第六十六話 連絡会 2
◇羽纏いの鎧【はね-まとい-の-よろい】
防具/胴装備/胴鎧
とある鳥の魔物の羽をあしらった胴鎧。
特別な力を帯びている。
防御力について特筆するところはないが、
素材となった魔物の力の残滓なのか、
高所からの落下の速度を目に見えて遅くする。
ふわりと落ちるように、鳥の舞い降りるように。
「ここで行うべきは、いがみ合うことではありません。ギルド長の仰られたように共に手を取り合い、我々を襲う脅威に対抗する必要があります」
諭すように悠然と語ったのは、白い法衣を纏った線の細い男。
ウィゼラ教愛信派を名乗る集団の頭目――ミラルフォ・ユネス。最近急激に勢力を拡大している探索団『開かれた腕』で司祭の位にあるという男。周囲が彼を見つめる視線には険しいものが混じる。
『開かれた腕』は『連絡会』において最も新参の探索団であるが、そこまで昇りつめた手法は前例が無いものであった。
それは、元々『連絡会』の一席を占めていたとある探索団を、『開かれた腕』が丸ごと吸収し入れ替わる形で名を連ねることになったからだ。
探索団同士の合併は珍しいわけではないが、それは強力な魔物との戦闘で壊滅的な被害を受けたことにより生存者を庇護してもらうため他の探索団を頼るなど、一般的に立場の上の存在が下の存在を取り込む場合がほとんどだ。
だが『開かれた腕』は、自分たちより戦力も実績も上の探索団を、両者の合意のもと『開かれた腕』が吸収したのだ。
あまりに異例の事態に誰もが洗脳などの悪質な魔法、意能の使用を疑い、されどその証拠を見出すことができなかった。いや、証拠など初めからあるはずもなかったのだと後に知る。
――吸収された探索者たちは皆、ウィゼラ教愛信派という教義に邂逅し、蒙を啓かれた結果、進んで一員になることを選択したのだから。
いったい何が彼ら探索者を変えてしまったのか。
信仰という未知の存在に対し、『連絡会』の面々は距離を測りかねていた。
……とはいえ現状何か実害を受けているかというと、そうではない。
「我々は、自らの持ちうる全力でもってギルドの提唱する作戦に協力いたします」
むしろ〝探索者同士は信頼し助け合わなければならない〟の教義に基づいた彼らの態度や行いは模範的な隣人と評して差し支えなく、実態を知る者からは好意的に受け止められている。
しかし己が団から『開かれた腕』へ団員が移籍する事態も一方では起きており、苦々しい思いを抱いているのも事実であった。
「へっ、相変わらず素晴らしいタスケアイの精神じゃあねえか。……今度はウチの団でも狙ってんのか、オイ」
「ええ、もし機会を頂けるのであれば、団員の皆様の前で愛信の教えを説かせていただくこと、これに勝る喜びはございません。その暁にはきっと、私たちの仲間の輪がさらに大きく広くなっていることでしょう、オーガスタス様」
「……皮肉も通じねえのか、コイツらは」
オーガスタスは毒気を抜かれたような表情で呟いた。
「一つ気にかかるのですが」
間隙を突くように、出席者の一人からポツリと声が上がる。
「ギルド長の話では、〝殺し屋〟は目的どおり仕事を果たしたのですよね? であれば、彼らはもうこの都市から退散しているのでは?」
そう疑念を口にしたのは、『紅蓮の戦旗』――十巨頭と称される錚々たる顔触れにあって、さらにその中の最上位に君臨することから〝三頭竜〟とも呼ばれる探索団の一つ。
今日出席しているのは団長ではなく代理人ではあるが、代わりを務めるに相応しい実力の持ち主であった。
この場で、〝三頭竜〟はまだ何も発言していない。
だが一度口を開いたなら、議論の趨勢を決めかねないほどの影響力があった。
「その可能性はない。なぜなら連中の仕事は終わっていないからだ。そうだろう、ラインボルト?」
「そうだね。少なくとも一人、彼らが殺し損ねている男がいるよ」
――探索団『蒼の天盤』団長、テンペスタ・ラインボルト。
最強の探索団と呼び声高く、その団長を務め、自身も未だ二十代にしてレアルム最強の一人と目される若き俊英は、わざと思案するように間を溜めてから、
「ギル・ラーゴット。所属は……ユサーフィのところだったかな?」
そう意味深に流し目を送った。
「へえ、他人に興味の無い貴方がギルを知ってるなんて、珍しいね」
視線の先……椅子に深く体を預けた、泰然たる態度の女。
――探索団『終の黄昏』副団長、ユサーフィ。
〝三頭竜〟最後の一角を代表する彼女は、常と変わらぬ微少を崩さない。
「そりゃあ、そんな僕に興味を抱かせるほど秘密の多い君がいる探索団の所属というから、ね。それに、最近面白そうな子が入ったみたいだ。男を入れるなんて珍しい。なおのこと気になるばかりだよ」
「もっと気にするべき事柄はあると思うよ。自分の評判とか」
表面上はにこやかに話しているが、言葉に表されない行間において、探りと躱しの攻防の火花が散る……ユサーフィの従者として出席し、後ろから会話を眺めていたグラトナはそんな幻影を見た。
「――話が逸れている。無駄口を叩くな」
