第六十九話 終わった日のこと
◇ルピッカの赤手袋【るぴっか-の-あか-てぶくろ】
芸術/文学/童話
作者不明と伝わる御伽噺。
お調子者の小人族のルピッカがある日
魔法の赤い手袋を手に入れたことを切っ掛けに
故郷を飛び出して世界を冒険する物語。
赤手袋は、熱された物を火傷せず触れたり、
落ちる電を掴む等、魔法の力が描写されているが、
一部では、ルピッカの赤手袋は実在すると
まことしやかに噂されている。
「――ちくしょうッ!」
マクミランが耐え切れず悪態を吐いた。
「……黙れ……! 静かにしろ。奴らに気づかれるぞ」
ホーエンが油断なく魔法で周囲を探査しながらマクミランを窘める。
それでもマクミランは焦りと恐怖を隠せない。
そんな様子をケイヴも、ドノンも、レイモンも、シャルルも、注意したホーエンすらも――仕方がないと共感していた。
本当ならマクミランと一緒に叫びまくりたい、この臓腑からせり上がってくる恐怖を声にして吐き出してしまいたい……皆の顔にありありと感情に現れている。
俺自身もそうだ。今までの人生で一番ヤバい状況に投げ込まれて、震えが止まらねえ。魔物との戦いで感じる、ひりつくような死線には昂奮と心地よさすら覚えたってのに……今はまるで違う。
俺の隣には友人のように死が佇んでいて、そいつが何かの拍子に飛び掛かってきて避ける間もなく死んじまう――そんな妄想が頭から離れなくて狂っちまいそうだ。
……だが、この徒党の頭目として俺が折れるわけにはいかねえ。
必死で理性を回転させ、状況を正確に理解しようと脳が突破口を求めて喘ぐ。
山の斜面の中腹、ちょうど窪みみてえになったところ。
俺たちは必死に息を潜めていた。早鐘のように鼓動する心臓すら止めてしまいたいほど、全ての音を消したくてたまらなかった。
眼下にいる……姿も大きさも統一感のない行列に聞こえないように。
――俺たちは今、魔物の大群に囲まれていた。
身の丈を超えた依頼を、俺たちなら達成できると思い上がった――その末路。
今回の〝皇帝〟のレアルム襲撃は都市の総力を挙げて撃退に成功したが、内実は正直失敗と言っていいほど甚大な被害を受けた。
探索団がいくつも壊滅し、探索者からは想定を上回る数の人外が出ちまった。戦線の穴を埋めようと高進値者が無理攻めして負担が集まって、そいつがまた人外になる……そんな地獄だったらしい。
幸か不幸か、俺たちみてえな若手はまだ実力不足だからと、ギルドの徴発対象にはギリギリならなかった。それでも任意の参戦は禁止されてねえから、意気揚々と武器を担いでいった未熟者連中は軒並み返ってこなかった。そう考えると、踏みとどまれた俺たちは幸運だったんだろうな。
仲間たちは、頻りに参戦しようと訴えていたが、俺が止めさせた。……俺自身はともかく、今のアイツらじゃ明らかに魔物の餌にされちまう。〝皇帝〟撃退戦はそれほど過酷なのだと、ギルドは虚飾なく喧伝している。
その代わりと言っちゃなんだが、〝皇帝〟は撤退したものの、その統制から外れて〝外域〟を彷徨うようになった魔物の残党狩り作戦への参加は許された。
残党と言いはしたが、今や〝外域〟は、普段生息域がバラバラな数多の種類の魔物が集結、跋扈する魔境になりまくってやがる。単純に魔物の強さだけでその脅威は測れねえ。
この残党狩り作戦ですら、俺たち程度の徒党には荷が重いとギルドは相当渋った。だが、最終的には参加を許可された。
本来なら残党の掃討も、〝皇帝〟撃退戦に加わることが許されるほどの実力者が担うべき危険度だが、今はとにかく人手が足りない。
……それに噂じゃ今回の戦いでは思うように魔物の数を減らせなかったらしい。
