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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
序章 愛しい君の心に剣を
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第六話 グアド・レアルム

◇獣人族【びすと】

人類種/獣人族


獣の特徴を宿した人類種の一つ。

獣の副耳と尻尾のみの種から、全身が体毛で覆われた種まで、

その度合いは幅広い。


多くの場合、身体能力に秀でており、鋭い五感を持つという。

また、仲間意識が強く、力を尊び、

己より強い相手に従順になりやすい傾向がある。


他種族同様、人間の容姿と大きく差異を有する種族は〝亜人〟と呼ばれ、

排斥の対象となることがある。

   ***




◆探索団『終の黄昏』拠点・鑑定室、ヨア



「――あ、危なかった……」


 獣人族の女から攻撃された。褐色の肌をした、銀色の髪の女だ。


 嫌な予感がして咄嗟に一歩だけ後退ることができたから結果的に回避できたが、ハッキリ言って目で負えないほどの速さだった。

 反射的に殴り飛ばしたが、思った以上に力を込めていたようで、獣人族の女は壁を突き破って外に吹っ飛んでいった。


「だ、大丈夫、か……? 死んでないよな?」


 もうもうと立ち込める木屑と煙。


 ――を切り裂いて鉤爪が迫る!


 今度は反応が遅れて避けきれず、腹を裂かれた。

 火を当てられたみたいに傷口が熱い。内臓が零れるほど深くはないけれど、血が勢い良く流れているのが分かった。


「――傷の心配をしてる場合か?」

「ッ⁉」


 背後から声がした。

 振り向くことも許されず、背中に凄まじい衝撃。

 殴られたのか蹴られたのか、武器なのか魔法なのか意能なのか……それすらも分からず地面を転げ回る。体中の空気を全部吐き出させられて息ができない。


「がッ、あッ……⁉」

「さっきの一発は、お前を小物と油断していた私への戒めとして、甘んじて受けよう。だが――これ以上は、ない」


 口端から一筋の血を流した獣人族の女が歩いてくる。

 さっきの攻撃で部屋の外へ弾き飛ばされたらしく、俺は建物の中庭と思われる場所にいた。


 逃げないと……痛む体を叱咤し、周りを見渡して――完全に囲まれていた。

 獣人族の女の仲間なのだろう。全員、武器を手にして油断なくこちらを見ている。






 ――その人垣の向こう。

 離れたところに一人で立つ女と目が合った。


 女も俺を見ていた。

 目を大きく見開いて、口をわずかに開けて――どこか泣きそうになっているように見えた。


 そして俺もまた――訳もなく涙が出そうだった。

 理由を考えようとしても、後から後から込み上げてくる、名称の分からない感情が思考を塗り潰した。






「――余所見とは随分余裕じゃないか」

「ぐッ⁉」


 頭を地面に叩きつけられた。後頭部に感じる固い靴の感触。

 首に力を入れても足を押し返せない。踏む力がギリギリと強くなっていく。頭が割れると思うほどの激痛。


「グ――ァアアアアアアアアアアアアアアッッッ‼」


 獣のような叫びが口をついて、空気を叩き震わせる。あちこちで硝子が砕ける音がした。右腕の痣が激しく熱を帯びた。


「アアアアア――――――ゴ、ボォッ⁉ ……⁉」


 叫びは、激しい吐血により途切れてしまう。喉が焼ける。今までこんなことはなかったのに。

 もう一度叫ぼうとして、喉が裂かれるような痛みが走って、えずくことしかできない。


「意能の使い過ぎだな。あるいは今の肉体の強度では耐えられなくなるほど意能が成長したのか。――お前、もう黙ってろ」


 踏む力が一層強くなる。

 ダメだ、もう意識が遠のいて――……


「――待ちなさい、グラトナ」




   ***




◆探索団『終の黄昏』拠点・中庭、グラトナ・グストーナ



「――待ちなさい、グラトナ」


 凛とした声が中庭を吹き抜けた。


「……ユサーフィ、副団長」

「それ以上は、彼が壊れてしまうわ」


 取り囲んでいた人の波が割れる。

