第五十七話 宴の前
◇輝ける聖剣オルトテレス【かがやける-せいけん-おるとてれす】
魔法/召喚魔法
輝ける聖剣オルトテレスを召喚する魔法。
膨大な光熱で常に光り輝いており、
対象を熱で焼き切り、刃から放たれる光波も同じく
必死の熱量を孕んでいる。
オルトテレスは世界で最も輝く剣である。
それは召喚の直後から周囲一帯のあらゆる光を奪い、
漆黒の空間で己だけが唯一の星となるからである。
***
◆???
何もない空間で炎が燃え上がった。
ちょうど人間を飲み込めそうな大きさのソレは、金色の髪と紫色の髪の少女を吐き出すと、すぐに鎮火した。
――否。
いつの間にか少女たちの容姿は見慣れている――少なくともここ数日の彼らには――黒髪と白髪の状態に戻っている。
「メアリーサリー」
「「なあに?」」
少女たち――メアリーサリーは隠れ家へ帰還して早々、険しい声に呼び止められた。
窓が無く、広いだけのジメジメした空間。隠れ家と呼ぶのもおこがましいそこは、数日分の食料と簡素な寝床を持ち込んだだけの、視線を遮るものは等間隔で立つ巨大な石柱だけという劣悪な環境だった。
そんな場所に、少女たち以外に存在する異物。
人形――辛うじてそう形容せざるを得ない巨大な物体である。
色味も何もない頑丈なだけの布を継ぎ接いだ袋。魚の背鰭のように長い髪の毛が大量に溢れ出ている。全身の縫い目からも髪の毛が飛び出し、全体的に悍ましい造形を作り出すのに一役買っている。
壁に埋め込まれた魔石灯がもたらす光は薄暗いが、明かりを反射する埃の中に、ところどころ線のような光が混じっていた。
「さっきの子供、あまり目立つような真似はしてくれるな」
人形に口は無かったが、中からくぐもった声が響いてくる。
「モーサンパッション」「また人の話を」「盗み聞きしていたの?」「こんな所から」「あんな場所まで」「悪い人ね」
「情報収集の一環だ。……こちらの存在が気づかれるのは時間の問題だが、わざわざ正体に繋がる情報をこちらから残す必要もない」
メアリーサリーが不満そうに口をとがらせる。
「でもぉ」「ぶつかってきたのは」「あの子のほうからだもの」「それに」「姿は見られけど」「罰として視界を」「潰したのよ」「それでも不安?」
「本当ならあの子供は縊り殺しておきたいところだが、我々は〝殺し屋〟だ。依頼にない殺しはできない。私も、お前も」
「あら?」「私たちは上手くやれば」「その限りではないけれど?」
どこか挑発する意を含んだ返答に、しかしモーサンパッションと呼ばれた人形――〝殺し屋〟は応じない。
「捧げた〝誓約〟の違いで言い争うつもりはない。我々の一般論としての話だ」
「はぁい」「つれないのね」
二人の少女――メアリーサリーも、この〝殺し屋〟の先達に舌戦は徒労だと諦めたのか、素直に引き下がった。
代わりに、新しい玩具を探す目つきで室内を見渡す。
「そう言えば」「ツェラちゃんは」「お出かけ中?」
柱があるだけの空間に隠れる場所などほとんどないため、メアリーサリーはもっともな推論を口にする。
「いや」モーサンパッションはのっそりとした様子で腕を上げる。「そこで寝ている」
つられて視線を上げると――清潔な白い服を身に帯びた少女が柱に縛り付けられ、気持ちよさそうに寝入っていた。
「これは」「びっくりだわ」「ツェラちゃん」「自由過ぎない?」
「ヴァルガから面倒を頼まれたが、勝手に出歩こうとするから縛っている。色々試したが、この形が一番気に入ったようだ」
モーサンパッションの言うとおり、柱に貼り付いたツェラは苦痛の無い表情で眠りこけ、だらんと垂れた頭から落ちた涎が床にまばらに染みを作っている。
その時、ドタドタと忙しない音を立てながらヴァルガがやって来た。手には食料品の詰まった包みを抱えている。
「……おい、ツェラ、どこだ。旦那、アイツがどっか行かないように頼んだよな?」
言いながら、違和感に自分の頭へ手をやるヴァルガ。
