第四十話 拳の人外、守備隊長ザガン 1
◇幻惑の歩み【げんわく-の-あゆみ】
意能/共通意能
特殊な歩法により、僅かな間、自分を認識しにくくさせる意能。
蝕業を問わず習得しうる共通意能。
自分の挙動に相手は注意を払うことが著しく困難になる。
強力な反面、効果時間は短く、体力を大きく消耗する。
また、魔法・意能による探知を欺瞞できるほどの力はない。
それでも有用な意能であることは間違いなく、
ものは使い様ということをよく教えてくれる。
◆◆◆◆◆
◆〝外域〟中層・擂り鉢の舞台、ヨア
どうしてこうなった。
最適解を選び取ったという確信はあるものの、そんな感想が滲んでくるのもまた否定できない。
状況はかなり、混沌としている。
「ウオオオオオオオオオオ――‼‼‼」
「ぎゃはははははははははは――‼」
巨大な丸太が振り回され、それに合わせて醜鬼が宙を舞う。
「いいのじゃギニョル! 次は左じゃ!」
「ウオオオオオオオオオオ――⁉⁉⁉」
雄叫びを上げ、半狂乱になって丸太を滅茶苦茶に叩きつけるギニョル。
その頭にしがみ付いて、暴れる場所を指示し誘導するニコラ。
「ヨア! 止まってる場合じゃないぞ!」
「ご、ごめんッ!」
思わず放心していた俺を、背中のカレンが耳を引っ張って促してくる。
俺は戦場を駆け抜けるのを再開した。
「氷よ……降り注げ!」
空中に形成された鋭利な氷柱が、白い霧の軌跡を描いて醜鬼を次々と撃ち抜いていく。
俺たちの反撃に奴らは目に見えて動揺している。
武器を使えなくすれば数の暴力で殺せていた獲物のはずが……、とでも思っているのだろう。
「いいぞ、カレン! その調子でバンバン魔法を使って、」
「うるさい話しかけるな! 集中が乱れる! 黙って走れ!」
「はい……」
「ン……! 氷よ……――」
俺は忠実なお馬さんの役に集中した。
拳の人外。
醜鬼の大群。
前後を挟まれ窮地に陥った俺たちは、戦いの場を二つに分けることとした。
俺とカレン、ギニョルとニコラ。この四人で醜鬼の群を掃討して退路を開く。
と言っても、今の俺たちは武器を封じられ、徒手空拳で戦うことを余儀なくされている。ならばどうするか。
まず、肉体面において、非常に有利なのがギニョル。人間の子供程度の背丈しかない醜鬼にとって、ギニョルはまさしく天を衝く巨人そのものだろう。
だが、極めて重大な問題――ギニョルの魔物嫌いが立ち塞がる。
どれだけひ弱な魔物であろうとも、それが視界に入るだけで、ギニョルは反射的に竦んでしまうのだ。
「――じゃあ見なければいいじゃろう!」
というニコラの単純な案は、意外なことに功を奏すことになる。
ニコラは、ギニョルの仮面に布を巻いて目出しの穴を塞いだ。
そして、擂り鉢の闘技場近くの丸太を力でぶっこ抜いて、滅茶苦茶に振り回しまくれと命令したのだった。
「いいぞぉ! いいのじゃ! 今度は右じゃ! あ、やっぱり左も! ううん後ろも捨てがたいのぉ……!」
「ウオオ――‼ ウオオオオ……⁉ ウオオオオオオオオオオ――‼‼‼」
頭の上でペシペシと叩いて攻撃場所を誘導しながら、ニコラは回復魔法を定期的にかけ続けている。醜鬼から少なくない攻撃が飛んでくるが、山のように隆々と聳えるギニョルの巨体にはかすり傷にしかならず、つまりニコラが癒し続ける限り、あの暴乱が止まることはないのだ。
そして俺は、カレンを背負って戦場を縦横無尽に駆け抜けていた。
ニコラが回復魔法を使えているように、この武器が使えない特殊な場所にあって、魔法は制限を受けないことが分かったのだ。
しかし、補助具である杖を封じられた今、カレンは魔法を使うことは出来るものの、発動までに多大な集中を要する。醜鬼をいなしながら行うのは、勿論無理だと。
最終的に閃いた解決策は――ギニョルとニコラの真似で、俺がカレンを背負い醜鬼の攻撃を避けながら魔法で攻撃する移動砲台作戦だ。今のところ、なかなか上手くいっている。
全滅する可能性は、ひとまず減少したと言えるだろう。
だから――
