第六十話 演者は揃う
◇居住区画【きょじゅう-くかく】
地名/都市/区画
都市において、住居が密集する区画。
もしくはそれを想定して整えられた一定の場所。
居住にあたり特段の条件などはないが、
様々な理由から専ら進値1の市民ばかりが
住む傾向がどの都市でも見られる。
合理的な選択の結果が一因にあるといえど、
住み分けが溝を深くしていることは確かで、
統治者の頭痛の種となってやまないのだった。
◆◆◆◆◆
◆自由都市グアド・レアルム、商業区画、ヨア
今日のレアルムの天気は、ようやく現れ始めた晴れ模様を忘れたかのように一転、どんよりとした曇り空だ。
空に分厚く蓋をする雲から、今すぐにでも雨粒が滴り落ちてきそうなほど、空気は湿り気を帯びていた。こんな日は自分の心も天気に引き摺られて沈みそうになる。
今日は合同警邏が行われる日。
事前の説明では、探索者が一丸となって市民からの様々な依頼をこなしたり、都市全体を巡回して治安を守る? のだそうだ。
元々は名称のとおり警邏のみを実施していたらしいけれど、今では期間内限定での何でも屋……とはグラトナ大隊長の言だ。
各探索団にはギルドから協力要請人数が割り振られ、選ばれた人はできるだけ簡単で楽な仕事を勝ち取ろうと躍起になっていた。
でも、俺はそれとは別枠で今回参加することになっている。
俺があてがわれたのは市内の巡回。警邏だ。これは四人一組で行う。仕事の中ではかなり当たりの方らしい。
そして俺と共にギルも警邏に参加する。
「あっ、じゃあ俺もヨアと一緒に警邏にしといてくれよ」とギルが参加を表明したのだ。
グラトナ大隊長は渋い顔で「お前、普段は面倒臭がって逃げ回るくせに……」と大分文句を言っていたが、
「大隊長たちだって、上位者特権で楽な仕事を先に選びまくってるじゃねえかよ。俺たち下っ端はいっつもおこぼればっかりだしよォ……」
「お、おい、妙な言い方をするな。私はだな……」
「自分だって警邏の仕事で内定してるんだろ?」
「――⁉ で、でたらめを言うな‼」
「くっくっく……獣人族ってのはカマかけが楽でいいねえ。尻尾と耳の動きですぐ分かる」
……とかなんとか言い合っていたけど、最後にはギルの主張が通って、俺と一緒に今日は市内を巡ることになったのだ。
当の本人は楽な仕事を勝ち取れてご満悦――かと思いきや、異常なほど口数少なく、置物のように佇んでいる。
原因はおそらく、ギルから距離を開けて同じように屹立する、俺たちと同じ組になった探索者。
〝――レイモン……久しぶりだな〟
〝――……ああ。たとえ警邏でも、お前とまた組むなんてな〟
ギルとレイモンさん。
二人は驚きと共に顔合わせを済ませ、最初に会話を交わして以降今の調子のままだ。口ぶりからして知り合いなんだろう。しかし、他人が割って入るには憚るような事情が察せられた。
気になる……非常に気になる。
レイモンさんはギルと同年齢ぐらいで、携えた武器は剣と盾と特段変わったところはない。
しかし、あのお喋りギルが押し黙るなんて、明日には空から槍でも降ってきそうな驚天動地の事態なのだ。何もないなんてことはないんじゃないかと、期待が高まらざるをえない。
無言が支配する時間、無遠慮と自覚してはいても、自然と二人の関係性について想像を巡らせてしまう。
――レイモンさんからお金を借りているから気まずいとか?
いや、それならもっと媚びへつらった態度になるはずだ。普段のギルを見ているから分かる。
――いつものオンナカンケイとやらで揉めたことがある?
いや、それならあんな神妙な風じゃなく、飄々として一歩も引かないはずだ。普段のギルを見ているから分かる。
普段の行状が碌でもないな……。
気にはかかるものの……同時に居心地の悪い空気でもあるので早いところ警邏に出発したい。
だが、生憎と最後の一人がなかなか来ない。しかも、その最後の一人だけが今日の警邏の順路を知っているというので、置いていくわけにもいかない。
「――あーすいませんすいません、遅れましたすいません!」
と思っていたら、早口と共に、誰かが滑りこむように待ち合わせ場所へ駆け込んできた。
「探索者組合本部の捜査課鑑識班で働いてますヒュリメラルダ・シスです! よろしくお願いしますね」
最近非常に聞き覚えのある肩書を引っ提げてやって来たのは、まるで少年のような快活さを振りまく女性だった。
「捜査課ァ? なんでそんなところから警邏に人が回されてくるんだよ」
「俺も解せないな」訝しそうな目つきのギルにレイモンさんも同調する。「捜査課は犯罪捜査に関係する部署だろう。合同警邏に出て来ることがまずおかしい。何が目的だ」
「はあ、目的と言われましても私は出ろと言われたから出ましたので……」
明らかに好意的でない空気に怖気ずくこともなくヒュリメラルダさんはすらすらと答える。
「まあ強いて言うなら、そこのヨアさんの為人を見極めてこいと言われたぐらいですかね」
いやそれが目的じゃん!