だから元の周期よりも早く〝皇帝〟は軍勢を回復させて、レアルムに再来する可能性が高いって話が巷間に出回りまくってる。
その噂を払拭したいのか、もしくは将来的に〝皇帝〟の戦力になりかねない魔物を少しでも減らしたかったのか――表向きは「魔物同士が喰い合って強力な個体が生まれる前に掃討する」ってことになってやがるが、真相はともかく、参加できる基準が甘くなっていたことだけは確かだ。
〝――本当なら許可し難いのですが……この中で最も等級が高いギルさんが冷静に徒党を牽引してくだされば、致命的な状況に陥る前に撤退できると信じています〟
……出発前、俺たちの参加を手続してくれた受付の兄ちゃんの言葉を思い出す。
――そうだ、俺のせいだ。
俺が引き際を見極めて、皆を生かしてレアルムに返さなきゃいけなかった。
目先の功に目が眩んで、心のどこかで無理だって分かってたはずなのに、気づかないフリをして突っ走っちまった……。
俺は横目で仲間の様子を窺う。
――ああ、分かってたんだ、本当は。
「くそ……くそ……なんで……」
「嫌だイヤだいやだ……」
「死にたくねえっ。俺はまだ何も……」
「どうすりゃいい、どうすりゃ……」
「こんなことならあの時……」
「聞いてねえよこんなの……っ!」
――お前らは実力不足だってことを……‼
この依頼を受けることが、お前たちを危険に曝すことを。
分かってて――分かってて――、……止められなかった。
俺たちの徒党で、俺の強さだけが突出していることには随分前から気づていた。
仲間が魔物を一匹倒す時間で、俺は何匹も――あるいはより短い時間で、効率の良い戦果を叩きだした。
自然と、魔物との戦闘は俺が要になっていき、仲間はそれに引っ張られるように立ち回った。
俺に合わせられないほど、仲間たちとの間に力量差が生まれ始めていた。
俺も、仲間たちと無理に連携することをいつの間にか止めていた。気づいたらそうだった。
仲間の攻撃や支援を待つよりも、俺が魔物に単身突っ込んで掻き回して、俺の討ち漏らしを狩っていくような戦い方になっていた。
探索者八人の徒党じゃなくて、七人の中に一人が混ざってる、そんな歪な状態。
有名な探索団からの勧誘も……正確には俺だけを引き抜きたい意向が強かった。どの団も俺にだけ個別に接触してきたのがその証拠だ。
仲間たちは俺に引っ付いてくるオマケぐらいにしか、声をかけてきた連中は思っていなかった。でも俺の感情に配慮して、嫉妬を生むよりはまとめて引き受けた方がいいだろうってな。
カッとなって言い返した。俺たちはいずれ団を結成して天辺まで昇り詰める、だから誰の傘下にも入るつもりはねえって。
〝――そうか。残念だよ〟
〝――でも、一つだけ忠告させてほしい〟
〝――もっと上に行きたいならば、君の仲間たちは切り捨てるべきだ〟
〝――それが彼らにとっても幸せだから〟
〝――君は、切り捨てること、共に行くこと、どちらかを選べていないように見える〟
〝――それはとても危ういことだよ〟
……本当に言い返すべきはここだったんだ。
バカにするなと、知った風な口をきくなと、何でもいいから反論しなきゃいけなかった。
でも。
戦闘で俺の負担が増大してることや、実力に合ってねえ依頼を受けるせいでケガが増えていること、皆が気を遣って俺の報酬取り分がかなり多いこと、ギルドから暗に俺以外の戦力増強を勧奨されたこと――色んなことが頭の中を一瞬で埋め尽くしていった。
現実に戻ってきた時、勧誘に現れた探索者は帰った後だった。
俺はもうどうすればいいか分からなかった。
……だってよォ……楽しいんだよ……!
