第三十八話 講義、魔法について
◇一時の記憶【いっとき-の-きおく】
魔法/補助魔法
見聞きした物事を一定の期間記憶する魔法。
記憶した情報は効果中、劣化することがない。
この魔法により記憶した情報は瞬時に、かつ詳細に思い出せる。
しかし、魔法効果を打ち消す効果の対象となるため、
その場合、記憶した情報は全て消え去る。
……つまり、筆記試験に魔法阻害が施されるのは当然であり、
涙を流す愚かな受験者もまた、絶えることはないのだった。
◆◆◆◆◆
◆〝外域〟中層、ヨア
〝――……それはそれとして、ヨア、貴方、騎士の前に魔物にも攻めあぐねて苦戦をしたようですね。魔物は一見すると共通項がなさそうですが、外見的な特徴から性質を予測できると、あれだけ私が丁寧に教えたでしょう。もう一度教えてあげます。いいですか、蛇型の特徴を持つ魔物は、大抵は五感以外に熱を感知する器官があって、たとえ目を塞がれていようと……、…………。………………! ……――〟
「……ぁ……ア……ヨア! おい、聞いてんのか?」
「……んあ……?」
「ほら、お前の分の飯だぞ。いらねえなら俺が食っちまうぞ。というか、ちょっと食った」
大きな倒木の脇。
焚火がパチパチと爆ぜ、その上で炙られている鉄鍋から良い香りが漂っている。
夜の闇の中、俺たちは焚火のささやかな明かりを囲んで食事にありついていたところだった。
料理が出来上がるまでの間にメリジュナ教官との話を思い返していたら、少しぼうっとしていたようだ。
「携帯食と鳥肉煮込みだとよ」
「あ、ああ、ありがと。……、……? ギル、これ鳥肉が入ってないんだけど?」
「さっきちょっと食っちまったって言っただろ? どうやらそこに含まれていたみたいだな……」
みたいだなって、食ったのはお前だろ……。
仕方なく、パサパサの携帯食を汁に浸しながら食べる。しかし、疲れていると何でも旨く感じるものだ、文句を言うより食欲が勝った。
「――んんんワシ!」
「んぐッ……⁉」
「…………それはワシの……伝説のォ、まろやかな木の棒じゃあ……グー……」
見ると、ニコラがもう鼾をかいていた。寝相も悪いようで、毛布は蹴っ飛ばされて用を為していない。ギニョルが毛布を摘まんで掛け直してあげていた。優しい。
「見張りの順番も決めてねえのに寝まくりやがって。つーか、どんな夢見てんだニコラは……?」
「それ以前に、寝付きが良過ぎるよ……」
体力回復のためにはさっさと寝るのが正しいので、熟練の冒険者はすぐに眠りに落ちることができるのだというが、ニコラのこれはもはや才能の領域だ。
「まあまあ! そう言ってやるな! この二日間歩きっぱなしだったからな!」
オルナッツォさんが布で何かを磨きながら言う。夜なので、あの元気な声量は気持ち抑えられていた。それでも大きいのは大きい。魔物が寄ってこないことを願う。
熱心に磨いているのは……籠手だろうか。でも、防具にしては、かなり重くてデカい。籠手というだけでなく別の役割があるのかもしれない。
「はあ~……見つからねえなあ人外」
ギルが皆の思いを代弁するように溜息を吐き出す。
「……そうだな」
暗い気分で相槌を打った。
五日を予定していた狩りのうち、早くも三日間が成果無く過ぎてしまっている。
「そう落ち込むな! こういう時こそ明日は上手くいくと信じるんだ! もっと他の楽しい話でもしようじゃないか!」
「いやあ……無理して話そうとしても逆に疲れまくるんじゃないっすかね。……それに楽しい話ってアンタ、いつも同じ内容――」
「たとえば! 俺の娘の話とかな!」
俺は何となく訊ねてみる。
「オルナッツォさん、娘さんがいるんですか?」
「お、おいバカ――!」
なぜかギルが慌てている。眠気覚ましの話題として、オルナッツォさんの話を聞いてみようと思っただけなんだけど、どうしたんだ?