一斉に俺を向く二対の眼差し。
「お、俺は別に何もしてないぞ!」
「犯人は皆そう言いまくるんだよ……」
おい、ギル! せめてお前は反論してくれよ!
「ヨア……なるほど。最近急に聞くようになった名前だが……なるほど……」
レイモンさんは得心したように一人で頷いている。
いったい何がなるほどなんですかね? 後でゆっくり話をしましょう……。
「ここで立ち話もなんですし、ちゃっちゃと巡回を済ませちゃいましょっか。行きましょ行きましょ」
一番最後に遅れてきた人が、穏やかならない事を言い放った挙句、先導するように止める間もなく歩いていく……。
俺とギルとレイモンさんは一瞬目線を交わしてから、沈黙を引き連れてのろのろと後を追うことにした。多分、突っ込んでも無駄という点において、俺たちの認識は一致を見たのだ。
それに実際、今日巡回すべき道を知っているのがヒュリメラルダさんだけというのもあった。結局はついていくしかないのだ。
巡回は居住区画から始まる。
レアルムに在住する人の多くがこの区画で暮らしている。
といっても大半は進値1の、所謂〝市民〟と呼ばれる人たちだ。探索者も住んでいるらしいけれど、それは結婚相手や子供が市民だから家族一緒に住んでいる場合が最も多いみたいだ。探索者の単身者はほぼいないらしい。
じゃあ探索者はどこで暮らしているのかというと、主に二種類あり、一つは商業区画にある宿屋で寝起きする場合。
特に何十軒もの宿屋が立ち並ぶ通りは、朝から晩まで探索者が入れ代わり立ち代わりで賑わっている。
基本的に成果主義……〝外域〟で得た物でその日を暮らす探索者に家を長期間貸そうなんて奇特な人はいないし、探索者の方も稼ぎが安定しない状況でまとまった期間家を借りようと思う人はいない。
一日単位で借りられて、困窮しても泊まる場所の質を落とせば費用も安く済む宿屋はまさにうってつけというわけだ。
もう一つは探索団が所有している拠点で生活する場合。
〝外域〟に近いレアルムの外縁には、幾つもの探索団の拠点が見受けられる。俺も『終の黄昏』の隊舎の一室をあてがってもらっている一人だ。
なんでこうも探索者とそうじゃない人とで住む場所が分かれているのか。
例えば商業区画には市場があるから、探索に必要な物資が手に入れ易い現実的な理由もあるけれど……。
「………………」
――偶に混じる嫌な視線。
多くの人は道行く探索者に対して特に注意を払っていないように見えて、時折、それとなく歓迎していない眼差しの人と擦れ違う。それらは大抵が大人だった。
なんでお前たちがこんな場所に――と、口ほどに物語る目線。
「……そう言えばこの辺りに来るのって初めてだな」
「そりゃ別に来る用事なんてねえからな。わざわざここに住んでる知り合いもいねえし」
確かに、知り合いが住んでいるとか、そういう事情でもないと訪れようとは考えないだろう。店があるとか名所があるとかそんなことはなく、本当に家が連なっているだけだから。むしろ、用事も無いのにうろついていたら不審者として捕まるかもしれない。俺たちのような警邏の手によって。
「――いただろう」
意識の間隙を縫うように、呼吸の合間を刺すように。
その一言は放たれた。
「――レイ、モン……」
「いただろう、一人。忘れたのか、お前は」
俺と横並びで歩いていたギルが後ろを振り返る。対峙する。その表情は見えない。
「別に……忘れちゃ、いねえさ」
「ああ、そうだろうさ。俺たちがあれだけ足繁くアイツの家に通った記憶を、そこで語らい合った思い出を、忘れるはずがないだろう」
レイモンさんの口から吐き出される言葉は、肯定の形をしていながら、真逆の意味を帯びていた。
「まあ確かに? 今のお前は『終の黄昏』所属。過去の取るに足らないような経歴より、今を基準にして話をするべきだよな」
「……何が言いてえんだ、レイモン。妬みか、怨みか、怒りか――憎しみか」
「すべてだよ、ギル。そのすべてだ」そう語るレイモンさんの表情からは、しかし明確な感情を読み取れない。「結局あれから俺たちは、生き延びたにも関わらず、胸を張って誇れるような何かになれたわけじゃなかった。でも、お前は、よりにもよってお前だけは、名のある探索団に拾われ、今日まで安穏と過ごすことができた。だから俺は、妬んで、怨んで、怒って、憎んでいる。あの時の仲間たちも、抱いているものは大差ないだろうさ」