下らねえこと言いながら、分不相応な夢を語り合いながら、一緒に武器担いでアイツらと〝外域〟に繰り出すのが楽しいんだ! こんなこと初めてなんだよ! やっと巡り合えたって思えるほど今が嬉しいんだよ!
悪いところがあるなら、良いところもあるんだ!
打ち消し合ってゼロになることなんかねえんだ……どっちも俺の仲間なんだよ……。
だから――俺には選べなかった。
お前たちを切り捨てることも、腹を括ってお前たちと共に行くことも。
楽しさに酔って、不満には気づかないようにして、ただ惰性のまま今が続くことを願ってたんだ。
「……魔物の流れが変わった」
外の様子を窺っていたホーエンが呟いた。
「本当か……⁉」
俺は岩陰の縁から恐る恐る眼下を覗き込む。
確かに魔物どもは急に方向を変えて進みだした。
まるで何かに引き寄せられるように。
「……‼ あっちは本隊が進んでいた方向じゃないか⁉」
「なっ……!」
今回の残党狩り作戦は複数の探索団や徒党が参加してる。
離れすぎないよう一定の距離を保ちながら進んできたわけだが、想定を超える数の魔物の襲撃で隊形を崩されていった。俺たちの徒党もそうして分断されて散り散りになった一つだ。
なるほど、これだけの魔物を引き寄せるほどの人間が流れの先にいるってのは妥当な推測だ。魔物どもは新しい餌場を見つけた気になりまくってんだろう。
「……これって」シャルルが戦慄きながら言う。「この群が移動したら、俺たち、逃げれるんじゃないか……?」
「そっ……そうだよっ! 絶好の機会だ!」
「まだ生き残る目は消えてねえ……!」
「ああ、仕方ねえんだ、撤退しよう、ギル」
「仕方ねえよ、こんな状況じゃ……」
「なあ、ギル……!」
期待が込められた視線が俺を貫く。
皆、俺の判断を待っている。
俺が判断することを納得している。
選択することを、預けている。
「…………」
俺は努めて冷静に思考する――この状況での撤退は間違ってない。
孤立無援の状況で救援に向かうほどの余力はない。そもそも魔物の進む先に本隊がいる確証も無い。仮にいたとして俺たちごときが加勢して状況がよくなるかなんて分からねえし、徒に死者を増やす結果になるかもしれない。
それよりは生きて情報を持ち帰る方がいい。ギルドも他の探索者も、見捨てたと非難するんじゃなく、よく生きて帰ってきたと労わってくれるはず。
俺は方針を固め、それを皆に告げようとする。
「てっ――」
「――それは間違ってる‼」
だが、それが言葉になる前に反対の声が上がった。
「マルク……」
「あっちには俺たちと一緒に参加した探索者がいるかもしれない! だったら放っておけないじゃないか! 自分たちだけ逃げるなんてできないだろう⁉」
俺たちの徒党で唯一、〝像の蝕業〟持ちのマルクが訴える。
その時の俺は反論の理由より、マルクが声を荒げて意見を表明したことに驚きまくっていた。
俺が知るマルクは、主張をせず誰かの提案に追従する姿と、ひたすら真面目に支援魔法と回復魔法をかけ続ける姿しか印象になかった。
そのマルクが……。
「何言ってんだよマルク……」
「どうしたんだ……お前。状況分かってんのか?」
「助けるって……誰が、誰を? 俺たち雑魚が、俺たちより強い奴らをか?」
「そもそもあの群の先にいるかすら分かってねえんだぞ!」
口々に挙げられる反論に真っ向から、
「俺たちは全員で助け合うべきだろう‼ いつもは競争相手だとしても、根っこのところでは信じて助け合うべきじゃないかっ‼」
俺だけじゃない。マルク以外の全員が唖然としていた。
お前……急にこんな事を言い出す奴だったか? 全員がそう言いたげな顔だった。
マルク、お前だけ何が――
〝――……ああ、でも、彼だけならウチに来てもらってもいい〟
〝――回復魔法の使い手は何人いても困らないからね〟
……ああ、クソッ。嫌な事を思い出した。
俺を勧誘に来た奴らは、ついでのオマケと言わんばかりにマルクのことも口にしていた。
傷や病を癒す回復魔法は〝像の蝕業〟持ちしか習得できない。そして〝像の蝕業〟持ちの割合は少ない。奴らが言いたいことは分かる。俺だって無駄に長く探索者やってるわけじゃねえ。
貴重な蝕業、価値の薄い蝕業。
重宝される蝕業、忌避される蝕業。
持って生まれた蝕業に対し、探索者は無意識に評価を下し、結果、格差を生み出しちまってることを知っている。
――知ってるし、気に入らねえ。
〝像の蝕業〟がついでなら、それ以外のついでにもならねえ蝕業はゴミだってか?
