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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
第一章後編 殺し屋たちの狂宴
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第六十五話 連絡会 1

◇金枝の会【きん-し-の-かい】

組織/探索団


レアルムで最も入団が難しいとされる探索団。

魔法において他の追随を許さぬ探求者たち。


絶対の入団条件が〝杖の蝕業〟持ちであることであり、

彼らが同胞として迎えるのは魔法の賢人か、

あるいは、賢人たらんと研鑽を惜しまぬ真の学徒だけである。


その排他的で峻烈な在り様は禁書庫のそれに近しく、

ゆえに彼らは、とんがり帽子を戴く者に敬意を払う。

   ***




◆自由都市グアド・レアルム、探索者組合・遺体安置室、パリオ・ルッシウス



 俺は掛けられた布を捲った。


 そこには今朝方に生き生きと輝いていた表情が嘘だったかのように、感情を宿さない冷たい顔があった。

 どれだけ見つめても、唇が動いたり、胸が呼吸で上下することはない。


 永遠に、無い。


 いつものふざけた調子で、「実は生きてましたー! びっくりしました?」と最高に空気の読めない不謹慎な冗談を言いながら起き上がる光景を想像し――


 そんな事はありえないのだと、彼女の頭部に穿たれた孔が現実を突きつける。


 あっという間に訳も分からず殺されたというから、恐怖を感じる暇は少なかっただろう。唯一、それだけが救いで……そんなことだけ(・・・・・・・)しか救いはなかった。


「ヒュリメラルダ」


 横たわる死体の名を呼ぶ。当然、返事はない。


 ――ギルド本部、捜査課鑑識班職員、ヒュリメラルダ・シスが死んだ。


 俺の部下が、死んだ。


「俺のせいだ」

「あんたのせいじゃ、なかろうが」


 共に遺体の見分に立ち会っているローリーの婆さんがそんな事を言う。


「……俺のせいだ」

「…………」


 ローリーの婆さんは捜査課の生き字引としてだけではなく、捜査に赴く職員たちにとっては母のような存在だった。

 その中でもヒュリメラルダは特に婆さんに(なつ)き、婆さんもまた子のようにヒュリメラルダを可愛がっていた。


 魔石灯の明かりを、婆さんの両目から頬を伝った跡が反射して光っている。本当なら、涙も流さずに淡々と部下だった死体を見つめる薄情な男を、お前が命じたからこの子は死んだのだと責めて、詰り、殴りたいだろう。


 でもそうはせず、慰めの言葉をかけられる芯の強さに心から敬服する。

 それは俺にはできないことだからだ。

 死を悲しみ、死を悼み、死を(・・)受け入れる強さ(・・・・・・・)が、俺にはない。


 今更になって気づく。愚かなことだ。

 今までで最も手のかかる部下のことを、俺はどうしようもないほど気に入っていたらしい。


「何かバカな事を考えちゃいないだろうね」


 気配の変化を敏感に悟ったのか、そんな言葉が飛んできた。


「バカな事なんて考えていないさ。俺が考えるのは自分の仕事のことだけだ」


 ローリー婆さんの方へ振り返る。

 婆さんは恐ろしいものでも見たように、目を(みは)った。



「――俺の仕事は、事件を起こした犯人を捕まえることだからな」



「本当に、捕まえるだけで済むのかい? 本当に……?」

「…………」

「――パリオッ! アンタに訊いてるんだよ、アタシは!」


 狭い遺体安置室に怒号が反響する。


「アンタ、もう進値に余裕がないんだろう⁉ だから一線を退いて、探索者からギルド職員になったんじゃなかったのかい! もしアンタが……なっちまったら、ヒュリメラルダちゃんがどう思うか分からんことないだろう! そんなことをあの子が喜ぶとでも思うのかい⁉」

「……俺が今から人を殺すかのような言い草だな」

「違うのかい? 今のアンタの顔を見たら、誰だってそう思うさね」


 その言葉に取り合わず、俺は遺体安置室の扉を開ける。死者を安んじるための薄暗い室内に、廊下の明かりが差し込む。


「……バカな事を、考えるんじゃないよ」


 一筋の明かりが照らしたヒュリメラルダの横顔を一度だけ振り返ると、俺は何も言わず部屋を後にする。






 捜査課の部屋に戻ると、そこには課の職員が勢揃いしていた。


「お前たち……仕事はどうした」

「そんな場合じゃありませんよ!」俺に次いで年長であるパウエルが捲し立てる。「ヒュリメラルダが殺されて、しかもそれが〝殺し屋〟の仕業だって……! 今も〝殺し屋〟はレアルムに潜伏しているんでしょう? だったらまずはそいつらの炙り出すべきで――」

