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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
第一章後編 殺し屋たちの狂宴
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第五十話 都合の良い選択肢

◇短杖【たん-じょう】

武器/杖系統/短杖


通常より長さを詰めて作られた杖。

閉所での取り回しに優れる。


杖とはそも、魔法行使の補助具であり、

定まらぬ力に一定の指向性を与える役割を与えられた。


ゆえに、形而下の意味はなく、

〝魔法とは、杖をもって形と方向を与える〟

という人類の集合的無意識こそ真の武器であろう。




何が言いたいかというと、

杖の長さも素材も形も、己が好みで選べばよい。

   ◆◆◆◆◆




◆自由都市グアド・レアルム、地下水路、ヨア



「…………」

「……オイ、何だ。(がん)付けてんのかテメエ」

「…………」


 目を細め、穴が開くほどグランドリオを見る。


 コイツが好敵手?

 良き競争相手?

 友情を深めて胸が熱くなる?


 ありえないな……。


 むしろレアルムに来てから一番険悪になった他人とすら断言できる。

 最初の出会いから最悪で、その時の(わだかま)りは未だ消えていない。触れるだけで破裂しそうな間柄。

 でも、そうだとしても、今は争っている場合じゃないことは明白だ。

 仲間は散り散りになり、魔物に対抗する手も今のところ考え付かない。地の利も、この暗い空間を住処にしている魔物にある。俺たちが置かれている状況は最悪としか言いようがない。


「……別に俺は実力を隠してるとか、そういうのじゃないよ」


 俺は場の空気を解きほぐすように、ゆっくりと口を開いた。


「お前の言うとおり、ただ無知なだけだ。だから勝負に手を抜くことなんて器用な真似はできない。俺は、いつだって全力でやるしかないんだ」

「…………」

「今だって、あの魔物の事を知らないから、これからどうすればいいか途方に暮れてる。お前が見ててイライラするくらい、俺は未熟なんだろうよ。……だから」


 俺は頭を下げる。


「あの魔物について知っていることを教えてほしい。お前が俺のことを気に喰わないのは知ってるけど……それを曲げてでも力を貸してほしい。皆で無事に依頼を達成して帰るために」


 そう言い終えてからも、俺は頭を上げなかった。


 この異常で危険な事態を切り抜けるためには、洞肥鰐をどうにかする……逃げ場が限定される狭い地下水路では最低でも追い払うか逃げ切るだけの手段が必要になるだろう。

 今、それを見出すことができるのは、洞肥鰐について知識がありそうなグランドリオをおいて他にいない。

 だからグランドリオが俺のことをどう思っていようと、二人協力するしか活路はない。そのためには、こうやって真摯に頭を下げて頼むことしか俺にはできないのだ。


 しばらくの間流れる、耳が痛いほどの静寂。

 長いような一瞬のような時間が過ぎ去った後、


「……洞肥鰐に物理的な攻撃は効きにくい」


 ハッと顔を上げると、居心地悪そうに目線を合わせないグランドリオが、ポツリポツリと語りだす。


「奴は元々湿った洞窟を住処にする。どう進化したらそうなるかは不明だが……洞肥鰐には骨が無えから、自分の体より遥かに狭い空間に入り込んで獲物の虚を突くのが常套手段だ。そのせいで、斬っても刺しても叩いてもものともしねえ。うざってえ弾力の塊。倒すなら強力な攻撃魔法……キャリカが必要だ。アイツなら洞肥鰐に効果のある雷魔法が使える……」


 グランドリオは怒りを込めて拳を壁に叩きつける。


「クソがッ! キャルのヤロウ、虫ぐらいでビビリやがって。ふざけんじゃ――」


 と、不意に怒号が止む。

 グランドリオが怒りの表情を消してポカンと目の前の空間を見ている。


 何事かと目を凝らすと……上から糸を垂らした蜘蛛がいた。


「ああ、なんだ。蜘――」




 ――ビタンッ! ゴッ!