剣とか羽とか杖だとかの蝕業は掃いて捨てるほどいるからいらねえってか?
そうじゃねえだろ。そうじゃねえから俺は断ったんだ。
俺たちは効率や論理で探索者をやってるわけじゃねえ。
札遊びみてえに弱い札を捨てて強い組み合わせ作るのとはわけが違う。
誰がどの蝕業だなんて最初から眼中にねえんだ。
たとえ周りが全部そうでも、俺たちだけは違う。
他の全てでお前らに劣っていても、この仲間が最高だって気持ちは負けてねえ。
俺たちは、
「――はは、は、〝像の蝕業〟持ち様は、さすが言うことが違うな」
「……………………ぇ、ぁ……」
誰かが呟いた。
吹けば消えそうな弱弱しい音。耳を欹ててなきゃ聞こえないほどか細い空気の漏れ。
目の前で大事な何かをブッ壊されたみてえな、可哀そうで情けねえ声。
言ったのはマルクか? ……違う、アイツは今にも殴り掛かりそうなほど怒ってる。
じゃあケイヴか? マクミランか、ドノンか、レイモンか、シャルルか、ホーエンか?
……いや、答えは最初から分かってた。
こんな緊迫した状況で、魔物ども騒めき立てる中で、耳を欹ててなきゃ聞こえないぐらい小さい呟きなんだろ?
――だったら、そんなの俺しかいねえじゃねえか。
「何が言いたいんだよ……シャルル!」
「何が言いたいかだと? 言ってやるよ。そうやって他所の団に媚び売っときゃ、鞍替えするのも楽でいいよなぁ!」
「ふざける! 俺は……!」
「実際そうじゃねえか。〝像の蝕業〟持ちなら、どんだけ弱くてもどこかで拾ってもらえるしな。俺たちなんかとは違って」
「今は関係ないだろそんな話! 時間を争う状況だぞ!」
「……そいつぁお前だけだろ」ドノンが口を開いた。「俺は知ってるんだぜ。お前が最近一人でこそこそどこかに出かけてるのは。最初はお前の恋人のところかとも思ったが……ようやく合点がいったよ。あの魔物どもが向かってる先に、自分を売り込んでた探索団がいるんだろ? だから救援に行きたいんだ、違うか⁉」
「ドノン、こんな時にふざけたことを……俺は――」
「そうじゃねえと説明がつかねえだろ! じゃあなんだよ⁉ こんな絶望的な状況から助かりそうだってのに、むざむざ死にに行く理由ってやつはよォ!」「お前だけがおかしいんだよ!」「死にたいなら一人で行けよ! 俺たちはここで死にたくないんだ!」「お前だってそうだろ! レアルムで恋人が待ってくれてるじゃねえか! なんで……」「ふざけんじゃねえよマルク!」
マルクは唇を噛み、思い詰めて決心した顔をすると、窪みの縁に手をかけた。可能性があるならたった一人だろうと助けに行くんだと。
だが……。
「――――――――――」
窪みから顔を出して、見たんだろう。
虫の列のように大量に蠢く魔物の行進を。
マルクはずるりと尻からへたり込み、かと思うと、俺たちの方へ向き直って額を地面に擦り付けた。
「――頼むッ! 協力してくれよ! 全員で力を合わせれば……ッ! だから!」
その有様に、いっそう皆が激高するのを――……俺は関係のない出来事のように見ていた。
関係がないと思いたかったのかもしれない。
こんなものは見たくないと、理性が心を守ろうとしていたのかもしれなかった。
でも、一度ひび割れた硝子が元に戻らないように。
疑いを抱いた時点で、俺の穢れない理想はもう、嘘のない現実に成り下がっていた。
――皆、心の中ではずっと思ってたのか。