最初に口を開いて以降、沈黙を保っていたバロムが掣肘を加える。
「そのとおりだな。話を戻すが、ラインボルトは実際に襲撃の現場に居合わせ、〝殺し屋〟の一人に致命傷を負わせたうえで撃退している。そしてユサーフィも巻き添えを喰らった被害者の一人でもある。お前たちも最早他人事ではあるまい」
アンネリーゼから水を向けられたテンペスタは、しかし気乗りしない表情で腕を組んだ。
「うーん……僕は加勢しただけで、特に恨みつらみはないんだけれど……」
「何腑抜けたことを言ってるんですか兄さん!」
テンペスタの後ろで、彼と同じ蒼い髪色の少女が喝を飛ばす。
「相手は『蒼の天盤』の団長を迷いなく殺そうとしたんですよ! それを放置するのは団の沽券に関わります!」
「そういうものなのかい?」
「そういうものなんですッ‼」
「そうか。じゃあ、僕たちも参加するということで、よろしくギルド長殿」
「――あ、と言っても出るのは一人二人程度ですので。私たち全員では過剰戦力ですから」
驚くほどあっさり参戦を決めた『蒼の天盤』。少なからず呆気にとられる他の出席者たち。
非常に上から目線の傲慢な物言いだが……アンネリーゼとしても否やは無かった。
元より、彼らが〝殺し屋〟との戦闘に真面目に勤しめば――その後の復興で頭を抱える事態になることは冗談でも何でもないからだ。彼らに期待するのは、対〝殺し屋〟の空気を醸成するための切っ掛けになってもらうことだけである。
事実、『蒼の天盤』が首を縦に振って以降、満場一致というわけではないが、出席者たちのギルドが提案した指針に対する否定的な雰囲気は薄れていった。レアルム一と名高い探索団が是としたならば、他の探索団も心理的に追従しやすい。
「それではまず作戦の概要についてだが――」
「ちょっといいかしら」
いざ作戦について話し合う段になったところで、連絡会には新参の女が勢い良く手を挙げた。
彼女は部屋中から浴びせられる視線を堂々と受け止め、
「水を差して悪いのだけれど、その前に――――私、〝殺し屋〟について詳しいことを知らないのですが……だ、誰か教えてくださいます……?」
……実力者たちの圧に耐えきれなかったのか、精一杯の愛想笑いを浮かべて冷や汗混じりにお願いした。
「オイオイ、それぐらい勉強しとけってんだよォ!」
「いや、彼女の非というわけでもないと思うよ。〝殺し屋〟なんて最後に現れたのがいつだったか忘れるぐらいレアルムには縁遠い存在だったからね。ここで一度知識共有しておく必要があると僕は思うけど、どうかな」
「ケッ」
声を荒げたオーガスタスに対し、テンペスタがやんわりと反論すると、彼はつまらなさそうに頬杖を突いた。
「そうだな、〝殺し屋〟に関する情報は表に出回るものではない。ギルドが今まで集積して知り得ている範囲で、という但し書きは付くが、君たちには〝殺し屋〟とはなんたる存在かを知って――」
「失礼しますギルド長!」
だが、アンネリーゼの話を遮るように部屋の扉が音を立てて開かれる。
入口には、息急き切って駆けてきたのか肩で息をするギルド職員が。
「なんだ騒々しい」
「ギルド長……! 大変な事が起きたんです!」
「だからそれを早く言え!」
「――治療室で監視していたギル・ラーゴットが脱走しました!」
アンネリーゼは一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
だが、瞬時にそれが意味するところを把握し、短く悪態を吐いた。
ギル・ラーゴットは今回の襲撃で標的と名指しされ、唯一生き残った被害者であり――〝殺し屋〟に狙われるほどの恨みを買っているだろうと思われる要注意人物でもあった。
その素性に後ろ暗いところがある疑いが濃厚な以上、監視の目は付けざるを得ないが、同時に逃亡の可能性は低いと見ていた。
このギルドの監視から逃れたとして、外に待っているのは殺人を専業とする狂人ども。
だったら何らかの咎めを受けたとしてもギルドの施設に拘禁される方が良いと、当然ギルもその思考に至ると考えていた。
気づけば。
部屋の中の誰も彼もが、その目を一点に向けている。
「これもお前の差し金か? 〝千貌〟」
「この世の悪い事は全て私のせいみたいな言い方、やめてほしいな」
ユサーフィは呆れたような困ったような表情で溜息を吐く。
まるでその仕草すらも相手を欺くための作為的な行動に思ってしまうのは穿ち過ぎだろうか。
だが、彼女にまつわる逸話を思えば警戒心を緩めることは推奨されない。
皆の心中を知ってか知らずか、ユサーフィは椅子の肘掛けにゆったりと体重を乗せて寛ぎながら、誰にも聞こえない声で呟いた。
「……本当に、今回は私のせいじゃないけどね」
◇探索団の移籍【たんさく-だん-の-いせき】
用語/探索者
元居た探索団から別の探索団へ所属を変える行為。
多くは引き抜きが理由であるため、
良い顔をする探索者はほとんどいない。
とはいえ、今では忌避感もかなり薄れている。
ギルドが規則で禁じているが、かつて
探索団を抜ける団員に魔法などによる
封印を施すことすらあった。