 聞こえてきた音を表現するなら、こんな感じだろうか。

 何によって生じた音かというと、蜘蛛から距離を取るように物凄い瞬発力で後退したグランドリオが背後の壁にぶつかった音。

 併せて勢い余って後頭部を盛大に打ち付けた音だ。痛そう。


 何事かと唖然とする俺を余所に、グランドリオは指を突きつけて、その先端から雷撃を迸らせた。

 一条の光となって空間を射抜いた雷撃は、おそらく蜘蛛をこの世から消し飛ばした……のだろう。

 だろうというのは、標的に対して使われた力があまりに過剰すぎて多分その死骸など望むべくもない以上、死んだのか確認しようがないからである。


 今の一連の過剰防衛行為から導き出された推論を、俺は投げかけることにした。


「なあ、お前……虫が怖――」

「虫じゃねえ」

「は?」

「蜘蛛は虫じゃねえ」


 そう豪語するグランドリオの顔は、ひどく真剣な目をしていた。


「蜘蛛は……虫じゃない……?」

「世間じゃ一緒くたに虫と呼ばれてるが、虫は昆虫とは分類が違う。それに、生き物に致命的な毒を持った種類も存在する。バカなテメエは知る(よし)もねえだろうがな。たとえどんなに小さくても、命取りになる可能性は捨てきれねえ。最大限に警戒するのは当たり前だ」

「…………………………」

「だから、蜘蛛は虫じゃねえし、蜘蛛を怖がるのは別にいい」


 俺が糾弾するような眼差しを向け続けると……グランドリオは背中を地下水路の壁にザリザリと擦り付けながら腰を落とし、ゆっくりと片手で目の辺りを覆った。


「……今の、誰にも言うんじゃねえぞ」

「……力を貸してくれたらな」


 どんな奴にも嫌いなもの、苦手なものはあるんだなあ、と俺は感心した。




 洞肥鰐の体には骨がない。

 骨の代わりに硬化と軟化が自在な筋肉が体を支えながら、狭い場所にもズルズルと入っていくことが可能だという。

 また、暗い場所に生息する生き物だからか非常に目が良い。目が発達しているお陰で、人間には見通すことのできない暗闇だろうと、洞肥鰐にとっては奥の奥まで容易に見通せる。代わりに魔物にしては聴力は低めだとか。

 加えて、皮膚からは常に消臭効果のある体液が分泌されている。一説には、他の生物の臭いがない場所を縄張りにしようと入り込んだ獲物を狙うためらしい。地下水路に入った時の違和感はコレだった。あの入り口近くから既に、洞肥鰐が這いずった場所……奴の縄張りだったということだ。




 ……とまあ消臭云々はさておき、要点として、洞肥鰐は獲物の捜索の大部分を視覚に頼っているということなのだ。

 姿を隠して音も聞こえなくなるほど離れた今の状況はとりあえず一安心していいだろう。

 余裕が生まれたならば、次にすべきは、これからどうするか考えること。


「まず整理しなきゃいけねえのは、俺たちが取ることのできる行動の整理だ」


 グランドリオと俺を、二つのか細い光源が照らす。お互いの魔石灯の明かりを絞り、暗闇はずっと深くなった。洞肥鰐に見つかる可能性を少しでも減らすためにはやむをえない。


「今、俺とテメエに与えられた選択肢は――」


 1 地下水路の点検を継続する

 2 地下水路から脱出して応援を呼ぶ

 3 洞肥鰐を討伐する

 4 メルくんネメさんと合流する

 5 キャリカさんを捜索する


「この内のどれを選んで、どれを切り捨てるかだ」


 なるほど、こうやって整理されると分かりやすい。


 まず1は論外だ。こんな非常事態にあって、暢気に点検を続けている場合じゃない。


 2も現時点では……選びたくはない。無事な人間が外に助けを求めに行くのは仕方のないことだろうけど、事態が決定的にまで陥っていないなら、仲間の救出を試みたい。


 3はこの状況を根本的に解決する選択肢だが、そのためには攻撃の魔法が使えるキャリカさんが必要だとグランドリオは言う。


 4と5については、相手の居場所を知る、もしくはこちらの居場所を伝える手段があるのかが問題になる。


 となると、俺たちが選ぶべきは……。



「キャリカさんを探す」「……メルたちと合流する」



 俺とグランドリオの意見が分かれた。

 はぐれた仲間を見つけるという目的は一致しても、その優先順位は異なった。


「なん――」

「あの女は……放っておいていい」


〝なんで〟と言い切る前にグランドリオは反論を繰り出してくる。


「放っておいてって……」

「合理的に考えりゃ、先にメルとネメを探す方が良い。ネメは知らねえが、メルは戦いに向いてねえんだ。……あの二人はおそらく、俺たちとキャリカを探しながら一番近い出入口を目指して動く。メルならそうする。アイツはビビリだが、意外と冷静に判断するからな。戦闘に貢献しない自分が地下水路に残るより、少しでも早く脱出して助けを呼びに行こうとするだろう」


