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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
第一章後編 殺し屋たちの狂宴
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第六十七話 勧誘

◇〝ガミューザの巨狼〟【がみゅーざ-の-きょろう】

魔物/魔犬目/特異個体


東荒と南方都市連合の通商路を縄張りにした巨大な狼。

最終討伐等級は三等級以上。

〝天器〟のアーシアと『紅蓮の戦旗』により斃された。


捕食した獲物を即座に己が血肉と成し、

かつ獲物の形質を獲得するという能力により、

瞬く間に成長し、周囲の生態系を喰い尽くした。


交易の停止による甚大な経済的損失を鑑み、

膨大な懸賞金がかけられたその首は、討伐後、

工房都市ガミューザのギルド大広間に今も飾られている。

   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、探索者組合・治療室前廊下、ヨア



「お前もつくづく問題を招き寄せる。いっそ関心するぐらいだ」

「……そりゃ、どうも」

「褒めてはいねえよ」


 時刻は夜。

 ギルドの建物の中にある治療室の扉の前で、俺は腰を下ろしていた。


 ――そして、その俺の背中に腰かけているのは、退屈そうに唇を尖らせたナギオン大隊長だ。


 どうしても椅子が欲しかったナギオン大隊長と、治療室から離れたくなかった俺。その折衷案として今の形となった。だから、たまに通りかかるギルドの職員さんは気にしないでほしい。変な事をしているわけじゃないんだ、本当に……。




 あの後、テンペスタさんに助けられた俺たちは、急ぎギルドに運び込まれ、俺はそこで事情聴取を、気を失っていたギルは治療室に担ぎ込まれた。


 俺はあの場で見聞きしたことを可能な限り全て話した。


〝殺し屋〟が現れたこと。

 レイモンさんが殺されたこと。

 テンペスタさんが撃退してくれたこと。

 俺の記憶に焼き付いた、些細なことまで全てを。


 話が終わった後も、俺は団に帰る気になれず、気づけばギルがいる治療室の前で座り込んでいた。

 ギルはまだ目を覚まさない。治療室の中にいるギルドの職員さんが教えてくれた。

 今、部屋の中は厳戒態勢になっている。常時、職員が張り付き、誰も許可なく入れないようになっていた。


 それも当然だろう。ギルは……〝殺し屋〟に標的として狙われているのだから。


 ギルが目覚めたら訊きたいことがいっぱいあった。

 なんで〝殺し屋〟に狙われるのか。レイモンさんの言葉、その原因を知っているかのような口振り。過去に何かあったのか。俺たち以外にも〝殺し屋〟の襲撃があったそうだけど、そっちとも関係があるのか。


 罰。

 報復。

〝殺し屋〟

〝誓約〟


「――っ……はあぁぁぁぁぁ~……!」


 頭を掻きむしる。考えがまとまらない。考えるほど遠ざかっていくような焦燥。


「おい、あんまり動くな。揺れる」

「……じゃあ立ったらいいじゃないですか」

「俺は座りたいんだよ」

「理不尽……。あの、そろそろ重くなって――痛ッ⁉」

「女に重いとか言うな」


 考え過ぎて(ゆだ)った脳天に拳骨が落ちる。


「ていうか、なんでナギオン大隊長はここにいるんですか⁉ 来るならグラトナ大隊長じゃないんですか⁉」

「グラトナは今ユサーフィ副団長と一緒に『連絡会』……偉いさん同士の話し合いに出てる。私が来たのは暇潰しだ」

「じゃあ関係ないじゃないですか……」

「関係はあるさ」ナギオン大隊長は言った。「同じ団の仲間なんだから」


 心配するのは当然だろう――続く言葉に、俺はさっきの言葉を恥じた。


「――まあ暇潰しってのはあながち冗談でもねえがな。厳戒態勢の維持ってのも、つまるところ、ずっと気ィ張ってろってことだが、休まなきゃ潰れちまう。息抜きついでの見舞いだよ」


 ……なんだそりゃ。

 でも、思わず笑ってしまったことで、強張っていた体から力が抜けた気がした。

 もしかしたら、ナギオン大隊長はあえてそう言ってくれたのかもしれないと思った。


「……それに、昔の部下が〝殺し屋〟に狙われたって聞いたら、な。俺もアイツとは知らん仲じゃない」


 昔の部下……? どういうことだ?


