第七十五話 ドブネズミの生き方
◇探索者等級認定基準【たんさく-しゃ-とうきゅう-にんてい-きじゅん】
組織/探索者組合/制度
実力、功績、人品など様々な要素を加味し、
探索者の順位を表したもの。またはその制度。
一から十までの等級が定められており、
十等級が見習い、九から七等級は新人・若手扱いされ、
六等級からようやく中堅以上と見做される。
強さは考慮に値するが、強さが全てに非ず。
人類への貢献。それこそギルドが求めるものである。
***
◆自由都市グアド・レアルム、探索者組合、三階大会議室
報告書『南方都市連合を拠点とする〝殺し屋〟に関する記録の照会結果』
『〝頭陀人形〟名称不明
推定される〝誓約〟:〝報復〟
土嚢等に使用される丈夫な布で作成した人形に、人間の頭髪を詰め込んだような外見。
髪を自在に伸ばし操作する能力(おそらく意能によるもの)。
本体は人形の中に潜んでいると推測される。
同人物が犯人と断定できる最初の殺人事件は八年前、鉱山都市レジノスで発生。以後、南方都市連合に加盟する各都市においても犯行が確認されている。
髪を変形させて戦う。非常に応用が利き、近・中・遠距離における各攻撃手段を保有。
髪を伸長させ網のように張り巡らせることで盗聴による広範囲の情報収集を行っていると推測。
火属性魔法等により髪を焼却しながら手札を減らす戦法を推奨。
推定戦闘能力:五等級(※閉所条件、四等級)』
『〝双星〟メアリーサリー
推定される〝誓約〟:〝相反〟
二人一組の少女。現時点の推定年齢:十五~十六歳。
針状な鋭利な形状の武器を好んで使用。
殺害された人物は総じて拷問死に近い状態。
ここ二、三年で目撃情報が急激に増加している。
特に凶悪な〝相反〟の〝誓約〟であることから、各都市おいて指名手配中である。
類を見ないほど高度な連携による攻撃が特徴。最低でも二人、最善で多人数の物量による制圧を推奨。
推定戦闘能力:六等級以上(※単独交戦条件、五等級)』
『〝通名不明〟名称不明
該当する人物の記録なし。
しかし、空から光が降り注ぐ正体不明の現象は過去七件の目撃例あり、光の直撃地点からは高熱に曝された人骨が発見されている。
今回レアルムに出現した〝殺し屋〟との同一性は高いと思われる。
推定される〝誓約〟:〝秘匿〟
推定戦闘能力:不明』
『※推定戦闘能力は、探索者等級認定基準による。
※()は能力と相性の良い環境条件等における推定等級』
「これが今回の襲撃犯である〝殺し屋〟の概要だ。各々目を通してくれ」
襲撃から一夜明けた早朝。
ギルド長の招集により『連絡会』の面々が再び集結していた。
「……最後の奴が面倒だな」
「ほとんど情報なし、だからね」
オーガスタスの文句にテンペスタが頷く。
「あまり責めんでくれたまえ。情報網の不備ではない。情報が無い事こそが〝秘匿〟の特徴と言うほかあるまい」
この場を通じて〝殺し屋〟に関する基礎知識を共有した面々の中で、三人目の詳報がないことに対しギルドを糾弾する者はいなかった。
〝殺し屋〟の掲げる〝誓約〟の意味を知った今、その厄介さと、常識を超えた世界観に、理解が追いついていないとも言えた。
〝殺し屋〟、と、ならず者。
金銭を対価に人を殺める、と表現してしまえば、この両者に差は無いように思えるが、そこには決定的にして絶対的な違いがある。
〝殺し屋〟は〝誓約〟を掲げる。
流儀、思想、嗜好、戒律、慣習、呪詛……この因果な生業の黎明期に様々に言い表されたソレは、最後に〝誓約〟という相応しき名を得た。
〝誓約〟。いったい何に、何を誓う?
