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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
第一章後編 殺し屋たちの狂宴
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第六十四話 興味

◇山の輜重兵【やま-の-しちょう-へい】

魔物/無生物目/働像科


魔法によって作り出された命なき兵士。働像の一種。

山の体、重き輜重、四つん這いで鳴動する輜重兵である。


遥か昔、人の手によって創造された彼らは、

自らの手で山を削り、ついには巨大な同胞を掘り出した。


戦に価値ある物資を積み込まれた彼らは、

終わりなき永遠の補給に旅立った。

とうに跡となった戦場へ、存在しない創造主のために。

   ***




◆自由都市グアド・レアルム、???



 夕と夜の境目。


 書籍が(うずたか)く積まれた小さな一室で、定期的に紙を捲る音が鳴る。

 本の山に埋もれるように、部屋の主はいくつもの本に目を通しては捨て置き、散らかり具合に拍車をかけていた。


 と、そこへ控え目に扉を叩く音。


「兄さん、入りますよ」


 (いら)えがないことを了承と受け取った訪問者が扉を開けると、本の山がいくつも崩れて埃が舞う。


「……兄さん、定期的に部屋を片付けてくださいって言ってるじゃないですか、いつもいつも。大事な本なんでしょう?」


 だが、部屋の主は「うん……」と気の抜けた返事。まるで耳に入っていない模様だった。


「はあ」


 訪問者――蒼い髪をした美しい少女はわずかに露出した床面を探りながら、跳ねるように部屋へと分け入る。

 そして部屋の主のまさに読み(ふけ)っている本を強引に取り上げた。


「いい加減にしないと『連絡会』に遅刻しますよ! 『蒼の天盤』の団長とあろう者が遅参していては、他の探索者に示しがつきません」


 そう叱咤する声に、部屋の主――テンペスタ・ラインボルトはようやく顔を上げた。


「強者は遅れてやってくる、とも言うだろう? だから……」

だから(・・・)じゃありません! それは一般的になんというか、望外の加勢に対して使う台詞です。兄さんの場合は、決められた時刻に決められた場所に行く決め事を守れなかったロクデナシの烙印を押されるだけです」


 容赦ない正論を前に、こちらの勝ち目はないと悟ったテンペスタは肩を落とした。


「本は私が片付けておきますから、兄さんは身形(みなり)を整えておいてください」

「リーゼリップは頼りになるなぁ」

「はいはい。……ところで兄さんは何を調べていたんですか?」


 少女は慣れた様子で散乱する本を整理しながら、衣装戸棚から外出用の外套を見繕っていたテンペスタに声をかける。


「ん? ああ、意能だよ。僕が今日昼間に()を極地召喚しただろう?」

「ええ。ギルドからびっくりするぐらい怒られましたね。兄さんの代わりに(・・・・・・・・)私が(・・)

「あの時こっそり【水霊の瞳】も呼んで他の探索者の情報も集めていてね。それを調べていたんだよ」

「――――――――」


 んぐ、と少女は喉に何か詰まらせたように呻くが、落ち着くためにも、とりあえず片付けを再開した。


 記憶が正しいならば【水霊の瞳】は水中にいる相手の蝕業、進値、魔法、意能を看破する召喚生物だったはず。

 そんなものを許可なく――許可など得ようはずもなく――使用し、覗き見をしていたと知られれば、大きな問題になることは火を見るより明らかだ。

 それらの情報を得ることは探索者の生命線を暴くに等しいのだから。


「……そういうことは自重してください」

「でも、他人の能力は気になるだろう?」

「気になります」


 相手の蝕業を知ることは、どの系統の魔法・意能が得意かの目安になる。

 相手の進値を知ることは、純粋な生命力・身体能力を測る物差しになる。

 相手の魔法・意能を知ることは、隠した手札まで丸裸にしたのと同義だ。


 綺麗事が蔓延(はびこ)りつつも、皆が他人のそれを知りたいと密かに欲する。

 そして知りたいと思う気持ちに蓋をすることは困難である。この世にはまだ知られていない力が数多存在するのだから。


「ですが、覗き見に熱心な事を評価する人はいないんですよ。少なくとも兄さんの周囲には。だからほどほどにしてください。今はまだ、圧倒的な実力差と運が味方して露見していないだけなんですからね」

「うん。分かってるよ」

「……不安だわ……」


 溜息を禁じえない少女をよそに、テンペスタは全く別のことに思いを馳せていた。

【水霊の瞳】で知りえた各探索者の情報に目ぼしいものはなかった。それはあの白黒の少女の〝殺し屋〟ですらそうだ。【双星】と珍しい意能持ちではあるが、それも古い文献に記述が見つかる程度(・・)の希少性でしかない。