「――あの!」
俺はたまらず口を挟んだ。
「さっきから何を言ってるか分からないけど……ギルがいったい何をしたんですか?」
「ヨア! お前には関係ねえことだ」
「いいじゃないか、教えてやれよ。お前の、俺たちの罪を」
レイモンさんはギルが制止すのも無視して、
「俺たちは、」
「――あのー皆さんちゃんと付いて来てくれてます~? さすがに一人は寂しいんですが。ていうか一人で行くのは巡回って言うよりは徘徊ですね。まだそんな年じゃないんですけど!」
と。
何かを言いかけていたレイモンさんに割り込み、いや上塗りするように、ヒュリメラルダさんが頬を膨らませながら歩いてくる。
「あー、いや、あの、ハイ、スミマセン……」
ギルとレイモンさんが応答する気配がないので、代表して俺が謝罪することに。
「もーちゃんとしてくださいね。談笑ですか? 喧嘩ですか? どっちでもいいですけど、やることやってからにしてくださいね。私も普段駆り出されないのになぜか今回は合同警邏を仰せつかって、おかげで仕事が溜まってるんですよ。早く終わらせたいじゃないですか。さあ行きますよ」
すごいな、このピリついた空気を一切気にせずに進行していく……。
けれど、ヒュリメラルダさんのおかげで助かったともいえる。
なぜだか分からないが、レイモンさんが言葉の続きを口にしていたら、きっと致命的なことになっていたと、俺は確信したのだった。
「そう言えば職員の間で話題になっていたんですけど、ヨアさんってまだ九等級なのに人外を倒したのって本当ですか?」
巡回中、矢継ぎ早に繰り出されるヒュリメラルダさんの質問に答えるのは俺の役目だった。
この人、一回喋り出したら全然止まらないし、何かを考え出したかと思えば急に黙るし、ホント自由だな……。
でも、今だけはその暴力的な自由さがありがたかった。後ろで黙々と連れ立って歩いている二人のことを多少なりとも考えずに済んだから。人間、暇してると碌な事を考えないから、忙しくしていた方が良い――とはイムリの言だ。
「……俺は人外を倒そうってただ言い出しただけです」
「でも、とどめはヨアさんが刺したって報告を読みましたよ?」
「いや、それも、そこまで人外を倒せる状況に持っていってくれた仲間の力が一番大きいからで……」
「へえー、ヨアさんは謙虚ですね。特に駆け出しのころは自分の手柄を主張して等級を上げようって考えが普遍的なんですけど。等級に興味は特に無いと?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「私は困ってる人を見捨てられない性格なんですけど、ヨアさんは目的の達成ためには殺人も厭わない性格ですか?」
「そうですね。目的のためには仕方ないと思います」
急にどうしたんだろう? こんな質問をして。
「じゃあ、私は同僚が困ってたら助けることが割と好きなんですけど、ヨアさんは他人を殺すことの忌避感は薄いですか?」
「当たり前ですよ! あるわけないじゃないですか!」
――大きな音に振り返ると、道端の木箱に蹴躓いた様子のギルが、信じられないといった風にこちらを見ている。
「どうしたんだ? 大丈夫か、ギル」
「ヨア、お前……何を」
「私は人を殺したいと思ったことはありませんけど――」
ヒュリメラルダさんは純朴な表情で俺に問う。
「――ヨアさんはギル・ラーゴットが自分の目的の邪魔になったら殺しますか?」
俺は答える。
「殺します」
「……! テメエ、コイツに何をした!」
ヒュリメラルダさんの胸倉を乱暴に掴もうと延ばされたギルの腕を、俺は既のところで受け止めた。
「どうしたんだよギル⁉ いきなりヒュリメラルダさんに向かって……」
「お前こそどうした、急に殺すだのなんだの!」
「殺すって……普通ああ言われたらそう返すだろ!」
ギルだけじゃない、ギルの肩越しに見えるレイモンさんも愕然とした顔を隠そうともしていない。
「あっちゃあ~……」まるで緊張感のない声が響く。「こーれはちょっと予想外に効き過ぎましたね。すいませんすいません。今解きますね。……ヨアさん、人を殺すのはやっちゃいけない事ですよね?」
「だから、さっきからそうだって言ってますよ、俺」