 ナギオン大隊長は俺の疑問を察したのか、


「ギルは元々、近撃部隊にいたんだよ。なにせ、ギルを『終の黄昏(ウチ)』に勧誘したのは俺だからな」


 驚きの事実に思わず振り返――ろうとしたら頭を掴んで止められた。

 そりゃ椅子が揺れたら座ってる人はイヤですもんね、はい分かりました……。


「俺がギルに目を付けた時、アイツは単独で〝外域〟に潜ることを毎日のように繰り返してた。はっきり言って、そりゃ自殺行為と同じだった。たとえ進値が高かろうと褒められた行いじゃない……」


〝外域〟での単独行動。

〝はぐれ街〟から一人でレアルムに来た俺が言うなって話だけど、確かにそれは無謀と(そし)られても仕方がない。


「入団してからは当然小隊単位で行動するから、苦労はしたが探索を通じてある程度改善させることはできたと思っていたんだが、まだどこか人を寄せ付けない部分がある。お前も覚えがあるんじゃないか?」



〝――俺の戦いの邪魔をしないこと〟

〝――支援することも加勢することもダメだ〟



「そんなだから、ここぞという時に独断専行が目立った。それは常に戦況の趨勢を決める局面の時だ。……それが仲間からは功名を焦っているように思われたのか、協調性のない奴に背中は預けれないって距離を置かれて、最後には近撃部隊に居づらくなったのさ」

「そんなのって……」

「だから俺はグラトナに預けることにした」


 ナギオン大隊長は一度言葉を切ると、再び語り始めた。


「……正直に言うとな、グラトナの部隊は、一癖も二癖もあるせいで、悪い奴じゃないのに周囲と上手く馴染めなかった団員を他の部隊から預かったりしてるんだよ。団員も、自分が部隊を異動した理由は薄っすら気づいてるから、最初は周りに壁を張るもんだ。でも、獣人族ってことを抜きにしてもグラトナは情に篤い。見捨てることなく根気よく接してくれる。だから団員も徐々に心を開いて、斬込部隊で頭角を現していった奴は多い……大隊長は全員グラトナに感謝してる。ホント、頭が上がらねえよ。皆、本人には絶対言わないけど」

「いや言ってあげてくださいよ……」


 恥ずかしいのを誤魔化しながら、尻尾を千切れるぐらい振ってそうだ。容易に想像できる。


 それはともかくとして。


「……ギルは何で一人で〝外域〟に行ってたんだろ……」

「さあな。だが……どうもそのあたりに今回の騒動の原因があるのかもな」

「! そうなんですか⁉」

「いや知らねえって。なんとなくそう思っただけだよ」


 と、俺とナギオン大隊長が話し合っているそこへ、




「――わあ! ここにいたんですね!」




 通路の奥から目を輝かせて誰かが歩いてきた。

 俺の知らない人だ。日に焼けた褐色の肌の女。無邪気に笑みを浮かべ、歩みに合わせてふんわりと銀色の長髪が靡く。


 そして――デカい。


 天井に頭をこするかと思うほどの身長。俺たち特殊任務小隊で比べると、ギルとギニョルのちょうど中間に位置する。大人の男を優に超えていると言えば、その規格外さが分かるだろう。

 極めつけは、頭部から真っ直ぐ天を突くように伸びる二本の角。


「お前……何の用だ、プルガ」

「んー、ナギオンちゃんには用は無いのデス!」


 プルガというらしいその女は迷うことなく、


「私が用があるのは……こっちの子!」

「うお⁉」


 俺の両脇に手を入れて、同じ目線の高さまで軽々と持ち上げたのだ。

 この人、どんな腕力してるんだ⁉


「テメエ……ウチの団員に何してやがる」

「えーいいじゃないデスかー。別に喧嘩してるわけじゃないでしょ。団長に言われて彼と話したいだけですー。だって見下ろすの疲れるんだもん」


 ええ……見下ろすの疲れるからって初対面の相手持ち上げるか……?