それはたった一つ――何のために殺すか。
十つ存在するという〝誓約〟を〝殺し屋〟は選び、その〝誓約〟に沿わない殺しは絶対に受けない、犯さない。
それこそが、ならず者と〝殺し屋〟を分けるもの。
だが、ひとたび契約が結ばれたならば――彼らは〝誓約〟に基づき、代行者として死を届けに来るのだ。
「〝報復〟……は、要するに復讐ってことですよね? 〝相反〟と〝秘匿〟とはいったい……?」
「〝秘匿〟はおそらくだけど、殺しそのものを知られずに終わらせること」テンペスタはあっけらかんとした口調で言う。「もし身近で誰かが急にいなくなったら……そういうことかもね」
「ハハ、冗談キツいですって。……え、マジで」と列席者の一人が不安げに口走る。
「〝相反〟なら儂が知っている」寡黙が常のバロムが珍しく自ら口を開いた。「その手合いの〝殺し屋〟に狙われたことがある」
あまりにも唐突に投げ込まれたその話題に対し、どう返せば分からず戸惑うか、あるいは平静のままか、反応は二つに分かれた。
唯一、オーガスタスだけが愉快そうに肩を揺らす。
「そりゃこの魔法狂いのジジイが恨みを買ってねえなんて誰も思えねえわな! さしずめ人体実験された孫の仇とかか? ん?」
「人聞きの悪い事を口にするな」バロムは表情そのままに、怒りを含んだ刺すような視線をぶつける。「儂に強盗を働こうとした犯罪者を、標本として魔法薬に漬けた際、その親族が送り込んできたのだ。儂が実験に使うのは犯罪者のみ。ただの人間に手は出さん。貴様の先の発言は、根も葉もない嘘だ」
「……いや、どう考えても根っこぐらいはあるっつーの」
あと犯罪者なら何してもいいわけじゃねえからな、とオーガスタスが似合わない忠告を送るが、当の本人が意に介した様子はなかった。
ただの人間に手は出さない、と言葉にする必要性がある時点でその狂気の片鱗が垣間見える。
「で、結局どのような〝誓約〟なのですか? 〝相反〟というものは」
『紅蓮の戦旗』団長代理がバロムに訊ねる。
「――標的を殺せるならば無関係な人間をも殺す。要約すれば、そんなところだ」
「……狂ってやがるわ」と怖れを滲ませた声が上がる。
「ギルドだけでなく探索者全体で片付けるべき理由もこれにある」アンネリーゼが厳かに言った。「対処に遅れるほど人的被害は拡大の一途を辿るだけだ。なんとしても避けねばならん。――もちろん協力してくれるのであろう、ミラルフォ殿?」
咎めるような台詞で水を向けられた当の本人は、会議の内容よりも、これから降りかかる現実の無情を嘆くことに忙しかった。
「なぜ、なぜ私がこんな目に……。おおウィゼラよ! これすらも貴方の思し召しだというのですか……」
探索団『開かれた腕』の司祭、ミラルフォ・クリストフ。
公的には団長を務める彼は、ギル・ラーゴットとともに〝殺し屋〟の殺害宣告を受けていた。
その理由を探るべく、アンネリーゼ直々の聴取が既に行われていたが、手掛かりすら掴めていない。なにより、本人にまったく心当たりがないという。
詳細に調査する時間もないため一旦は保留されているが……冷静に協議を行う必要がある場において、この取り乱し様。命を狙われていることを差し引いても、大規模探索団の長の振る舞いとしては眉をしかめざるをえない。
「ミラルフォ殿、貴殿のおかれた状況は察するが、今は〝殺し屋〟への対策を煮詰める場であるゆえ落ち着かれよ」
見かねた一人がミラルフォを宥めようとするも、
「黙れ不信心者め! 〝殺し屋〟もお前たちも、ウィゼラの愛信を受け入れない不心得者だ! このように世が荒れ果て〝殺し屋〟が蔓延るのも、探索者の全てがウィゼラを信じぬからだ! 対策など勝手にやっていろ! 私は、私と同じ教えを抱く者たちとともにある!」
彼は目から涙の筋を垂らしながら、後方に控えていた従者とともに部屋を出ていった。
善意から声をかけた男は、お手上げと肩を竦めるほかなかった。
「いいのかしら? 放っておいて」
「一応、奴の教会には都市にいる信者全員が集結しているらしいぜ。ま、自分たちで何とかしますってんならご勝手に、だ」
男の言うとおり、レアルムにいる全ての愛信派信者はミラルフォを守護すべく、彼らの家である教会に完全武装で続々と集まっている。
