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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
第一章後編 殺し屋たちの狂宴
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第五十八話 指名依頼その2

◇グリシャット【ぐりしゃっと】

遊戯/盤上遊戯


兵科を模した駒を使って相手の〝王〟を追い詰める遊戯。

二人対戦の盤上遊戯。


様々な盤上遊戯があれど、グリシャットは

対戦する盤が複数種類あることが特徴的である。


各兵科の特徴だけでなく、山岳、湖沼、要塞など、

盤ごとの地形的要素も把握し活用できなければ、

この遊戯で王者となることはできない。


最大の難点は、盤が複数あるということは

この工芸的価値すらある盤を複数買うということで、

ゆえにグリシャットは金持ちの遊戯と揶揄される。

   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、探索団『終の黄昏』拠点・治療室、ヨア



「…………………………」

「…………………………」


 気まずい。


「で、できました」

「……ダメね。やり直し」


 重苦しい雰囲気の中、俺はミネルヴァに治療の方法を教えてもらっている。

 今は深い切り傷ができた場合に傷口を開かないようにする包帯の巻き方だ。傷ができた場所によって巻き方が変わるので案外難しい。


 ギルドで模擬戦をしたり、地下水路で強力な魔物と戦ったりと、怒涛の出来事があった――からといって、俺の教育計画に変更はない。予定通りミネルヴァにご教示いただいているわけだった。


 ……気まずい。


 一方的に俺が意識しているだけかと思うが、ミネルヴァの纏う空気も明らかに固い。

 表面上は努めて無意識……というか無表情に近くなっているせいで余計にそう感じる。


 俺たちの間には見えない線が横たわっている。

 線があるということは、領域が生まれるということ。

 何人であろうと、踏み入ることを拒絶する領域が。


〝――俺がどんなにケガしても、ミネルヴァがまた元通り治してくれると思えば……〟


 俺の発言はまさに、ミネルヴァの踏み入ってほしくない線を越えるものだった。


〝――ごめんなさい〟

〝――私にそう言い残して死んだ団員がいたの〟


 だからこそ、ミネルヴァは暴力をもってしてでも俺を拒絶したかった。


 ああ……でも、そうか。


 人と人が一緒にいるってことは、この線を超えないように、共に生きていくことなのかもしれない。

 だから皆、相手の線のある場所を知りたくて、怖がりながら触れ合っていく。

 一度線に触れてしまったから、次から相手にどう接していいか分からなくなって、気まずくて、言えたはずの言葉をどんどん失っていく……。


 気づけば、包帯を巻く俺の手の動きは止まっていて、

 それを注意しなきゃいけないミネルヴァも、無言で視線を落としている。


「……今日はもう、やめよっか」

「あ……」

「集中できないのに続けても効率悪いしね。ごめんなさい、私がこの前あんな事したから」

「違う、俺がミネルヴァの――」


 最後まで伝えることは叶わず、ミネルヴァはささっと治療室を出て行ってしまった。


 自分以外誰もいない部屋の中で、広げられた治療道具を一人片付けながら溜息を禁じえなかった。


「はあ……」

「――めんどくせえ関係やってんなあオイ」

「うおわッ⁉」


 治療室にある幾つもの寝台、その一つにいつの間にかギルが寝ている⁉ 吃驚(びっくり)した!


「いや、わざと驚かしたわけじゃないからな? 先に俺が二日酔いで寝っ転がってたところにお前らが来たんだぞ? 目ぇ覚めたと思ったら、何か知らねえが包帯巻き合ってるお前らがいて、俺の存在にも気づかねえほど意識し合ってたみてえだが……お前ら付き合ってんの?」


 と、(まくし)し立てた後、思いついたように訊ねてくるギル。


「確かにミネルヴァには俺の治療方法の勉強に付き合ってもらってるけど……」

「いや、そういう意味じゃ……いや、分かった、そういう回答が出るってことは付き合ってねえってことだな」


 なにやら一人で謎を膨らませ一人で解決したらしい。まあ、納得したなら何よりだ?


「お前、後でちゃんと謝りまくっとけよ。こういうのは大抵男側が悪いらしいから、とりあえずすまんって言っておけば大丈夫だ。……でも俺が同じようにしたらもっと怒ってくるのはなんなんだろうな? マジで」


 謝っておけば何とかなるって、高を括ってるところを見抜かれているんじゃないかな?