「だ、団長に言われて……?」

「そう! だってもう会ってるよね? テンペスタくんと」


 テンペスタ――今日の昼間、〝殺し屋〟から俺たちを助けてくれた探索者。


 あの〝殺し屋〟の少女二人を圧倒していたから、かなりの実力者であることは間違いない。

 ということは、この人はテンペスタさんが団長を務める探索団の団員ってことか。


「プルガ、いい加減コイツを下ろせ。さもねえと、」

「ナギオン大隊長、俺は大丈夫です。それと――」


 俺はプルガさんの目を見る。


「テンペスタさんのお陰で、俺とギルは命を助けられました。まだ直接お礼を言えてなかったのが心残りで……。いずれちゃんと会って言おうと思っているんですけど、貴方がテンペスタさんに会う時に、俺がそう言っていたと伝えてくれると嬉しいです」


 俺の言葉を聞いたプルガさんは、目を真ん丸と開いて輝かせ、


「――ちゃんと素直にお礼を言えるなんて、この子可愛い~!」

「フゴッ⁉」


 胸に顔を押し付けるようにして俺を抱きしめる。

 善意でやっているのかもしれないけど、頭を締め付ける怪力に背筋が凍る。頭蓋骨がミシミシと軋む幻聴が……あれ、幻聴じゃない? ヤバい苦しい……!


「――フッ!」


 俺の頭に死の影が(よぎ)りかけた時、衝撃と共に胸の中から解放され、尻を打ち付ける。


「~ッ⁉ ちょっとぉ、痛いじゃないナギオンちゃん!」

「……結構な力で横っ腹殴ったのに、どんだけ頑丈なんだコイツ。……つーか、本当に何の用事で来やがった。個人的に会いに来たならともかく、団としての使い走りなら、まず要件を話せ。世間話はその後だ」


 うん、スゴく常識的な事を言っているんだろうけど、直前に椅子にされていた身としては、アンタが言うなと指摘したい。また拳骨を落とされるだろうから言わないけども。


「そうでした、そうでした。あまりの可愛さに団長の命令を忘れるところでした」


 プルガさんは俺から少し視線を逸らし――おそらく獣噛みの大剣を見た――酷く明るい声で言った。




「じゃんじゃじゃ~ん! 君、ウチの探索団に入団決定デース!」




「……は?」

「だから~、ウチの――」


 だが、プルガさんの言葉は最後まで続かなかった。


 目にも留まらぬ速さで伸びたナギオン大隊長の手がプルガさんの喉笛を掴み、そのまま壁に叩きつけたからだ。

 壁が壊れるかと思うほどの轟音。


「テメエ……マジで何ふざけた事言ってやがる。脳みそ洗ってきた方がいいんじゃねえのか」

「――ぜーんぜんふざけてないよ? 私、団長の命令で伝えに来ただけなんだから、あんまり当たらないでほしいな……」

「っ‼」


 プルガさんは自分の首を締めあげるナギオン大隊長の腕の手首を掴むと、いとも容易く引き剥がした。ナギオン大隊長の顔が若干強張っている。腕を振りほどこうとするも、小動(こゆるぎ)するだけで振り解けない。


「それに、入団って言ってもすぐに正式な団員になるわけじゃないしぃ。まず見習いになってから色々勉強してもらって、ちゃんと強くなれたなら末席から始まりって感じで!」


 ナギオン大隊長との力の(せめ)ぎ合いを感じさせない朗らかな口調。


「でも悪い話じゃないデスよ? ウチの団ってレアルム最強って言われてて、入りたい人もいっぱいいるんデス。でもテンペスタくんが勧誘した人しか入れないから、私はいつまでも後輩ができなくて悲しい……。あっ、見習いから始まることが不安? それなら大丈夫! 今まで勧誘された人でやっぱりダメでしたって人はいなかったから、君も絶対仲間になれます!」