「おお……おおお! ヨアッ‼」なぜかオルナッツォさんの目元にも光るものが見えた気がする。「そう言ってくれるか! 最近は皆、俺がこの話をしようとすると急に用事が出来たりいつの間にかいなくなったり……! それをお前は! 見上げた奴だ!」
「は、はあ」
お、大仰だな……話を聞くだけなのに。
「と、話をする前にだ!」オルナッツォさんは懐から、掌に収まる大きさの紙を取り出した。「まずは俺の娘を見てもらわないと! どうだ! 可愛いだろう!」
そう言って見せてもらった紙には、花冠を被って笑う小さな女の子が描かれていた。本物と寸分違わないほど精巧に描かれたそれは、これほどのものを人間が描けるのかと感動するほどだった。
「初めて見た奴は皆驚くが、これは【一時の記憶】という魔法と、【模写】の意能を持った絵描きに頼んで描いてもらったのさ!」
人間離れした技という印象を裏切らず、これは魔法と意能の手になるものだという。
「へえー……魔法と意能って物騒なのばかりだと思ってたけど、こういう事もできるのか……」
「魔法と意能、両方を広く習得する〝鍵の蝕業〟ならではの合わせ技ってわけだな!」
「俺も描いてもらいたくなりました」
「その絵描きはしばらく前にギルド本部近くの公園で道具を広げていたんだが、姿を見なくなって久しい……お前たちも時機が合えば描いてもらえたのにな! ……って、絵描きの事はどうでもいいんだ! 俺の娘の話をするぞ! 俺の娘はな――」
それから、オルナッツォさんの娘自慢が始まった。
娘さんがいかに可愛いくて愛らしいとか、将来は気立ての良い奥さんになること間違いなしだとか、どんな男を連れてきても撃退できるようにあらゆる状況を想定して準備しているだとか、最近はあまり構ってやれてなかったことを気にしてるとか、この前初めて粘土で作った像を見て芸術家の才能があることを確信したとか、母親を早くに亡くして寂しい思いをさせているけど表には出さない強い子に育ってとか……父親的には料理を覚えてほしいとか…………季節が温かくなったら………………掌で転がす魔性の…………が…………
「――オルナッツォさん、次、交代してもらっていいですか」
……ハッ⁉
カレンの声で意識が現実に引き戻される。
おかしい、オルナッツォさんの話を聞いていたのに、途中からの記憶が……無くなっている……⁉
「おお、カレン! 今いい所なんだ! 俺の娘が、」
「次、お願いします」
「しかしなあ……んん⁉ そう言えば、見張りの順番はまだちゃんと決めてなかったんだから、次俺じゃなくても――」
「お願いします」
……肩を落としたオルナッツォさんがトボトボと歩いていく。
まだまだ話し足りなさそうだったが、見張りなら仕方ない。
あれ、そういえばギルが静かだな……と横を見ると、目を開いたまま夢の世界に旅立っていた。器用なものだ。いや、これが野営慣れした探索者だというのか。いつ何時、何が起きようと即応できるよう、すぐさま戦闘態勢に移行できるような姿勢で寝ているのだ。俺も見習わなければならない……!