羨ましい、妬ましい、なんでお前だけ、どうして俺が。
そんな感情は俺たちだけは……この世界で俺たちに限っては無縁だと、そう無意識に思い込んでた。
俺だけが。
「どうするんだよ、ギル⁉」
「――――」
ハッとなって顔を上げる。
皆が俺を見ている。
俺に選べと託している。
俺に選べと押し付ける。
俺に選べと泣き叫んだ。
「――」
俺は、
「――――」
俺は、
「――――――」
俺は――
「……決めるのは……周りを偵察してからにしよう。俺が行ってくる……」
そう言い残して、俺は単身、潜んでいた場所から逃げるように飛び出した。
逃げるようにじゃない……逃げたんだ。
仲間たちから? 違う。
選ぶことから逃げたんだ。
マルクの意見は、少なくともこの場じゃあ合理的じゃない――なら、そういえば終わっていたはずなのに。マルクを傷つけることを、無意識的に選ぼうとしなかった。
だが、マルクの意見を支持したなら、今度は反対する六人を傷つけることになる。反対意見に反対する理由も無いのに、何を口にできるってんだ。
偵察なんてもっともらしい事を言い訳にして、逃げ出して、俺は選ぶことをしなかった。
魔物どもの行進を探ることに没頭し、進むべきか退くべきかを考え続けることで、さっき見た光景を頭から追い出したかった。
――それが最大の後悔。
マルクでもいい、ケイヴたちでもいい。
俺はあの時、どちらかの意見を選ぶべきだった。
合理性とか、関係性に亀裂が走るとか、そのせいで全滅するとか……選んだ結果、たとえ起こりうる全ての問題が起こるとしても、俺は選ばなきゃいけなかったんだ。
魔物の群の数が少なくなってきた。粗方が移動し終えた証拠だろう。
今なら俺たちでも突破してレアルムに帰還できる。それを阻むように霧も出てきた。すぐに発つ必要があるな。
戻ったら……今度こそ言おう。マルクには悪いが今は誰かを助けてる余裕はない。探索者は皆危険と隣り合わせだ。死ぬ時がたまたま今日だった。そう割り切るしかねえって説得する。ブン殴ってでも連れ帰る。俺が皆を生きて帰す……!
見覚えのある場所まで戻ってきた。あの岩の向こうに皆がいる。
「おい、戻った――ぞ……」
偵察から帰還した俺が最初に見た光景は、何かを囲むように座り込み、項垂れる仲間たちだった。
生憎、空は曇天で、近寄らなければ、それが何かは分からない。
「おい――」
心配になって、ケイヴの肩に手を置きながら覗き込んだ。
「――――――――――」
は?
は?
は。
は……
「何を……やってるんだ……お前ら」
何も理解できないまま、言葉を紡いだ。
魔物の大群を前にしてすら吹き出なかった汗が背中を濡らしていくのを感じた。
――地面に滴った膨大な量の血は、取り返しがつかない遥か前に事が終えられたことを告げていた。
「仕方ない――仕方なかったんだ!」
仕方なかったと、壊れたように呟き続け、蹲る仲間たち。
真っ赤な手が、俺の服の裾を掴む。
見下ろした先に、許しを懇願する瞳が俺を見据えている。
「ケ、イヴ……」
「ギル、やめてくれ……! そんな目で俺たちを見るな――」
そうしてケイヴは、俺をずっと苦しめ続けるあの言葉を吐いた。
「――あの時ここにいなかったお前が!」
ケイヴが喚き立てる。その言葉の外で訴える。
俺の目が気に喰わないと。何も決断しなかったお前が憎いと。
なあ、教えてくれ。
俺は今どんな目をしてる?