 聞けば、メルくんにはこういった状況で役に立つ意能を複数習得しているらしい。それを使用すれば安全に外に出られる可能性は高いと。


「だったらなおさら応援を呼ぶのはメルくんに任せて、俺たちは孤立してるキャリカさんを助けに行くべきじゃ……」

「キャリカなら洞肥鰐に遭遇しても魔法がある。すぐにやられることにはならねえ……はずだ。だが、ネメが洞肥鰐に通用する魔法か意能を持ってなければ、アイツらは逃げるしかできねえんだ。もし袋小路に追い込まれちまえば……」


 グランドリオはその先を言わなかった。俺も押し黙る。


 メルくんとネメさんを探すのが先か。

 またはキャリカさんを探すのが先か。


 どちらも選ぶ理由があり、選ばなかったどちらも最悪の結末の可能性を孕んでいる。


「……ところで」


 俺は途中から気になっていたことを訊ねる。


「お前とキャリカさん、知り合いなのか?」

「……なんだ唐突に」


 グランドリオの目は「それは今知るべき事か?」と雄弁に訴えている。

「いや、お前がキャリカさんの事を話す時……随分信頼してる(・・・・・)んだなって思って」

「はあ⁉」


 そう言った途端、目の前の男は明らかに狼狽した。


「信頼だァ⁉ 何を聞いてたらそうなンだよ! テメエちゃんと耳ついてんのか!」

「大きな声出すなって……! 気づかれるだろ……!」


 慌てて周囲を見渡す。洞肥鰐は魔物の中では聴覚が優れていないだけで、別に聞こえないわけじゃないのだから。こんな狭い場所で大声を出せばどうなるか分からない。


「だって、メルくんとネメさんを探すのを先にするって、言い換えればキャリカさんなら(・・・・・・・・)洞肥鰐と遭遇しても何とかなるって信じてるからじゃないのか? 喧嘩しているように見えて――気安さの裏返しというか、お互いを心配しあってるというか」

「そう意味じゃねえよ! 断じて違う! あんな女を心配なんざ誰がするか!」

「あとは、そうやってムキになって否定するところとか」


 その後もグランドリオは言葉を重ねて、


〝――勘違いすんじゃねえぞ!〟

〝――アイツのことは何とも思ってねえ!〟

〝――むしろ小うるさい奴がいなくなって清々するぜ!〟


 ――と否定を続けるが、逆にそれがキャリカさんに深く関心を割いていることの証明にしか思えない。

 最初は仲が悪い印象しか覚えなかったけど、見方を変えれば、本音をぶつけあえるというのは、本音をぶつけても(・・・・・・・・)嫌われることはないと信じていることでもあるのだろう。

