第六十一話 襲撃 1
◇鉤爪【かぎつめ】
武器/爪系統
手甲に長く鋭い刃を複数取り付けた武器。
獣のような引き裂く攻撃が特徴的。
装備しながら手が空手となる利点があり、
より取り回しを改善するべく、非戦闘時は
刃を収納できるものも存在する。
獣人族に使用者が多く、手に良く馴染むのだという。
***
◆自由都市グアド・レアルム、商業区画
この時、別の場所でも事態は進行していた。
賑々しい市場の喧騒の中、露店を冷やかしながら進む四人一組の探索者。少し遠くに目をやれば同じような集団がちらほらと。
この日、合同警邏があることは都市内に布告されていたため、商機を逃すまいと客引きの声はいつもより大きい。それを上手くいなしながら、時折本当にお買い得な商品に足が止まりながら、日常の延長線上として今日という日は終わる。
誰もがそう確信していた。
――群衆の上を通り過ぎる巨大な影。
果物屋で買い求めた果実を齧りながら進む一組の前で立ちはだかるように、それは重苦しい音を立てて着地した。
周囲から悲鳴が上がる。
それの威容極まりない風体に恐怖して。
「――見つけた」
布を継ぎ接いで作った、髪の毛の飛び出す巨大な人形が喋る。
「ッ、誰だ⁉」
探索者たちが臨戦の構えを取る。武器は修めたままだ。市民がいる中で無暗に武器を使用すれば、最悪の事になりかねない。
その弱さを案の定と人形は侮蔑し、標的たる男が逃げ出していないことを確認する。
「――シャルル・ウォルター」
対峙する探索者四人組、その最後方、弓を背負った男がびくりと身を震わせた。
「今からお前を殺す」
「なんっ――⁉」
声を上げたのはシャルル本人ではなく、この即席の組で代表者に選ばれた、最も進値が高い斧使いの男だ。
「他の人間は消え失せてほしいのだが……俺の〝誓約〟は真っ当な部類でな、仕事にない殺しはしない」
「〝誓約〟……まさか〝殺し屋〟――」
斧使いの男の頬を掠めて矢が空を裂く。
意能で螺旋状の風を纏い、貫通効果を高めた矢は人形を抉り貫く――はずが、布一枚を破ったところで止まる。破れた箇所から覗く、規則正しく編まれた髪の毛の鎧に阻まれて。
人形は今気づいたとばかりに、目出しのない頭部を己に突き立った矢に向け、次いで矢を放ったシャルルへと向けた。
恐怖にガチガチと歯を鳴らし口端から涎を垂らしながら、それでも抵抗を試みたシャルルを、一時であるが仲間となった探索者たちは茫然と見、そして人形は何の感慨も抱くことなく背中の縫い目から鰭のように膨大な髪の毛を展開していく。
「瞬時に敵と判断して声なく殺す。その心構えは褒めておこう」髪の毛は密に絡まり合い、四本の新しい腕を形成する。「通用するかは別だが」
「撤退だ! すぐにギルドへ――⁉」
斧使いの男の言葉は最後まで続かなかった。
髪の毛の腕二本に殴り飛ばされ、商店の中に叩き込まれた。
事態を理解できず立ち尽くすしかなかった者たちも遂に堰を切ったように逃げ出す。
悲鳴と怒声。誰かが蹴飛ばした商品があちこちで倒れ、地面に転がった食べ物が踏み潰されていく。
混沌の坩堝の中心を人形が進む。
己が〝誓約〟のみに従い、恐るべき暴力を振るうため。
ただ殺すべき標的の、なぜと問いかける瞳に向けて、言った。
「――お前は〝報復〟されるに相応しい」
◆◆◆◆◆
◆自由都市グアド・レアルム、商業区画・路地裏、ヨア
戦端は、一本の針から開かれた。
黒髪の少女が投げ放った豪速で飛来する針を、ギルが首を傾けて躱す。
だが次の瞬間にはもう、白黒の少女たちは消えていた。
「――上だッ!」
「「正解!」」
レイモンさんの声に弾かれたように見上げると、空からまさに少女たちが落ちてくるところだった。両手には針の束を掴んでいる。
