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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
序章 愛しい君の心に剣を
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第五話 邂逅

◇咆哮【ほうこう】

意能/行動強化系


獣のごとき叫びで相手を威竦ませる意能。


ただの大声ではあるが、突き詰めれば

音は圧となり、物理的な衝撃を伴う。


一時、これは、喉を強化する意能と見なされ、

身体強化系に分類されたが、学者たちの度重なる検証により、

これは〝叫ぶ〟という行為を強化する意能であると判明し、

行動強化系に再分類された経緯がある。


……だから何だ、という話ではあるが。

   ***




◆〝外域(フィールド)〟浅層、グラトナ・グストーナ



 久々の探索は大詰めを迎えている。


 負傷した隊員が出たため、その救護を兼ねて私は小休止を取ることを命じた。

 逃げた人外は別の団員に追わせている。じきに見つけ出すことだろう。


「すいません大隊長……私のせいで、奴を」

「気にするな。生きていることが最善だ。追い込めたのもお前のお陰だ」


 横たわり治療を受けている団員を労う。

 彼女の右胸から右腕にかけて表面が酸で溶かされている。痛々しい姿だ。治癒の魔法で元通りに治るとはいえ、それまで苦痛に耐えなければいけないのは同じだ。


 人外というのは本当に何をしてくるか分からない。

 とうに理解しているはずなのに、邂逅する度その事実を思い知らされる。


 人間が人外に成るときの進値が高いほど、奴らは形質(・・)を帯びる。

 鳥のように、魚のように、虫のように、あるいは……。

 そうなってくると、見た目で危険度がある程度分かってくるのだが、今回のように体内で強力な酸を生成する人外もいるため油断ならない。


「グラトナ大隊長」


 そうしている間に、人外を追跡させていた団員が戻って来た。


「見つけたか」

「はい。……ですが」


 だが、何か言いにくそうにしている。


「何かあったのか?」

「はい、人外が逃げた先に……、……実際に見ていただくのが早いかと」

「……?」


 要領を得ない物言い。

 口ぶりから危険が迫っているわけではなさそうなので、私は後の治療を任せて行くことにした。




 武器が空を裂く風切り音、人外の汚らしい咆哮――丘の向こう側から戦いの音が聞こえてくる。

 追跡に向かった団員たちが皆、斜面に伏せって向こう側を観察していた。

 何をやっているんだ? それに皆ここにいるということは――いったい誰が戦っている?


「違うんです。ギルさんが……」


 私の怪訝な様子を察したのか、団員が一人の男の名を上げる。


「おい、ギル」


 私に名を呼ばれた奴は、振り向くことなくちょいちょいと手招きしてきた。

 こいつ……私が大隊長だということを忘れていないか?

 とはいえ、この状況についてまずは事情を問い詰めねばならない。

 不承不承、ギルの横に身を潜める。


「ほら、見てくれよ」


 気配を消しながらギルが指し示す方向を覗き込めば――自分たちが狩り立てた人外と、見知らぬ少年が戦っていた。

 私たちが追っていた蛙に似た人外は傷だらけで、強靭な後ろ脚で跳ねながら、棘の生えた舌で攻撃を繰り返す。

 対する少年も酷い身なりだ。防具は薄汚れ、外套はズタズタ。振るう剣は血糊で斬る用を為していないが、力でもって強引に人外の肉を削っている(・・・・・)


「何だあいつは。獲物の横取り……なぜ黙って見ている?」

「人外が逃げた先にアイツがいたのさ。だから正確には横取りってわけじゃないが……それに見てて気づきまくらないか?」

「何がだ」

「結構強くねえか?」

「…………」


 少年の動きに注目すれば、荒々しい剣術、危なっかしい体捌き……当たらなければいい(・・・・・・・・・)と言わんばかりのギリギリの身のこなし、そこから繰り出される粗削りな剣閃。

 回避と攻撃を同時に為すような、あらゆる体勢から放たれる攻撃に、人外は対処できていない。


 人外の攻撃は、当たりそうで皮一枚届かず空を切り、

 少年の攻撃は、喧嘩のやり方を知らない子供が剣を振り回しているようなのに、命中する。


 ゲルォ‼


 頬を膨らませた人外が口から粘液を噴いた。

 強力な酸だ。短い予備動作で吐くこれに団員がやられた。

 至近距離で酸を吐かれた少年に避ける術はない。体を灼かれ、のたうち回る姿を幻視した。


「――がアアアアアアアアアアッ‼」


 ――だが、少年の咆哮が酸を吹き飛ばした。


 逆に酸を跳ね返された人外の肉が灼ける。

 魔法……いや、意能か……?