 亜麻色の髪が風に揺れ――金属鎧の上から真っ白な外套を纏った姿が現れる。

 二十代半ばながら探索団『終の黄昏』の頭を張る三人のうちの一人。

 男性を含めた全探索者の中で、最上位級の強さと目される女。


「ですが、こいつはやり過ぎています。落とし前をつけさせるべきです」

「そんな怖い事をする必要はないわ。むしろ私たちは彼の機嫌を窺う側なのだから」

「……何を言って」

「彼が倒した人外の進化石……その買取交渉を私が任されたの」

「――‼ う、嘘でしょう……⁉」


 ユサーフィ副団長の発言に他の団員たちも動揺する。

 この少年と進化石の買取交渉をする――つまり、先の遠征で私たちが追い込んだ人外について、討伐の手柄はこの少年であると、ひいては進化石の所有権も彼にあると認めることになる。


「そんなことが許されるわけ――」

「これはカサンドラも認めている話よ。異を唱えるなら相応の理由が必要になるけど、どうする? あるならば、私から彼女に繋ぐわ」

「…………」


 渋々、足の置き場を少年の頭から背中の中心へと変えた。これ以上痛みは与えないが、自由にさせる気はない。

 ユサーフィ副団長は少年の傍にしゃがみ込むと、その頬に優しく手を添えた。


「というわけで、今から話をしたいの。いいかしら?」

「…………」


 喉のケガで喋れない少年は毒気を抜かれたようにコクリと頷いた。その目は、理不尽な暴力から救い出してくれた人物を見るソレだ。

 その被害者面が気に食わず、私はコイツの背中を踏み抜きたくなる。


 せめてもの腹いせに、口の中に溜まった血を少年の頭に吐き捨てた。




   ***




◆探索団『終の黄昏』拠点・応接室、ヨア



 頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 目覚めたら襲われ、持ち物を探していたら追いかけ回され、やたら強い獣人族の女と戦って……最後は話をしましょうときた。


 その際、潰れたままでは話ができないからと、喉を治療してもらった。

 なんと治してくれたのは、最初に俺を鞘に納めた剣で攻撃してきた少女だった。

 あのユサーフィという人物に命じられ回復の魔法で治療してくれたけれど……許されるのならばすぐにでも殴りたいという目を向けられ、終始落ち着けなかった。でも治療はしっかりしてくれた。


 椅子が二つに机があるだけの部屋。けれど今まで見たことがないほど清潔で美しく(しつら)えられていると感じた。四隅には武器を持った人間が控えており、それは全員女性で、剣呑な目つきを俺に向けていた。


「待たせてごめんなさい」


 そこへ、ようやくユサーフィさんがやってくる。手には皮袋を提げている。


「喉乾いてない? 何か飲みたいなら用意するけど」

「……じゃあ――いや、やっぱり大丈夫、かな……」


 水を頼もうとしたが、ユサーフィさんの背後にいる見張りに睨まれる。


「皆、意地悪しないの。……魔法でいいのならすぐ出せるよ」


 ユサーフィさんが机を指でなぞる。

 すると、木の机から芽が出た。芽がどんどん成長して杯の形を取る。瞬く間に木の器が出来上がった。

 俺がその光景に目を奪われていると、今度は空中に水球が現れて膨らんでいき、一定の大きさになるとポトリと落ちて杯を満たした。


「す、すごい……‼」


 俺は水を飲むのも忘れて興奮した。

 今まで見た魔法といえば魔物を殺しうるようなものばかりだったけれど、こういう魔法も存在するのか……。


「――さて、本題に入るけれど」


 机からもぎ取った杯の水を俺が飲み干したところで話が始まる。


「君が倒した人外、覚えているかな?」

「……正直あんまり……ずっと歩きながら戦っていたから、途中から記憶が飛んでて……」

「ここではね、人外を倒した人に進化石の所有権があるの。これは強力な取り決めで、そうでもしないと奪い合いが止められないからね。君の場合は特殊な状況――もともと私たちの探索団が狩っていた人外を、戦いに巻き込まれた君が手負いだったとはいえ単独で討伐したの。君が人外を倒す前に私たちが介入することもできたけど、私たちは傍観を選んだ。君の実力を知りたくてね」

