第三十七話 講義、騎士について
◇〝魔剣〟【ま-けん】
武器/〝魔剣〟
騎士の肉体の内に生じる、特別な力を帯びた剣。
付与魔法や曰くが付くことにより、魔剣と称されるものはあれど、
それらとは根本より異なる、兵器とも言うべき武器。
古び、朽ちた、歴戦の騎士であるほど、強い魔剣を納めるという。
その魔に魅入られた者を、修羅とするほどの刃を。
◆◆◆◆◆
◆自由都市グアド・レアルム、西の大門、ヨア
「よし! それじゃあ出発だ!」
「ゔん」「うぃーっす」「……」「おお~!」「はい!」
翌日、オルナッツォさんの掛け声とともに、ギニョル、ギル、カレン、ニコラ、俺の六人即席小隊は西の大門から〝外域〟へ繰り出した。
予定探索期間は七日間。まず一日かけて〝外域〟中層へ行く。そこで五日間を人外探しに費やし、最後の一日でレアルムに帰還する。
期間中は〝外域〟で野営するため荷物もそれなりの量になったけれど、進値の上がった肉体であれば、背負って走る程度なら苦にならない。
紆余曲折あったが、なんとしても、俺は今回の探索で進化石を手に入れてみせる……!
唯一の心残りは、グラトナ大隊長とちゃんと話し合いができなかったことだ。
いつも助けてもらっているのに、喧嘩別れのようにレアルムを離れることが大隊長への義理を欠くようで、後ろ髪を引かれる思いだ。
……いや、今は目の前の事に集中しよう。帰ってから何度だって謝ろう。だから、無事に探索から帰還しないと。
〝外域〟に一歩踏み出した瞬間、
〝――退きなさい……ここに、貴方が狩るべき異形はいない〟
あの時の光景、痛みの感覚が鮮烈に思い出される。
騎士――静かに現れ、激しく殺し、静かに去りゆくもの。
今この瞬間にも気を抜けば、自分の体が断ち切られる感覚を思い出してしまう。
それだけ、あの最悪の遭遇は衝撃的過ぎた。
「ははは! ヨア! どうした、まだ出発してすぐだぞ! 今から肩肘を張っているともたないぞ!」
オルナッツォさんは俺の背中をバシバシ叩きながら、ズンズンと追い越していく。俺は曖昧な笑みを返したが……上手く緊張を抜くことができなかった。
レアルムの方へ振り返ると、視界の遥か先では西の大門が小さくなっていく。
西の大門は、メリジュナ教官との訓練の際、いつもここから出発していた門だ。
昨日、ギルドにいるメリジュナ教官を訪ねた時のやり取りが脳裏に蘇ってくる。
「騎士に遭遇したのですか」
それは不運でしたね、と俺が死にかけた事実が軽く感じるほど淡々と、メリジュナ教官は手短に評した。確かに不運としか言いようがないかもしれないけど、もうちょっと……。
「そんな顔をせずとも、心配はしています。ただ、貴方なら何となく……窮地を切り抜けるような気がしたので」
「買いかぶり過ぎですよ。普通に致命傷だったんですから」
まあ、それを証明しようにも、駆け付けてくれた先輩団員の見事な回復魔法のお陰で、傷痕はきれいさっぱり残っていないのだけど。
本日の授業が終わった空き講義室。
ギルドを訪ね、たまたま白墨を補充しに講義室にいたメリジュナ教官に声をかけて教えてほしい事があると言ったところ、俺は着席するよう指示され、図らずも講義のようになってしまった。
……後で「試験です」と紙が出てこないことを祈ろう。
「それで」
カッ、と白墨で黒板を叩く小気味いい音が響く。
「何を教えてほしいと?」
訊きたい事は二つある、と俺は前置く。
まず一つ目。
「騎士って……いったい何なんですか?」
メリジュナ教官は、すぐには答えなかった。白墨を持っていない方の手で顎先に触れ、やがて黒板に文字を刻んでいく。
「騎士とは、古代においては、貴人に仕え、武芸や礼節の修練を積み、その実践をもって奉公する戦士階級の呼称でした。しかし、今や国は滅び、人々は離散して居住し、その最大単位は都市までとなりました。探索者が自治するレアルムを除く都市は、貴族という歴史ある名家が治めていて、彼らは護衛のための武力を侍らせていますが、それはあくまでも私兵です。騎士ではない」
「偉い人のところで働いていても、騎士って呼ばれるわけではないんですか?」
「むしろ、貴族――いや、私たちは、騎士という言葉を意図的に避け、忌み嫌う。それは、そ言葉が指す存在がすり替わったからです。ヨア、貴方は狂暴な狼が犬と名付けられたからといって、親愛をもって抱きしめることはできますか?」
横に首を振る。それをやったところで、返ってくるのは愛じゃなくて流血だろう。
メリジュナ教官が頷く。
「騎士とは、剣宮の剣士が流浪の果て、屍の山と血の河から生まれ落ちる人外兵器……と考えられています」
人外兵器? なら、アレは人外だっていうのか?