手には嫌な粘性を帯びた液体と、見上げてその正体を知り、絶句する。ちょうどツェラが縛られた柱の真下に彼は立っていた。
「……おいおいおいおい! 何をどうしたらこういう状態になるんだ! ――って、クソッ、涎垂らすな汚ねえじゃねえか! アホ面さらして寝やがってよ……」
ヴァルガの止まない悪態に、ついに耐え切れないとばかりにメアリーサリーは笑い転げた。
「おじさんって」「とっても普通ね!」「見ていて逆に」「新鮮だわ!」「まるで普通の」「人みたい」
普通――その言葉がヴァルガにとってどういう意味があるのか。
彼は苦虫を嚙み潰したようになりながら、ゆっくりと床に降ろされるツェラを抱きとめていた。
「おい、起きろ。ツェラ!」
「……んえ」
ヴァルガの呼びかけにツェラが目を覚ます。
「飯の時間だ」
「あうあー」
だが寝足りないのか再び横になり、包みから転び出た果実を掴み寄せ頬擦りする。その所作からは言葉を理解している様子を見出すのは困難であった。理解したうえで無視しているのかさえも。
ヴァルガは溜息とともに食事をさせることを諦め、少女の首輪に繋がった鎖の端を手に巻き付けた。
「ねえ」「ずっと不思議に」「思っていたけど」「今の今まで」「聞かず仕舞いだったけれど」「おじさんと」「ツェラちゃん」「二人はどういう関係なの?」
「ツェラはただの道具だ。関係も何もありゃしねえ」
どう見ても尋常ではない間柄だと思わずにいられないものの、ヴァルガがそれを説明する様子はない。
「つれないのね」「悲しいわ」「ツェラちゃんは」「私と仲良くしてね」「お近づきの印に」「これをあげるわ」「買ったわいいけど」「この非常食固くって」「私はいらないから」「肌身離さず」「大事に持っててね?」
「あう? あうあうあー!」
「オイ! ツェラによけいな物をやるな! ツェラ、それを渡せ」
「う~! うぅぅ~!」
「くっ、ああもう! 好きにしろ!」
ほんの少しの格闘戦の後、ツェラから物を引き剥がすことを諦める。
「……俺とツェラの関係なんざ、お前に比べれば大したことねえよ」
淀みなく、狂いなく、二人で交互に喋る白と黒の少女たちに対し、ヴァルガはそう吐き捨てた。
「くくく」
その掛け合いにモーサンパッションがくつくつと、異形という他ない毛むくじゃらの図体を揺らした。
「なるほど。ならば俺の見た目の前では大抵のことは普通だな」
「あ、いや、別に旦那に悪気があって言ったわけじゃなくてだな」
「分かっている。だが……確かにお前は本当に普通だな。〝殺し屋〟ではあるが、大衆としての感性を完全には失っていない。言動の端々に残滓がある」
「それは……俺がまだ未熟ってことか?」
「そうではない。稀有だといっているだけだ。未熟だろうが熟れていようが、標的を殺せるなら違いに意味はない」
結果が全て。
厳しく殺伐とした狂人の世界に生きる先達の言葉に、ヴァルガは目を伏せる。まさしくそのとおりだと。
そのために新人の自分たちは依頼の確実な達成を積み重ねなければならない。その目論見は今のところ概ね実現している。
だからこそ〝殺し屋〟が協力して遂行する今回の合同依頼に抜擢されたのだ。
「……ああ、そうだな。殺したかが全てだ。アンタらに迷惑はかけねえつもりだ」
「まあまあ」「そう固くならないで」「適度に息を抜きながら」「状況を楽しみましょう」「せっかくグアド・レアルムに来たんだし」「珍しいものでも見物したり」
だが続く少女たちの楽天的な物言いには、うんざりした表情を隠せないヴァルガ。
「観光? ギルドの膝元で自分から目立ちに行こうたあ、バカは休み休み言え」
「さっき外で騒ぎを起こしかけたのを注意した」
「ハア⁉ お前ら出歩いてたのかそのナリで⁉」
「ええ!」「出てやったの!」「練り歩いてやったわ!」
信じられないと目を剥くヴァルガに、むしろメアリーサリーは誇らしげに胸を張った。
その行動を咎めるべく口を開きかけたヴァルガの機先を制して、
「――でも」「だからこそ」「次に行う殺しは」「確実に成功するわ」
とも言い放ったのだ。