 だがあの時、たった一つだけ一切の詳細が分からなかったものがあった。


「【捧命】……」


 ヨアという少年がその身に宿していた意能――。

 辛うじて見通せたのは名称のみ。その他効果はまるで不明。さっきまで蔵書をひっくり返して調べていたが、それと思しき内容が書かれたものは見つからなかった。


 これが単に未発見の意能というだけ(・・)であれば、テンペスタも情報がないと結論付けて済ませていたはずだった。今後、隙を見て効果を暴けばいいと。


 しかし、確認されている最低習得進値が46である召喚魔法【水霊の瞳】――そこまでの進値に到達しなければ習得できない高位の魔法――を使用して効果が看破できなかったならば、可能性は三つ。


 一つ目は、テンペスタよりヨアの進値が高かった場合。彼我の進値差が少ない、もしくは相手の方が高進値であれば、【水霊の瞳】の力は急激に弱まる。だがヨアの進値は19と看破できているから、数値的にもこの線はない。


 二つ目は、看破等に対する阻害系の魔法か意能を有していた場合。これも無視できる。【捧命】以外の情報は全て入手できたと見ていい。それは隠蔽効果のある意能が無かったことからも明らかだ。


 最後、三つ目の可能性は、


 ――あれはもしかしたら権能(・・)かもしれないね。


 その可能性に思い至った瞬間、テンペスタの中に久しく覚えていなかった感情が生まれる。


 ――プルガ以来の掘り出し物かもしれない。


 衣装戸棚の扉の内側に付けられた小さな鏡には、自然と笑みをこぼす己の相貌が映っていた。


「うん、欲しいな」

「何か言いました兄さん?」

「リーゼリップ、もしかしたらウチにもう一人団員が増えるかもしれない」

「はあ、そうですか。………………はあ⁉」

「とりあえず一番感性の近そうなプルガに行かせようかな」


 テンペスタは久々に興味を刺激された今日という日を大いに歓迎するのであった。

〝探索者最強〟という呼び声に裏打ちされた余裕を纏い、まるで支配者のごとく、ただ純粋に事態の推移を(たの)しむ色に彼は満ちていた。


 そこに死者など、いなかったかのごとく。




   ***




◆自由都市グアド・レアルム、探索者組合・一階大広間



 ギルドの正面玄関に入ってすぐ。

 そこは二階まで吹き抜けとなった大広間であり、天窓からの採光と調和するよう配置された魔石灯によって、昼夜の区別なく明かりの絶えない不夜城。

 左右の壁には、種類別、難易度別に整理された依頼票が貼り出され、探索者たちは目当てのそれを引き剥がして手にし、大広間中央奥の受付台へ請負手続きに向かうのが常の光景であった。


 ――だが、今やそこはグアド・レアルムに住まう市民たちが罵声と共に押し掛けた、叫喚の坩堝(るつぼ)と化していた。


「なぜ〝殺し屋〟がレアルムにいるんだ!」「なんのための警邏だ!」「ウチの店は大損害を受けたんだぞ!」「ギルドは何をやっている⁉」「どう責任を取るつもりだ!」


 市民の怒りの矛先を向けられた受付職員たちは、彼ら自身も混乱の中にありながら、必死に事態を収拾しようと努めていた。


「ですから、それに関しては今、事態を調査中でして――」

「ふざけるな! 聞けばかなりの死者が出たそうじゃないか⁉ なぜお前たちの争いに、私たちが巻き込まれねばならないんだ‼」


 しかし、事は一介の職員たちの権限の範疇をとうに超えており、何を言ったところで火に油を注ぐ結果にしかならない。


「このっ――!」


 そうして怒りは臨界に達し、遂に暴力が振るわれようとしたとき、



 ――カン――ッ‼



 大広間を遍く一喝(・・)する甲高い音が響いた。


 目に見えない圧を孕んだ音に、その場に居合わせた誰もが立ち竦み、一瞬言葉を忘れた。


「――騒々しいね。このクソ忙しい時に何だってんだい?」


 その声の主はちょうど、受付脇にある二階へと続く階段から降りてくるところであった。

 足を踏み下ろすに合わせ、右手の杖が床板を突く。その様から、先ほどの鋭い音はこの杖によるものであることが窺えた。


「昼間の〝殺し屋〟の件で市民が陳情に来ているものかと」

「フン、なんだ、そんな事か(・・・・・)


 そう切って捨てたのは、見た目にして齢四十代の、女傑と呼ぶに相応しい覇気を纏った女だった。ギルド職員の制服の意匠をより瀟洒(しょうしゃ)にした身形(みなり)は、彼女が高位の役職に就いていることを容易く推測させた。


 それに追随する男もまた、ただならぬ雰囲気を放っていた。女より少し年若いが、眼鏡の奥にある目は冷たく階下を睥睨し、氷のような視線でもって、市民たちの嘆願とは名ばかりの悪口雑言を封じていた。