――マルクを殺すことを選んだお前たちを、どんな目で見てるんだ……?
「お前だって……お前だってそうするだろう! こうするしかなかったんだよ……! お前なら分かってくれるだろう⁉」
俺が偵察と称して逃げた後の顛末は、ケイヴが包み隠さず教えてくれた。
懺悔する様に、糾弾する様に――呪いを刻み込むように、全てを語って聞かせてくれた。
マルクは、判断を委ねた俺がいなくなってから、やはり本隊を救出に向かうべきだともう一度言い出したらしい。
皆が説得してもマルクは折れず、今度こそは「一人だけでも助けに向かう」と進みかけた。
それを止めようと六人がかりで制止した。もし近くに人間がいることに魔物が気がついたなら全員が危険だからだ。
それでもマルクは声を上げ続ける。放せと叫び続ける。
〝――このままじゃ魔物に気づかれる〟
俺に次いで進値の高かったマルクが本気で暴れれば、六人で完全に抑え込むことは難しい。進値の差が生む身体能力の開きは仲間たちの想像以上だった。
いつ、声に釣られて魔物が自分たちの潜伏場所を嗅ぎつけるか――
マルクを黙らせるにはどうしたらいいか。
――だから、こうするしかなかった。
四人で一本ずつ手足を抑え、
一人が口を塞ぎ、
最後の一人が刃物を胸に突き立てる。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
進値が高いせいで、一度や二度刺したくらいじゃ、なかなか死なない。
早く死にますように。速く死にますように。
肺だとか腸だとか肝臓だとか、効果がありそうな箇所は願いを込めて。
上半身の肉がズタズタになる頃になってようやく……マルクは息をしなくなった。
その目はあらぬ方向を向いて、顔面は涙と、鼻水と、血の泡で飾り立てられていた。地獄の苦痛。こんな死に方は嫌だって典型の例だ。
〝――お前だってそうするだろう!〟
言葉が頭の中で反響する。
俺は……どうしただろう。
ケイヴ、マクミラン、ドノン、レイモン、シャルル、ホーエン。
俺がお前たちの立場だったら、俺はマルクを一緒に殺してただろうか。
ただ、一つだけ間違えようがねえことは、
俺は、心地よい理想の関係が壊れることが怖いせいで、何も選ぶことができなくて、
お前たちは生きるために仲間を殺すことを選んだってことだけだ。
――ああ、死んじまえよ、俺。
発狂しそうな絶望に沈みながら俺は願った。
誰か、俺を殺してくれ。
八人で出発し、七人で帰還した俺たちを、ギルドも周囲の探索者も哀れみ、犠牲者の死を悼んでくれた。
だが、命辛々レアルムに戻ってきた俺たちが、もう以前と同じではないことには気づいていなかった。
誰が言い出したわけでもなく、この後、俺たちは一度も集まることはなかった。
得難いと思っていた仲間は一瞬で他人へと変貌してしまった。
大半の仲間は俺のようにレアルムで生計を立てることを選んだが、いつの間にか姿を消した奴もいた。多分他の都市へと行ったんだろう。確かめる気はなかったから本当のことは分からねえが。せめて、どこぞやでくたばったわけじゃねえことを信じたい。
これが事の顛末。
以降、俺は一人で〝外域〟に潜り続けた。
もし誰かと組んじまったら、また俺は間違えるんじゃないか……そんな考えが頭を過った。
探索者としての栄達を目指すためじゃなく、ただ日々の糧を稼ぐために、生きるために魔物と戦い続ける。
それは俺が嫌悪して捨てたはずの、故郷で畑を耕す慎ましい生活と本質は何も変らなかった。