人を殺すことが悪いなんてのは、口に出すまでもない当たり前のことだ。
「いや、お前、まったく正反対の事を言いまくってたぞ」
「え? そうなのか?」
そんな自覚は全然なかったけれど、そう指摘するギルが嘘を語っている様子はない。
「それは私の魔法の効果ですよ、ヨアさん」
悪びれた様子も無く言うのは、消去法的に犯人として妥当なヒュリメラルダさんだった。
「【嘘疑伝染】……自分が嘘をついたら、相手にも嘘で返させる、一種の催眠みたいなものです。催眠なので、最初から効果を知られていたり、違和感を覚えられたら簡単に抵抗できるんですけど……」
ヒュリメラルダさんが言い淀む。
はい、俺は催眠にドはまりした単純な思考の男です……。
「意図が読めんな」そう切り出したのは俺でもギルでもなく、無言を貫いていたレイモンさんだ。「気づかれないよう魔法を使って腹の内を探ろうとしたかと思えば、あっさりと種を明かして自供する。何が目的だ?」
「あ、自供って言葉、ちょっと捜査課っぽいですね」
その説明はこの先でしますんで――と歩き出したヒュリメラルダさんを追っていいものかと逡巡するものの、話が始まらないので警戒しながらついていく。
そうして、どこかの路地裏、通行人を拒むために張られた縄を許可のもと潜り抜けた先。
そこに何かあるかと問われれば、何もない。両隣の建築物の壁に挟まれた、石が敷かれた圧迫感のある路地裏。わざわざ縄を張って出入りを規制するような場所には見えなかった。
「――――」
だというのに。
ここには、言葉では言い表せないような、目に移らない異様なものが漂っている……そう感じるのをやめられない。
それを裏付けるように、仄かに鼻腔を刺激するこれは、
「血の匂い……」
「正解です」
ヒュリメラルダさんは路地の奥の一角を指差す。
「五日前の深夜、とある探索者の死体が発見されました。当日の夜に近くの住民が何人も悲鳴を聞いています。直後、悲鳴を聞きつけた探索者が駆け付けた時には新鮮な死体が転がっていました。寝静まった時間帯とはいえ、都市の中で堂々と殺人が行われたのです。殺された人物の名前は――マクミラン・マーガス、探索者」
ヒュリメラルダさんがジッと俺を見ている。
「そして二日前、ヨアさんが地下水路で遭遇した魔物を倒すために魔法を使用した影響で、別の新たな死体が発見されました。身元を洗ったところ、名前は――ドノン・ルピー。彼も探索者でした」
ヒュリメラルダさんがジッと俺を見ている。多分、何かが疑わしい俺の反応を探ろうと。
だけど、俺はそれを不快に思うどころではなく。
ヒュリメラルダさんの背後――
――まるで魂を抜かれたように呆然と立ち尽くすギルと、
――真っ青な顔で唇を戦慄かせるレイモンさん。
二人のあまりにも尋常ではない様子を目の当たりにした。
「……んー、やっぱりヨアさんは違うみたいですね!」俺が何の反応も返せなかったのを疚しいことはないからと思ったのか、ヒュリメラルダさんはケロッと笑った。「犯人は犯行現場に戻って来るとも言いますけど、貴方はここに来ても特に不審な反応は見られませんし」
「……俺を殺しの犯人と疑ってたんですか」
「ごめんなさいね。気を悪くしたでしょうけど、捜査が仕事なんで。こうして地道に容疑者の心の動きを見て手掛かりにしたりするんですよ。まあ本音のところは、捜査を理由にしてヨアさんの魔法と意能を知りたかったって思惑も一部あったんですけどぉ」
だからって。
こっそりと魔法を使って心の内を探る行為が許されるというのか。
「ギルドは探索者に優しい組織ではありませんよ?」渋面になった俺の間違いを正すようにヒュリメラルダさんは言う。「もちろん探索者に仕事を斡旋して食いっぱぐれないようにする役割もありますけど、だってそうしないと、貧窮した探索者が何をしでかすか……ちょっと頭の聡い人なら容易に分かりますよね?」
「……だから、ギルドが探索者を管理してあげてるってことですか」
「そこまで傲慢な事までは、多分、ええ。……いやだなぁ、棘のある言い方しないでくださいよ。でも――ヨアさんだって分かってもらえるでしょう? 探索者を鎮圧できるのは、同じ力を持つ存在だけってことは」
だから私たちが探索者の犯罪捜査を行っている――言外に含んだその結論を不快に思えども、反論する気概は無かった。
