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LEVELING FOR DEATH ―殺し、死に、蘇り、殺せ―  作者: 鹿紅 順
序章 愛しい君の心に剣を
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第四話 君は大切な人を二度殺す

◇〝とどめ刺し〟【とどめ-さし】

職業/生産職/屠畜業


魔物にとどめを刺す行為だけを担う、特殊な職業。

奴隷や下層階級の仕事として古くから存在した。


瀕死まで弱らせてある魔物を殺すだけであるため、

知識、体力、技術は不要である一方、

進値は上昇するため、いつまでも続けられる仕事ではない。


それでも、やらなければ生きていけない者がいる。

仕事がある、なんと幸いなことか。

たとえ寿命を削るに等しいとしても。

   ***




 11 → 4




   ***




「――は、あ、ああ、あああああ……⁉」


 気がつくと地面に横たわっていた。


「は、はあ、はあ……‼」


 体を起こすと、周囲には魔物と人間の死体が散乱し、空には夜の暗黒が広がっていた。

 俺は気絶していたのか……⁉ どのくらいだ⁉ あの巨大な顎の人外はどこに行った⁉

 覚えている最後は、人外の爪が、俺の体を引き裂く生々しい感触。

 ハッとなって体を見下ろしてみる。特に異常も違和感もない。服や防具もそのままだ。


「どうなってるんだ……」


 周りから戦闘音が聞こえてこない。少なくともあれからそれなりの時間が経っているということか。


「ッ、ライカ――!」


 そうだ、呆けている場合じゃない。

 俺は弾かれたように〝はぐれ街〟へと駆けだした。


 いつもより体が重く、弱くなったような気がしたけれど、その時は、その理由に気づくことはなかった。




   ***




◆〝はぐれ街〟、ヨア



 住み慣れた街は地獄と化していた。


 あちらこちらで火の手が上がり、人の死体も、魔物の死骸も、誰かが生活していた痕跡も、何もかもが破壊され、炎に呑まれようとしている。

 地獄はまだ広がっている最中のようで、逃げ惑う悲鳴、魔物の咆哮、命を喰われる絶叫が絶えない。


「ライカ! ライカァアアアア!」


 必死で呼びかける。呼び続ける。返事はない。最悪の想像が頭をよぎる。

 とにかく家に行かないと……だが見計らったように魔物たちが目の前に立ちはだかる。


「邪魔……だァッ‼」


 抜剣、目についた一体に力任せに振り下ろす。

 剣は深々と肉に切り込み――そこで止まった。

 どうして……⁉ いつもなら簡単に両断できていたはずなのに。


「なっ⁉ ……ぐ、オラァ‼」


 魔物ごと剣を振り回し強引に引き抜いて、次の魔物の牙を受け止める。全力で踏ん張っているはずのに、どんどん押し込まれていく。

 何かが変だ、体が、おかしい……!

 違和感を振り払おうと、目の前の魔物に意識を集中する。


 けれど、そうしようとするほど、いつもと違う体の動きが気になる。

 斬る、蹴る、叩く、殴る――上から、横から、後ろから、群れて襲いかかってくる魔物を捌き続ける。

 こんな所で足を止めている場合ではないのに、それがまた余計に苛立ちを募らせていく。


 ――右足の太腿に熱い衝撃が走った。

 見なくても分かる、一撃をもらった。深さは分からない。雨に打たれたように踵までべっとりと濡れる感触を覚える。浅くはないだろう。


 ああ、クソ。もうダメなのか――諦めが脳裏をよぎる。

 ――ライカ。

 俺はライカに会えずに死ぬのだろうか。

〝はぐれ街〟がこんなことになっているのを見ても、自分にはライカが生きている未来しか考えられない。

 死んだらどうなるのだろう? 誰も死んだ後のことは教えてくれなかった。知っている人もいなさそうだった。死んだら人はどうなるかなんて、考えたこともなかった。

 大量の流血で頭に血が回らなくなったせいか、炎と炎の間に、あの子の姿が――





「――ヨア‼ そこにいるだな⁉」





「――ッ、アアアアアアアアア‼」


 俺の頭に噛みつこうとしていた魔物に頭突きをくれてやる。牙が掠めて額が裂けた。血で顔面が酷いことになっているだろうけれど、今は全身に力が漲っていた。


 ――生きてた! 生きてた! ライカが生きてた!