「はあ……」


 話を聞く限り、ユサーフィさんたちが取り逃がした人外を、俺が倒してしまい、その様子を助けに入らず陰で観戦していた――ということらしい。

 本当なら、俺はもっと怒って然るべき事なのかもしれないが、


「別にもう……どうでもいい」

「ん?」

「進化石も、貴方たちの好きにしてくれていい。俺は、他にやることがあるから……」


 俺は復讐をしなければならない。

 ライカを殺した人外を探し出し、殺さなければならないのだ。

 進化石の所有権で揉めて時間を奪われるくらいなら、くれてしまったほうがいい。

 進化石は必要になった時に、人外を探し出して倒せばいいのだ。

 余計な事に時間を使いたくない。自分にそんな怠惰は許されない。

 ――ライカを、大切な人を守れずにおめおめと生きている自分には。


「お金も要らないです。俺が壊した窓とかの修理に使ってください」

「それじゃあお釣りの方が圧倒的に多いんだけどね。まあ君がそれでいいなら」


 これで弁償の話はついた。


「君はこれからどうするの?」


 早く外に出たいなと考えていたところに、そんな事を聞かれた。


「君のやることが何かは分からないけれど、服と装備品以外何もなしというわけにはいかないでしょう? レアルムならほとんどの物は揃うはずだから、よかったらうちの団が懇意にしているお店とか紹介できるよ。なんなら支度にかかる費用はウチが持つけど」


 その申し出に答える前に、問うべきことがあった。


「ずっと気になっていたんだけど……ここはどこなんです?」


 そう質問すると、ユサーフィさんは目を丸くして驚いた。

 それからクスクスと微笑んで立ち上がり、俺を窓のところに手招きした。


「この景色に憧れて、一攫千金を夢見て、探索者が集う都市。世界開拓の最前線」


 ユサーフィさんの視線を追うように、窓の外を見る――




「――探索者の楽園、自由都市グアド・レアルムだよ」




 ――言葉が出なかった。


 俺が今まで知る世界は、乾いた薄暗い荒野と〝はぐれ街〟の貧しい街並みだけ。

 でも、今、目の前に広がるのは……


 大地を整然と埋め尽くす建築物の群。

 空を突き、煙を吐き出す無数の尖塔。

 目には見えないけれど確かに感じられる、たくさんの人々の息遣い。


 美しい、と思った。

 何もかも忘れて、一瞬、この景色に見入ってしまった。

 この世の全てがここにあると言われても信じてしまいそうなほど、満ちている(・・・・・)


 通りを歩く人々は皆、楽し気な笑顔だ。時には悩んだり困ったような様子の人もいたけれど……少なくとも、絶望しているようには見えなかった。

 必ずやってくる明日を想像して、うなだれている人はいなかった。


「……ライカに」


 ――ライカに、見せてあげたかったな。


 狂おしいほどに、そう思った。

 ユサーフィさんの言う通り、ここには何でもあるのだろう。


 でも、俺の大切な人だけは、いない。


 目と耳から飛び込んできた感動が、心に空いた穴から全部零れ落ちていく気がした。

 隣でユサーフィさんが何かを話しかけてくれていたけど、俺の視線はずっと窓の向こうの街並みを見ていた。

 あの中に、俺とライカが笑いながら並んで歩いている姿を想像して、それは叶わない願いだと気づいて、何もかもが……どうでもよくなっていった。

◇杯の実【さかずき-の-み】

魔法/共通魔法


木から杯を作り出す魔法。

蝕業を問わず習得しうる共通魔法。


命芽吹き、成長し、やがて杯を実らせる。

なお、注ぐ中身は、別に用意が必要だ。

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