特に希望も展望も無く、生きるために生きていた時だ、ナギオン大隊長に出会った日は。
〝――聞いたぜ。お前、一人で人外を狩っちまったらしいな〟
そう言えばそんな事もあったんだろう。
その頃には探索の成果なんざどうでもよくなっていた。人外も、たまたま見つけたから何も考えずに殺しただけだ。運が良かっただけだろう。
〝――でもお前、そんな戦い方じゃいつかあっさり死ぬぞ?〟
普通こう言われたら頭にカチンと来るのが正しいんだろう。自分のやり方を否定されてるわけだからな。
けど、この時の俺は自然と言葉が口を突いていた。
「――死にてえのかもしれない」
ああ、そうだ。俺は死にたかった。
ただマルクの命と引き換えに永らえた生を自分で終わらせることができないから、誰かに幕を引いてほしかった。
〝――そりゃもったいない。どうせ捨てる命なら俺にくれよ〟
『終の黄昏』って探索団を知ったのはその時だ。
何もかもに投げやりになっていた俺は何も考えず勧誘に乗った。女所帯の団というところにも特に思うところはなかった。
〝――お前が過去に何があったかは知らねえし、聞く気もねえが〟
ナギオン大隊長は俺の顔を見て感じ取るものがあったのか、
〝――死にたくなるような過ちも全部ひっくるめて、お前を理解しようとしてくれる奴がいつか必ず現れる。せめてそいつに胸の中全部吐き出してからでも、死ぬのは遅くねえだろうよ〟
そう未来でも見てきたかのように宣った。
〝――その時になって、お前がまだ死にたがってるかは分かんねえけどな?〟
挑発するその言い様に、俺は久方ぶりに感情の熾火が吹き返したのを覚えた。
知った風なその口を黙らせてやろうと、人間らしい感情が反応したんだ。
こうして俺は少しずつ、マルクが死ぬ前に送っていたような生活へと復帰していった。
新しい団の連中と酒を酌み交わし、隊を組んで〝外域〟に繰り出し、たまに娼館で女に溺れる。
でもやっぱり、消えない過去は夜の夢の中で俺を苛む。
また俺は間違えるんじゃないか。選ぶことから逃げちまうんじゃないか。
そんな恐怖が付き纏い、俺はがむしゃらに槍を振るった。
――戦いの邪魔をせず、支援も加勢もしないこと。
俺はいつの間にかそんな縛りを、共に狩りに行く団員を押し付けていた。
仲間の命を危険に曝さないためには、最初からそんな状況を作り出さなきゃいい――そうやって独断専行を繰り返した。
強敵は俺が一人で相手をすればいい。そうすれば窮地に陥る仲間は存在しない。だから俺は選択を迫られない。選ばなかったって間違いが起きようもない。
危険なのは俺一人だ。仲間が死ぬより俺が死ぬ方が絶対マシだろう?
だから行動を咎められて大隊を異動になってからも、俺は変わらなかった。
だらしなくても、ふざけていても、心の奥はいつも冷めていた。
それが俺、ギル・ラーゴット。
選ぶことから逃げた成れの果て。
――そうしてまたいつものように〝外域〟に繰り出したある日のことだったな。
――ヨアと出会ったのは。
◇妖刀「絶十」【ようとう-ぜっと】
武器/刀系統/太刀
遥か東の地、東荒の名工の手による太刀。
妖刀二十六本のうちの一振り。
十度、流血をもって斬りつけたものを即死させる。
死を成就した時、使用者の残りの寿命を十分の一にする。
この刀に触れたものは、刀に憑りつく死の影を見る。
斬られたものも、それは同じく。
故にそう易々と、斬らせてはくれまい。