 人間の為せる領域を超える力は、魔法か意能によるもの以外はありえない。

 人外が酸の噴射を命中させられなかった時点で、勝敗は決した。


「――ッ‼」


 少年が両手で振り抜いた剣が、


「――オオオッ‼」


 人外の首の半ばまでめり込んだ。


 とどめに突き込まれた剣が胸を貫き……黒色の肉体から力が抜ける。


「倒した」「勝っちゃった」


 団員たちがポツリと呟く。

 少年はそのまま人外の体の上に倒れ込んだ。規則正しく胸が上下している。疲労で気を失っただけのようだ。


「どうするよ?」


 ギルがこちらを見ている。

 判断は大隊長の仕事と言わんばかりだが、そもそもこの事態を招いた一人だろうと罵ってやりたい。


 だが、確かにこの場で指示ができるのは私しかいなかった。

 ……人外から摘出した進化石の取扱いを決めるだけで頭が痛くなる。

 この後の雑事を想像してげんなりしながら、私はのろのろと斜面から身を起こした。




   ***




◆???、ヨア



 夢を見ている。


 燃え盛る街。建物の残骸が、瓦礫が、松明のように燃え上がっている。夜の闇の中でここだけが鮮明だ。


 周りを見渡しても誰も見つからない。


 魔物の咆哮が反響する。


 炎の隙間から巨大な顎が現れては消える。


 そして炎が一斉に鎮火して――一人分の燃え殻が残された。


 ゆっくりと近づき、燃え殻の傍に膝を突く。

 壊れ物のように、そっと触れた。

 瞼がポロポロと崩れ落ちる。


 剥き出しの眼球が俺を見た。


「――なんで私を助けてくれなかっただな」






「あああああああああああああああ‼」


 またあの夢。

 あの目が、あの目が俺を見る。

 あんな目は知らない、あんなのはライカの目じゃない。


 でも……本当にそうなのかだろうか。

 俺が知らないだけじゃないのか。

 ライカは俺を恨んで死んだんじゃないのか。

 分からない、知りたくない……。


「……ひっ」


 離れた場所で漏れ出た、小さな悲鳴。


 声の主を探すと、部屋の入口――頭巾を被った女の子が手に桶を持ったまま震えていた。

 理由は分からないが、目に涙を溜めて今にも泣きだしそうだ。

 ちょうど、ライカぐらいの背格好――そう無意識に比べてしまって、胸の奥がズキリと痛んだ。


 向こうから喋りそうな気配ではなかったから、こちらから声をかけることにする。


「えっと……大丈夫? なんだか泣きそうになってるけど」

「あ、あなたのせいです……ぐす」


 体を拭きますから、蝕業を見せないように服を脱いで――そう言われてようやく、俺は自分が寝台にいることに気づいた。

 いったい、ここはどこなのだろうか。


「今までずっと眠ってたと思ったら、急に叫ばないでください……」少女は手桶の水で濡らした布を絞る。「だから男の人は嫌いなんです。野蛮で乱暴者ばっかり――下は脱がなくていいです! そこは自分で勝手に拭いて!」

「ご、ごめん……」

「……ってなんで頭を撫でてくるんですか! 馴れ馴れしいっ!」

「つ、つい癖で。……君ぐらいの女の子の……知り合いがさ、怒った時はこうやって頭を撫でて謝ってたんだ」


 ライカと喧嘩した時、こうしながら謝っていると、いつの間にか仲直りしていたことを思い出す。

 けれども、この少女にはバシッと手を叩かれた。

 それだけのことで、ライカがいない寂しさが胸にこみ上げてくる。


「……な、なんであなたが泣いてるんですか!」

「なんで、だろう。ごめん……」


 無意識に胸の辺りに手をやって、空を切る。


「あれ?」


 無い――ライカの遺灰が無い! それに剣も、防具も!


「ライカは⁉ 俺の装備は、どこにあるッ⁉」

「ひっ! ライカって誰……? 知らないっ」

「どこなんだ‼ 教えてくれ‼」

「ほんとに知らないからぁ!」


 肩を掴んで問い詰めるが、少女は大声で泣くだけだった。


 くそっ、これからどうすればいいんだ。

 ここがどこかも分からないし、武器も防具もない。何より、ライカを置いてどこかに行くなんてことできやしない。


 その時、部屋の入口の扉が開いて別の少女が入って来た。

 俺と同い年ぐらいの背丈、長い黒髪。この少女も頭巾を被っている。腰に剣を提げているのが目に入った。


「アリサ……! お前ッ、その手を離せ!」


 黒髪の少女は言いながら、鞘に入れたままの剣を打ち付けてきた。寝台から飛び降り回避する。

 空気が震える音だけで、当たったらただではすまない威力だと分かる。


 それにこの少女――強い。


 牽制を織り交ぜながら、鋭い一閃を打ち込んでくる。

 神経を集中し、一つ一つを丁寧に躱す。そうしなければ避けた後の隙を簡単に突かれてしまう。

 ――であれば。


「この男……ッ! しぶといッ!」


 相手の予測を超える一手を。


 ガチンッ‼


「な――‼」


 顔面に飛んできた鞘を――噛んで受け止める(・・・・・・・・)