「どけええええええええええッッッ‼」


 魔物を片っ端から剣で叩き斬る。刃に魔物の体液がこびり付いて斬れ味が落ちるが拭っている暇はない。

 布を引き裂くみたいに、無理をさせた筋肉からぶちぶちと音がする。どうでもいい。


「ライカ! どこかに隠れてろ! すぐに――」


 オ、オ、オ、オ、オ


 ――進路に奴が立ち塞がる。


 呆れるほど巨大な顎。やはり街まで来ていた。

 魔物の死体を、あの顎でぼりぼりと噛み砕きながらのご登場だ。周りの魔物どもが奴から逃げ出していく。


 こいつの向こうにライカがいる。

 俺の体はボロボロ、でも不思議と負ける気がしない。


「かかってこいよ。殺してやる」






 ――――――――――――――――――――‼






 世界が、震えた。

 夜の暗さと、煤と煙が空に膜を張っていて、何が起こっているのか分からない。

 あの人外も動きを止めて頭上を仰いでいる。


 ――――、――――――‼


 煙の隙間から見えた空を何かが横切った。

 何かが起こっているんじゃない。

 何かががいる(・・・・・・)


 ――突然、前方の地面が爆発した。


 原因を確認する猶予もなく、俺は塵みたいに巻き上げられ、地面に落ちる。


「うっ……」

「ヨア!」


 ライカの声が聞こえる。よかった、ライカは無事だ。


 痛む体を起こせば――途轍もなく巨大な手が空から叩きつけられていた。

 真っ白に燃え尽きた炭を、人間のそれを見本に削り出したような、異様な手。

 その手が、人外が居た場所を叩き潰していた。黒い血肉が飛び散っている。

 あれだけ強大な顎の人外があっけなく。


 ――――――――――‼


 金切り音と重低音を混ぜ合わせたような、今まで聞いたことのないような大音量と共に、夜の闇と煙を切り裂いて巨大な()が下りてきた。

 前後に細長い頭、びっしりと並んだ歯。表面は白い灰のよう。眼窩には代わりに切れ長の炎が灯っている。


 あの人外も頭部が大きかったけれど、これはそれ以上。

 頭だけが不釣り合いに大きいのではなくて、体全体が巨大なのだ。

 時折、不規則に煙が捲れ上がり、体の一部を覗かせる。少しだけ見えたのは翼だろうか。太い一本の幹から細い根が生えて絡み合うように翼膜を作り出し、隙間には炎が燃えている。


「これも……人外なのか……?」


 あの魔物の大群だけじゃない、顎の人外すらも。

 この化物を恐れて逃げてきたのか。

 殺される、燃やし尽くされると恐怖して。

 化物が俺を見ている。こいつに眼球など付いていないのに、見られていると分かった。


 ――化物の口の中に、炎が灯る。


「ヨア!」


 瓦礫の向こう、声だけしか聞こえなかったライカの姿が見えた。


「ライカ――」


 絶望は、再会を踏み躙るようにやって来る。




 並々と満ちた器を引っ繰り返したみたいに、たくさんの炎が降ってきて、

 俺の体を包み込んだ。




 俺だけじゃない。

 溢れた炎が街の全てを――




 全てを(・・・)――――











 4




 → 3




 → 2




 → 1






 気がつくと地面に横たわっていた。

 体を起こすと、周囲には焦げた瓦礫の山しか存在しなかった。

 人も、魔物も、街でさえも、ここには初めから存在していなかったのではないかと思うほど、何もなかった。


 頭がおかしくなりそうな夜の闇の中。

 さっきまでの体験は夢なんじゃないだろうか、そう思った。


〝はぐれ街〟にたどり着いて、ライカと出会って、魔物狩りを始めて、それから……。

 本当の自分は今目覚めて、乾いた薄暗い荒野を一人で歩き続け、一休みしようと横になり、眠りについたまま長い永い夢を見ていただけなんじゃないか。そう言われたら、きっと信じてしまうほどに、この現実は……。


