで、僕とまったく違っていた。


 同じ鍵の蝕業……覚える魔法は広く浅く、意能は便利で弱い。

 けれどグランドリオ君は訓練でも実戦でも、絶対に弱音を吐かない。

 歯を喰いしばって、使える手札を全部使って勝利を掴み取りに行く。


 グランドリオ君はなんでそんなに強いのか、一度訊いてみたことがある。


〝――別に俺は強かねえが〟


 そう前置きしながら、


〝――強くなることを諦める気はねえ〟

〝――遠いところに行っちまった昔馴染みに、一泡吹かせてやるためにな〟


 そのときは意味を理解できなかったけど、今、グランドリオ君の感情を理解した。

 僕の心の中の悔しさの名前を知った。


 ――もう(・・)置いて(・・・)行かれたくない(・・・・・・・)






「グランドリオ君はバカだから、一人で行かせたら多分死んじゃうけど、僕がちゃんと作戦を立てて指示します――グランドリオ君と組んできた僕なら足手まといになりません――誇りある『鉄血一座』に相応しい結果を持って帰ります――だからッ‼」

「……おい」


 はっ……!

 掴まれた肩、恐る恐る振り向く。


「誰がバカで誰が死んで、誰が誰を指図するってッ……?」

「ぃぃぃぃぃ……‼」


 グランドリオ君がものすごくいい笑顔で僕の顔面を掴み上げてくる。

 団長を説得しようとして思わずけちょんけちょんに言っちゃったからねあ痛たたたた!


「――もういい」


 底冷えするような団長の声。

 その目ははっきりと僕だけを捉えていた。


 ――あ、終わった。


 何が終わるか分からないけど、とにかく終わった。そんな確信だけがあった。


 魂が抜けかけた僕に向かってオーガスタス団長は、


「一人じゃ死ぬ。お前ら二人が行ってもどうせ死ぬ。――だったら!」


 そこで言葉を切って、成り行きを見守っていた団員たちを見回す。


「――全員で行けばいい話だろうが!」

「…………はぇ?」

「オメエら、情けねえと思わねえのか! まだまだケツの青いガキどもが戦いに行くっつってるんだ! オメエらはどうだ、見てるだけか? それが俺たち兄弟のやり方か? 俺ァ悲しいぜ!」


 その問いかけ……いや檄に、待ってましたと言わんばかりに空気が騒めく。


「いや、率先して止めてたの団長だけど」「しかも超まっとうな理由で」「珍しくな」「まず自分が情けないと一番恥じ入るべき」「いやいや恥じる能力があるならこんな脳筋丸出しの探索団創ってないわよ」「道理である」「まあでも――」




「ここで立たなきゃ『鉄血一座』(おれたち)じゃねえよな!」




 おうッ‼ と口々に鬨の声が上がる。

 それは肌で感じる熱気となって……高揚感が伝播していく。


「みんな……!」

(あに)さんたち……」


 僕とグランドリオ君は顔を見合わせて、説得が成功したことを理解する。


「よォし! 戦闘準備を整えた奴はここに集合しろ! ――さあ行け!」


 歓声とともに皆が散り散りに駆けていく……その横で僕とグランドリオ君は先輩たちに揉みくちゃにされていた。


「わわわっ……!」

「メル坊、俺は感動した! いつも縮こまってたお前がガチギレの団長に口答えするなんてよぉ!」「普段からそれぐらい堂々としてろっての!」「君は〝男の娘〟界の希望だよ!」「え?」


「ちッ、……オイ頭撫でるな、転がすぞ!」

「ちょっと男前なとこ見せたと思ったらこれですよ」「いんや、これこそ俺たちのグランドリオきゅんだよ」「常に抗ってないと死んじゃうもんね」「おら、先輩にありがとうございますは? 一生ついていきますの返事は? んん?」「傍から見てもウザいなぁ」


 結局、その包囲網は団長が一喝するまで続いて。

 僕も急いで準備を整えるべく、駆け足で自分の部屋に向かった。『鉄血一座』はかなり大きい探索団だから自分たちの宿舎があるんだ。


「メル、先に行ってるからな!」

「うん!」


 相部屋の仲間は先に用意を済ませて出ていく。

 僕は武器と防具を身に着ける以外にも、色々と持って行く物がある。


「……よしっ!」


 必要になりそうな物を一通り搔き集めて、終わる頃には宿舎は随分静かだった。僕が一番最後になっちゃったかな。

 早く行かなきゃって部屋の扉を開けたところで、


「――オーガスタス兄の考えはよく分からん」


 傍にある階段の上からの声に、僕は咄嗟に扉を閉めてしまった。

 だって、今の声は……!


