表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
第一章後編 殺し屋たちの狂宴
59/108

第五十九話 命の目標

◇焔纏い【ほむら-まとい】

魔法/付与魔法


武器に炎を纏わせる魔法。

付与魔法の中でもよく知られた一つ。


しばしの間、炎を纏うことにより、

武器の殺傷力を飛躍的に高める。

また、この炎は武器を握る者を焼くことはない。


火は、多くの生き物の恐れるところである。

ゆえに大抵の魔物に対し、この付与魔法は効果的だ。

   ***




◆自由都市グアド・レアルム、探索団『終の黄昏』拠点・共同浴場、ウェンブリー・アンガー



「合同警邏(けいら)?」


 夜、湯気の立ち込める浴槽に身を静めながら、カレンが口にした単語を繰り返す。


「ああ。正式にギルドから通達が来た。時期的にはそろそろあってもおかしくはない」


 お湯の中で揺れる湯着の裾を見つめながら、私は溜息を禁じえなかった。


「あーいやだいやだ。今度はどんな塩漬け依頼を回されるのかしら」

「まあ……確かにな。都市のためとはいえ、(どぶ)掃除とかは精神的に疲れる」


 そう言ってカレンが苦笑する。普段無表情のこの女もこれまでの事を思い返してか辟易とするものがあるんでしょうね。


「それは楽しみじゃのう! ワハハハハー!」


 対照的に、広々とした浴槽のど真ん中を泳ぐニコラは能天気の極み。

 ちなみにコイツは素っ裸で入浴している。勿論そんな真似をしてるのはコイツだけ。


 共同浴場は必然、他人に肌をさらすことになる。入浴するんだから当たり前だ。

 だから少しでも露出を減らすために、湯着を着用しての入浴は探索者の常識、いや礼儀と言ってもいい。


 胸元、両腕、腹部――つまり蝕業、進値、魔法、意能を覆い隠す湯着を着ないというのは、非常識以前に危機意識の欠如。自分の武器、手札を開陳する愚行に他ならない。

 それをコイツは……!

 しかも嘆かわしいことに、あのヨアの奴も、ニコラほどとは言わないけれど、そのあたりの意識が薄い……かなり薄いのが節々で感じられる。


 そんなにうるさいことを言うなら、個人で水浴びをするなり蒸した手拭いで体を拭けばいい……なんて意見する無粋な(・・・)輩もいるけれど、それはそれ、これはこれ。

 暖かい湯の張った浴槽にのびのびと浸かる――風呂には、時に抗いがたい魅力があるの。女にとっては特に。


 それに、個人で好きな時に風呂を準備しようと思うと……自分で水を汲んで火を起こすのは時間がかかるし、風呂に入るためだけに魔法で火や水を出すのは勿体なさ過ぎる(・・・・・・・)から、自然と魔道具に頼らざるを得ない。でも、魔道具はバカ高いから手が出ない。そんなお金があるならもっと別の物、武具に使いたくなるし……。


 まあ、つまり何が言いたいのかというと、多少の危険は呑み込んででも入りたくなるほど、風呂は素晴らしいということ。


 その点で言えば『終の黄昏』は最高ね。女性比率が圧倒的に高いから、風呂以外にも現実的に女性に必要なものが揃ってる。

『蒼の天盤』とか『紅蓮の戦旗』も武名で鳴らしてるらしいけど、ウチには負けてる。

 だって風呂が無いから。


 ちなみにレアルムにも何ヶ所か公衆浴場があるけど、あれは市民用。男女で別れるだけで入浴に湯着は無い。なお、探索者はお断り。両腕の魔法・意能とか高進値の痣が、他の入浴者に恐怖感を与えるとか何とか。あほらしいわ。どうでもいいけど。


「はあ……」


 全身を包み込む気持ち良さに思わず息を吐く。これは溜息じゃない。


「私は孤児院の訪問がいいのぅ! 子供たちと一緒に遊ぶんじゃ!」

「私は普通に市内の警邏がいい。……ウェンブリーは?」

「どれも嫌よ。めんどくさい」


 合同警邏……実態はただの一斉雑用処理(・・・・・・)でしかない。


 自由都市グアド・レアルムは探索者の都って言われるぐらいだけど、勿論普通(・・)の市民も住んでいる。というより市民の方が大多数に決まってる。

 それも当然の話、私たちが〝外域〟に出掛けたところで、ある日突然食料が降って湧くことはないし、縫製された衣類が風に乗ってやって来ることも、住居が地面から生えてくることも勿論ない。

 当たり前に享受している生活は、それを支える農家、商人、職人のお陰で、探索者が人の営みに貢献している部分なんて、実は大したものじゃないのだから。


 それでも探索者が忌み嫌われながらも重宝されるのは、(ひとえ)に外敵からの防衛を担っているからに過ぎない。


 野生の獣。

 ならず者。

 魔物。

 人外。


 暴力には暴力で対抗する存在が必要。だから私たちは、人間社会に席を空けてもらっている。

 探索者はどうだか知らないけど、ギルドはこの事実を軽視しない。

 だからこそ、合同警邏なんてご機嫌取り(・・・・・)を定期的に実施しようという。「私たちは皆さんの役に立っていますよ。持ちつ持たれつの関係なんですよ」というのを行動で語ろうというのだ。


 合同警邏で何をするかというと、具体的には、街中を巡回しての治安維持活動が一つにあるけど、これはまだ恵まれている方の仕事。


 一番嫌でめんどくさいのは、労力の割に報酬が少ないせいでギルドに長期間眠っている〝依頼の名を被った奉仕活動〟――所謂(いわゆる)塩漬け依頼を強制的に請けさせられることね。