 地平線が明るさを帯びていき、いつものように陽が昇り始める。

 差し込んだ光が、俺を絶叫させるもの(・・)を浮かび上がらせていく。


「……ぁ…………」


 夢であってほしい。


「ラ、イ――」


 俺がライカの姿を見間違えるはずがない。


「ラ、イ、カ……」




 ――黒焦げになって、元の姿なんて、面影なんて残っていなくったって、



 ――俺がライカを見間違えることなんて、ないんだ。




「なんで……なんで……」


 黒焦げになったライカに這いずって近づいて、両手を頬に添える。炭がぽろぽろと零れ落ちた。


 炭の上に俺の涙が落ちる。

 黒焦げの顔が――ほんの少しだけ動いた。


「い、生きてる!」


 よく目を凝らせば、胸のあたりがわずかに上下している。こんな姿になっても体は生きようとしている。

 これは尊い光景でも何でもない。

 生命を容易く強靭にしてしまう、進値のおぞましい呪いなのだ。

 全身を焼かれて、喉も焼かれて、息もちゃんと吸えないはずのに、高まった進値のせいですぐに死ねない体になってしまった。


「ライカ、ライカ……‼」


 耳だって多分聞こえていない。

 でも、ライカは力を振り絞って、ゆっくりと口を動かした。

 それだけで炭がごっそり零れた。頬に穴が開いた。

 全神経を傾けて唇を読み取る。






 こ


    ろ


       し





        て






「あああ……ああああああああああ――‼」


 ライカが願っている。殺してくれと。

 心が悲鳴を上げる。




 君を救ってあげられる方法は、世界で一番やりたくないことだった。




 世界で一番やりたくないことでしか、君を地獄から救うことができなかった。




 愛しい君の心臓に切っ先を向けた剣が、朝陽を反射して輝いた。

 涙と一緒に剣を下ろす。

 さくり、と胸に刃が吸い込まれていき、地面を突く感触で止まる。

 悲鳴も震えもなかった。

 静かすぎるほどにライカは死んだ。


 それが俺たちの最後だった。




   ***




 1 → 19




   ***




 ライカの遺体を埋めた。

〝はぐれ街〟で死んだ人間は荒野に打ち棄てられる。

 でも、それが正しい弔い方だとは直感的に思わなかったから、一人分の穴を掘って、そこに埋めた。


 土を被せる前、ライカだった炭を一欠片貰って、小さな皮袋に入れた。口をきつく縛って零れないようにしてから、紐をつけて首に提げた。


「……行くよ、ライカ。ありがとう。俺を救ってくれて」


 穴を掘りながら泣いて、ライカの体を拾いながら(・・・・・)泣いて、埋める時にまた泣いて、陽が落ちるまでずっと泣いた。


 泣いて、泣いて……涙が出なくなってから、俺は歩き出した。

 どこへ行けばいいか当てはない。けれど、とにかく足を踏み出した。

 そうしろと、体の奥底から何かが命じている。

 生きる意味を失って――失ったことで、新しく産まれた生きる意味が煌々と燃えている。


「――必ず、復讐する」


 あの巨大な化物、燃え盛る人外を――殺す。


「必ず……殺すから」


 最後に一度だけ振り返った。

 かつて、そこには街があった。

 今はただその痕跡だけが残り、愛しい人が静かに眠る。

 俺は夢で見た光景のような、無辺の荒野へと歩き出す。




 遠くで、獣が泣き叫ぶ声が聞こえた気がした。

◇進化石【しんかせき】

素材/鍛錬素材/人外由来


人外の体内に一つのみ宿る、仄かな光をたたえた石。

透明な結晶の中に、黒い暗黒が封じられ、

覗き込むほどにおぞましく、しかし目が離せない。


伝承を正しく受け継いだ、僅かに残った賢人だけが真実を伝える。

これは、かつて祝福であり、今や呪いなのだと。

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