「――そんな場合(・・・・・)じゃない(・・・・)、だと?」


 俺が睨みつけると、パウエルは狼狽える。


「お前たちの仕事は何だ? 犯罪行為に手を染めた輩を拿捕(だほ)し、その抑止力をもって治安を維持することだ。それがなんだ、首を揃えて集まって。お前たちがいるべきはギルドじゃなく現場だろうが! こういう場合だからこそ、俺たちが常と変わらないでいることが、市民にどれだけ安心を与えているか、本当に分からないのか」


 問いかけるように皆を見渡す。俺と視線を合わせる奴は一人としていなかった。


「……課長は、悲しくないんですか?」


 ぼそりとか細い声でピナージャが呟いた。

 彼女は同性として特にヒュリメラルダと仲が良かった。


「私たちはこういう仕事に就いてるから、荒事に巻き込まれる可能性もあるから、いつかは死ぬかもしれないって覚悟はしてました。……でも、今回の事で気づいちゃったんです。覚悟できてたのは自分の命だけで、課の仲間がいきなりいなくなるなんて夢にも思ってなかった……いつかはこの痛みに慣れなきゃいけないけど、でも、せめて今だけは、〝殺し屋〟を捕まえることでヒュリちゃんを弔いたいって……そう思うことは、そんなに悪い事ですか……?」

「……悲しむこと、悼むこと……それと仕事はまた別の話だ」

「パリオ課長……‼」

「この件はおそらく上位等級の探索者も出張ってくるはずだ。……どの道、我々の手に負えない話になる。だから、お前たちが危ない橋を渡る必要はない。自分の仇討ちのせいで後を追わせてしまうことほどヒュリメラルダが悲しむと、そう思わないか?」

「でも、こんなのって……」


 落涙するピナージャを隣の同僚が肩を抱いて慰める。

 ある者は肩を震わせ俯いている。別の者はやりきれないように天井を仰ぐ。

 俺の言っていることは一面では正しいと理解していても、本心はそれを否定している。

 そんなことはとっくに分かっていた。


 人間は感情の生き物だ。それは本能や欲求の赴くままに生きているということではない。それでは野生の獣と何も変わらない。

 自分の生き様は自分で決める、たとえ合理や道理に沿わずとも――だからこそ人間なのだ。

 今のように誰かに縛られることを強いられるのは辛いだろう。でも、今は耐えてもらわないといけない。




 誰もいなくなった部屋で、俺は一通の書状を(したた)めた。

〝辞表〟と記されたそれを書き終えると自分の机の引き出しに収める。


「そうだ――危ない橋を渡るのは俺一人でいい」


 最後、俺はヒュリメラルダが使っていた机を見る。


 もう、思い残すことが無いように。




   ***




◆自由都市グアド・レアルム、探索者組合・三階大会議室



「待たせたな、諸君」


 アンネリーゼとガブレスが入った一室は、楕円形の円卓が部屋の大部分を占めていた。円卓は巨木から切り出した一枚板を磨き抜いた一点物であり、椅子や、室内の調度品も円卓に見劣りしない逸品でまとめられていた。明らかに賓客等の応対に使用される部屋であることが分かる。


 しかし、用意された椅子に座してアンネリーゼたちを待ち受けていた面々は、部屋の格調さとは無縁の、武骨な鎧に身を固めていた。


 円卓には間隔をあけて十人が座っている。

 彼ら一人一人の後方に控えるように、同じく従者十人が壁際近くに立ち(はべ)っていた。


 彼らは年齢も性別も様々に異なるが、一つだけ共通項があった。


「俺たちがギルドに待たされるのはいつものことさ。この場所じゃ待ってる間に食堂で飲めないのが残念だが」

「だからって、あらかじめ一杯引っかけてから来るのはどうかと思うけどね」


 円卓に座る一人が冗句を飛ばすと、同じく円卓の別の人間が呆れたように言った。


 彼らは全員が自他ともに認める有力探索者であり、そして探索団を率いる団長でもあった。


 そんな一目置かれる実力者が勢揃いするこの会合は『連絡会』と呼ばれている。

 探索者の聖地とも呼ばれ、彼らが大きな影響力を持つ自由都市グアド・レアルムにおいて、探索者とギルド、ひいては都市そのものとの衝突を防ぐための調整弁の役割を担っている。


