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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
第一章後編 殺し屋たちの狂宴
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第七十七話 鍵のメル・ドリー 1

◇戦士の高揚【せんし-の-こうよう】

魔法/支援魔法


一時的に痛みを感じにくくさせる補助魔法。

自分以外の他者にかけることが可能。


闘争において、あるいは敵よりも恐ろしき存在、痛み。

一時とはいえ、それを忘れさせてくれる魔法。

ただし、効果は戦闘中にのみ発揮される。


戦う限り、昂る限り。

其方(そなた)が戦士である限り。

   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、探索者組合・会議室、メル・ドリー



 巨大で浅い金属製の盆に張られた水――そこには旧区画を上から眺めているかのような光景が映し出されていた。


【遠見の水鏡】っていう魔法がある。

 離れた場所を水面に映し出す魔法。

 偵察に向いた便利な魔法だけど、そんなに使い勝手が良いものじゃないらしい……あまり遠いところは見えないそうで、こうして円卓一つを軽々占領するぐらいの広い水面じゃないと実用的じゃないとか。


 捜査課の職員の人が水鏡で映し出した風景は、天から降り注いだ光の柱がギルさんを飲み込む瞬間だった。


「……‼」


 分かってはいても、固唾を呑まずにはいられない。

 莫大な火力。水面から向こうの熱気が伝わってくるような錯覚すらある。


「……メル君の読みが当たったようだね」


 同じ部屋にいる『終の黄昏』の副団長さん、〝千貌〟のユサーフィさんが誰に言うでもなく呟いた。

 光が晴れた後には、熱で割れ、一部は融解した石畳の群。


 ――そして、焦土の中心に鎮座する黒い球体。


 球体にはすぐに(ひび)が走り、あっけなく割れる。


「よかった……!」


 そこには無傷のギルさん。


 そして――グランドリオ君が現れる。


「よっし、初撃はいなした!」「こっからだぞ!」「地下(・・)の作戦が上手くいっているか分からないのがもどかしい……」


 今になって、僕がいる部屋には大勢の人が詰めかけていることに気づく。

 ギルドの職員さんだったり……普通は到底会えないような有名探索団の大物……! ユサーフィさんもその一人だ。僕みたいな同じ探索団でもない九等級が存在を認識してもらって、あまつさえ名前を呼んでもらうことすらありえない。


「――ったりめえだろ!」オーガスタス団長が僕の頭をわしわしと乱暴に撫でる。うわわっ。「『鉄血一座』の団員を舐めんじゃねえぜ! グランドリオもメルも、駆け出しだからって甘く見てると痛い目見るぞコラ!」

「確かに、向こうの彼はすぐにでも上がってきそうな気がするね」


 ユサーフィさんがグランドリオ君を褒めてくれた!