〝殺し屋〟を迎撃すべく、魔法・意能を惜しみなく使用して改造中の教会は、一種の要塞とも言うべき堅牢な建築物へと変貌しつつあり、とにもかくにも、攻め入るには決死の覚悟を要求する代物になっている。
出席者を欠きながら何事もなかったように淡々と話し合いは進んでいくが、誰もが心中で、次回の『連絡会』……『開かれた腕』の椅子は無くなっていることを確信した。
その椅子に次は誰が座ることになるのか、争奪戦を楽しみにする者、あれは他人事ではないと自身を戒める者、不適任と見做されれば簡単に入れ替わるのだと密かに恐怖する者、と反応は様々だ。
「――話が逸れたが、今回、立案した作戦がこれだ」
アンネリーゼが出席者に配られていた冊子を指で叩いた。
今朝の『連絡会』は、ギルド他支部に照会した〝殺し屋〟の情報の共有と、それを踏まえて練られた捕縛作戦の承認のために開かれている。ゆえに室内は厳重に盗聴・透視対策が施されていた。
「旧地区とはいえ、都市内での実行はなかなか思い切ったな」「〝外域〟では魔物の横槍のような不確定要素が多いとはいえ……」「相手がなぜか襲撃時間を予告しているからってのもあるんだろうが」「本当に時間どおり来るのかしら? 油断させるための嘘って可能性も」「だとしても、こちらから罠を張って待ち構えるのはいいと思うぜ」「なんにしろ、彼らが参戦すると決めたなら、今更覆す気もないがね」
彼ら――すなわち、『紅蓮の戦旗』、『終の黄昏』、『鉄血一座』。
彼らは捕縛作戦で重要な役割を任されている。
正確には、彼らの中の志願した者が、であるが。
***
◆???、ヴァルガ・ブラビド
この世は、輝かしいものほどすぐに消えていって、薄汚いものほど長く残り続ける。
この俺自身がその証明だ。
探索者にはなってみたものの、うだつはあがらねえ。
あげくに喰い詰めて犯罪に手を染めても、開き直って裏稼業で一攫千金を目指すほどの度胸は無く、日陰でこそこそと小金を稼いだら、悪行がバレないか肝を冷やしながら生きる毎日。
犯した罪を贖うまで、安息の日が訪れることはない――誰が言ったか知らねえが、本当にその通りだ。探索者を辞めてから、枕を高くして寝れたためしがねえ。
だが、生きるって点に関しちゃ、俺はそこまで難しいと感じたことはなかった。
捕獲が禁止されている小型の魔物を生け捕りにして、その手の収集癖があるやんごとない好事家連中に売りつける。
その報酬は、たかだか俺の負った労に比べれば破格と言ってもいい。
世の中にこんな簡単な金稼ぎがあるとは知らなかった。あるいは魔物に対する妙な好奇心を抱く人間がいるってことも。
小せえくせに素早しっこく、そのくせ一滴で大人十人を殺す猛毒を持つ生き物を、信じられねえことに常に鑑賞できるよう自分の家の中で飼いたいだなんてよ。
人間、富と名声を追い求めてるうちが可愛げがあると学ばされる。そいつが満たされちまったら、途端、誰も彼もがおかしな方向に走りやがる。
そして、そんな奇人変人に仕事と金を貰う俺は、さしずめ寄生虫だ。
寄生虫らしく、必要な時だけ動き、必要な分だけ汁を吸い、それ以外は息を潜める。
ギルドに捕まった同業の密猟者がしょっ引かれるさまを眺めながら、俺は店で注文した一番安い定食を頬張る。俺の生き汚さが、それでも正しいのだと再確認しながら。
夢も大望も目的もない。妻もいなけりゃ子もいない。日々をジッと生きるだけ。
はたして、それが人間として生きていると言えるのか。
だが、俺は間違いなく生き残っていた。
訃報掲示板……ギルドの奥まった場所にある、死亡が確認された探索者の名前が載るそこに見知った名を見つけた。
たいして強くならなかった俺を徒党から追放した探索者どもは、俺より遥か高みまで昇っていき、そこで若くして死んだ。
こいつらが積み上げてきた栄華も金も何もかも、死んでしまえば意味はなくなる。
それを誰かが引き継ぐのだとして、死んだ本人にとってどれだけの慰めになるのか。
打ち立てた輝かしい記録が、あらゆるものと交換できる金貨の山が、死者を慰撫することはないと、俺はしみじみ思う。
だから、生きていることが正義なんだ。
路地裏で残飯をあさるドブネズミのように他者のおこぼれを暗闇で啜る生活だとして、それで天寿を全うすることになんの支障がある?