はまふんあ(邪魔すんな)‼」


 手を伸ばして相手の腕を掴んで引っ張り、窓に向かって背負い投げる。


「なっ――⁉」


 黒髪の少女は窓を突き破り、硝子の破片と共に落ちていった。


「はあ、はあ……」


 これはいったいどういう状況なのか。知らない場所で目覚めたと思えば、身ぐるみを剥がされ、剣で襲われ。

 とにかく、ここにはライカの遺灰も自分の剣もないんだ、移動しよう。他の場所を探す必要がある。さっきの黒髪の少女がまた戻ってこないとも限らない。


 ……と、その前に。


「君、ここは剣を持った危ない女の子がいるから危険だ。早くどこかに逃げるんだ」


 部屋の隅で震えている最初に会った小さな少女に逃げるよう言い含め、俺は駆けだした。

 ……少女が呆けたようにこちらを見ていた理由は分からなかった。




   ***




◆探索団『終の黄昏』拠点・鑑定室、グラトナ・グストーナ



「バラッド、それで、結果は?」

「…………」

「……いい加減何とか言ったらどうだ」


 もうかれこれ長い時間、私は壁に寄りかかって耳の毛並みを整えていた。


 視線の先、バラッドは黙りこくったまま、一心不乱に調べものを続けている。

 部屋の机の上に置かれていた年季のいった皮鎧の防具、ボロボロの外套、炭の入った小さな皮袋――これらには一瞥した後、触りもしていない。


 ずっと見ているのは、一振りの剣。

 あの謎の少年が使っていた、ロクに手入れもされていない普通の剣だった。

 それなりの年月探索者をして、ある程度武器の目利きに自負がある私から見て、何か特徴的な形状をしているわけでも、精緻な装飾が施されているわけでもない。


 だが、このバラッド爺さんはなぜかこの剣にご執心だ。

 我らが探索団の武具整備を一手に担う職人の目には、この剣は違って映るのだろうか。


「……騎士鋼(きしはがね)じゃ……」

「……? なんだって?」

「この剣はのう、騎士鋼で作られとる。つまり、」




「――ハアッ‼」




 バラッドが何か核心めいた事を言いそうだった時、扉を破った何かがその顎を蹴り抜いた。


「俺の剣を返せ‼」


 突入してきたのは持ち主である件の少年だった。


 バラッドは顎にいい蹴りを貰い、道具箱の方に吹っ飛んで、言うまでもなく気絶していた。


「グラトナ大隊長!」「申し訳ありません、脱走を許してしまいました!」「この男、すばしっこく……!」


 部屋の入口に団員たちが駆け付ける。彼女らが肩で息をしている様子から、なかなか派手に逃げ回っているようだな。


「……お前たちは入口を固めろ。私がやる」

「「「はいっ!」」」


 余裕を見せつけるようにゆっくりと壁から離れ、少年と対峙する。

 少年は机の上の小さな皮袋を大事そうに手に取り、首から提げるところだった。

 ここに運び込む際に緊急的な措置として、本当はご法度な行為ではあるが、少年の蝕業に進値、習得している魔法と意能は見させてもらった。


 蝕業は剣。進値は15。魔法は無し。意能は【捧命】、【身体強化】、【咆哮】の三つ。


 頭の中で手早く制圧の算段をつける。進値は私の方が三倍以上も上回っている。効果不明な意能にだけ気をつければいいだろう。

 少年が私を見て反応を示す。

 視線が私の頭の上あたりに釘付けになっている。「獣人族……」と小さく呟いたのが聞こえる。


「なんだ、獣人族が珍しいか? それとも亜人差別主義者か?」

「……いや」


 答えは待たない。


 予備動作なく跳躍し、天井を蹴ってさらに勢いを付け、踵落としを見舞う。

 高進値の身体能力にまかせた速攻……進値差の暴力。

 少年には、私が目の前から一瞬で消えたように感じたであろう。

 事実、視線はまだ私が立っていた場所を向いたまま。


 ――だが、踵落としは少年の脳天ではなく床板に直撃する。


「‼」


 避けられた、見ていないのに反応した……! なんて直感だ!


「――――」


 爛々と輝く少年の目がこちらを捉えた。マズい……!


 一撃で勝負を決められるだろうと高を括り、油断を曝した私の隙だらけの腹部に、少年の拳が叩き込まれた。

◇騎士鋼【きし-はがね】


素材/生産素材/合金


強い靭性と耐久性を有する特殊な鋼。

剣宮のみがその製法を伝える


元は、王たちを拘束し、封印せんとする、

その探求の中で見出された卑金であった。


封印の効能は、正しく用いられている。

命を喰らい膨れ上がった黒肉を、騎士の形に押し留める鎧として。

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