「オイ、メルはどうだ! コイツもなかなか肝が据わってるぞユサーフィ!」

「だ、だだ、団長っ! 僕のことはいいから! っていうか戦闘に集中しないとっ」


 団員が褒められると我が事のように喜ぶオーガスタス団長を宥めつつ、僕はこの戦闘が始まる前の一幕を思い出していた。




   ***




◆数刻前――自由都市グアド・レアルム、探索団『鉄血一座』拠点、メル・ドリー



 普段はガヤガヤと賑わう『鉄血一座』の拠点。

 声が大きくて騒がしい人たちで常に賑わってるここは今、不安を覚えるぐらい静まり返っていた。

 上から下まで……熟練の団員から僕のように修行中の若手の人たちが、事態の成り行きをジッと見ていた。


「『終の黄昏』に協力したいだぁ? オメエ……自分が何言ってっか分かってんのか?」


 大股を開いて階段に荒々しく腰かけるオーガスタス団長。

 どれだけ豪胆な団員でも、今の青筋を浮かべた団長を前にしては生きた心地がしないと思う。そういう僕は離れて柱の陰に身を隠していても漏らしそうだ。


 キレる団長の眼前にいるのはグランドリオ君だった。


「正確には、黄昏にいる探索者に、です。黄昏そのものに与するつもりはありません」

「――そういう事を言ってんじゃねえんだよッ‼」


 オーガスタス団長の咆哮。

 自分が言われたわけじゃないのに、皆びくりと肩を震わせる。……ちょっと漏れたかも……。


「まあまあオーガスタス兄、どうせだから意見ぐらい聞いてやろうや。な?」

「ユルト兄は優しすぎる。今回は話を聞くまでもないと思うが」


 副団長のユルトさん、同じく副団長のガヴリンさんが声を上げる。

 怒る団長に平然と声をかけられるのは、団長の弟であるこの二人ぐらいだ。


 ユルトさんは縦幅も横幅もぷっくりと大きい巨体。

 反対にガヴリンさんは頭部のふさふさした副耳、猫のようにしなやかで細い体。


 オーガスタス団長を入れたこの三人が兄弟と言われても、すぐには信じられないと思う。

 三人の母親がそれぞれ違うそうで、団長は人間、ユルトさんは巨人族(ティタン)、ガヴリンさんは獣人族(ビスト)の血を引いてるらしい。

 見た目も性格も全然違うけど、兄弟の絆は本物だ。

 たった三人で探索団を立ち上げて、魔物や人外を打ち倒して、レアルムに『鉄血一座』の名前を轟かせてしまうぐらいには。


「ガヴリン、話を聞くまでもないってのはどういうことだ。ん?」

「オーガスタス兄が怒ってるのは、グランドリオが黄昏に手を貸すことじゃない」ガヴリンさんはグランドリオ君に冷徹な目を向ける。「〝殺し屋〟が絡む案件に自分から深く首を突っ込もうとしていることだ」

「でも『連絡会』を通じてギルドから協力しろって通達が来てるだろう。どっちにしろ無関心は無理だ。だったら別に許してやって構わないんじゃないか。な?」

「いいや、それは全然違う、ユルト兄。……今、レアルムを騒がしている一件は黄昏の団員が発端だ。ならば、これは黄昏が最も骨を折るべきことだ。わざわざ火中の実を拾いに行く必要はない」


 そう。


 ガヴリン副団長の分析のとおり、きっと『終の黄昏』以外の探索団はこう思ってる――黄昏が何とかしろ、って。ギルドが各探索団連帯しての対処を煽ることも、はっきり迷惑に感じてる。


 一般的に、進値が上がる生業は〝忌み仕事〟と蔑まれる。僕たち探索者もかつてほどではないらしいけど、嫌う人は嫌う。

 でもそれ以上の――殺人を明確に仕事として請け負う人間がいるなんて、忌避する以前に理解ができない(・・・・・・・)


 僕たち探索者は人外を倒して、得られた進化石で進値の上限を上げることを考えない日はない。

 いつか来る上限(寿命)にいつも怯えながら。


 でも〝殺し屋〟は自分で終わりまでの時間を縮める――暗黙の事実として、魔物より人間を殺すほうが進値は上がりやすいからだ。


 そうまでして誰かのために人を殺す。

 今、『終の黄昏』が戦おうとしているのは紛れもない狂人だ。

 皆、自分以外の誰かが立ち向かってくれって思うのが普通で、狂人に近づきたくないって思うのが本能なんだ。


 なのに、グランドリオ君は。


 ――朝の思い立った様子で、何かするつもりだとは思ってたけど……!


「……バカげた事を言ってる自覚はあります」


 グランドリオ君は。


「だから、これは論理のある話じゃありません」

「……ほう、じゃあ何の話だってんだ?」


 オーガスタス団長が腰を上げて、ゆっくりと近づいていく。

 鼻が触れるか触れないかの近距離でグランドリオ君の顔面を見据える。


「借りを返す――それだけの話です」

「そうかい――期待外れだ、なッ‼」


 団長の頭突き……!

 顔をしかめたくなる鈍い音が体を叩く。


「テメエで勝手に作った借りをテメエの勝手で返しに行くってか。――『鉄血一座』舐めんじゃねえぞッ‼」


 額から流血してふらつくグランドリオ君の胸倉を団長が掴み上げる。


「俺たちは入団したそのときから鉄血の絆で結ばれた兄弟(・・)だ! 共に肩を並べて戦い、同じ血飛沫を浴びた家族だ! 俺たちの力は兄弟のためにあり、俺たちが死ぬ時は兄弟のためにだ! ひるがえってテメエはどうだ? 兄弟じゃねえ、どこの馬の骨とも知れねえ奴のために戦うってか。お前を迎え入れて鍛えてやったのは、そんな事に命張らせるためじゃねえ!」


 ……団長の言う事も分かる。

 僕たち『鉄血一座』には実の家族を失ったり、縁を切られたりした人が多い。

 団長自身がそうした経験をしてきたから、居場所になるような探索団を創った。

 だから、死にに行こうとしているようにしか見えないグランドリオ君を止めるのはもっともだ――




「――ッるせえんだよ石頭ァ‼‼‼」




「~~⁉」


 僕は声にならない声を上げる。

 グランドリオ君が、だ、団長にお返しと頭突きを喰らわせたからだ!