 この二人こそ、各都市に存在するギルド支部を統括するグアド・レアルム本部、その最高責任者を務める二巨頭。


 探索者組合統括組合長――ギルド長こと、アンネリーゼ・フィンドル。


 そしてグアド・レアルム本部長、ガブレス・サウザーロであった。


「そ、そんな事とはあまりの言い草ですな、フィンドル殿!」


 金縛りのごとく硬直する市民の中から一人の老人が静寂を破る。


「おや、商工会長殿ではないですか。貴方ほどの方が、如何様(いかよう)なご用向きですかな?」


 近所の知り合いに声をかけるかのような口調のアンネリーゼ。


「し、知れたことを……!」レアルムで商工業者の長を務める当の老人は歯噛みする。「〝殺し屋〟だ、〝殺し屋〟! あの忌まわしい唾棄すべき存在が我々の都市で無法を働き、(あまつさ)え討ち取るどころか、のうのうと取り逃がしたというではないか! 奴らが暴れた地区は家や店が破壊され、市民に負傷者も出ている! だのにギルドはろくに対応する様子もない! いったいどういう為体(ていたらく)なのだ⁉」

「見識溢れる貴方であれば、今ここで騒ぎ立てたところで解決する事態でもないことくらいご理解いただけましょう……。目下、〝殺し屋〟どもの居場所を特定している最中です。勿論、野放しにするつもりは毛頭ないが、今できることは都市内の巡回を密にし、最大限の警戒に努める他ありません。ケガをされた方々にはお見舞い申し上げますが、探索者は少なくない死人が出ている。私たちとて当事者なのですよ」

「――化け物(・・・)が一人二人くたばったからなんだという! 元より死にたがり紛いの連中が、」




 ――カン――ッッッ‼





 再び杖は鳴らされ、商工会長はビクリと体を震わせる。


「……今の言葉は聞かなかったことにしておきましょう。何だったか、東荒(とうこう)(ことわざ)にもあるでしょう、『聖者の顔も一度まで(・・・・)』と」

「三度ですよ、三度」ガブレスが淡々と口を挟む。「それに一度までなら、初犯でもう腹を立てていることになります。言うならば『二度まで』じゃないですか?」

「ああ、そうそう、そんな諺だった。しかし、私は聖者と呼ばれる人ほど人間が出来ていないのでね、確かに君の言うとおり二度くらいが身の丈に合っているよ」


 一見和やかなやり取りを装っているが、先ほどの侮蔑の言葉に対する強烈な怒りの意を含んでいることは明らかだった。

 商工会長は怒りが思わず口を突いたとはいえ、アンネリーゼの暗示するところを今更ながら理解し顔を青くしていた。


「――しかしながら、会長殿のご懸念も御尤(ごもっと)もでしょう。負傷者には既にギルドの施設を一般にも開放していますゆえ、そこを利用されるとよろしい。勿論お金は取りませんとも。それと、破壊された家屋の修繕再建はギルドが補償をしましょう。戸別に被害規模の調査は必要ですが、それについてはご協力いただけますね?」

「あ、う、うむ」


 にこり、と作り物の笑顔を浮かべるアンネリーゼに、商工会長は不承不承という風に頷く。


「では、我々は〝殺し屋〟の対策に多忙を極めておりますので、今日のところはお引き取り願えますかな?」

「……くれぐれも頼みましたからなッ!」


 結局、市民たちはその捨て台詞を残してギルドを後にしていった。


「……よろしかったので? ギルド(我々)が無関係とは言いませんが、あそこまでの補償の責を負う謂れは無いはずですが」


 長い廊下を歩きながらガブレスが問う。


「構わん。今は余計な事にかかずらっている時間がない。金で黙らせられるなら結構なことだ。それに、補償すると言いはしたが、いくら、どの程度までは言及していない」


 口端を吊り上げる己の上司に、ガブレスは眉根を寄せることで(こた)えた。


「……心配するな、あくどい真似はせんよ。しかし、この機に乗じて火事場泥棒も出るだろうからな。釘を刺す余地は残しておくべきだ」

「……そうですな。全額、などと明言すれば面倒な事になるでしょう」


 二人はそこから無言で歩みを進めた。

 日頃から二人に近しい職位の者であれば、二人が市民に応対した時とは比べ物にならないほど気が張っていることに気づいただろう。


 そう――この後の交渉の方が遥かに難しいものになることを知っているから。

◇水霊の瞳【すい-れい-の-ひとみ】

魔法/召喚魔法


水中でのみ呼び出せる大水母(くらげ)を召喚する魔法。

光の屈折により、その姿は(かすか)かにしか見えない。


低進値の攻撃でも簡単に消えるほど弱く、儚いが、

高位の看破能力を有しており、

対象の蝕業、進値、魔法、意能を見抜く。


とある信仰において、(あまね)く海に生きるものは

大母たる水霊の使いと信じられている。

どこにでも揺蕩う水母は、海の全知全能を(ふる)う大母の、

全てを見通す目の象徴であるとされた。

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