「状況は良い感じに」「茹ってきてるわ」「警戒はしてるけど」「厳戒には至ってない」「そんな状況に」
ヴァルガは不可解に目を細めるが、モーサンパッションは不確定要素の一つを潰せたことに得心が行き頷きを返した。
「あとは依頼人からの注文で」「下拵えをしてきたの」「遊んでたけど」「仕事はしたのよ」
「……だったらいいんだがな」
〝殺し屋〟の鉄則である『目立たない』を平然と無視したことに怒りは感じるが、どうやら熟練の〝殺し屋〟たるモーサンパッションも承知のうえであるならば……、ヴァルガは捨て台詞を吐くしかなかった。
思い返せば、先のモーサンパッションの台詞も、外で騒ぎを起こしかけたことに苦言は呈したが、外出そのものを責めてはいなかった。
それに、依頼人からの注文と言われれば、それが致命的なものではない限り、ヴァルガに口出しする権利はない。
なぜならば、今回の依頼を直接請け負ったのは〝双星〟メアリーサリーであり、モーサンパッションとヴァルガはメアリーサリーの仲介で請け負ったに過ぎないからだ。
勿論、協力するのは各々の〝誓約〟に沿う範囲でだが。
ヴァルガにとって未だに不可思議なのは、今回の依頼内容をなぜ〝双星〟に依頼したかについてだ。
達成に適した〝誓約〟の〝殺し屋〟は他にもいる中で、なぜ同業者ですら距離を置くような、いっとう狂った〝誓約〟を選んだのか――
「……外出は依頼の範疇だってのは理解した」湧き出てくる疑問を振り払うようにヴァルガは口を開く。「だとしても、舞台に立つ前から袖で歌いだすような真似はするんじゃねえぞ。お前らが殺しの先輩だろうと、言うべきことは言わせてもらう」
「俺も同意見だ」モーサンパッションも追従する。「グアド・レアルムに〝殺し屋〟がいることはギルドもさすがに勘づいているだろう。しかも折り悪く〝死神〟が先に来ていたようだ。来訪は偶然のようだが、街の声を拾って分かった」
「……! マジかよ……」
「「……へえ」」
だが少女二人がその通名に怯むことはなかった。
「それはなおさら」「好都合じゃない」「〝死神〟が注意を引き付けてる間に」「私たちの仕事をしちゃいましょ」
「いや、〝死神〟と俺たちの殺しの手口は違い過ぎる。すぐに別人の犯行だと気づかれるだろう」
「ええ」「お利口さんには、ね」
モーサンパッションのもっともな指摘は、これから行う次の殺しには些末な事だった。
些末な事に、成り下がっていた。
今日、グアド・レアルムを練り歩いて確信した。
〝誓約〟――相反の〝殺し屋〟、〝双星〟メアリーサリーの二人はまったく同時に笑う。
まったく同時に、凄烈たる笑みを。
「平和惚けした連中に」「強烈な一刺しを」「捻じ込んであげましょう」
この街は、〝殺し屋〟の恐怖を思い出すことになるだろう、と。
「一つ、話がある。標的の割り振りだ」
すぐに迫った決行に備え、各々が散り散りなろうという時。
モーサンパッションが皆を呼び止めて切り出した。
ヴァルガは怪訝そうに眉を顰め、メアリーサリーは何を言うのだろうと期待を露わにしている。ツェラは寝ていた。
全員が傾聴していることを認めてから、モーサンパッションは相変わらず男とも女とも区別がつかない、くぐもった声色で冷徹に告げる。
残る標的は五人。
依頼人が意能で描いたという精巧な写し絵が五枚、壁に留められている。
その内の二枚を伸ばした髪で触れながら、
「コイツと――ギル・ラーゴットは俺が殺す」
◇妖精鱗粉【ようせい-りんぷん】
魔道具/〝遺産〟
降りかけたものを不規則に転移させる粉末。
遺産階級:封印
この輝ける粉末を浴びたものは
生物・非生物を問わず、全く未知数の場所に転移してしまう。
それは見慣れた通り道かもしれず、
人跡未踏の秘境かもしれない。
〝遺産〟としては珍しく、ただそれだけの効果だが、
『出てはいけない場所に出てくるかもしれない』
『知ってはいけない場所に出てくるかもしれない』
その意味において、この〝遺産〟は封印を指定された。