俺は止まることなく走りながらも、もう一つの戦い、空気を震わせる激闘の熱量を感じ取っていた。
◆◆◆◆◆
◆〝外域〟中層・擂り鉢の舞台、ギル・ラーゴット
さて。
ヨア、カレン、ギニョル、ニコラの四人は、あの気色悪い魔物どもの相手をしている。一人がもう一人を背負いながら戦うってのは、なかなか違和感ありまくりだが、意外にも通じているようだ。ニコラの発案らしいが、なるほど、ブッ飛んだ奴からはブッ飛んだ発想が転び出る良い証左だ。
……一方、槍の使えなくなった槍使いこと俺といえば、普通なら役立たずとして蚊帳の外に置かれるだが、〝外域〟じゃタダ飯ぐらいを遊ばせておく余裕はねえってことで無理難題が与えられていた。
「――ハッハッハッハァッ‼ やるじゃないか! 人外の分際で良い筋をしているッ!」
鋼鉄の籠手と異形の拳がぶつかり合う。
それだけで世界が震え、激しい火花が散る。
――両の拳。
たったそれだけを武器に、一人の男と、一体の人外が死闘を繰り広げる。
踏み込んだ足が大地を砕き、大気は轟音の悲鳴を上げた。
擂り鉢の底、膨大な戦闘の熱は、見る者の魂を昂らせ、余人の立ち入る隙を許さねえ絶死の暴力圏へと変貌しやがった。
ヨア、お前は運が良いよ。
本当に運が良い奴ってのは、どうでもいいところで良い目に遭って幸運を無駄遣いする奴じゃねえ。
クソッタレの状況に放り込まれたにも関わらず、まるでこうなることを知ってやがったかのように打開策の切り札を持ってる奴のことを言うのさ。
オルナッツォさんをこの戦場に連れてきたヨアの貢献は計り知れねえ。
〝鉄拳〟のオルナッツォ――戦い方そのままの、捻りも何もない二つ名だが、今回ばかりはアンタが俺たち即席の徒党にいてくれて感謝しまくるぜ。
武器使用禁止の素手喧嘩を要求してくる人外なんざ、アンタ以上にお誂え向きな相手はいねえ。
意能【鉄拳】で強化されたあの人の拳は、鉄板ぐらい簡単に突き破る威力と硬度がある。
そんなので殴られまくったら目も当てられねえ死に様になるだろう。まだすっぱり斬られる方がマシってもんだ。
そんなオルナッツォさんと真正面から殴り合えてやがる人外も大概ヤベえが。
どっちも相手の打撃を防いだり弾いたりで有効打はない。
勝負は拮抗してる……今はまだ。
となると、
「……悠長に見学もしてらんねえな」
この勝負、持久戦にもつれ込めば、人間が負ける。強さの問題じゃねえ。疲労、消耗、痛覚、空腹。生物って理由で負けざるをえない。
だからこそ、俺に与えられた仕事は――奴の秘密を暴くこと。
奴の生態的特徴、武器を封じる謎能力、攻略方法。
まったく、無理難題しかねえ。俺は誰に向けてでもなく心中で呟いた。
「…………」
愛用の槍を手に取る。
――手に持つだけならどうってことはねえんだ。
だが、その鋭利な先端を人外に向けようとした途端、俺の腕は、まるで握りたてのド素人の頃へ戻っちまったかのように槍の振るい方を忘れる。
――人外に近づいても相変わらず武器は使えねえ、と。
まあ、期待はしてなかったがな。
そういや、カレンは杖が振るえなくなって「重い」とか言ってたな。
だが、カレンがいくら他の蝕業よりも進値上昇の身体能力向上が少ねえ〝杖の蝕業〟だとしても、進値20を超えてんだ。力が非力なわけはねえ。
そんな奴が持つのにも不自由するほどの重量ってのは相当だ。
試しに腕の高さから槍を落とす。
槍は地面にめり込むどころか、何度か弾んだ後、戦闘の余波に揺られて転がっていった。
――能力で重さを操ってるわけでもねえか……。
だったら、
「操られてるのは俺たちか?」
実験を続ける。
俺は足下の小石を纏めて掬い上げ、
「――そらよッ‼」
全力で人外に投げつけた。
進値34が全力で投げつけた石は、人間の肉体を砕く程度の威力は出てたはずだが、直撃した人外はどこ吹く風で、構わず殴り合いを続けまくっていやがる。
今度は大きめの石を手に取る。これなら鈍器ぐらいにはなるか。
同じく振り被ろうとするが――途端に俺の腕は石を失ったかのように動かない。