だとしても、アレはあまりにも――
「――人間に近しい。そう思いますか?」
エルマキナ副団長と騎士が向かい合った光景を思い返す。
あの張り詰めた空気はまさしく、人と人が武器を構え、相手への読みを巡らせている勝負だった。人と獣が生存を懸けた闘争ではない。
「騎士について、詳しいことは分かってはいません」メリジュナ教官が『騎士(現代)』と黒板に記す。「何かの目的のために魔物と人外などの強敵を狩り続けていること、〝外域〟の深い場所ほど遭遇すること、体内に〝魔剣〟を持つこと」
「〝魔剣〟?」
「魔物には魔石が、人外には進化石が。同様に、騎士には〝魔剣〟があります。便宜上は剣と呼んでいますが種類は様々のようで、まさしく鎧の奥、肉と内臓を掻き分けたところに、特別な武器が眠っているのです」
メリジュナ教官が嘘をつくとも思えないが、体の中に武器が埋め込まれているなんて俄かには信じがたい話だ。
「その〝魔剣〟は、ものによっては〝神器〟に匹敵するほどの力を秘めていると言われます。〝魔剣〟とは騎士を打ち倒した証であり、凄腕の探索者であることの証明とも言えますね。戦うとして、最低でも進値30以上は必要でしょう」
「そんなに……⁉」
「それも、騎士一体を複数人で取り囲んだうえで一人ひとりが必要な進値と言われます。一騎打ちともなると、さらに進値45はないと勝負にならないとまで言われます。あくまで、実際に相対した者の感覚ですが」
進値45。
途方もない数字の大きさだ。
ああ……なるほど。グラトナさんがあれだけ怒った理由が分かった。
俺とギニョルが生還できたのは、本当に奇跡と言っていい幸運だったのだ。
「……忠告しておくと、今の貴方では〝魔剣〟なんて夢のまた夢です。余計な欲をかかず、地道に経験を積み重ねねばなりませんよ」
「わ、分かってますって」
実は、特別な武器と聞いて、思わず食指が動いてしまった。
騎士と邂逅した今では、身の程知らずの欲望だとちゃんと自覚できる。
「騎士については、こんなところでしょうか。それで二つ目は?」
「はい」
俺は次に、オルナッツォさんが口にした〝ウィゼラの教え〟について問うた。
メリジュナ教官は黒板へ新たに三つの言葉を書き足した。
〝殺しを請負うことなかれ〟
〝戦争を起こすなかれ〟
〝世界の果てを知るなかれ〟
「細かい教えは他にもありますが、概ね〝ウィゼラの教え〟を問われれば、この三つの教えを指します」
三つの教えとやらを眺める。
一つ目は要するに、人を殺してはならないと言いたいのだろう。それは、倫理的な意味で人間を殺めてはならないということ以上に――人間を殺した時に最も進値が上がりやすいという意味においても、殺人は禁忌である。
二つ目も理解できる。殺人を禁忌とする世界で、戦争なんてもっての外ということだ。
「〝ウィゼラの教え〟とはつまり、この世界で生きるために守るべしと人々に定められた教訓です」
「つまり、このとおりに生きることが長生きの秘訣ってことですか?」
「簡単に噛み砕いて言うならば、まあ、そうでしょう。実際は、実践的な事を説いているのではなく、考え方や生き方を通じて、在るべき心の姿を説いているとも言われていますが」
「……だとすると、三つめはどう関係するんですか?」
この中で、三つ目の教えだけが異質だ。
世界の果てを知らないことが、どう影響をするのだろうか?
「その本当の答えは……ウィゼラ本人に訊くしかわかりませんね」メリジュナ教官は渋面を浮かべる。「世界の果てを定義しないことには、この三つ目の教えが意味するところを正確に理解することはできないでしょう。これには複数の解釈がありますが、『世界の果て』が暗喩的表現であるという見解は概ね共通しています。ある者は、世界の果ては『探索の終わり』と同義と考え、この広大な世界への探求心を失ってはならないと、探索者の使命を説いていると言います」
それから、メリジュナ教官は言いにくそうに、
「……世界は『探索者』、果てとは『還らざる探索』のことだとも言われます。寿命を迎えた探索者を〝外域〟へ葬送することの礼賛だと」
「寿命……って? 探索者は死ぬ前に〝外域〟へ行くんですか」
「これも暗喩ですよ、ヨア」
一瞬の間。
目も覚めるような静寂。
「進値上限を迎えた探索者は、自衛のためですらもう何もを殺すこともできない。探索者として死んだようなものでしょう?」
「あ……」
「では、寿命を迎えた探索者が〝外域〟へ赴く『還らざる探索』とは、いったい何なのか、そして、何のために?」
理解し、絶句する。
だって、それは、つまり、
「――自ら人外へ成り果てるために、です」
俺は、ただ耳を傾けることしかできなかった。
「昔は、そういう時代が、あったのです」
メリジュナ教官は白墨を置く。