『連絡会』には探索団の中でもその功績によって名を馳せる団が選ばれ構成員に名を連ねており、大変な名誉とされた。

 椅子の数に決まりはないが、その時代ごとに増減や入れ替わりを経つつ、概ね(・・)十前後の探索団が選ばれることが慣例となっている。

 現在はちょうど十の団が探索者の利益代表として『連絡会』に参加し、彼らは十巨頭の異名と共に羨望と憧憬、あるいは畏怖を集めていた。


「機嫌良く酩酊する予定があるなら、今から諸君に聞かせる話は残念ながら酔いの冷める類のものだ」


 アンネリーゼがそう切り出すと、他の出席者たちも当然のように予想はついていたのか、特に驚きもせず耳を傾けている。


「……手短に頼むぞ。できる限りな」


 しわがれた声で呟いたのは、この中では最年長の、頬の痩せこけた禿頭の老人だ。ギョロリと大きな目で観察するように遠慮なく周囲をねめつけている。


 ――探索団『金枝の会』団長、バロム・カルアン。


 その痩躯と容貌は、命知らずの者から〝干からびた雛鳥〟と揶揄される一方、こと魔法において人後に落ちないと称される傑物であった。

 その実力は、入団することが魔法使いの憧れと言われる『金枝の会』の長を務めていることからも知れよう。


 時間を浪費することを殊の外嫌う老人の機嫌を、この時ばかりは損ねないよう注意しながら、アンネリーゼは話を切り出した。


「既に知ってのとおり、白昼に〝殺し屋〟による襲撃を受ける事件があった。探索者が十四名死亡、市民を含め負傷者が五十名以上出ている。〝殺し屋〟の仕業と思しき殺人はこれまであったが、今回のように姿をさらしたうえで無差別的とも言える行動は前代未聞だ。――結論から言うと、ここにギルドと所属探索者の合同による捕縛作戦を提案したい」


 この〝殺し屋〟捕縛作戦の提案に対し、室内には隠し切れないざわめきが走る。


「おいおい、オイオイオイオイ! そりゃあねえんじゃねえのか、ギルド長さんよォ!」


 一番に声を上げたのは、一見、裏路地の破落戸(ごろつき)と見紛うような格好をした男だった。


「ウチの可愛い団員たちをよォ、まさか〝殺し屋〟を狩るのに使おうってのかァ? それでウチの団員が死んだらどうしてくれるっつーんだ! あア⁉」


 恫喝めいた口調ではあるが、真っ先に団員の身を案じているのは、仲間意識は鉄の結束と称される探索団の長らしいと言えた。


 ――探索団『鉄血一座』団長、オーガスタス・オールディン。


 オールディン三兄弟の長兄である男の詰問に、しかしアンネリーゼは動じる様子もなく、


「探索者が依頼中に死亡した場合、等級と実績に応じて、報酬から控除してこれまで積み立てられている弔慰金が支払われる」

「そういう事を聞いてんじゃねえよッ!」


 部屋全体を満たして余りある怒号と殺気。

 壁際に控えた従者たちが反射的に自身の得物に手を伸ばしかけるほどであった。


揶揄(からか)ってもいないし、冗談を言うつもりもない。この作戦で死んだ者にはギルドの規約に則った対応を行う」


 ……これには他の出席者からも「それはあんまりではないのですか?」と意義を唱える声が続く。

 殺人を生業とする尋常ならざる者たちと切った張ったをやれというならば、当然相応の覚悟が必要だ。しかも今回の作戦は捕縛(・・)であり、殺害という手段を選べる相手に対して、それがどれだけの困難を伴うかは想像に難くない。

 もし、多大なる犠牲を払い取り押さえることに成功して、果たしてそれは成功と言えるのだろうか。


「――あんまり(・・・・)、だと?」


 だが、




「――どの口が文句を垂れる権利があるんだい、クソガキどもが!」




 シン……、と静まり返った空間。


 この場にいた者は、氷の手で心臓を掴まれたかのような体の芯を貫く恐怖に口を(つぐ)み、それに飲まれなかった者――団長たち――は黙して動向を伺っている。


「いいかい、〝殺し屋〟どもは探索者を殺しにレアルムまで来てるんだ。つまりこれは探索者の問題(・・・・・・)! 我々が殺人の因果をこの都市に導いてしまった。たとえお前たちの誰かに直接の原因があろうがなかろうが、市民はそう見てはいない。ギルドも無関係ではいられない。もう探索者全員で対処しないといけない問題になったんだ。私は一個人の責任程度の話をしてるんじゃないんだよッ!」


 普段には見られないアンネリーゼの憤激。

 ここに、大多数が纏っていた他人事のような空気感は一掃される。


 アンネリーゼの語った論理は暴論と言えるかもしれない。

 だが笑い飛ばせるほど荒唐無稽であるとも言い切れなかった。進値1の市民たちから、探索者は都市に災いを呼ぶ存在として排斥の機運が高まれば、物事は全てにおいて良くない方向へ進みだすだろう。


「――皆様、どうか落ち着いてください」


 熱気を帯びた空間に、涼風のように言葉が吹き渡った。

◇連絡会【れんらく-かい】

組織/その他


自由都市グアド・レアルムに結成された会合。

ギルドと探索団複数により構成される。


ギルドの意向と探索者の向上心は、

しばしば反目を免れぬ状況に陥るため、

その円滑な解消を目的とした協議の場が始まりだった。


連絡会の席を埋める探索団は、功績と影響力などを

同じ探索者に認められることが暗黙の了解であり、

彼らは大いなる責任と尊敬を集める。

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