 そういう前提で思い返してみると、グランドリオに対するキャリカさんの鋭い指摘も、本当は身を案じる心から出たものだったのかもしれない。


 じゃあなぜ別々の探索団で活動しているのかという疑問は残るけれど……。


「それじゃあキャリカさんとは別に何もないんだ?」

「ああそうだ。確かにあの女とは同じ村の出身で、ガキの頃から知っちゃあいるが……それだけだ」

「ほら、知り合いじゃないか」

「同じ村出身ってだけで変な邪推をすンな。洞肥鰐に喰わすぞ」


 グランドリオの怒気に怯んだわけじゃないが、俺もこれ以上深く突っ込んでもしょうがないと感じたので、話を切り上げることにする。


「お前、あれだけ魔法と意能を使えるんだからさ、キャリカさんに連絡取れるような能力とかないのか?」


 俺が期待を込めてそう訊ねると、グランドリオは「そんな都合良く持ってるか」と吐き捨てた。


「〝鍵の蝕業〟なんざ、その程度のもんだ。魔法と意能をいくら覚えようが、使い様の無えゴミが増えることに何の意味がある」

「俺は……そうは思えないけどな」


 模擬戦で実際に戦ったから分かる。

 グランドリオの戦いは、自分に出来る事を緻密に組み合わせ、そのうえで高く練り上げられた素晴らしいものだった。それは〝鍵の蝕業〟だからこその戦い方だと思う。

考える時間も余裕もない戦闘の最中、的確に魔法と意能を使いこなすには長い修練が必要になるはずだ。


 ……だから、積み重ねた修練を誇りこそしても、卑下する理由が俺には分からなかった。

 あるいは――そんな努力すら簡単に無にしてしまう何かがあるとでも言いたげな。


「……あ、いや、話の筋を逸らして悪かった」


 だが思いつめたようなグランドリオの顔を見て、本能的にこの話を続けるべきではないと判断した。


「やっぱり、キャリカさんを探すべきじゃないか? 魔法の力があっても、一人で出来る事は限界がある」


 説得を試みるも、グランドリオはなかなか首を縦に振る様子がない。


「キャリカは大抵の事は要領良く何でもこなせる……きっと、少しの間ぐらい、一人で何とかしやがるはずだ」


 絞り出したような台詞。そこに俺は見過ごせない違和感を覚えた。

 こうするべきという話ではなく、こうしたい……あるいはしたくない、というグランドリオの本音の感情が現われていたような気がしたのだ。


「……自分よりも(・・・・・)要領良く(・・・・)、か?」


 その本音を引き出そうと、あえて怒らせるような言い方を選ぶ。

 グランドリオに火が点いて、殴り合いになることも覚悟していたけれど、


「――ああ、そうだ。現に俺の方が先に探索者になったが、アイツはすぐに同じ等級に上がった。俺は苦労して『鉄血一座』に加えてもらったが、アイツは逆に探索団から声をかけられた。しかも『紅蓮の戦旗』って名門にだ」

「…………」

「人間、蝕業が大事っつー良い見本だ。アイツは強力な魔法をどんどん覚えて若手の有望。それに比べて俺は……クソッ」


 そう言ってグランドリオは眉間に深いシワを刻んだ。


 自分を卑下しているようだけれど、俺は……不思議と嫌なものは感じなかった。

 むしろ自分を奮い立たせようとする清々しさの方を強く覚えた。


 ――ああ、そうか。

 グランドリオは――自分に物凄く厳しいんだ。


 そう思い至った時、その考えは、すとん、と腑に落ちた。


 グランドリオへの最初の印象が最悪だったことは間違いない。

 俺はその原因を……単に気に入らないといったような悪感情から来るものだとばかり考えていた。

 でも実際には違って、グランドリオが本当に怒っていたのは、俺が、探索者が当然のように備えておくべき知識を持っていなかったことに対してだったのだ。


 それは、本当の本当に最低限の事だから。

 自分を危険に陥らせないため。

 それ以上に、仲間を危険に曝さないために。


 だからグランドリオは他人に厳しく――自分にはそれを超えるほどの厳しさを課しているのかもしれない。その目指している到達点はきっと、俺が想像もできない高みにあるのだろう。


 他人の強さに、弱い自分を許せなくなるほどに。

 己の強みを、弱さだと思い込んでしまうほどに。


 俺から見た〝鍵の蝕業〟は多彩な魔法と意能で相手を翻弄する。

 だがそれは、グランドリオの目には小手先の技としか映らなかったということなのだろう。

 なるほど、羨ましい(・・・・)なんて言われたら不愉快になるわけだ。


「……俺は物を知らないからさ、お前が言った生まれで決まるって話に、違うと思っても否定できる説得はできない」


 俺なんかがグランドリオの悩みの解決のために、力になれることなんてまるで無いだろう。


「お前の言うとおりキャリカさんは何でもできるスゴい人なのかもしれない」


 でも、


「――でも、一人で何でも出来るからって、一人にしたまま(・・・・・・・)でいいわけないだろ」


 隣から息を吞む音がした。


「お前とキャリカさんにどんな関係があるか俺は知らないよ。話しづらい事情もあるのかもしれない。でもお前は、多分嫌いな俺の話だって聞いてくれたんだ。じゃあ気まずい相手を助けに行くことぐらい、それぐらいお前ならできるはずだ」

「…………」

「それに……キャリカさんは、お前のことを見下したりしてるように俺は感じなかったよ。それより、もっと――」

「――俺のことを知った風にベラベラ喋りやがって。テメエは何を勘違いしてやがる」


 (まなじり)を決したグランドリオが俺を見た。

 その異様な雰囲気に、説得は失敗したと思ったが、


「全員で無事に帰ることを諦めたって、俺がいつ言ったンだ、あア?」


 ――アイツの顔に浮かんだぎらついた笑みを見て、俺は正しい言葉を選ぶことができたのだと確信した。


「キャリカを探すか、メルたちを探すか。どっちの選択肢も選べねえっつーなら、新しい選択を創るしかねえだろう」

「新しい選択肢……?」




「メルたちを安全に逃がして、キャリカと合流して、洞肥鰐も倒せる――そんな都合の良い選択肢をよ」

◇〝鍵の蝕業〟【かぎ-の-しょくごう】

蝕業


八種類存在する蝕業の一つ。


蝕業は超常的な能力を、進値の上昇とともに発現させ、

この蝕業は、解き明かすための力を与える。

千変万化を写し取り、あらゆる局面を打開する力を。


その痣はこの世にもたらされた力の象徴であり、

人は、そこに束ねられた鍵の似姿を見た。

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