「兄弟だ何だのの前になァ、俺は男だ! 気に喰わねえ借りでも帰さなきゃ気が済まねえんだよ! 当の貸したクソ野郎は、俺が借りを返す前に〝殺し屋〟とヤル気満々で死にそうだしよォ、やってらんねえぜ!」


 な、なんだかグランドリオ君が謎に(たかぶ)ってるよぉ……!

 頭突きの痛みのせいなのか、やけっぱちになってるのか……。


「アンタも『鉄血一座』の団長だっつーんなら、兄弟だけ助けるとか寝惚けたこと言ってねえで、兄弟も、どこの馬の骨も、まとめて助けるぐらい言ってみろッ! それが、俺たちが憧れたオーガスタス・オールディンだろうがッ! 器の広さを見せてみせやがれ!」


 オーガスタス団長は頭突きを喰らてもビクともせず、グランドリオ君と額を突き合わせたまま黙って話を聞いていた。


「……ハッ、確かに論理もクソもねえ。ガキのワガママじゃねえか」


 ようやく開いた口から出たのは、厳しい言葉だった。


「結局、テメエの願望を語っただけで、俺の反論に対案も出せねえ。俺はこうしたい(・・・・・・・)から認めてくれ(・・・・・・・)だぁ? 啖呵切った割に都合のいい事ばかり……威勢の良さで中身の薄さを誤魔化せると思ったか、グランドリオ。本当にお前は俺を舐めてるな」

「…………」


 グランドリオ君は歯を喰いしばって。

 それでも団長の視線から目を背けることはしなかった。






 ――なんでそうしたのか自分でも分からない。


「……あ、あの」


 ――絶対に、死ぬほど後悔するって分かるのに。


「あのっ!」




 僕が一番苦手な事なのに!




 自分でも驚くほど大きな声が出たと思う。


「あア?」

「ひゅ」


 激怒りの団長の目に射抜かれて、僕は膝から崩れ落ちそうになる。


 けど……一度立ち上がったなら、簡単に座り込んじゃいけない。

 団長なら、『鉄血一座』の皆なら、そう言って叱咤してくれるはずだから!


 がくがくと笑う膝を操りながら、団長の前に出る。

 そこに行くまで欠伸が出そうになるほど時間がかかったと思うけど、団長も、誰も、僕を笑う人はいなかった。


 振り向いたグランドリオ君が目を剥いている。なんで出てきたって言いたげだ。

 疲労感がのしかかってくるけど、まだ始まっても(・・・・・・・)いないんだ(・・・・・)


 僕は、今からだ。


「……グ」口の中の唾を飲み込む。「グランドリオ君が言ってることは、ま、間違ってると、思います。助けたいって気持ちは、とても良いことだけど、団長が言うように、今のままじゃ犬死になるかもしれないです……」

「メ――」

「でも!」


 グランドリオ君を遮るように声を懸命に張り上げる。


僕が一緒に(・・・・・)行けば違います(・・・・・・・)!」


 オーガスタス団長が目を見開いた。

 目の前にいる僕にしか分からないほど、少しだけ。


「一人では無理かもしれないけど、二人なら絶対に違います――‼」

◇遠見の水鏡【とおみ-の-みず-かがみ】

魔法/召喚魔法


離れた場所の光景を水面に映し出す召喚魔法。

遠くの風景を召喚する魔法と言える。


非常に扱いが難しく、「視点を遠くに飛ばす」という

名状しがたい感覚に習熟する必要がある。

習得してなお完全には扱えない魔法使いは少なくない。


斥候、探索、透視など役立つ場面が極めて多く、

ゆえに〝門の蝕業〟を持つ者はますます偏重された。

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