じゃあこいつはどうだ。醜鬼どもから失敬してきた手製の武器。
まずは剣。何かの背骨を研いで、曲がりなりにも武器にしましたと言わんばかりだ。持つ、構える、腕が上がらねえ、これはダメ。
次、醜鬼の弓矢。ガキの工作みてえな粗雑な出来栄え。構える。これもダメ。
次、醜鬼の手斧。これに至っては最悪だ。木の枝に平べったい丸石を蔦で括り付けただけ。一回振ったならバラバラに分解しそうなほど脆い。武器というのもおこがましい。
だが――期待せずに振りかざした醜鬼の手斧は、何の抵抗も受けず投擲できた。
案の定、命中する前に空中で分解したが……なるほど、俺はこの武器封じの能力の種を掴みかけていた。
小石と手斧は良くて、
大きい石、剣、弓矢はダメ。
この共通点は――
「――ィィイ⁉」
――咄嗟に身を屈めた上空を、不可視の衝撃波が通り抜ける。
人様の勝負にうろちょろと水を差す邪魔者が、さすがに煩わしかったらしい。
事前に分かって幸いと言うべきか悪態を吐くべきか――奴の拳打は衝撃波を打ち出すことができるらしい。
遠距離攻撃手段も兼ね備えてるたあ、涙が出るぜ。
「ギル!」
「ああ!」
オルナッツォさんが叫ぶ。人外が目標を俺に切り替えた。
バカデカい腕に振り回されるどころか、重心の不安定さなんてまったく感じさせねえ素早い動き。超硬にして超重量の乱打が飛んでくる。
点じゃなく面のように迫り来る攻撃を――躱す。
一撃一撃を見極め、丁寧に、焦らず、確実に、躱しまくる。
俺の一番の武器は槍じゃなく、この目――意能でも何でもない、生まれ持った動体視力こそが、死と隣り合わせの探索の中に、生きる活路を見出す。
拳の乱打を見切ったところで、俺は一瞬にして人外の背後に回り込む。
きっと奴には、俺の姿が掻き消えたように見えただろう。目があればの話だが。
意能【幻惑の歩み】は、相手の意識から自分の存在感を薄れさせる歩法。
効果時間は極短く、体力の消耗も激しいが、要は使い所よ。
残念ながら、俺はオルナッツォさんのように正々堂々、相手の流儀に則って戦ってやる紳士じゃねえからな。後ろからの不意打ちなんざ屁とも思わねえ。
進化石、残して死にやがれ――
「が……ッ⁉」
――胴体と拳の間に咄嗟に差し出した右腕が、辛うじて拳を受け止めるのを間に合う。
血反吐を撒き散らしながら吹き飛び、ギリギリのところで着地する。
見なくても分かる。右腕はもう使い物にならねえ。それと、肋骨も何本か折れてるだろう。
不意打ちは完璧に決まりまくるはずだった。
位置取りも、意能を使う機も、間違いなかった。
なのに、
――あの野郎……完全に俺の位置を把握してたな。振り向きもせずに裏拳を放ってきやがった!
「ギル! 無理をするな!」
「――いいや、アンタほどでは」
オルナッツォさんの状態も酷いもんだった。
たとえ直撃はもらっていなくても、人外の攻撃の余力は、十分にあの人の肉体を痛めつけていた。
たった一発もらっただけの俺でこうなんだ。何十回と打ち合いを続けたらどうなるかなんざ、一目瞭然だった。
――鼻と口端からダラダラと血を垂れ流し、靴は全身から流れ出た血で赤く染め上げられている。限界を超えた力で打ち合いを続けるためには、自分の攻撃でも筋肉と骨が破壊されるほど、文字どおり身を削る全力が必要だったからだ。
「けど、アンタが体張って時間を稼いでくれたお陰で、光明が見えたぜ」俺はオルナッツォさんの隣に並ぶ。「悪いがこっからは二対一だ」
……だが、二人がかりで挑んでも、まだこの人外には勝てねえ。
まだ、確かめなきゃならねえ事がある。
だから、今からまた時間稼ぎの再開だ。
「ヨア! カレン! さっさと終わらせてこっちに来い‼」
コイツにとどめをさすための、最後の鍵が揃うまでのな。
◇鉄拳【てっけん】
意能/身体強化系
己の拳を硬く強化する意能。
また、拳打の威力も上昇させる複合効果もある。
この意能により強化された拳は、鉄の板すら撃ち抜くという。
武器を持たず、空手をこそ得物とする。
それは常在戦場にして無窮なる武の顕現である。