「そうか? 俺はむしろ既定の線だったとおもうぞ、ん?」

「既定……? どういう意味だユルト兄」


 聞こえてくるのはユルト副団長とガヴリン副団長の声。

 オーガスタス団長は元より、団長の両翼となる副団長も団員から畏敬の念を送られる存在。

 鉄血(うち)はそのあたりの距離感がちょっと近過ぎておかしいとはいえ、お二人とも、普通は下っ端の新人がおいそれと会話できる相手じゃないんだ。


 だから僕が無意識に隠れちゃったのも普通だ、うん。

 副団長は僕の存在に気づいた様子はなく、話を続ける。


「ん、オーガスタス兄はああ見えて脳が筋肉でできてる」

「どう見てもそうだろう」

「本当は〝殺し屋〟と一戦交えてみたい欲望はあっただろうけど、そうすると俺たちも危険に巻き込んじゃうからなあ、んん。だからウズウズしてたけど、自重して様子見に回るつもりだったな、ん」

「それが、グランドリオの訴えを聞き入れる……もとい乗っかることで大義名分を得たと?」

「んん」

「……ああ、そうか。ユルト兄がどうせだから(・・・・・・)と言ったのは、どうせ(・・・)作戦に参加するのだから(・・・)という意味か……――」


 階段を踏みしめる足音が遠ざかっていく。


 ……今聞いた話、グランドリオ君には内緒にしておこう。

 あれだけ一世一代の勢いで説得したのに、団長も本当は参加したくてウズウズしてたなんて。

 きっと、聞いたら今度は決闘でも申し込みそうだから。






 そんなことがありながら、僕は慌てて拠点から外に出る。

 拠点からいくらも離れない場所でグランドリオ君が待ってくれていた。


 ただ、その目は今、僕を見ていない。


「……キャリカさん?」


 グランドリオ君と対峙していたのは、探索団『紅蓮の戦旗』に所属するキャリカ・ポップヴァーンさんでした。

 先日の地下水路では一緒に洞肥鰐と戦い、彼女の魔法のおかげで洞肥鰐を討伐することができました。グランドリオ君とは古い馴染みということらしいけど……。


「お前、何しに来た?」


 つっけんどんにグランドリオ君が尋ねると、


「私も一緒に戦いに来たんです」


 キャリカさんは真っ直ぐ目を見て言い放ちました。


「は……?」

「今日の朝の会話で貴方が何をするつもりか確信しました。〝殺し屋〟捕縛作戦に参加するつもりでしょう? だから私も参加します。反対されてもきっと貴方のことだから一人でも行くと言って聞かないと思ったので」

「……オイ、ふざけてるつもりなら――」

「ふざけてなんかいません!」


 ――叫びが周囲を揺らす。


「貴方は! いっつも一人で決めて、二言目には〝お前には関係ない〟と口にしてばかりで……そんなに周りは頼りないですか⁉ 私には相談する価値もありませんか⁉ 私はっ、私はもう村に居た頃のように守られるだけの存在じゃないんです!」

「…………」

「貴方と並び立つために……同じ道を……」


 最後の言葉は尻すぼみになりながらも、

 キャリカさんは目に涙を溜めて、懇願するように見つめている。


「……俺は」


 グランドリオ君は顔を顰めて視線を逸らしながら、


「――お前にだけは弱い所、見せたくねえだけだ。男の意地だ」


 そうして黙り込んでしまう二人を見て、

 僕はちょっと悪いけど静かに笑ってしまう。


 やっぱり、グランドリオ君には僕がいないとダメだなあって。


「――素直じゃないなあグランドリオ君は」僕は努めて明るい声で言う。「キャリカさんが来てくれて嬉しいって、ちゃんと言えばいいのに!」

「はア⁉」

「――! 嬉しいんですか⁉」

「バカか真に受けるな!」


 あははは! 僕はこらえきれずに吹き出してしまった。




 ……これから〝殺し屋〟と戦うっていうのに、

 僕らは無邪気に笑ったり、怒ったり、からかいあったり。

 そうしてると、臆病な僕も不思議と頑張ろうと力が漲ってくるんだ。




「……そういやキャリカ、お前、参加をよく団が許してくれたな。俺もバカ正直に言ったら大反対されてド突き合いにまでなったのによォ」

「いやいや、グランドリオ君ほど後先考えないことをする人はいないよ。キャリカさんはそのあたり、しっかり話をつけてきてるって」

「メル、お前さっきから俺のこと――」


「…………言ってません」


「は」「え」

「私、何にも言わずに出てきちゃいましたぁぁぁぁぁ……!」


 顔面蒼白になってヘロヘロとへたり込んだキャリカさん。

 実際、これはかなり問題だ。かなりヤバい……!


「コイツ、こんなにバカだったか……? 昔はもっと……」


 なんだかよく分からない種類の衝撃を受けているグランドリオ君は置いておいて、状況を冷静に分析しよう。

 団の方針を無視して、ギルド主導の作戦に勝手に参加し、あまつさえよその探索団と轡を並べる。


 ……うん、


「俺が団長なら確実に除名するな」

「いやああああああああああ――‼」


 グ、グランドリオ君、もうちょっと優しさで包んで言ってあげて!