もしかして、ただの跳躍であの高さまで跳んだというのか。それも一瞬姿を見失うほどの速さで。
少女たちが両手を一斉に振り抜く。俺たちはがむしゃらに、身を投げるがごとく回避する。
途端、矢のように鋭く投げ放たれた針が地面に突き立ち、針山が生み出された。逃げ遅れていたら標本のように串刺しにされていたことを想像し、緊張が頂点に達する。
少女たちは針山の隙間に降り立つと、手頃な針を引き抜き疾駆する。
ギルが得物の槍で迎撃する構えを見せる――が、
「い――ッ⁉」
その右足の甲に針が刺さり、地面に縫い留める。
まるで手品のようにギルを襲った針は、空の彼方から自然の落下ではありえない軌跡を描きながら飛来した。
――まさか、最初に投げた針が‼
あの針は躱してもそのまま飛び続け、標的を追尾攻撃する……そういう魔法か意能の効果が付与されているのだとしたら。
「ギル!」
俺は獣噛みの大剣を抜き放ち、ギルの目の前に躍り出、大上段からありったけの力を込めて大剣を振り下ろす。
あの細い針でこの一撃を受け止めることはできないはず。避けられたとしても、この狭い路地裏なら後ろに下がるしかない。ギルから引き剥がすことが出来る。
メリジュナ教官の訓練のお陰か半ば本能的に取った行動は、狙いどおりの結果を導き出す――はずだった。
片割れの白髪の少女の回し蹴りが、吸い込まれるように大剣の横合いに炸裂する。
直後、俺の手の中から大剣は弾け飛んでいき、立ち並ぶ建物の壁に突き刺さっていた。
「残酷よね」「進値の差って」
何かの技だとか特殊な現象でもない。
単純な力だけで俺の攻撃が逸らされた。
この手に残る痺れが、それが現実であることを知らしめている。
武器を失い、完全な隙を曝した俺の脇を少女たちはすり抜ける。
「オオオッ‼」
咆哮とともに巧みな槍捌きから繰り出されるギルの乱れ突き。
その全てを軽々といなし、打ち払い――交差させた針で挟み込む。
そして槍の柄に滑らせるように針が閃き――切断されたギルの指が数本、宙を舞った。
「――舐めんなァ‼」
咄嗟に槍を脇に挟み込み、体の回転で周囲を薙ぐ。
だが、それすらも無駄な足掻きとばかりに易々と回避され、身を屈めて攻撃をやり過ごした少女たちは、ギルの無事な方の足を払うと、転倒した肩に針を突き刺し、地面に固定した。
ここまで――少女たちが攻撃を開始してからここまで、呼吸何回分かの時間しか経過していない。
それほどまでに手慣れた襲撃。俺が自分の大剣を引き抜いて手に取り戻した時には、もうそこまで事態が進行していた。しかも、まだ事は終わっていない。
危険を訴え続ける本能を無視して、俺は剣を振るうべく強烈に踏み込む。
「うふふ」「あはは」
何がおかしいのか少女たちは哄笑を上げながら、引くどころか前に出る。
そして――俺が剣を一閃するまでに、彼女たちは俺の体に十の穴を開ける。
「が――」
繰り出される超速の連撃。
為すすべもなく、口内から込み上げてきた血を吹きながら俺は倒れ込む。
血に濡れた針が、命を貫かんと振り上げられ、
「シィァッ‼」
――裂帛の雄叫びとともに、針が半ばから切断される。
「あらら」「切れちゃった」
「死ね! 薄汚い異常者どもが!」
水を纏わりつかせた剣を手に、レイモンさんが迫る。
剣の軌道に合わせて水が伸長し、まるで鞭のごとくしなり襲い掛かる。
水の鞭の先端に触れた物は、悉く両断された。
「ふうん」「遠心力で水を平べったくして」「薄い刃にするのね」
「「――塵みたいな能力」」
生き物のようにのたうつ鞭を、くるりくるりと舞い避ける〝殺し屋〟の少女たち。
その針で鞭の半ばを打ち払うと、水は制御を失って飛沫となった。攻撃力があるのは遠心力の乗った先端だけであったようだ。