人間らしい生き方をする前に、死んでしまっては元も子もないのだから。
生きることこそに意味がある――
「――自分の知らない新しい真実に出会いに行く……それが人間の生きる意味だよ、叔父さん」
――俺の姪は、こんな俺に思い出したように会いに来ては、そんな説教臭いことを宣う。
橋の欄干にもたれ、そこらの屋台で適当に買った軽食をつまみながら、俺たちは取り留めのない会話をした。
「そりゃあどこにでも行けるような奴の台詞だ。自分の人生の行先を、自分の望む方向に舵を切ることを許された人間だけの特権だ」
「叔父さんはすぐに捻くれた物言いをするなあ」
姪は口を尖らせながらも、本気で嫌がっているようじゃなかった。
「だから何でも話せちゃうのかな。おべっかを言わない人の方が話してて気が楽だから」
「おべっかを使われているうちが華だぞ、将来有望な探索者様よ」
「別に有望でも何でもないって。たまたま」
「たまたまで未発見の遺跡を嗅ぎ当てられるかよ。つくづく幸運の女神って奴は見る目がある」
「んん? そこは見る目がないって嘆くとこじゃないの?」
いや、博徒としちゃ上出来よ。
そこらの暗愚どもへ平等に小さく幸運を切り分けてやるより、才能のある人間に一点賭けするほうが期待できるからな。
「あ、これちょうだい。私、芋の薄揚げ大好きなんだ~」
「おいおい、年頃の娘が喰うようなモンじゃねえぜ」
「だって、家じゃ絶対に食べさせてくれないもん」
「そんなに好きなのか?」
「うん。……叔父さんは私と薄揚げ、どっちが好き?」
愚にもつかない質問。引っかけも謎かけも含みもないやり取り。
――今はもう戻らない過去。
「俺も、お前の父親と母親は嫌いだが、お前は好きだぜ」
「答えになってないよ。ていうか自分の兄と兄嫁と仲悪すぎ」
正確には、お前以外の俺の血族は全員嫌いだがな。
さて……こいつが俺に会いに来た理由も察しはついている。
「また旅に出るのか」
「うん。今度はうんと遠くに行ってくるつもり。まだ誰も行ったことがないくらいの」
「ほう、ちなみにそこは何てところなんだ?」
「――世界の果て」
俺はそれを一笑に付そうとして、姪の目を見て咄嗟に止めた。
その目は俺じゃなく沈む夕陽を見つめていたが、きっと目線の先、あの太陽が沈んでいく遥か地平線の向こう側に向けられているんだと気づいたからだ。
「世界の果て、か」俺も落ちていく夕陽を眺める。「想像もつかねえ。だが何となく、何もなさそうな気がするが」
「たとえそうだとしても、そこに人間が行くことが大事なんだよ。好奇心こそが人間を人間たらしめるの」
「〝自分の知らない新しい真実に出会いに行く〟ってやつか」
「叔父さんも分かってきたじゃん」
無邪気に笑う姪に、俺はかける言葉を見つけられない。
思っちまったからだ。真実を知ることは、必ずしも幸福と結びつかない。
それは何年も大人をやっていると嫌でも気づかされる事だ。
知るという恐怖、無知という安心。
生き汚い、ドブネズミの論理。
……そんな事を語るのは、輝かしいこの子に申し訳ない。
俺も姪も、互いの志を知る必要はない。
それはお互いに邪魔なものだ。
「土産話を聞くまでは頑張って生きてみるか」
「また叔父さんに会いに来るよ。必ず」
約束は果たされる。
あの子は帰ってきた。
あの子たらしめる何かを失って。
世界の果てとやらに辿り着けたのかは終ぞ知らねえ。
だが、
人間が行くべきではない場所に、あの子が行ったことだけは理解した。
「…………」
ゆっくりと瞼を開ける。
気を落ち着けようと目を閉じていたら、なんでだろうな、昔の記憶が蘇ってきた。
右肩に重みを感じる。
見れば、ツェラが顎をのせてグースカと暢気に眠りこけてやがる。なんのことはねえ、いつものことだ。こんな風にされると、緊張してる自分がバカらしくなってきた。
俺はツェラの首輪に繋がる鎖を揺らす。
「さあ、殺しの時間だ」
「あうー……?」
早く殺して、さっさと眠ろう。
◇〝相反〟【そうはん】
職業/〝殺し屋〟/〝誓約〟
〝殺し屋〟が掲げる十の〝誓約〟の一つ。
一人を殺すために無差別に殺す誓い。
並々ならぬ人格を持つ〝殺し屋〟の中でも、
一等の刹那主義者がこれを誓うという。
復讐のため、罪のない人間を何人でも犠牲にできるか。
その覚悟を〝殺し屋〟は求めない。
憎悪と良心。復讐と倫理。願望と呵責――
相反する感情の板挟みに苦しむ姿こそが、
依頼の本当の代価なのかもしれない。