 でも、僕もそうなると思う……。


「――じゃあウチに来ればいいじゃねえか」


『鉄血一座』の拠点から、絶大な存在感を纏った我らが団長が歩いてくる。


 後ろに実の兄弟である二人の副団長を従え、毛皮の外套をひるがえしながら地面を踏みしめるオーガスタス団長の姿は……僕やグランドリオ君が憧れた〝強さ〟がこの世に具現化したようだった。

 この人が率いる探索団の一員であることに、改めて胸の高鳴りと誇らしさを覚えた。


「面白え奴と強え奴は歓迎するぜ」

「……団長よォ、俺のときは散々地獄みてえな入団試験したくせに、コイツは一発合格か?」

「そいつァお前が海の物とも山の物ともつかなかったからなァ、グランドリオ」


 オーガスタス団長は愉快そうにくつくつと肩を揺らす。


「だが、他人のために後先考えず飛び出してくる魂の熱さ……その時点で資格アリだ。俺は理屈を知らねえバカは嫌いだが、理屈を理解しながら踏み倒す(・・・・)バカは好きだぜ。なあ嬢ちゃん、『紅蓮の戦旗』なんてお高く留まった連中の巣窟にしがみついたところで得られるもんは知れてるぜ。それなら『鉄血一座』に入団して――」




「――それは承服できません、オーガスタス殿」




 ――凛とした音が耳朶を打つ。


 まるで耳を優しく撫でるかのような音色が人の声だと思わないくらい、それは心地良く頭の中に染み込んでくる。


 声には人の感情が乗る。

 明るく大きい声なら活発さを、底から響くような低い声なら恐ろしさを感じ取ってしまう。

 そうであるなら、今の声に僕は――温かい慈愛の印象を無意識に抱いた。


 僕たちの視線の先に立っていたのは――


「姫様――! あ、これは、その……」


 キャリカさんが狼狽している。


 姫様(・・)……。

 じゃあこの人が『紅蓮の戦旗』で噂の……。


「キャリカさんは我々の大事な仲間です。将来有望な団員をみすみす手放すつもりはありません」

「ほう、この嬢ちゃんがテメエんところに義理を欠いた真似をしてもか?」


 義理を欠いたと表現されたキャリカさんはますます顔を青くして委縮した。

 というより体の端っこから白い霧が……多分、居心地が悪すぎるから無意識に霧になって逃げたいと思ってるんだろう。


「義理を欠いた? 何を指しているかは分かりませんが……」姫様という人は小首を傾げる。「『紅蓮の戦旗』は元よりギルドとの協調路線を歩むつもりです。今回の作戦も団員総出で助力を惜しみません。ゆえにキャリカさんが『鉄血一座』に力を貸して差し上げる(・・・・・・・・)ことは、こちらの意に何ら反するところはありませんよ。――キャリカさん、『鉄血一座』の皆さんをお助けして(・・・・・)あげてください(・・・・・・・)

「は、はい……」


 キャリカさんは分かりやすくホッと胸を撫で下ろした。これで堂々と加勢することができるんだから。


 ……ただ、その両肩に力強く手を置く人たちが。


「――随分上からの目線じゃねえか、あア?」「――ぜひ力を貸して差し上げてもらおうじゃねえか、嬢ちゃんッ?」

「――――――――」


 グランドリオ君とオーガスタス団長の激怒した鬼族みたいな形相に、キャリカさんはついに声も出せず震え上がる。煽るような言い方をしたのはキャリカさんじゃないのに……。二人の副団長は無言で肩を竦めるだけだった。


 こうして一悶着はあったけれど、グランドリオ君、キャリカさん、僕、そして多くの人たちが〝殺し屋〟からレアルムを守るために立ち上がることになったんだ。




   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、探索者組合・会議室、メル・ドリー



 ――そして今。


 たくさんの人の力と知恵を結集した作戦の成果が目の前で形となっている。


 相手にとって圧倒的に有利な一撃目を防げただけで、まだ戦いは終わってない。

 瞬きも忘れて見つめる水鏡の表面が揺れる。揺れは収まるどころか強くなっていく――


「……地震か?」


 誰かが呟いたけれど、それを肯定する声はない。この瞬間に地震がたまたま起こるなんて偶然を誰も信じていない。


 つまり、これは人為的な――誰かが何かをしようとしている前触れ。


「グランドリオ君、みんな」


 僕は固唾を呑んで、揺れる水面に目を凝らした。

◇キャリカ・ポップヴァーン【きゃりか・ぽっぷゔぁーん】

人物/現代/探索者


探索団『紅蓮の戦旗』に所属する九等級探索者。

若き才を見込まれた、新進気鋭の魔法使い。


グランドリオ・ジルガとは同村の出身であり、

別々の探索団に所属しているが、それとなく

無茶をしていないか気にかけている様子である。


一般的な魔法使いらしく戦闘魔法を得手としており、

近接戦闘も最低限以上はこなす実力がある。


虫が大の苦手であり、本人も克服を目指しているが、

それが成されるのは当分先、あるいは不可能だろうと、

先輩たちは苦笑と共に暖かく見守っている。

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