 俺の呆れた様子にもどこ吹く風、ギルは寝台に寝転がり直す。もうひと眠り決め込みそうな勢いだ。


「でも真剣に、ちゃんと謝っておけよな。じゃねーと、いざ大ケガした時に治療してもらえねえかもだぞ。回復魔法の使い手は貴重なんだからな」

「……似たような事を言ったら怒られたよ。そう思ってるから無茶をして大ケガするんだって――昔、そう言って死んだ人がいるからって」

「…………なるほどな」


 喧嘩の原因はそれか、とギルは仰向けのまま足を組み、頭の下に両の掌を敷いて長考の構えを取った。

 そのまましばらくの無言を経て、


「ま、あんまり気にするな」


 ……考えた時間の割には、酷くあっさりとした助言をくれたのだった。


「……そんな簡単に言うなよ」

「大丈夫だって。ミネルヴァも寝て食って遊んでたらスッキリして忘れるっつーの。お前も寝て食って遊んだら忘れるだろ?」

「いや、どうかな……」


 それはなんとも都合の良い頭をしているなとしか思えないけど。


「どうせあれだ、心の傷を刺激しちまって喧嘩になってぎくしゃく……そんなところだろ」


 まあ、要約すると、そんなところだろうか。


「そんなのどこにでもありふれた、普通のことだぜ。フツーフツー」

「……そんな言葉で片づけちゃいけないだろ。俺は悪い事をしたんだ。だから、ちゃんと謝りたくて」

「――お前、ミネルヴァだけが特別に可哀そうな経験があるんだとか、思っちゃいねえよな?」


 ドキリ、と、心臓が跳ねた。


 それは無意識に思っていることの核心を突かれた――わけじゃなく。

 俺を見据えるギルの目が、今まで見たことのない冷徹な色を帯びていたからだ。


「みーんな、大なり小なり何かを抱えて生きてるんだよ。生きまくってるんだよ。平々凡々に暮らしてるような奴でもそうなんだ――探索者が心の傷を抱えてるなんて、当たり前の事だろうが。富と名声を得るために、あるいはただ純粋に生きるためだけに、自分の命を本気で賭けまえるような奴らだぞ。そうするだけの背景があるに決まってるじゃねーか」


 窓の硝子を風が叩く音がした。

 ギルの言葉に震えるように、半開きの扉がことりと揺れる。


「成る前も、成った後も、心の傷はどんどん増えまくっていく。人と交わるほど、無遠慮に傷を撫でられる機会も増えていくし……いつかその痛みにも慣れていく。いや、慣れていかなきゃならねえんだ。――それができない奴から死んでいく。そういう世界にどっぷり浸かってんだよ。アイツも、俺も」


〝――お前も(・・・)


「……厳しい、な……」

「おうよ。俺にだって含蓄の一つや二つぐらいありまくりだぜ。いつもふらふら遊び歩くだらしない奴と思ってたら大間違いだぞ?」


 俺はギルの語ることに圧倒されて……どう言えばいいか分からなくて、ただそんな、厳しいっていう当たり前の感想しか出てこなかった。

 それが……悔しい。

 そうじゃないだろって、言い返すこともできない自分の人生の浅さが。


 ――でも。


それに慣れること(・・・・・・・・)って、良いことなのか……?」


 何の気なしに、思わずぽろっと口から零れ出た言葉。

 今まで言われっぱなしで、圧倒的な経験値にやり込められたことに対する反抗……というつもりで選んだ言葉ではなかった。


 けれど、ギルは一瞬だが、酷く――怯えた顔をした。


「それはお前」


 まるで自分に語りかけるようにギルは呟いた。


「〝慣れないならずっと苦しんで、うなされてろ〟……ってことじゃねえのか?」

「……けど」

「だったら、俺は――考えねえ。慣れることが良いだとか、悪いだとか、そんな事は絶対に考えまくらねえ。もし今日お前が死んだら、俺はお前を悼みまくって、明日にはいつもどおり〝外域〟に出掛ける。昔こんな面白い奴がいたんだって、誰かに思い出(・・・)を語って終わる。薄情だと思うか? でもな、俺は同じ団の仲間を守るのと同じように、俺の心だって守らなきゃいけないんだよ。だって俺は死にたくねえんだ。先に逝っちまった仲間に縛られたりはしねえ。だから――」


 ギルの口上が止まる。

 何があったのかと見つめていると、彼は目を見開いて、呆けたように、握っていた拳を弛緩させた。

 その様子はまるで、


「ギル……?」

「だから、俺は――


 ――いつかどこかで、その報いを受けるんだろうな」


 逃げて逃げて逃げて……どうしようもならないほど追い詰められて、立ち向かってももう無駄だと。

そう語るギルの姿に、己の死を悟った魔物の姿を思い出した。

 あまりにも酷い例えとしか言いようがないけれど、俺には、さっきのギルがそう見えてしまったのだ。


 それを誤魔化すためじゃないけれど、


「――すごいな、ギルは」


 俺はギルに礼を言った。言わなくちゃいけなかった。


「……俺は割と、嫌な事を言った自覚はありまくりなんだがよぉ。まさか、素直に礼を言うか、普通? 俺はお前が死んでも忘れるようないい加減な奴なんだぜ?」

「そうかもしれないけどさ……でも多分、ギルはいい加減だからこそ、いい加減に済ませちゃいけない事が分かってる気がする。上手く言えないんだけど、でも……ギルはやっぱりすごいよ」

「…………」


 ギルはしばらく放心したように動かなかった。

 そして俺から視線を切ると、


「そこの扉の影で盗み聞きしてる奴にも言い聞かせてってやってくれよ」

「――――‼」


 ハッと目をやると、確かに半開きの扉からはみ出た、見覚えのある尻尾が揺れている……。


「グラトナ大隊長……」

「ち、違うぞ。私はちゃんと声をかけようとしたんだ。だが異様な空気を感じて頃合を見ていたんだ。邪魔しないように息を潜めて」

「それを盗み聞きって世間じゃ言いまくるんじゃねえですかね?」

「不慮の事故と言うんだバカ!」


 そんなことよりもだ! とグラトナ大隊長はズンズンと大股で近寄ってくると、俺の鼻先に一通の手紙を差し出した。


 朱い封蝋、『指名』の文字。


 それはとても最近、見たことのあるものだった。


「――またご指名だぞ、ヨア」

◇夢遊騎士【むゆう-きし】

魔物/不明


〝迷宮〟――〝朧の城壁〟に出現する魔物。

重厚な鎧を全身に隙なく纏っている。


〝朧の城壁〟の周囲を守るように徘徊しており、

剣宮の騎士ほどの脅威はないものの、

一体一体が並みの魔物を凌駕する強さをほこる。


その足取りは、威圧的でありながら不確定。

剣閃は鋭くも、朧気で曖昧な軌跡を描く。

倒したとて、死体も何も残さず、完全に消滅する。


――そしてまた、夢から覚めるよう、唐突に現れる。

何度でも、長夜の悪夢の如く。

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