多分、これは誰かがやらないといけない事だと、心のどこかで理解はしている。
それに不快に思うのも自分が直接疑われたからで……純粋な被害者になりうる立場だったとしたら、誰か解決してくれと、身勝手に願うだけだったろうから。
しばしの思考に沈んでいた意識は、何かが崩れ落ちる音によって現実に引き戻される。
「罰だ……」
吐き気を抑えるように両手で口を押えたレイモンさんが、耐えかねたように膝を着いていた。
「俺たちがやった事の罰が……アイツが復讐にやってきたんだぁぁぁ……!」
「だ、大丈夫ですか⁉」
駆け寄り、助け起こそうとするも、酷く錯乱しているのか「触るなぁ!」と振り解かれる。
「くっ、ギル、手伝ってくれ! おいギル!」
「…………あ……ああ……分かっ、た……」
俺とギルで両側から腕を抱えて引き起こす。だがレイモンさんはじたばたと足を動かして抵抗している。必死で押さえつけようとするも、恐ろしいほどの力が込められている。
ただの大人一人を抑え込むのとは訳が違う。進値が上昇し、体能力が桁違いに強力になった探索者の膂力は計り知れない。
「ちょ、ちょ、どうしたんですか急に?」ただならぬ様相の俺たちにヒュリメラルダさんの慌てる声が。「さっきから様子がおかしいですよ。まさか本当の犯人はヨアさんじゃなくて――――ぴ」
……ぴ?
「ぴ、ぴ、が……げぇ」
まったく意味の不明な、呻くような声。
俺はレイモンさんを落ち着けることも忘れ、ゆっくりと振り向く。
「うふふ」「あはは」
胸をざわつかせる笑い声が響く。
ヒュリメラルダさんは、頭部を天辺から顎まで、そして右から左の側頭部にかけて――大きな針のようなもので交差するよう串刺しに貫かれて、ビクビクと体だけでもがいていた。
それを為した二人の少女が、ヒュリメラルダさんへ左右から絡みつくように寄り添っている。
片や黒い服に白い髪、片や白い服に黒い髪。
顔の造りは、似ているという域を超え、見分けがつかないほどまったく同じ。
今、目の前の凄惨な光景もそうだが、何よりも、この少女たちを視界に入れた瞬間――全身が総毛立つのを感じた。気づけばレイモンさんもギルも身動ぎ一つせず、信じられない光景を前に硬直していた。
ヒュリメラルダさんの手足の先端は跳ねるように動いていたが……やがて力が抜けてだらんと垂れるだけになる。その瞳からは命の光が失われていた。
乾いていない涙の跡が、ついさっきまで彼女が生きていたことを示す証となった。
「こ、ろ、した……?」
レイモンさんがかすれた声で呟く。
間違い様のない現実に対して、頭の理解が追い付かない。いや、理解をしたくない。
だって、俺たちの眼前で繰り広げられているのは、人が絶対に犯してはならない、最大の禁忌とされる行為なのだから。
「幸先が」「良いわね」「日頃の行いが」「良いお陰よ」
俺の心中とは真反対の、喜色に塗れた声を上げる少女たち。
「一挙に標的を」「二人も見つけられるなんて」「教会でお祈りした甲斐が」「あったというものね」「モーサンパッションは」「自分が殺すって」「言っていたけれど」「こういうのはやっぱり」「早い者勝ちが」「筋ってものよね」「そうしましょう」「――私たちで」「――殺しちゃいましょう!」
少女たちの話し方は奇妙と言う他なかった。
一つの文章を区切って交互に喋る。どちらがどこからどこまで口にするか、示し合わせたかのように淀みなく流暢に。それが異常さを際立てていた。
「標的、だと」
「ええ」「そうよ」「レイモン・ジギント」「そして」「ギル・ラーゴット」
……っ! こいつらギルの名前を知っている――!
ヒュリメラルダさんの命を奪った針が引き抜かれる。生気を失った体が頽れる。
「私たちは」「〝殺し屋〟なの」
少女二人は気軽に挨拶でもするように、
「二人で」「一つの」
「「〝殺し屋〟なの」」
名乗りを上げたのだ。
◇嘘疑伝染【きょ-ぎ-でんせん】
魔法/阻害魔法
偽りの問いかけに対し、偽りの答えを返させる魔法。
問いかけそのものが催眠となり発動する。
催眠であるため、かけられた本人に自覚はないが、
会話の内容の不自然さは誤魔化せないため、
第三者がいない状況が使用に適する。
嘘の反対が真実であるならば、
嘘すらも、もはや真実なのではないだろうか?