「進化石を手に入れられないまま進値上限を迎えてしまった人は、同じ生業の者から自然と距離が離れ……戦いとは無縁の市民からは化物として恐れられた。どこにも馴染めないせいで、余計にかつての心沸き立つ日々が忘れられない。居場所のなくなった彼らは、ただ一人で〝外域〟に向かい、魔物を殺して人外となり、後進の探索者に倒される――自分の進化石が誰かを救うと信じたがゆえに、自分を捨てて……。そのような行いが美徳と呼ばれ、社会も、その献身を求めた時代があったのです。まだギルドが生まれる前の、昏い時代が」
探索者は、〝外域〟に成功を求め、その成果を誇らしげに語りながら、心のどこかではいつか必ず訪れる終わりに怯え恐怖する。
だけど、そこには恐怖以外にも、人外を倒して進化石を手に入れることができればという希望も寄り添っている。その最後の拠り所があるからこそ、こんな危険な日々を送れているんじゃないだろうか。
でも、その進化石は完全な自然の産物ではなく、ずっと昔の、幾人もの犠牲によって生まれた贈り物だとしたら――
「非常にたくさんの探索者が〝外域〟に人生の最期を求めたと言われています。さすがに全てではないでしょうが、今〝外域〟を彷徨っている人外は、次の世代へと希望を託した、かつての探索者なのだと言われます。探索者とは、魔物を殺し、時に人と争い、最後は人を捨てて終わるという、避けられない永遠の宿業の中にいる――」
〝――人外の狩りに畏れを失うな〟
〝――アレらが元は何だったか、お前たちは軽く考えすぎている〟
〝――狩ることに躊躇いを見せてはならないだろう!〟
〝――そのために我らは武器を取り、〝外域〟を往くのだ!〟
「その円環を断ち切るためにギルドは生まれました」
ハッと顔を上げると、メリジュナ教官が真っ直ぐに俺を見ていた。
「……そのためにギルドは生まれた」
「ええ。ギルドの創設された目的は、それまで〝忌み仕事〟として蔑視されていた魔物を殺す生業を、一般に認知され必要とされる職業として確立することと、教官や研究者といった引退後の職務を創り出すことで、探索者の最後は人としての死であるという因習を排するためです。そのためギルドは新たに、探索者三原則を提案し標榜しました」
〝殺しを請負うことなかれ〟
〝戦争を起こすなかれ〟
〝探求の果てを知るなかれ〟
「三つ目だけ〝ウィゼラの教え〟と違う……」
「そう、たとえ進値上限に到達しようとも、それが終わりではない。この世には人生を刺激する未知がまだまだ多く残っているのだから、人生のその最後まで探求を続けよと、ギルドが生き抜く意味を説いたのです」
なるほど。俺は噛みしめるように頷く。
ずっと昔は、進値上限を迎えた探索者は人外に成って、次の世代の探索者に狩られる……それが常識の世界だった。
だけど、ギルドが生まれ、探索者は探索者のまま、社会に必要とされる存在へと徐々に生まれ変わっていったってことか。
「これは、良い話……で、いいんですよね?」
「なぜそう思うのです?」
「いや……なんとなく、それだけじゃないような気がして……」
メリジュナ教官は「勘が良いですね」と、近くの座席に腰かけて足組みし、窓の外から差し込んだ西日の陽だまりを見つめながら言う。
「探索者は大きく在り様を変えましたが、社会そのものが完全に変わったわけではありません。未だに探索者は、進値1の、いわゆる一般市民から大なり小なり恐怖され、蔑視される存在です。そのことは肝に銘じ、距離感を考えなければなりません」
「何でですか? その進値1の人だって、俺たちみたいに進値が上がった人が魔物と戦ってるから、安全に暮らせたりしてるんじゃないんですか? ギルドに行くと商会から護衛の依頼が出たりしますし……。必要とされるけど嫌われるなんて……」
「貴方はレアルムにいるから実感する機会はないのでしょう。ここは探索者のために作られた都市ですからね。貴族もいませんし。他の都市を訪れることがあったならば、自然と理解できます。探索者と一般市民の間にある溝は、理性で解決することはないでしょう。その溝に横たわるのは――自分を簡単に殺せる力を持った隣人がいるという、己より強大な相手に対する本能の怖れ、原始的恐怖に他ならないのですから」
唖然とする俺に対し、メリジュナ教官はさらにありのままの現実を突きつける。
「ギルドの理念に反発する探索者も少ないですが、います。彼らはギルドの定めた探索者という新しい仕組みは理解していますが、最期の身の振り方……探索者は『還らざる探索』に殉じるべきと考えているからです。探索者が探索者のまま死んで人外が増えず、需要と供給が釣り合っていない状況が続いたならば、いずれ我々は目ぼしい人外を狩り尽くしてしまい、真の絶望が訪れるのだと――」
◇還らざる探索【かえらざる-たんさく】
用語/探索者
今や廃れ、伝えることも少なくなった探索者の風習。
陰惨な時代の名残り。
遥か昔、己が最期を悟った探索者は独り、
誰にも告げず荒野へ旅立ったという。
怪物を狩り続け、自らも怪物へ成るために。
そして、彼らは還ってくる。
その身は崩れ、跡形すらなかろうとも、
黒い肉に埋もれた石の輝きが、我らに伝えている。
誇り高き魂、その確かにあったことを。