 そうニッコリ笑ったプルガさん――の顔に、鮮血が飛び散った。


「?」


 不思議そうにナギオン大隊長の手首を掴んでいた手を見ると、掴んだ指と指の間からダラダラと血が流れているではないか。

 パッと離した掌は、全体にわたって、いくつもの切り傷が走っていた。対するナギオン大隊長の腕は血に濡れているが外傷はなかった。

 この中の誰も誰も、手に刃物は持っていない。いったい何が起きたのか。


「――親に習わなかったか? 危ないものに触るなって」

「あははっ! 生憎育ちが悪いのデス、わたし!」


 プルガさんの目に初めて好戦的にな光が宿り――


「ちょっと! 部屋の前で何してるんですか貴方たちは!」


 治療室の扉が慌ただしく開いたことで、拳を振りかざしていた二人はピタリと止まる。

 部屋から顔を覗かせたギルド職員の制服を着た女性は状況が呑み込めないのか、目をぱちくりと(しばた)かせる。


「まったく」

「なーんにもしてませんデスよー?」


 ナギオン大隊長とプルガさんは目にも留まらぬ速さで居住まいを正すと、不自然なまでに満面の笑顔を見せる。


「血痕……」


 しかし、壁を赤色に彩る飛沫にすぐ気づかれる。


「料理をこぼした。辛い香辛料が入った真っ赤な汁物」


 ナギオン大隊長が間髪入れずに嘘をついた。


「いや、こんなところで食べ……」

「団員の傍を離れたくないからここで食べた。食器は食堂に戻してきた。だから汁だけこぼれてる。あと食べたのはコイツ。怒るならコイツ」

「⁉」


 こ、この人、でっちあげた嘘を俺に(なす)り付けやがった……!



 ――そうだよな? お前だよな? うんって言え。



 そう強烈に命令してくる視線に貫かれた俺は、


「……あ、はい。俺でーす……」


 俺は感情を殺して空気を読んだ。

 ギルド職員も明らかに嘘と分かっている感じだけれど、ちらとプルガさんの方を見て溜息を吐いた。


「……、……お仲間のことが心配なのは分かりますが、お食事はちゃんと食事を食べる場所でお願いしますね。今回はプルガさんに免じて、そういう事にしておきます。……賞与の査定が近いし二等級の方と揉め事になるの嫌だし……」


 ああ……この人も長いものに巻かれることを選んだようだ。

 というか最後の呟きが聞こえてますよ……――っていうかプルガさんって二等級探索者なの⁉


「ハイ! 私けっこうスゴいんデース!」

「ケッ」


 俺の驚きの視線を受けたプルガさんが胸を張り、隣で面白くなさそうに舌打ちするナギオン大隊長。


「ナギオンちゃんは四等級だったもんね~。よしよし」

「よっしゃ、今からお前をぶちのめしてやる! 等級なんざ飾りだってことを魂に叩き込んでやるよ!」

「ああ⁉ やめてくださいっ、私の目の前で問題を起こさないで! 私の賞与査定が……」


 勃発寸前の二人の間に涙目で割って入るギルド職員の女性。


「――ってそうじゃない! ギルは⁉」


 ナギオン大隊長とプルガさんのお陰(?)で図らずも扉の前ががら空きになった。

 俺は躊躇なく部屋の中に飛び込んだ。


「ギルっ!」


 俺の呼びかけに応える声はなかった。


 それどころか――居並ぶ治療室の寝台のどれにも人影はなく、


 一つだけ、さっきまで誰かが寝ていただろう寝台の近くの窓が開け放たれ、窓掛けだけが夜風に寂しく揺られていた。

◇〝秘匿〟【ひとく】

職業/〝殺し屋〟/〝誓約〟


〝殺し屋〟が掲げる十の〝誓約〟の一つ。

殺人に関わる全てを闇に葬る誓い。


それは誰が殺したか、誰が殺されたか分からないまま終わり、

その事実が日の目を見ることはない。

秘匿の徹底ぶりは、偶然の通行人を殺すことすら厭わない。


殺人を請負う代わりに、依頼人は殺人について語ることも、

成果を喧伝することも許されない。


もし、その闇が暴かれたならば、

依頼人の死をもって、完全な秘匿は訪れることだろう。

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