「……ギルはただ単純に退屈で寝ただけだ、ヨア」
俺たちと等間隔を取る位置に腰を下ろすカレン。
彼女は魔法を使うための大事な杖を、太めの枝と枝の間に渡して、上着を一枚脱いでそこに掛ける。そうして上着を検めて小さなほつれを見つけると、針と糸で縫い始めた。
「…………」
ジッと見つめる俺に、カレンは針を縫う手を止めずに言う。
「……何か?」
「いや、杖ってさ、魔法を行使するのに使うんだよな? その、存外扱いが、何というか……怒らないで聞いてほしいんだけど、」
「雑?」
「あ、ああ……」
恐る恐る述べる俺に、カレンはいつもの無表情で応える。
「別に……私は杖が無くても、一応魔法は使える」
「そうなのか……⁉」
知らなかった驚愕の事実。
危うく隣のギルが目を覚ましかけるほど大きい声が出てしまった。
「君の周りにも、補助具無しに魔法を使う人ぐらい、いるでしょう」
「うーん……」
どうだったかな……戦闘中は仲間がどうやって魔法を使っているかなんて特段意識しないしなあ。
しかし言われてみれば、大抵の魔法使いは杖を持っているから、他の魔法使いもそうなんだろうと勝手に思い込んでいたのかもしれない。
「君に限らず普段魔法を使わない人は、魔法には杖がなければいけないと思っている人が少なくない。それこそ、熟練の探索者の中にだってね」
カレンは試しにと、自分の掌の上の空気を凍らせてみた。一瞬で熱を奪われた空気は白い霧となり、さらに凍らせると細やかな雪となって肌に落ちる。
「本当に杖が無くても魔法が使えるんだ……。ちなみに今のは何ていう魔法なんだ?」
「これは〝呪文〟ではないから、名称は無い。単純に【氷魔法】でできる事の一部だ」
「〝呪文〟? 一部?」
「……君、ギルドで講義を受けているんだろう? このあたりの事は習わなかったのか?」
「い、いやあ、何と言うか……」
気まずくて目を逸らす。
訓練を経て九等級探索者としてギルドに認められたことは小隊の皆に話したが、実際は実技だけで強引に試験を突破した裏技みたいなものだとまでは言えていない。
俺は未だにメリジュナ教官から「座学を頭ではなく体に叩き込んであげます」とご鞭撻を受ける身なのだ。知らない事はまだまだ多い。
俺の曖昧な笑みから全てを悟ったのか、溜息の後、カレンは上着を直しながら、一から魔法の知識を教えてくれる。
「ほとんどの場合、最初に発現するのは一般属性魔法になる。左腕の魔法の痣を見れば、名前の頭に魔法の特徴を表す言葉があるから、自分がどういう魔法を発現したのかが分かる」
そして、これらの名称の魔法というのは、簡潔に言えば決まった形を持たないのだという。
「例えば【炎魔法】があれば、『火の玉を投げる』『武器に火を纏わせる』『火を放射する』『火の壁を作る』……これ以外の事も、想像力が許す限り何でもできる。逆に言えば、できる事が多すぎるんだ」
「想像力……」
「……まあ、【炎魔法】程度だと高火力は出せない。出力に制限があるから、実際は何でもというわけじゃないけど、それでも出力と想像の範囲内では、変幻自在に形を取らせることができるんだ。――だからこそ、特に戦闘では、困ったことが起きる」
「今の話の流れなら〝魔法は相当便利なものだ!〟……で終わりそうだと思うんだけど」
なにせ、想像するだけで色んな形になるのだから。
「なら質問するが、戦いの張り詰めた緊張の中、心を揺さぶる何が起ころうと、状況に合った魔法を常に冷静に思い描いて発動できるだろうか?」
「………………む、無理かな」
「自由過ぎるのも考えものということだ。だからこそ、魔法使いは何かを起点にして、自分の想像力に指向性と速効性を持たせる」
たとえば杖のような補助具で。
たとえば身振り手振りの動作で。
たとえば言葉の発声によって。
それらを起点に、使い慣れた魔法の形を再現する。
杖を剣のように持てば、杖に纏わりつく氷の刃を。
杖を相手に突きつければ、その先端から発射される鋭い氷柱を。
腕を下から振り上げたなら、地面からせり上がる氷の壁を、逆に振り下ろしたなら押し潰す氷塊を。
「凍てつく霧」と唱え表せば、血も凍るような霧を。