 ギルドへの貢献点稼ぎを狙う新人や、人助けが趣味な物好きすら避けて通った(・・・・・・)のだから、正直、内容は推して知るべしって感じ。


 前回の合同警邏以降、まったく掃除されていない公共汚水処理槽に潜っての汚泥掃除。

 依頼が出されてから時間が経ち過ぎて、もうとっくに死んだか都市外に逃げただろう愛玩動物の、建前上の捜索活動。

 長い間放置されたせいで鼠や虫の楽園と化した、旧区画の建物の解体撤去作業。


 こういうのは勿論、魔法とか意能抜き(・・)でやる。

 だってこんな事で魔法なんか使ってたらあっという間に練度が上昇して、肉体と精神の負荷がすぐに限界に達してしまう。


 ……こう並べてみると、ニコラの孤児院訪問は結構アリかもしれないわね。

 適当にガキどもの相手をして、最後は疲れさせて寝かしつければいいわけだし。それも大変ではあるんだけど……。


「……はあ……」


 考えすぎてのぼせそうになったから、私は浴槽から出て洗い場へと向かう。


 板と扉で仕切られた洗い場は、今はどの場所も空いていた。

 ふと視線を感じた方に首を振ると、同じように体を洗いに来たところを鉢合わせた奴が、面白いものを見つけたと言いたげな顔をしていた。


 知っている……私が籍を置いている魔法部隊の奴だった。

 共同浴場なんだから私以外の誰かがいるのは当然とはいえ、不愉快な目つきだったらありゃしない。

 視線を無視して適当な一室に入る。すると隣の個室の扉が閉まる音がした。今ならどこも空いてるのに、わざわざ隣を選んだらしい。


 濡れて重たくなった湯着を脱ぎ、壁にある専用の出っ張りに掛けると、私は一糸纏わぬ姿になる。ちゃんと仕切りがあるとはいえ、この時ばかりは少し緊張する。ほんの少しね。


 目の前の把手(とって)を捻り、天井の細かな穴から出る温水を浴びる。

 備え付けの石鹸で体を洗っていると、


「意外と元気そうね」


 水滴が跳ねる音に混じって声が聞こえる。くぐもってはいるけれど、この仕切りは、天井と足下が横から角度的に覗けない程度に壁がないから、一応会話はできる。


「あら、飛ばされてしょぼくれてるとでも思った?」

「ええ、思っていたけれど(・・・・・・・・)? 気丈そうに見えて、けっこう気にするとこあるじゃない、アンタ。部隊で腫れ物扱いされてるの、へっちゃらそうなフリして時々憂鬱そうに顔に出てるわよ。気づいてるか知らないけど」


 (あざけ)りを含んだ台詞が飛んでくる。口の減らないこと。


「そうね……やっぱり仮にも背中を預ける相手が弱っちいと、溜息も吐きたくなるわ。ましてやその自覚も無くて、群れるぐらいしか能がないときたら、どうしても……ねえ? 分かるでしょう?」

「……ッ、特殊任務小隊だかに選ばれて浮かれてるみたいだけど、あんなの、ただのお荷物の掃き溜めじゃない。アンタの性根が変わったわけでもなんでもないんだから、いずれ幻滅されてまた一人ぼっちになるだけよ」

「ご心配どうも。あなたこそ、意外と(・・・)優しいのね」

「……アンタがセフィルの救援を拒否したの、部隊の全員が忘れてないわよ」

「救援? 心中(・・)の間違いでしょ、あの状況なら。助けられる見込みがあるなら助ける。そうじゃないから諦めた。なぜ、セフィルだけは当てはまらない(・・・・・・・)なんて思えるの」

「私たちは仲間を簡単に見捨てたりなんかしない!」


「――でも、仲間のためだけに生きてるわけじゃない」仕切りの向こうにもはっきり聞こえるように言ってやった。「私にはもっと他に大切なものがある」


 だから、この命をくれてやることはできない。


「――死んじまえ!」


 隣で壊れそうな勢いで扉が開き、ペタペタと濡れた床を叩く荒々しい足音が遠ざかっていく。それを尻目に私は悠々と体と髪を洗う。

 洗い終えて湯着を再び着用して外に出ると、カレンとニコラがいた。


「ウェンブリー……」

「どうしたのじゃ?」


 さっきのやり取りを聞いていたわけじゃないんだろうけど、何かはあったと察したのかな。


「別に何も。お先」


 肌に貼り付く冷えた湯着をさっさと脱ぎ捨てるべく、何か言われる前に私はさっさと浴場を去る。


「……ホント、皆、バカみたい」


 後ろ手に浴場へと繋がる扉を閉め、誰もいない更衣室で私は我慢できず呟いた。


 相手を助けることと、命を(なげう)つことは、また別の話でしょ。

 一個しかない自分の命を、長らく寝食を共にした仲間という理由だけで(・・・)衝動的に使うことなんて、私には出来ない。


 あるいは、その愛情の易さを、羨ましいと言うべきか。


 それとも、命の目標(・・・・)を未だ得ていない不幸を、憐れむべきか。


「――ま、私には関係ない話だけど」

◇共同浴場【きょうどう-よくじょう】

地名/都市/施設


都市に設置されていることのある公共の浴場。

入浴料を支払い、男女に別れて利用する。


そのほとんどは進値1の市民向けの施設であり、

探索者のような高進値者は利用を断られることが多い。


その当てつけのように、探索団自らが作成した浴場は

設備・内装ともに財を凝らした豪華な傾向にあり、

やはりというか、機密保持を名目に、市民お断り、である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