「まだだ‼」
レイモンさんが盾を剣で叩くと、今度は盾の表面を炎が一瞬で覆い尽くす。
迫り来る少女たちへと燃え盛る盾で殴りつける。攻撃と防御が一体となり、高熱を放つ火で本能的な恐怖感をも煽る、効果的な選択肢。
今まさに敵を間合いに収め、切りかからんとする直前でこれをやられたら踏鞴を踏んでしまうだろう。
「「それが?」」
黒髪の少女は右手の袖から、
白髪の少女は左手の袖から、
生えるように現れた針で、レイモンさんの首を左右から貫く。
そして――栓を回すように。
あるいは、追いかけっこで木の周りをぐるぐると逃げるように。
二人の少女が、くるり、と回転する。
ごきっ ばき ぐしゃり
骨が砕け、肉が千切れ、皮膚が裂けて、
レイモンさんの首は捩じ切れたのだ。
力を失った体が一瞬膝を着き、前のめりに倒れる。首から噴き出た血飛沫が、地面に縫い留められたギルの顔面を汚す。
「嘘……だろ……」
殺した。
また殺した。
人間を、殺した。
「なん、で……」
「〝殺し屋〟だもの」
驚きと混乱のせいか、単に血を失ったせいか、ぐわんぐわんと揺れる脳内に、それでも明瞭に反響する声。
「私たちは」「メアリーサリー」「〝相反〟を誓った」「〝殺し屋〟なの」「殺してほしいというお願いを」「聞き届けたに過ぎないわ」
つまり、だって、それは。
レイモンさんと……ギルを。
――殺したいと、死んでほしいと思ってる奴が、この世界にいるということじゃないか。
「何をそんなに」「驚くのかしら」「誰からも好かれる」「そんな人がいないように」「誰からも憎まれない」「そんな人はいないのだから」
まるでここが演劇の舞台かのように、少女たちが朗々と言う。
「殺したいけど」「殺せない」「踏み躙られた」「弱者の願い」「誰も聞き届けなかった」「声なき声を」「私たちだけが」「掬い取ることができる!」「だから私たちはどれだけ忌まれても」「この世界から消えることはないの!」「本当に〝殺し屋〟って」「最高の職業よね!」
「そんなわけ……ないだろう……!」
人の命を奪って、かけがえのないものを壊して、大事なものを全部なかったことにして――それが最高だと?
そんな事が許されていいわけがない。
全身の痛みを無視して立ち上がる。剣を引き抜き、構える。
勝てるとか勝てないとか、そういうことじゃない。
ここで立たなかったら、大切なものを守れない。
俺は知っている。
〝――アンタのせいでお父さんは死んだ!〟
〝――あたしのお父さんを返してよ!〟
〝――返して! 返して返して返してぇ!〟
残された人たちが、どれだけ悲しむか知っているから!
「同じ穴倉の」「同じ畜生のくせに」
少女たちが俺の怒りをせせら嗤う。
「あなたたちも」「殺すでしょう?」
誘うような、甘い囁き声。
「殺してお金を」「貰うでしょう」「鳥を」「魚を」「家畜を」「魔物を」「人外を」「人間だけがダメなんて」「ちょっと綺麗事過ぎない?」「それはなぜ?」「だって――」
聞くな。耳を貸してはいけない。
怒りに沸騰した意識の、冷静な残った部分が命じる。
同じ所に堕ちるとか、それ以前の根源的な部分で。
「本当は、人間を殺すのが一番進値が上がりやすいものね」
――それはとても、考えてはいけない誘惑のような気がするから。
◇竜骨【りゅう-こつ】
素材/生産素材/生物由来
竜の化石から切り出された巨大な骨。
その中でも、武器になりうるほど丈夫なもの。
竜の骨は最上の素材の一つとされ、
それから作られた武具を身に纏うことは
多くの戦士の夢であった。
黄昏の時代、竜伐はもはや起こりえず
伝説に詠われる戦は過去と化したが、
彼らの亡骸は今も人々を魅了してやまない。