動作や道具で自分の想像を限定することにより、より具体的かつ迅速に、想像を現実に抽出する。
「補助具はあくまで、自分の意識を切り替えて集中力を高め、想像を瞬時に喚起するための呼び水にすぎない。だから杖が無くても、想像さえできれば魔法は使えるんだ。一流の魔法使いほど、補助具無しで自在に魔法が使える」
「……俺、魔法に興味あったけど、カレンの説明を聞いてたら、使う自信がなくなってきたよ」
もし、想像力を測る道具があったとして。
俺自身を測ったならば、おそらく平均より下な気がする。
手から炎が出たり氷が飛んだり……出来ると分かっていても、それを自分が信じ込むことができないと、具体的に想像することは困難に思う。
「これが俗に言う一般属性魔法だ。扱いに修練は必要だけれど、使いこなせれば応用が利く。対して――」ほつれを直し終えたカレンは腰を下ろす。「――道具による補助や想像力の大小に関係なく、決まった現象を引き起こす魔法は〝呪文〟と呼ばれる。魔法を使える人間が、進値を上げていくと習得することが多い。〝呪文〟の大抵は効果が強力で、使用には、心の中で〝呪文〟のことを強く想起するだけでいい。集中力こそ必要だが、修練は特に必要ない。上手くやれば、覚えたての素人でさえ振るうことができるだろう」
「おお!」
それなら俺でも使うことができそうだ。
〝呪文〟であれば修練する必要もなく、即戦力になれるだろう。
しかし、そんな俺の反応を見て、なぜかカレンは顔を曇らせた。
「〝呪文〟は……その者の人間性を問うと、私は思う。努力を経験せず、覚悟も信念もないままに巨大な力を与えられた時、人間の本性が剥き出しになる……」
――たとえば自分がある日、何の理由も因果もなく、一度に百人すら自由に殺すことができる力を突然与えられた時。
力に驕り高ぶるのか、それとも力に溺れ破滅するのか、はたまた力に怯えて安息を失うのか。
果たして、まともなままで生き続けることができるのか。
そうカレンは言っている。
「正しく力を使える人は幸福だ――そして、そうじゃない人も必ずいる。力の使い方も分からないまま、進値が上がれば、また新しい〝呪文〟が左腕に刻まれていく。心の成長がいつまでも、力の膨張に追いつかないまま。……使う側が未熟だから、色んな形で無理が出てくるのだろうね。分からない物を、分からないまま使っているのだから」
「……じゃあ、いつか理解が進めば、魔法と、それに意能も正しく使えるようになるってことも言えるんじゃないのか? その正しくってのが、どういう状態かは言えないんだけど……」
「私は、その理解は永遠に進まないと思うけれどね」俺の希望的観測を、カレンは雑嚢を枕に寝転がりながら、せせら笑って否定する。「人は魔法を、努力して習得するわけじゃないから。意能も同じさ、造詣、熱意、経験、品性……何も関係なく、人に技を与える。理由も分からず身に着けた力の、いったい何を理解できると言うんだ? 無理解が全ての不幸の始まりなんだ。根拠のない力を手にして舞い上がって、だから私みたいな――」
その続きをカレンは口にすることはなかった。
ただ茫洋と、見上げた木々の枝葉の間から覗いた、星々が輝く夜空を無言で見つめている。
「カレン?」
「……魔法についてはそんなところだ。私なんかより、もっとちゃんとした人に教えてもらったほうがいい」
横になって背を向けたカレンは「おやすみ」と手短に告げた。
魔法の講義が終わるのは名残惜しかったが、確かにもう夜も遅い。この後、交代の見張り番もするのだから、俺も寝よう。
横になろうとした時、
「――――――――――」
――俺は一瞬で冷や汗が噴き出るほどの悪寒を覚えた。
◇模写【もしゃ】
意能/技能強化系
自らの見知る風景を精巧に描画する意能。
行使時に見ている景色だけでなく、憶えている風景でもよいが、
その場合、記憶の劣化も絵の完成度に反映される。
また、見たことのない、想像の風景は描くことができない。
戦闘向きではなく、一見役に立たなさそうな意能だが、
斥候が調査した探索地の情報を伝える際、重宝される。




